犬伯爵様は永遠の愛を誓う

あまみ

文字の大きさ
上 下
9 / 36

思い出の本

しおりを挟む
 ユアンに手を惹かれて向かった先は賑やかな市場の外れの方にあるカフェや骨董品店などが立ち並ぶ先程の市場よりかは幾分落ち着いた通りだった。
 珍しげにキョロキョロと見渡しながら歩いている行き交う人々の視線となぜかかち合う。
 向けられる視線の先はユアンとロイの繋がれた手だと気づいたロイは慌ててユアンの手を解くとユアンが物言いたげな視線をロイ向けた。

 「さっきよりも人通りは少ないですし、もう大丈夫かと……」
 「そう……」

 残念そうな表情をするユアンは心無しかしょんぼりとした尻尾と耳が大型犬を連想させる。

 (ちょっと可愛い……かも)

  そうこうしているうちに一軒の店の前で止まる。

 「ここだよ」

 こじんまりとした店の看板は「古本」と書かれている。外から見た店内はやや薄暗く、どことなく入りづらい雰囲気を醸し出している。
 入り口を躊躇なくくぐるユアンの後に続いて入るとひんやりとした空気が肌を撫でた。
 客はおらずカウンターと思われる場所は無人で人の気配がない。
 
 「爺さん、いるか」

 ユアンがカウンターの奥の扉を開けて声を掛けるとややしばらくしてから「ああ~?」と老齢の男性の声がした。
 扉向こうは居宅スペースになっているのか扉の向こうから紅茶の香りがする。やがて髭をたくわえた小柄の老人がひょっこりと顔を出してユアンの顔を見るなり驚きの表情を見せた。

 「坊主じゃねえか」
 「久しぶり。元気そうでよかったよ」

 坊主と呼ばれたユアンは笑って老人と握手を交わすとロイの肩を抱いて引き寄せた。甘いユアンの香水が漂ってきて思わず胸が高鳴る。

 「ロイ。僕の秘書。ロイ、この爺さんはここの古本屋の主人」
 「やっと人を雇う気になったんか、よろしくヘンリーだ」

 口髭を撫でながら握手を交わす。グッと握る手は老人とは思えないほど力強い。
 ロイが本が好きなことをユアンが話すと途端に「そうか、そうか」と人好きそうな笑みを浮かべる。
 「ゆっくり見ていきな」と言われたロイはユアンに了承を得てその場を離れると本棚を見て回ることにした。
 ロイはこの間まで住んでいた国でも仕事の合間に古本屋に立ち寄ったりしてはこうやって面白そうな本を探しては手にとっていた。
 もっぱら金のなかったロイは立ち読みばかりしていて本を滅多に買うことはなかったが。
 今はユアンのもとで働いて給料も入っていて手元に自由にできる金があることに気がついたロイは少しばかり気分が高揚していた。
 天井近くまである背の高い本棚は大まかにジャンルごとに分けられており、興味がそそられる本が多い。わずかばかりの児童書のコーナーもあり、何の気なしに近づく。

 (これ……昔母さんが読んでくれた本だ)

 見覚えのある背表紙を見つけて思わず手に取ると懐かしさで胸が締め付けられた。
 踊り子をしていた母が唯一自分に読み聞かせてくれた本で、毎晩寝る前に読んでもらっていた記憶が蘇る。
 物語は勇敢な人間が友達の犬と一緒に様々な冒険をするお話だ。伯爵家に入る際もこの本を持っていった気がするがどこかへなくしてしまった。
 古いページをめくり、懐かしい気持ちに浸っていると「何か見つかった?」とユアンが近づきロイの手に取っていた本を覗き込んだ。
 
 「あ……懐かしい本を見つけて」
 「ん? ああ、『トリフの冒険』だね」

 あ、と思わずパッと本を閉じる。この本は主人公のトリフが友達の犬と一緒に冒険をするという話だが、一部の獣人が友達の犬が人間と会話できるところが獣人と連想させ、人間の戦いの奴隷を連想させるとして声をあげ問題となった。
 獣人の間では好き嫌いが分かれると聞いたことがあったのでロイはユアンが気分を害したらと不安になった。

 「大丈夫だよ。この国ではその本が好きじゃない人もいるけど僕はその本好きだから」

 事情を察してかユアンは苦笑してロイから本を取り上げた。パラパラとページをめくり、ユアンは目を細めて文字をなぞった。

 「僕は幼いころこの本を読むたびにこの犬が羨ましくてね、一緒にいたい相手とずっと一緒にいられるなんてなんて幸せ者なんだろうと思っていたよ」

 確かにこの物語の二人は途中喧嘩をしたりもするが仲直りをしてずっと一緒に冒険をしようと誓い合う描写がある。

 「と、トリフが好きなんですか?」
 「フフッ、どうだろうね」

 はぐらかすように笑うユアンはこの本を閉じると「はい」とロイに手渡した。

 「僕にとっても思い出の本」

 そのとき初めてロイはいつも「私」と言っているユアンが「僕」と言っていることに気づいてなんだか落ち着かない気持ちになった。

 (素のユアン様……なのかな)


 その日ロイは店で一冊だけ本を買った。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない

Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。 かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。 後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。 群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って…… 冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。 表紙は友人絵師kouma.作です♪

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...