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兄
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家に帰ると父が開口一番に「この家から出ていけ」と顔を真っ赤にして唾を飛ばす勢いでロイに言い放った。
手には商会長からと思われる手紙を握りつぶすように手に持ち怒りで震えている。
借金は向こうからの婚約破棄ということで慰謝料がわりに肩代わりしてもらえたそうだが、商会と縁を結んだことでせっかく得られた援助を切られることに父は激怒していた。
「出て行け」と言われることは予想はしていたものの、どこかでショックを受けている自分にしょうがないと言い聞かせた。
この場に継母がいないことだけが救いだった。二人揃うとさらに罵詈雑言の嵐だったに違いない。追い立てられるように父の部屋を後にして自室で少ない荷物をまとめていると、背後から声を掛けられる。
振り向くと神経質そうな顔の青年が開け放しの入り口のところで壁にもたれてこちらの様子を見ていた。
「兄さん……」
「お前に兄などと呼ばれる筋合いはない」
兄のスティーブンはこのカルヴァート家嫡男でロイの一つ上の年齢だ。昔から兄と呼ぶと嫌そうな顔をするも簡単な算術を教えてくれたりお腹を空かせて屋敷をうろつくロイにたまにパンをくれたことがあった。昔はもう少しまともに会話できていたが、だんだんとスティーブンがロイを避けるようになり、今では顔をろくに会わすこともなくなっていた。
(自分の栗色の髪と違ってシルバーグレーの髪が羨ましいと幼いころは思っていたっけ)
久しぶりに兄の顔を見て呆けているロイにスティーブンは眉を顰める。
「何を呆けている、気でも触れたか」
「いや、兄さんと話すの久しぶりだなって思って……義母さまは?」
思わず正直にこぼすと、スティーブンは目を見開いたかと思うとすぐに感情のない声で「また浮気相手のところだろう」と返した。
義母は数年前から外でできた恋人に夢中になり家を開けがちだ。わかっていた答えだけに気まずい空気が流れる。「そう」とだけ返して無言で荷造りをしているとスティーブンが口を開いた。
「婚約破棄されたと聞く。令嬢の相手はライアンだと」
「あー……うん。兄さんは知ってたの?」
「私とあいつはそのような話題は上がらないから知らなかった」
堅物そうな兄が恋愛の話をするところが想像できない。ライアンから何も知らされていなかったのは本当だろう。今となってはどうでも良い。
「そう」と一言だけ言って少ない荷物を肩にかけて兄に向き直った。
「じゃあ……お世話になりました」
兄に頭を下げてからそのままスティーブンの横を通り過ぎようとしたとき、腕を掴まれる。
強く掴まれたことに驚いて兄の顔を見上げると、真剣な表情でこちらを見下ろしていた。
「行くのか」
「……うん。兄さん元気で」
最後くらい笑顔で別れの言葉を言いたくて、微笑むとスティーブンは食いしばるような表情を一瞬見せたかと思うといつもの無表情に戻って掴んだ腕をそっと離した。
祖父や父と違って有能な兄はきっとこの家を建て直すことだろう。
ロイはそう思いながら育った家を後にした。
手には商会長からと思われる手紙を握りつぶすように手に持ち怒りで震えている。
借金は向こうからの婚約破棄ということで慰謝料がわりに肩代わりしてもらえたそうだが、商会と縁を結んだことでせっかく得られた援助を切られることに父は激怒していた。
「出て行け」と言われることは予想はしていたものの、どこかでショックを受けている自分にしょうがないと言い聞かせた。
この場に継母がいないことだけが救いだった。二人揃うとさらに罵詈雑言の嵐だったに違いない。追い立てられるように父の部屋を後にして自室で少ない荷物をまとめていると、背後から声を掛けられる。
振り向くと神経質そうな顔の青年が開け放しの入り口のところで壁にもたれてこちらの様子を見ていた。
「兄さん……」
「お前に兄などと呼ばれる筋合いはない」
兄のスティーブンはこのカルヴァート家嫡男でロイの一つ上の年齢だ。昔から兄と呼ぶと嫌そうな顔をするも簡単な算術を教えてくれたりお腹を空かせて屋敷をうろつくロイにたまにパンをくれたことがあった。昔はもう少しまともに会話できていたが、だんだんとスティーブンがロイを避けるようになり、今では顔をろくに会わすこともなくなっていた。
(自分の栗色の髪と違ってシルバーグレーの髪が羨ましいと幼いころは思っていたっけ)
久しぶりに兄の顔を見て呆けているロイにスティーブンは眉を顰める。
「何を呆けている、気でも触れたか」
「いや、兄さんと話すの久しぶりだなって思って……義母さまは?」
思わず正直にこぼすと、スティーブンは目を見開いたかと思うとすぐに感情のない声で「また浮気相手のところだろう」と返した。
義母は数年前から外でできた恋人に夢中になり家を開けがちだ。わかっていた答えだけに気まずい空気が流れる。「そう」とだけ返して無言で荷造りをしているとスティーブンが口を開いた。
「婚約破棄されたと聞く。令嬢の相手はライアンだと」
「あー……うん。兄さんは知ってたの?」
「私とあいつはそのような話題は上がらないから知らなかった」
堅物そうな兄が恋愛の話をするところが想像できない。ライアンから何も知らされていなかったのは本当だろう。今となってはどうでも良い。
「そう」と一言だけ言って少ない荷物を肩にかけて兄に向き直った。
「じゃあ……お世話になりました」
兄に頭を下げてからそのままスティーブンの横を通り過ぎようとしたとき、腕を掴まれる。
強く掴まれたことに驚いて兄の顔を見上げると、真剣な表情でこちらを見下ろしていた。
「行くのか」
「……うん。兄さん元気で」
最後くらい笑顔で別れの言葉を言いたくて、微笑むとスティーブンは食いしばるような表情を一瞬見せたかと思うといつもの無表情に戻って掴んだ腕をそっと離した。
祖父や父と違って有能な兄はきっとこの家を建て直すことだろう。
ロイはそう思いながら育った家を後にした。
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