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おでかけ
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「今日一緒に街へ出かけようか」
ある日朝食を終えて食後のお茶を入れている際ユアンから提案され、思わず「はい?」と気の抜けた返事を返すとユアンは爽やかな笑顔をロイに向けた。
「ここへきてからどこも出かけていないだろう。ロイの欲しいものを買いに行こう」
「いえ……必要なものはトーマスさんに用意してもらっていますし……」
ロイの返答になぜか笑顔のまま固まるユアンの後ろでトーマスが大きく咳払いしたあとロイに向かって微笑んだ。
「ロイ様、ぜひ行ってきてはいいかがですかな。この国を知る良い機会です」
確かにここへ来てから街へ出たこともなく、こもりきりだった。トーマスの言う通りいい機会だしこの国をもっと知ることができるかもしれない。
けれど今日の仕事はいいのか考えていると、ロイの考えていることがお見通しだったのかトーマスが「今日は緊急の案件もないですし大丈夫ですよ。何かあれば私めが対応いたしましょう」とロイを気遣った。さらに畳み掛けるようにユアンが言った。
「ロイは本が好きだったろう、古書店も行こう」
(なんで本が好きだなんてわかったのだろう……言ったかな?)
ここへ来てから本など読んだことがないロイは不思議に思いながらも古書店という言葉に釣られて承諾したのだった。
* * *
ロイがユアンと共に馬車でまず向かったのは貴族街と平民街の境目。
ここから馬車を降りて徒歩ですぐの平民街を散策するという。てっきりユアンが向かうのは貴族街かと思って緊張していたロイは拍子抜けしてしまった。
わかりやすく肩の力が抜けたロイに「安心したかい?」といたずらっ子のような笑みを向けるので思わず恨めしそうな目を向けると声をあげて笑った。
「ははは!ごめん、ごめん」
今日のユアンの出立ちは白のシャツに黒のパンツで肩まである髪は緩くひとつにまとめている。こうしてみると普通の青年のように見える。
もちろんかなりの美形なので先程からユアンに向けられる視線は多い。二人きりということに少し緊張しながらも歩き出す。
まずロイたちが向かったのは平民街の市場だった。人通りも多く、獣人も人間もこの場所は多い。
獣人と人間のわかりやすい違いは耳と尾だ。なんの獣人かは耳を見ればわかる。先程から行き交う人の多くは獣の耳がある。
ロイの働くオルティス家の屋敷にももちろんいる。人間はトーマスと下働きに一人、メイドに一人いるだけでそれ以外は獣人だ。
ステルク王国の貴族はほどんどが獣人で、人間の貴族はたいがいは新興貴族で数もそんなに少ない。
ブラム王の甥であるユアンも獣人の血が流れているが母は人間だと知ったのはつい最近だ。
ユアンが幼いときに病で亡くなっており、当時はまだ人間を差別する風潮少ないながらも残っていたらしく、人間と獣人の間にできた子供であったユアンの生い立ちは複雑なものであったのは想像に容易い。
(どんな子供だったんだろうか)
ふとそんなことを思いながら街を歩く獣人と人間の子供たちを眺めているとユアンがロイの顔を覗き込んだ。
「さ、行こう」
「はい」
様々な露店が立ち並ぶ市場は活気があって見ているだけで楽しい。交易も盛んなステルク王国の市場はロイが見たこともないような品が並んでおり、目を惹かれているとひとつひとつをユアンが説明してくれる。見たことのない珍しい果物があるとユアンが慣れた様子で購入してその場で皮を剥いて食べさせてくれたりした。
歩いていると人通りが多いためぶつかりそうになるロイをユアンがサッと手を引いてくれる。
「危ないから」
そう言ってロイの手を握るユアンに「いや、ちょっとこれは」と手を解こうとすると余計強く握られる。
ロイがユアンの方を見上げるといつもの笑みとは違うどこか甘い笑みに自分でも鼓動が早くなるのを感じた。
ユアンの手はロイの手よりも大きくゴツゴツしており、剣だこのようなものがあった。自分とはまるで違う男の手に包まれていること、しかも相手がユアンだということがよりロイの鼓動を早くさせた。
人混みの中を無言で歩くロイは指先から伝わる熱にただ俯いた。
ある日朝食を終えて食後のお茶を入れている際ユアンから提案され、思わず「はい?」と気の抜けた返事を返すとユアンは爽やかな笑顔をロイに向けた。
「ここへきてからどこも出かけていないだろう。ロイの欲しいものを買いに行こう」
「いえ……必要なものはトーマスさんに用意してもらっていますし……」
ロイの返答になぜか笑顔のまま固まるユアンの後ろでトーマスが大きく咳払いしたあとロイに向かって微笑んだ。
「ロイ様、ぜひ行ってきてはいいかがですかな。この国を知る良い機会です」
確かにここへ来てから街へ出たこともなく、こもりきりだった。トーマスの言う通りいい機会だしこの国をもっと知ることができるかもしれない。
けれど今日の仕事はいいのか考えていると、ロイの考えていることがお見通しだったのかトーマスが「今日は緊急の案件もないですし大丈夫ですよ。何かあれば私めが対応いたしましょう」とロイを気遣った。さらに畳み掛けるようにユアンが言った。
「ロイは本が好きだったろう、古書店も行こう」
(なんで本が好きだなんてわかったのだろう……言ったかな?)
ここへ来てから本など読んだことがないロイは不思議に思いながらも古書店という言葉に釣られて承諾したのだった。
* * *
ロイがユアンと共に馬車でまず向かったのは貴族街と平民街の境目。
ここから馬車を降りて徒歩ですぐの平民街を散策するという。てっきりユアンが向かうのは貴族街かと思って緊張していたロイは拍子抜けしてしまった。
わかりやすく肩の力が抜けたロイに「安心したかい?」といたずらっ子のような笑みを向けるので思わず恨めしそうな目を向けると声をあげて笑った。
「ははは!ごめん、ごめん」
今日のユアンの出立ちは白のシャツに黒のパンツで肩まである髪は緩くひとつにまとめている。こうしてみると普通の青年のように見える。
もちろんかなりの美形なので先程からユアンに向けられる視線は多い。二人きりということに少し緊張しながらも歩き出す。
まずロイたちが向かったのは平民街の市場だった。人通りも多く、獣人も人間もこの場所は多い。
獣人と人間のわかりやすい違いは耳と尾だ。なんの獣人かは耳を見ればわかる。先程から行き交う人の多くは獣の耳がある。
ロイの働くオルティス家の屋敷にももちろんいる。人間はトーマスと下働きに一人、メイドに一人いるだけでそれ以外は獣人だ。
ステルク王国の貴族はほどんどが獣人で、人間の貴族はたいがいは新興貴族で数もそんなに少ない。
ブラム王の甥であるユアンも獣人の血が流れているが母は人間だと知ったのはつい最近だ。
ユアンが幼いときに病で亡くなっており、当時はまだ人間を差別する風潮少ないながらも残っていたらしく、人間と獣人の間にできた子供であったユアンの生い立ちは複雑なものであったのは想像に容易い。
(どんな子供だったんだろうか)
ふとそんなことを思いながら街を歩く獣人と人間の子供たちを眺めているとユアンがロイの顔を覗き込んだ。
「さ、行こう」
「はい」
様々な露店が立ち並ぶ市場は活気があって見ているだけで楽しい。交易も盛んなステルク王国の市場はロイが見たこともないような品が並んでおり、目を惹かれているとひとつひとつをユアンが説明してくれる。見たことのない珍しい果物があるとユアンが慣れた様子で購入してその場で皮を剥いて食べさせてくれたりした。
歩いていると人通りが多いためぶつかりそうになるロイをユアンがサッと手を引いてくれる。
「危ないから」
そう言ってロイの手を握るユアンに「いや、ちょっとこれは」と手を解こうとすると余計強く握られる。
ロイがユアンの方を見上げるといつもの笑みとは違うどこか甘い笑みに自分でも鼓動が早くなるのを感じた。
ユアンの手はロイの手よりも大きくゴツゴツしており、剣だこのようなものがあった。自分とはまるで違う男の手に包まれていること、しかも相手がユアンだということがよりロイの鼓動を早くさせた。
人混みの中を無言で歩くロイは指先から伝わる熱にただ俯いた。
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