犬伯爵様は永遠の愛を誓う

あまみ

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新しい雇用主

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 ロイの国から馬車で三日ほどの距離にある獣人族の国。ステルク王国は広大なファヴール森林を国土にもつ、農業や畜産が盛んな国だ。
 国民の八割が獣人で残りの二割が人間という獣人族国家である。
 その王国を統べるのが狼の獣人であるブラム王だ。ブラム王は年前に二十年前即位した王で、それまで貿易に関し閉鎖的だったステルク王国を積極的に他国との貿易に乗り出し、穀物や野菜、畜産物の生産に一層力を入れた。今やステルク王国は世界一の農業大国とまで言われている。

 「……という説明は不要だったかな」

 揺られている馬車の中で簡単な説明をしたところで目の前の男は微笑んだ。

 「いえ!ありがとうございます。ユアン様」
 「様はいらないって言ったのにな。これから一緒にいるのだから」

 そう言って怪しげな笑みを浮かべるユアンにロイは一夜を共にしたことを思い出す。何もなかったとはいえこんな見たこともない極上の男と酒を酌み交わし、覚えていないが同じベッドで寝たことに今更ながら顔を赤らめる。

 「あの、本当にいいのでしょうか、俺なんかがユアン様のお屋敷で働くなんて」
 
 目の前の男、ユアン・オルティスはステルク王国の伯爵であのブラム王の親類だと聞かされたロイは意識を再び失いかけた。
 なぜわざわざロイの住むパルテーム国までやってきたのか。ユアンは話し出す。
 二年前、ブラム王の弟でユアンの父ある伯爵が病に倒れ、そのまま帰らぬ人になった。いきなり当主を引き継ぐことになったユアンは父が請け負っていた仕事に取り掛かり、悪戦苦闘しながらもなんとか仕事をこなしている状況だという。

 「忙しすぎて大変だったんだけど……やっと家を数日くらいなら留守にしても問題ないくらいには仕事ができるようになったんだ」

 仕事でロイの住む国に来ていたユアンはたまたまバーに来たところ、ロイに出会った。
 聞けば伯爵の出で家を勘当されたというロイの話を詳しく聞くとその中でロイのアルバイトは事務仕事をしていたと聞く。
 伯爵家でもアルバイトの傍ら事務仕事などの雑務のようなことをしていたと話すロイにピンと来たユアンはロイをスカウトしたとのこと。

 「ちょうど事務仕事ができる人を探していてね、君には災難だっただろうけどちょうどいいかなって」

 そう言ってにっこりと笑うユアンに何か黒いものを一瞬感じたのだが、再就職先に悩んでいたロイには地獄に仏だったのでもちろんロイはその話に飛びついた。
 本来ならば伯爵家の秘書ともなればすでにいそうなものだが、ユアンはでいないらしい。
 本人が苦笑しながら言い淀んでいるのを察してロイはそれ以上は追求しなかった。
 雇用主のプライベートなことまで知る必要はない。それにユアンはこちらが疑問に思ったことをすぐに答えてくれるし、そのユアンが濁すのなら今は聞くべきではないだろう。
 今まで働いていた職場や、家で仕事をするとき上司も父も「察しながら仕事をしろ」と恫喝されてきたので恐る恐るロイが質問をするとユアンは快く答えてくれるだけでロイは嬉しかった。

 「疑問に思ったことがあったらなんでも聞くといい。わからないままにして後から知るのが一番時間がもったいないからね」

 優しく微笑む新しい上司に馬車の中で自分がこれから行く国について会話しながらロイは楽しいひとときを過ごした。

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