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猫、誘拐される

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 爬虫類が獲物を捕らえるかの如くテオドールの視線はピタリと天音に釘付けだ。ビクビクしながらテオの姿を確認するも天音はピャッと余計エリオットの懐に深く潜り込んでしまった。毛を逆立ててプルプルと震えている。

 「おい、怯えているだろう。出ていけ」

 傍若無人に言うエリオットにテオドールは意にも介さずにユエルにお茶を頼んだ。

 この客人はこの国一番の魔術師でもあり、エリオット、ユエルの幼い頃からの幼馴染でもある。
 長い黒髪に切長の目で見目麗しく、由緒正しい魔術師の家系の出であるにもかかわらず、普段は屋敷で怪しい魔術の研究に明け暮れ、新しく開発した魔術を試そうと城の一角を破壊したのは一度や二度ではない。
 エリオット、ユエルの二人曰く人格破綻のレッテルを貼られている。

 「街に降りたときに拾ってきたの? 俺、猫ちゃんだーいすき!素材としても最高だし」

 なんのための素材かは聞きたくもないし、どういうふうに扱うのかも聞くつもりのないエリオットは余計に顔を顰めた。

 「出ていけ」
 「やーん! 他人には厳しくて無愛想この上ない第一王子のエリーちゃんは猫ちゃんにメロメロなのお?」
 「その名前で呼ぶな」

 エリオットはピキッとこめかみに青筋を立てるもテオドールは気にせず涼しい顔でユエルのいれたお茶を優雅に口に運ぶ。
 
 「俺が優秀な医者でもあるのは知っているでしょ、健康診断してあげるよ」
 「いらん、間に合っている」

 間に合っているのは本当で天音がカラスに攻撃されて負傷して運ばれたとき、王宮の医師に診てもらって手当を受けた。
 テオドールが優秀な医師であるこは間違いないが、それは魔術に関する負傷によるものだけだ。
 彼がわざわざこう言うのは気まぐれでもなんでもないのをエリオットは知っている。そのことに気づいたエリオットはハッとして真剣な表情になる。

 「何かのか?」
 「うーん……よく診て見ないことにはなんとも。ただ、普通の猫にしては魔力を帯びているからねえ」

 この世には人間は多少なりとも魔力を保有しており、魔力量は様々である。エリオットは風の魔法を得意とし、ユエルは自身の身体を硬化させる魔法を得意とする。テオドールに至っては全属性のオールマイティーだ。人間しか魔力を保有していないのが常だが、魔物は別だ。

 考えられるのは魔力を元々持った魔物に近い猫か、もしくは呪いか……。

 前者であった場合、適切な処置をしなければならないし、後者であった場合、エリオットにはどうすることもできない。
 その点あらゆる分野に精通しているこの目の前の魔術師ならば何か手立てがある可能性はなくはない。
 ただ、エリオットはこの人格破綻者に大事なイオ(天音)を預けるのは少々、いやかなり気が引けていた。
 毎日の潤いとなっている愛猫と一日でも離れたくない。
 会話を聞いていた天音は余計にエリオットの服にしがみついた。この際高そうな服に爪を食い込ませるのもやむなし。

 「ってことで!ちょっと借りるよ~あ!大丈夫!異常なかったらちゃんと返すからね!」

 天音の抵抗虚しく突然ふわりと身体が浮いたかと思うとボールのようにポーンと身体が投げ出された。
 テオドールがすかさずキャッチし、そのまま腕に抱かれる。

 「な!いきなり何するんだ!」
 「大丈夫!俺を信じて!」

 そう言ってエリオットが取り返そうとしたときにはテオドールの姿は跡形もなく消え去った。
 テオドールが得意とする転移魔法で逃げられては追いかけようがない。怒りのあまりワナワナと震えているとユエルが気遣わしげにエリオットに声をかけた。

 「あのー……どうされます?」
 「決まっている!イオを取り返す」

 ユエルは逃げ足の速い魔術師の足取りを追うのは無駄だと思いながらも慌ててテオドールの屋敷に使いを出したのだった。

 
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