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酒場での出会い
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「はあ……それにしてもこれからどうしよう」
酒場のカウンターで一人酒を煽りながら今後についてロイは考えていた。
家を出たものの頼れる友人もいないので、行くあてなどあるはずもない。その上やむなくアルバイトをしている伝手で職場に頼み込もうとした矢先に解雇されてしまったのだ。
残ったのは着替えが入った手荷物と少しの間だけ暮らせるお金だけ。現実逃避でこうして慣れない酒を飲んでいたのだった。
曲がりなりにも貴族の肩書きを持っていたロイは平民になったことで不安と同時に開放感にも包まれていた。いつもは酒場にも行かずこの時間も働いていたロイにとってはこのとき少々浮き足立っていた。
(どこか住み込みの仕事を見つけるか、それとも隣の国まで行って職を探してみようか……)
これまでは家に迷惑をかけるわけにはいかないと気を張っていた部分もあったがもう誰に気を使う必要もない。
婚約破棄は悲しいものだったが、元婚約者のマリリンが真実の愛を見つけたというのなら応援してやりたい。
「真実の愛、か……」
小さく漏れ出た呟きに自分でも驚いた途端横から人が出てきた。
カウンターの隣に背の高い男が店主に注文している。横目でチラリと見ると男と目が合った。
キラリと光る金色の瞳に驚く。フードをかぶっていたが隙間から黒いウェーブがかった髪が見える。
軽く会釈をすると男は「隣、失礼する」と言ってロイの隣に腰掛けた。低く、どこか甘さも感じる声。ふわりと香る香水に少しだけ落ち着かない気持ちになる。
(お忍びの貴族かな)
そんなことを思いながらグラスの酒をちびちびと飲んでいると、ふとテーブルに置いている隣の男の腕が目に入った。
古い赤色の細めのなんの変哲もないベルトのようなブレスレットだったそれは、ロイが遠い昔どこかで目にしたような既視感を覚えた。
褐色のゴツゴツとした手の男に何故かとても馴染んでいる。
「何か?」
視線を感じたのか男はこちらに声を掛けた。
「すみません、何故かそのブレスレットが目に入ってしまって。その、どこかで見た気がして」
謝りながら男の顔に視線を向けると金色の瞳と再び目が合った。
近くで見るととてつもない美貌の持ち主だとわかった。男はこちらを見つめて目を細めた。その視線に余計落ち着かなくなって「不躾にすみません」ともう一度謝ると、男は身体をこちらに向きロイの顔を下から覗き込んだ。
みたこともない美貌の男にドキドキしながら狼狽えていると男はブレスレットには触れずにロイに向かって微笑んだ。
「真実の愛って?」
先程の呟きを聞かれたのか微笑みながらたずねてくる男の言葉にカッと頬が熱くなった。
「いや、その……」
揶揄われているかもしれないというのに酔った勢いでロイは、自分に起こった今日の出来事を気づけば目の前の男に洗いざらい話していた。
話している最中も絶妙の相槌を打たれることに気をよくし、さらに男の奢りで酒を追加されて婚約破棄の話だけにとどまらず、話し終える頃には自分の身の上や、勘当されたことまで話してしまったのだった。
「辛かったね」
「すみません……初対面でこんな話」
話し終えた後にカラカラの喉を酒で潤すと、途端に羞恥に襲われ思わず身を小さくしていると男は「真実の愛ってあると思う?」とロイに投げかけた。
突然の問いにアルコールの回った頭でぼうっと考えながら、氷の浮かんだもう何杯飲んだかわからない薄い蜂蜜酒の入ったグラスを眺める。
「わかりません……」
頭に浮かぶは母。踊り子で平民の母に一目惚れした父は母に猛アタックして半ば強引に関係を持ったと聞いた。
ロイを身籠った母は女手一つでロイを育てているところに、気まぐれに母に会いにきた父は俺を連れて帰ったという。
今覚えばそこに愛情などはなく、兄のスペアのような気持ちだったのかと思う。泣き叫びながら自分の名を呼ぶ声を覚えている。
それから会うこともなくどこかで身体を悪くした母は流行り病で亡くなったと聞かされたのは六歳のころだっただろうか。
屋敷の庭の隅でうずくまって泣いていたことを思い出し、胸がチリッと痛んだ。
「愛そのものがよくわかりません。愛し合ったことがあったとしても一時の感情かもしれないし……俺は真実の愛は見つけられそうにないですし」
苦笑しながら答えると男は水滴のついたグラスを指でゆっくり撫でながら口を開いた。
「真実の愛とは永遠の愛でもあると思う。私が思うに永遠の愛は「ずっと一緒にいたい」という気持ちではないかと思っている。私はその気持ちを永遠の愛にして真実にするよ」
「ずっと一緒にいたい……ですか」
ずっと一緒にいたいと思える感情なんて感じたことあっただろうかと考え、頭をふるふると振ると何も浮かばずなんだか難しいなと考えたところで視界が霞み、眠気に襲われる。
(やべ……飲みすぎたかな)
目を擦っていると隣から肩をさすられる。「すみません」と言いながらも今にも前のめりになって突っ伏してしまいそうになる身体をどうにか起こす。
「ああ、飲みすぎたようだね。少し目を閉じるといい。起こしてあげるから、安心して……ロイ」
途端に猛烈に睡魔が襲ってくる。男の溶けるような優しい声に瞼が重たくなる。
(あれ……俺、名前言ったっけ)
そんなことをふと考えたところでロイの意識はゆっくりと溶けていった。
酒場のカウンターで一人酒を煽りながら今後についてロイは考えていた。
家を出たものの頼れる友人もいないので、行くあてなどあるはずもない。その上やむなくアルバイトをしている伝手で職場に頼み込もうとした矢先に解雇されてしまったのだ。
残ったのは着替えが入った手荷物と少しの間だけ暮らせるお金だけ。現実逃避でこうして慣れない酒を飲んでいたのだった。
曲がりなりにも貴族の肩書きを持っていたロイは平民になったことで不安と同時に開放感にも包まれていた。いつもは酒場にも行かずこの時間も働いていたロイにとってはこのとき少々浮き足立っていた。
(どこか住み込みの仕事を見つけるか、それとも隣の国まで行って職を探してみようか……)
これまでは家に迷惑をかけるわけにはいかないと気を張っていた部分もあったがもう誰に気を使う必要もない。
婚約破棄は悲しいものだったが、元婚約者のマリリンが真実の愛を見つけたというのなら応援してやりたい。
「真実の愛、か……」
小さく漏れ出た呟きに自分でも驚いた途端横から人が出てきた。
カウンターの隣に背の高い男が店主に注文している。横目でチラリと見ると男と目が合った。
キラリと光る金色の瞳に驚く。フードをかぶっていたが隙間から黒いウェーブがかった髪が見える。
軽く会釈をすると男は「隣、失礼する」と言ってロイの隣に腰掛けた。低く、どこか甘さも感じる声。ふわりと香る香水に少しだけ落ち着かない気持ちになる。
(お忍びの貴族かな)
そんなことを思いながらグラスの酒をちびちびと飲んでいると、ふとテーブルに置いている隣の男の腕が目に入った。
古い赤色の細めのなんの変哲もないベルトのようなブレスレットだったそれは、ロイが遠い昔どこかで目にしたような既視感を覚えた。
褐色のゴツゴツとした手の男に何故かとても馴染んでいる。
「何か?」
視線を感じたのか男はこちらに声を掛けた。
「すみません、何故かそのブレスレットが目に入ってしまって。その、どこかで見た気がして」
謝りながら男の顔に視線を向けると金色の瞳と再び目が合った。
近くで見るととてつもない美貌の持ち主だとわかった。男はこちらを見つめて目を細めた。その視線に余計落ち着かなくなって「不躾にすみません」ともう一度謝ると、男は身体をこちらに向きロイの顔を下から覗き込んだ。
みたこともない美貌の男にドキドキしながら狼狽えていると男はブレスレットには触れずにロイに向かって微笑んだ。
「真実の愛って?」
先程の呟きを聞かれたのか微笑みながらたずねてくる男の言葉にカッと頬が熱くなった。
「いや、その……」
揶揄われているかもしれないというのに酔った勢いでロイは、自分に起こった今日の出来事を気づけば目の前の男に洗いざらい話していた。
話している最中も絶妙の相槌を打たれることに気をよくし、さらに男の奢りで酒を追加されて婚約破棄の話だけにとどまらず、話し終える頃には自分の身の上や、勘当されたことまで話してしまったのだった。
「辛かったね」
「すみません……初対面でこんな話」
話し終えた後にカラカラの喉を酒で潤すと、途端に羞恥に襲われ思わず身を小さくしていると男は「真実の愛ってあると思う?」とロイに投げかけた。
突然の問いにアルコールの回った頭でぼうっと考えながら、氷の浮かんだもう何杯飲んだかわからない薄い蜂蜜酒の入ったグラスを眺める。
「わかりません……」
頭に浮かぶは母。踊り子で平民の母に一目惚れした父は母に猛アタックして半ば強引に関係を持ったと聞いた。
ロイを身籠った母は女手一つでロイを育てているところに、気まぐれに母に会いにきた父は俺を連れて帰ったという。
今覚えばそこに愛情などはなく、兄のスペアのような気持ちだったのかと思う。泣き叫びながら自分の名を呼ぶ声を覚えている。
それから会うこともなくどこかで身体を悪くした母は流行り病で亡くなったと聞かされたのは六歳のころだっただろうか。
屋敷の庭の隅でうずくまって泣いていたことを思い出し、胸がチリッと痛んだ。
「愛そのものがよくわかりません。愛し合ったことがあったとしても一時の感情かもしれないし……俺は真実の愛は見つけられそうにないですし」
苦笑しながら答えると男は水滴のついたグラスを指でゆっくり撫でながら口を開いた。
「真実の愛とは永遠の愛でもあると思う。私が思うに永遠の愛は「ずっと一緒にいたい」という気持ちではないかと思っている。私はその気持ちを永遠の愛にして真実にするよ」
「ずっと一緒にいたい……ですか」
ずっと一緒にいたいと思える感情なんて感じたことあっただろうかと考え、頭をふるふると振ると何も浮かばずなんだか難しいなと考えたところで視界が霞み、眠気に襲われる。
(やべ……飲みすぎたかな)
目を擦っていると隣から肩をさすられる。「すみません」と言いながらも今にも前のめりになって突っ伏してしまいそうになる身体をどうにか起こす。
「ああ、飲みすぎたようだね。少し目を閉じるといい。起こしてあげるから、安心して……ロイ」
途端に猛烈に睡魔が襲ってくる。男の溶けるような優しい声に瞼が重たくなる。
(あれ……俺、名前言ったっけ)
そんなことをふと考えたところでロイの意識はゆっくりと溶けていった。
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