犬伯爵様は永遠の愛を誓う

あまみ

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婚約破棄

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 結婚式一週間前に婚約破棄にあってしまった。



 婚約者のマリリンから呼び出され、結婚式の打ち合わせだろうかと呑気に向かった先でロイが目にしたのは、自分の婚約者同じ伯爵家で幼馴染であるライアンが恋人同士のように肩を寄せ合っている場面だった。
 頬を赤らめてライアンを見上げる婚約者の見たことのない表情にロイは動揺した。付き合ってきてあんな表情を見たことがあっただろうかと記憶を探してもいつだって多忙なロイに対して気遣うような笑顔しか浮かばない。

 思わず絶句しているとこちらに気づいたマリリンが気まずそうにしながらも自分に告げたのは別れの言葉だった。

 「別れてほしいの……私は真実の愛を見つけたの」
 「シンジツノアイ……」
 
 片言で呟くとマリリンの隣で肩を抱くライアンが小さく鼻で笑って口を開く。

 「婚約者であるお前には悪いが俺とマリリンは結ばれるべき運命なんだ」

 ライアンの言葉に顔を綻ばすマリリンはまたもやロイが初めてみる表情だった。
 小馬鹿にしたような表情でライアンは続ける。

 「なんでもお前たちの婚約は借金まみれのお前の家を救済するための婚約だったそうじゃないか」

 確かに二年前に決められたこの婚約は伯爵家当主である父とマリリンの父でもあるこの町一番の商会の会長が決めた婚約だった。
 ロイの家カルヴァート家はお世辞にも裕福とは言い難い暮らしをしている。
 それもロイの祖父である先代の当主が大変な浪費家であちこちに借金を作ったまま亡くなったためだ。


 ロイの父が当主を引き継いだ際、まず行ったのは……賭博だった。


 どうしようもない祖父に父はどうしようもないところが似てしまったのだ。
 家柄だけは腐っても伯爵家だったカルヴァート家当主の父は賭博場で商会長と出会った。そして貴族との繋がりを得たかった商会長と借金の肩代わりを条件にマリリンとの婚約を結びつけたのである。
 しかも祖父よりずる賢いところがある父は、長男である兄のスティーブンではなく父が妾に産ませた子であるロイを指名した。
 
 『跡取りであるスティーブンは子爵家令嬢との婚約が決まっている。商会は婿養子を望んでいるし、平民の血が流れているお前にピッタリじゃないか。せいぜい役に立てよ』

 踊り子であった平民の母に入れ込んだ癖に平民を蔑む言葉を放つ父に失望しつつ家を出られることに胸が弾んだ。
 母から無理やり引き取られたロイは家に居場所がない。そんな母もとっくに亡くなっている。
 当たり前のように食事は出ないし、普段の衣服も着古した使用人のお下がりだったりする。マリリンに会いに行くときだけは兄に頼み込んで着なくなった服を譲ってもらったりしたがそれも父と継母にいちゃもんをつけられかねないので外に出てからこっそり着替える。
 
 婚約者であるマリリンに今はまだ恋愛感情はなくとも愛のある家庭を夢見てまめに手紙を書いたり、贈り物をしたりして自分では愛を育んでいたつもりだった。

 「しかも婚約者であるマリリンにはロクに会わず手紙や贈り物だけで済ませていたそうじゃないか」
 「違う!……それは……」

 (その贈り物を贈るためにアルバイトをしていたからなかなか会いに行けなかったなんて言えるはずがない)

 平民の血が流れている自分に自由にお金があるはずもなく、贈り物などをする際は自分でアルバイトして稼いだお金で贈り物をしていた。
 それでも忙しい合間をぬって会いに行けば最初は快く会っていてくれたのがだんだんと断られることが多くなったのはいつからだろうか。
 幼馴染であるライアンは兄と同い年の伯爵家の三男坊だ。幼い頃うちに来ては兄と遊んでいる傍ら自分も誘って仲間に入れてくれたのを思い出す。
 普段自分にそっけない兄でもライアンがいるときだけ遊んでくれたのが嬉しかった。成長と共に三人で遊ぶことなんてしなくなったものの、街で顔を合わせば挨拶を交わすくらいには交流があった。
 そのライアンと自分の婚約者であるマリリンが交流を持っていたなんてことはもちろん知らなかった。
 
 「二人は……いつからなんだ」

 マリリンがふわふわの桃色の髪をいじりながらライアンの袖を引く。
 問いに答えたのはライアンだった。

 「お前にわざわざいう必要もない」

 冷たい声音で投げかけられる言葉に幼き日のライアンが浮かぶも以前の面影は感じられない。
 
 マリリンの方へ視線を向けるとこちらと目も合わせようとせずライアンの手を弄んでいる。絡まる二人の手を思わず見つめるとライアンはぎゅっとマリリンの手を握った。


 「とにかくお前との婚約は終わりだ」

 
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