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思い出の本
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ユアンに手を惹かれて向かった先は賑やかな市場の外れの方にあるカフェや骨董品店などが立ち並ぶ先程の市場よりかは幾分落ち着いた通りだった。
珍しげにキョロキョロと見渡しながら歩いている行き交う人々の視線となぜかかち合う。
向けられる視線の先はユアンとロイの繋がれた手だと気づいたロイは慌ててユアンの手を解くとユアンが物言いたげな視線をロイ向けた。
「さっきよりも人通りは少ないですし、もう大丈夫かと……」
「そう……」
残念そうな表情をするユアンは心無しかしょんぼりとした尻尾と耳が大型犬を連想させる。
(ちょっと可愛い……かも)
そうこうしているうちに一軒の店の前で止まる。
「ここだよ」
こじんまりとした店の看板は「古本」と書かれている。外から見た店内はやや薄暗く、どことなく入りづらい雰囲気を醸し出している。
入り口を躊躇なくくぐるユアンの後に続いて入るとひんやりとした空気が肌を撫でた。
客はおらずカウンターと思われる場所は無人で人の気配がない。
「爺さん、いるか」
ユアンがカウンターの奥の扉を開けて声を掛けるとややしばらくしてから「ああ~?」と老齢の男性の声がした。
扉向こうは居宅スペースになっているのか扉の向こうから紅茶の香りがする。やがて髭をたくわえた小柄の老人がひょっこりと顔を出してユアンの顔を見るなり驚きの表情を見せた。
「坊主じゃねえか」
「久しぶり。元気そうでよかったよ」
坊主と呼ばれたユアンは笑って老人と握手を交わすとロイの肩を抱いて引き寄せた。甘いユアンの香水が漂ってきて思わず胸が高鳴る。
「ロイ。僕の秘書。ロイ、この爺さんはここの古本屋の主人」
「やっと人を雇う気になったんか、よろしくヘンリーだ」
口髭を撫でながら握手を交わす。グッと握る手は老人とは思えないほど力強い。
ロイが本が好きなことをユアンが話すと途端に「そうか、そうか」と人好きそうな笑みを浮かべる。
「ゆっくり見ていきな」と言われたロイはユアンに了承を得てその場を離れると本棚を見て回ることにした。
ロイはこの間まで住んでいた国でも仕事の合間に古本屋に立ち寄ったりしてはこうやって面白そうな本を探しては手にとっていた。
もっぱら金のなかったロイは立ち読みばかりしていて本を滅多に買うことはなかったが。
今はユアンのもとで働いて給料も入っていて手元に自由にできる金があることに気がついたロイは少しばかり気分が高揚していた。
天井近くまである背の高い本棚は大まかにジャンルごとに分けられており、興味がそそられる本が多い。わずかばかりの児童書のコーナーもあり、何の気なしに近づく。
(これ……昔母さんが読んでくれた本だ)
見覚えのある背表紙を見つけて思わず手に取ると懐かしさで胸が締め付けられた。
踊り子をしていた母が唯一自分に読み聞かせてくれた本で、毎晩寝る前に読んでもらっていた記憶が蘇る。
物語は勇敢な人間が友達の犬と一緒に様々な冒険をするお話だ。伯爵家に入る際もこの本を持っていった気がするがどこかへなくしてしまった。
古いページをめくり、懐かしい気持ちに浸っていると「何か見つかった?」とユアンが近づきロイの手に取っていた本を覗き込んだ。
「あ……懐かしい本を見つけて」
「ん? ああ、『トリフの冒険』だね」
あ、と思わずパッと本を閉じる。この本は主人公のトリフが友達の犬と一緒に冒険をするという話だが、一部の獣人が友達の犬が人間と会話できるところが獣人と連想させ、人間の戦いの奴隷を連想させるとして声をあげ問題となった。
獣人の間では好き嫌いが分かれると聞いたことがあったのでロイはユアンが気分を害したらと不安になった。
「大丈夫だよ。この国ではその本が好きじゃない人もいるけど僕はその本好きだから」
事情を察してかユアンは苦笑してロイから本を取り上げた。パラパラとページをめくり、ユアンは目を細めて文字をなぞった。
「僕は幼いころこの本を読むたびにこの犬が羨ましくてね、一緒にいたい相手とずっと一緒にいられるなんてなんて幸せ者なんだろうと思っていたよ」
確かにこの物語の二人は途中喧嘩をしたりもするが仲直りをしてずっと一緒に冒険をしようと誓い合う描写がある。
「と、トリフが好きなんですか?」
「フフッ、どうだろうね」
はぐらかすように笑うユアンはこの本を閉じると「はい」とロイに手渡した。
「僕にとっても思い出の本」
そのとき初めてロイはいつも「私」と言っているユアンが「僕」と言っていることに気づいてなんだか落ち着かない気持ちになった。
(素のユアン様……なのかな)
その日ロイは店で一冊だけ本を買った。
珍しげにキョロキョロと見渡しながら歩いている行き交う人々の視線となぜかかち合う。
向けられる視線の先はユアンとロイの繋がれた手だと気づいたロイは慌ててユアンの手を解くとユアンが物言いたげな視線をロイ向けた。
「さっきよりも人通りは少ないですし、もう大丈夫かと……」
「そう……」
残念そうな表情をするユアンは心無しかしょんぼりとした尻尾と耳が大型犬を連想させる。
(ちょっと可愛い……かも)
そうこうしているうちに一軒の店の前で止まる。
「ここだよ」
こじんまりとした店の看板は「古本」と書かれている。外から見た店内はやや薄暗く、どことなく入りづらい雰囲気を醸し出している。
入り口を躊躇なくくぐるユアンの後に続いて入るとひんやりとした空気が肌を撫でた。
客はおらずカウンターと思われる場所は無人で人の気配がない。
「爺さん、いるか」
ユアンがカウンターの奥の扉を開けて声を掛けるとややしばらくしてから「ああ~?」と老齢の男性の声がした。
扉向こうは居宅スペースになっているのか扉の向こうから紅茶の香りがする。やがて髭をたくわえた小柄の老人がひょっこりと顔を出してユアンの顔を見るなり驚きの表情を見せた。
「坊主じゃねえか」
「久しぶり。元気そうでよかったよ」
坊主と呼ばれたユアンは笑って老人と握手を交わすとロイの肩を抱いて引き寄せた。甘いユアンの香水が漂ってきて思わず胸が高鳴る。
「ロイ。僕の秘書。ロイ、この爺さんはここの古本屋の主人」
「やっと人を雇う気になったんか、よろしくヘンリーだ」
口髭を撫でながら握手を交わす。グッと握る手は老人とは思えないほど力強い。
ロイが本が好きなことをユアンが話すと途端に「そうか、そうか」と人好きそうな笑みを浮かべる。
「ゆっくり見ていきな」と言われたロイはユアンに了承を得てその場を離れると本棚を見て回ることにした。
ロイはこの間まで住んでいた国でも仕事の合間に古本屋に立ち寄ったりしてはこうやって面白そうな本を探しては手にとっていた。
もっぱら金のなかったロイは立ち読みばかりしていて本を滅多に買うことはなかったが。
今はユアンのもとで働いて給料も入っていて手元に自由にできる金があることに気がついたロイは少しばかり気分が高揚していた。
天井近くまである背の高い本棚は大まかにジャンルごとに分けられており、興味がそそられる本が多い。わずかばかりの児童書のコーナーもあり、何の気なしに近づく。
(これ……昔母さんが読んでくれた本だ)
見覚えのある背表紙を見つけて思わず手に取ると懐かしさで胸が締め付けられた。
踊り子をしていた母が唯一自分に読み聞かせてくれた本で、毎晩寝る前に読んでもらっていた記憶が蘇る。
物語は勇敢な人間が友達の犬と一緒に様々な冒険をするお話だ。伯爵家に入る際もこの本を持っていった気がするがどこかへなくしてしまった。
古いページをめくり、懐かしい気持ちに浸っていると「何か見つかった?」とユアンが近づきロイの手に取っていた本を覗き込んだ。
「あ……懐かしい本を見つけて」
「ん? ああ、『トリフの冒険』だね」
あ、と思わずパッと本を閉じる。この本は主人公のトリフが友達の犬と一緒に冒険をするという話だが、一部の獣人が友達の犬が人間と会話できるところが獣人と連想させ、人間の戦いの奴隷を連想させるとして声をあげ問題となった。
獣人の間では好き嫌いが分かれると聞いたことがあったのでロイはユアンが気分を害したらと不安になった。
「大丈夫だよ。この国ではその本が好きじゃない人もいるけど僕はその本好きだから」
事情を察してかユアンは苦笑してロイから本を取り上げた。パラパラとページをめくり、ユアンは目を細めて文字をなぞった。
「僕は幼いころこの本を読むたびにこの犬が羨ましくてね、一緒にいたい相手とずっと一緒にいられるなんてなんて幸せ者なんだろうと思っていたよ」
確かにこの物語の二人は途中喧嘩をしたりもするが仲直りをしてずっと一緒に冒険をしようと誓い合う描写がある。
「と、トリフが好きなんですか?」
「フフッ、どうだろうね」
はぐらかすように笑うユアンはこの本を閉じると「はい」とロイに手渡した。
「僕にとっても思い出の本」
そのとき初めてロイはいつも「私」と言っているユアンが「僕」と言っていることに気づいてなんだか落ち着かない気持ちになった。
(素のユアン様……なのかな)
その日ロイは店で一冊だけ本を買った。
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