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2章
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キヨラの町に着くと真夜中にもかかわらず、宿には明かりがついていた。宿に近づくと、何やら人影が見える。よく目を凝らしてみると宿の入り口の前に立っていた影はハンナだった。こちらに気づいたハンナがものすごい勢いで走ってきて私に抱きついてきた。
「お嬢様……心配しましたっ……」
「ハンナ、心配かけてごめんなさい」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられていると今より幼い頃の記憶がふと蘇る。
お転婆だった私がハンナの静止も聞かずに庭で一番高い木に登ったことがあった。私は足を滑らせて木から落ちてハンナが間一髪のところで受け止めてくれたのだ。そのときもハンナに涙目で抱きしめられたことがあったのだ。普段はメイドとして一歩引いた姿勢のハンナに抱きしめられて申し訳なさと同時に嬉しかったことを思い出す。けれど今の泣きそうな表情のハンナを見ていると嬉しさよりも申し訳なさでいっぱいになった。
しばしハンナと抱き合っているとハンナは思い出したように私の顔を包んで覗き込んだ。
「お嬢様の白い肌にこんなに傷が……」
「小さな擦り傷だしすぐ治るから問題ないわ。それよりもレイ様に伝えてくれてありがとう。教会の方はどうなったの?」
顔をハンカチで拭かれながらたずねると、ハンナは複雑そうな表情を見せて「それが……」と言い淀んだ。
「とりあえず今はお嬢も疲れているだろうからお風呂と着替えを」
レイ様が遮るように間に入ってハンナに言うとハンナは慌てて「お湯の準備をして参ります!」とバタバタと部屋に戻って行った。その様子を呆気にとられながら見送るとレイ様は「さーて」とのんびりした声で言った。
「さあ、俺はこの子を教会に送ってくるから。今日はもう休んで明日の昼前ぐらいに教会に来てくれる?」
イアンの肩に手を置いてレイ様はそう言って私にウインクした。「でも教会は……」と私が言いかけるとレイ様は「大丈夫。子供達のことはサーニャさんっていう人が来てくれているから。それに今日は俺も向こうでいろいろお手伝いしなきゃいけないから警備の面でだったらすごく安全だと思うよ」と言うと戸惑った表情のイアンを促した。イアンと「また明日」とだけ軽い挨拶を交わすと、二人はまだ暗い町の中に消えていった。
サーニャさんが来ていると言うことはマリウス神父はもう教会にいないということだろうか。
二人がいなくなった方を見ているとリクに「中に入りましょう」と声を掛けられた。
気になることはたくさんあるけど私はリクと一緒に部屋に戻ったのだった。
部屋に戻ると暖かい空気が頬を撫でた。どうやらハンナが暖炉をつけてくれているようで部屋の中は暖かい。日中はまだ暖かいものの夜は肌寒い。
思わずホッと息を吐くと部屋の奥からハンナがエプロンをした状態で出てきた。
「お嬢様、お湯の準備ができましたがお風呂に入られますか。それとも先に何か召し上がられますか」
「ありがとう。まずはお風呂をいただくわ」
浴室に入りハンナに手伝ってもらいながら服を脱ぐとハンナが手首に巻かれた包帯を見て眉を顰める。縛られていたことと、レイ様が手当てをしてくれたことを話した。
「洗って巻き直しましょう」
包帯をとって手首を丁寧にハンナに洗ってもらう。少しヒリヒリとしみたが我慢できる痛さだ。身体を洗ってもらいながらハンナに傷の確認をしてもらうと、大きな傷はないようで跡も残らないだろうと胸を撫で下ろしているハンナに少し苦笑した。
お気に入りのラベンダーの精油をほんの少し垂らした湯船に浸かると足先から温まって身体がほぐれていく。思わず自然と声が出てしまう。
「あー気持ちいいわー」
おおよそ十歳とは思えない私の姿にハンナは「それはようございました」とクスリと笑った。
湯船から漂っているラベンダーの香りを吸い込んでしばし深呼吸をする。身体がリラックスしていくのがわかると同時にぐううっとお腹がなる。
恥ずかしくなって湯船の中で身をちぢこませるとハンナが優しい顔で微笑んで「お風呂から上がったらすぐに召し上がれるようにご用意しますね」と言って浴室から出ていった。
一人になった浴室で今日あった出来事を思い起こす。森でカイに出会い、ヨシュアにも町で遭遇して教会でマリウス神父に襲われてイアンと共に奴隷商人に売られそうになり、妖精にも襲われて……今日だけでいろいろ起こりすぎではないだろうか。思わずげんなりしてしまう。
あれからマリウス神父はどうなったのだろうか……フローラや教会の子供達は?カイとヨシュアは?レイ様は大丈夫と言っていたけれど……。レイ様の口ぶりからあのあと教会でも何かが起こったのは確かだ。
そんなことを考えながらも疲れからかそれ以上は何も考えられない。ふと脳裏になぜか白銀の髪の人物が浮かぶ。
また夢で見ちゃったな……。今日も顔見られなかったけど。
湯船に浸かりながらぼうっとしていると浴室の外からハンナに声をかけられる。ハッとして慌てて返事をする。
私は頭を振って白銀の髪の人物を頭の隅に追いやった。今は考えてはいけないと自分に言い聞かせて。
「お嬢様……心配しましたっ……」
「ハンナ、心配かけてごめんなさい」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられていると今より幼い頃の記憶がふと蘇る。
お転婆だった私がハンナの静止も聞かずに庭で一番高い木に登ったことがあった。私は足を滑らせて木から落ちてハンナが間一髪のところで受け止めてくれたのだ。そのときもハンナに涙目で抱きしめられたことがあったのだ。普段はメイドとして一歩引いた姿勢のハンナに抱きしめられて申し訳なさと同時に嬉しかったことを思い出す。けれど今の泣きそうな表情のハンナを見ていると嬉しさよりも申し訳なさでいっぱいになった。
しばしハンナと抱き合っているとハンナは思い出したように私の顔を包んで覗き込んだ。
「お嬢様の白い肌にこんなに傷が……」
「小さな擦り傷だしすぐ治るから問題ないわ。それよりもレイ様に伝えてくれてありがとう。教会の方はどうなったの?」
顔をハンカチで拭かれながらたずねると、ハンナは複雑そうな表情を見せて「それが……」と言い淀んだ。
「とりあえず今はお嬢も疲れているだろうからお風呂と着替えを」
レイ様が遮るように間に入ってハンナに言うとハンナは慌てて「お湯の準備をして参ります!」とバタバタと部屋に戻って行った。その様子を呆気にとられながら見送るとレイ様は「さーて」とのんびりした声で言った。
「さあ、俺はこの子を教会に送ってくるから。今日はもう休んで明日の昼前ぐらいに教会に来てくれる?」
イアンの肩に手を置いてレイ様はそう言って私にウインクした。「でも教会は……」と私が言いかけるとレイ様は「大丈夫。子供達のことはサーニャさんっていう人が来てくれているから。それに今日は俺も向こうでいろいろお手伝いしなきゃいけないから警備の面でだったらすごく安全だと思うよ」と言うと戸惑った表情のイアンを促した。イアンと「また明日」とだけ軽い挨拶を交わすと、二人はまだ暗い町の中に消えていった。
サーニャさんが来ていると言うことはマリウス神父はもう教会にいないということだろうか。
二人がいなくなった方を見ているとリクに「中に入りましょう」と声を掛けられた。
気になることはたくさんあるけど私はリクと一緒に部屋に戻ったのだった。
部屋に戻ると暖かい空気が頬を撫でた。どうやらハンナが暖炉をつけてくれているようで部屋の中は暖かい。日中はまだ暖かいものの夜は肌寒い。
思わずホッと息を吐くと部屋の奥からハンナがエプロンをした状態で出てきた。
「お嬢様、お湯の準備ができましたがお風呂に入られますか。それとも先に何か召し上がられますか」
「ありがとう。まずはお風呂をいただくわ」
浴室に入りハンナに手伝ってもらいながら服を脱ぐとハンナが手首に巻かれた包帯を見て眉を顰める。縛られていたことと、レイ様が手当てをしてくれたことを話した。
「洗って巻き直しましょう」
包帯をとって手首を丁寧にハンナに洗ってもらう。少しヒリヒリとしみたが我慢できる痛さだ。身体を洗ってもらいながらハンナに傷の確認をしてもらうと、大きな傷はないようで跡も残らないだろうと胸を撫で下ろしているハンナに少し苦笑した。
お気に入りのラベンダーの精油をほんの少し垂らした湯船に浸かると足先から温まって身体がほぐれていく。思わず自然と声が出てしまう。
「あー気持ちいいわー」
おおよそ十歳とは思えない私の姿にハンナは「それはようございました」とクスリと笑った。
湯船から漂っているラベンダーの香りを吸い込んでしばし深呼吸をする。身体がリラックスしていくのがわかると同時にぐううっとお腹がなる。
恥ずかしくなって湯船の中で身をちぢこませるとハンナが優しい顔で微笑んで「お風呂から上がったらすぐに召し上がれるようにご用意しますね」と言って浴室から出ていった。
一人になった浴室で今日あった出来事を思い起こす。森でカイに出会い、ヨシュアにも町で遭遇して教会でマリウス神父に襲われてイアンと共に奴隷商人に売られそうになり、妖精にも襲われて……今日だけでいろいろ起こりすぎではないだろうか。思わずげんなりしてしまう。
あれからマリウス神父はどうなったのだろうか……フローラや教会の子供達は?カイとヨシュアは?レイ様は大丈夫と言っていたけれど……。レイ様の口ぶりからあのあと教会でも何かが起こったのは確かだ。
そんなことを考えながらも疲れからかそれ以上は何も考えられない。ふと脳裏になぜか白銀の髪の人物が浮かぶ。
また夢で見ちゃったな……。今日も顔見られなかったけど。
湯船に浸かりながらぼうっとしていると浴室の外からハンナに声をかけられる。ハッとして慌てて返事をする。
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