42 / 91
2章
2−13
しおりを挟む
宿に戻り私はベッドの上で考えていた。
「うーん……なんだかわからなくなってくる」
先程のマリウス神父から聞いた話を思い出す。そういえば人間がさらったという可能性はどうなっているのかハンナに聞いてみる。
「宿の従業員に聞いたのですが、この町を出入りする際検問所で積み荷を確認しているため人を連れ出すとなると難しいそうです」
「検問所を通らずにキヨラを出る方法は?」
「一応ここを出ることのできる門は全て兵を配置してありますし、掻い潜って出るとなると難しいのではないでしょうか。あとは森への入り口があって、ここは住民も狩に出かけるため、街道に出るには遠回りになりますし危険もあるので外部の人間はまず利用しないそうです」
では行方不明の子供達はキヨラから出ていないか、森へいる可能性が大きいのか。内部の人間か、外部の人間かはたまた自らいなくなったのか……。
今は誘拐の線も考えて目撃者がいないか自警団が聞いてまわっているらしい。
正直手がかりが少なすぎる。こんなときはもくもくとお菓子作りをするに限るんだけどなー。
私が唸っている横でハンナがテキパキとお茶の準備をしている。
「お嬢様が考えてもしょうがないのでは? さあ、お茶の準備ができましたよ」
一息つこうとベッドから起き上がり、リクを見ると収納ポケットからお菓子を取り出していた。
「もう夕食前ですよ」
「レイ殿がいつ帰ってくるかわからないから少しならいいだろう」
収納ポケットから取り出したのは見覚えのないお菓子だった。砂糖の甘い匂いが鼻をくすぐる。
「昨日、レイ殿と屋台をまわっていた時に買ったお菓子です。カラーチというそうです」
「食べていいの?」
「もともとお嬢様とハンナに買ってきたものなので」
リクから紙包を受け取り、まじまじと見つめる。一見ドーナツのように見えるが、形はドーナツより幅が細く大きい。外側にたっぷりと砂糖がまぶしてあり、内側は切ったパンのようにふわりとしている。リクの収納ポケットに入れていたからかまだほんのりと温かい。
一口かじるとクロワッサンのようにサクッとした食感で砂糖の甘さが口に広がる。意外と中はふわふわで菓子パンのようだ。
「おいしー……」
思わず呟くとリクはモグモグとしながらこちらを見て得意げにうなずいた。ハンナは気に入ったのか黙って黙々とリスのように食べ続けている。
「ありがとう、リク。レイ様にもお礼を言わなきゃね」
そう言ってハンナの顔を見ると「え、ええ。そうですね」と口を拭きながら視線をずらした。
「そういえばハンナはレイ様に会ったことがないって聞いてはいたけど叔父と姪同士なのにどうしてやたら他人行儀なの?」
ふと思ったことを尋ねるとハンナは途端に苦い表情になった。
頭に浮かぶのはレイ様に対してやや辛辣な対応のハンナとニコニコと受け流すレイ様のやりとりが浮かぶ。
屋敷にいたときから二人はそうだった気がする。
「それは……」
言い淀んでいるハンナにリクがやれやれと言ったふうにため息をついた。
「ハンナに対してレイ殿は幼少期会ったときのことを言って軽口をたたいたそうです」
それは……自分もされたら嫌だ。いったい何を言ったのかは気になるけど。
「その……私はまったく覚えていないのですが、幼い頃にレイ殿に会ったときにひとめ見て『結婚しよ』って言ったそうで……。それで会ったときに『あんなに結婚したがっていたのにまだ結婚してないんだ』と言われて思わずナイフを投げてしまって……」
そう言ってハンナはどんよりとした雰囲気になる。
レイ様、最悪すぎる。そしてデリカシーがまったくない。
「それは怒っていいと思うわ! なんてデリカシーのない方なの!」
憤慨しているとリクが「その後セバスとマーサに袋叩きにされてましたので報復は済んでいます」と答える。
そのときのことを思い出しているのかリクが遠い目をしていて、ハンナは死んだ目をしている。
先程嘘とはいえマリウス神父にレイ様と恋仲にしてしまったのを申し訳なく思う。
ハンナはそもそもまだ十六歳である。こちらの世界は早婚ではあるが、十六歳で結婚していなくとも「まだ」と言われるいわれはないのだ。
そこでハッとする。もしかしてハンナは早くに結婚したい願望があるのだろうか……それでレイ様に言われて図星を指されて思わずナイフを投げてしまったのだとしたら……。だとしたら私にこうして着いてきてくれるのはハンナにとっていいことなのだろうか……。ハンナの希望を聞いてそれに向けて動いてあげなければ。
「あ、あのハンナ……」
思い切ってハンナにたずねようとハンナに向き直る。ハンナは不思議そうに私を見た。
「あのね……ハンナは……もしかして早くに、け、けっ結婚したいとかの願望があるのかしら?」
「ないです」
即答したハンナの顔を見ると驚くほど無表情だった。
「不躾なことを言われて思わずレイ様に攻撃してしまったのは事実ですが、私はもともと結婚願望はまったくありません」
「そ、そうなの?」
「ええ、まったく。生涯独身でアリアお嬢様にお使えしたいと思っています」
そう言ってハンナは私の前まで来て膝まづく。心なしかハンナの瞳は爛々と輝いて見える。
圧がすごい……。思わず両手で壁を作りハンナの顔を見えないように隠す。
「そんな生涯だなんてすぐ決めるものではないわ」
「いいえ! それにずっとおそばにいるとお伝えしたではありませんか!」
確かに屋敷を出る前にそんなことを言っていたような気がするが生涯だなんて聞いていない。
ホッとしたのは事実だが素直に喜ぶべきか、ハンナを諌めるべきかわからない。
結婚することが必ずしも幸せにつながるとは限らないとは私は思っているけど。
その後帰ってきたレイ様に対して私が若干冷ややかな視線を向けたのは言うまでもない。
「うーん……なんだかわからなくなってくる」
先程のマリウス神父から聞いた話を思い出す。そういえば人間がさらったという可能性はどうなっているのかハンナに聞いてみる。
「宿の従業員に聞いたのですが、この町を出入りする際検問所で積み荷を確認しているため人を連れ出すとなると難しいそうです」
「検問所を通らずにキヨラを出る方法は?」
「一応ここを出ることのできる門は全て兵を配置してありますし、掻い潜って出るとなると難しいのではないでしょうか。あとは森への入り口があって、ここは住民も狩に出かけるため、街道に出るには遠回りになりますし危険もあるので外部の人間はまず利用しないそうです」
では行方不明の子供達はキヨラから出ていないか、森へいる可能性が大きいのか。内部の人間か、外部の人間かはたまた自らいなくなったのか……。
今は誘拐の線も考えて目撃者がいないか自警団が聞いてまわっているらしい。
正直手がかりが少なすぎる。こんなときはもくもくとお菓子作りをするに限るんだけどなー。
私が唸っている横でハンナがテキパキとお茶の準備をしている。
「お嬢様が考えてもしょうがないのでは? さあ、お茶の準備ができましたよ」
一息つこうとベッドから起き上がり、リクを見ると収納ポケットからお菓子を取り出していた。
「もう夕食前ですよ」
「レイ殿がいつ帰ってくるかわからないから少しならいいだろう」
収納ポケットから取り出したのは見覚えのないお菓子だった。砂糖の甘い匂いが鼻をくすぐる。
「昨日、レイ殿と屋台をまわっていた時に買ったお菓子です。カラーチというそうです」
「食べていいの?」
「もともとお嬢様とハンナに買ってきたものなので」
リクから紙包を受け取り、まじまじと見つめる。一見ドーナツのように見えるが、形はドーナツより幅が細く大きい。外側にたっぷりと砂糖がまぶしてあり、内側は切ったパンのようにふわりとしている。リクの収納ポケットに入れていたからかまだほんのりと温かい。
一口かじるとクロワッサンのようにサクッとした食感で砂糖の甘さが口に広がる。意外と中はふわふわで菓子パンのようだ。
「おいしー……」
思わず呟くとリクはモグモグとしながらこちらを見て得意げにうなずいた。ハンナは気に入ったのか黙って黙々とリスのように食べ続けている。
「ありがとう、リク。レイ様にもお礼を言わなきゃね」
そう言ってハンナの顔を見ると「え、ええ。そうですね」と口を拭きながら視線をずらした。
「そういえばハンナはレイ様に会ったことがないって聞いてはいたけど叔父と姪同士なのにどうしてやたら他人行儀なの?」
ふと思ったことを尋ねるとハンナは途端に苦い表情になった。
頭に浮かぶのはレイ様に対してやや辛辣な対応のハンナとニコニコと受け流すレイ様のやりとりが浮かぶ。
屋敷にいたときから二人はそうだった気がする。
「それは……」
言い淀んでいるハンナにリクがやれやれと言ったふうにため息をついた。
「ハンナに対してレイ殿は幼少期会ったときのことを言って軽口をたたいたそうです」
それは……自分もされたら嫌だ。いったい何を言ったのかは気になるけど。
「その……私はまったく覚えていないのですが、幼い頃にレイ殿に会ったときにひとめ見て『結婚しよ』って言ったそうで……。それで会ったときに『あんなに結婚したがっていたのにまだ結婚してないんだ』と言われて思わずナイフを投げてしまって……」
そう言ってハンナはどんよりとした雰囲気になる。
レイ様、最悪すぎる。そしてデリカシーがまったくない。
「それは怒っていいと思うわ! なんてデリカシーのない方なの!」
憤慨しているとリクが「その後セバスとマーサに袋叩きにされてましたので報復は済んでいます」と答える。
そのときのことを思い出しているのかリクが遠い目をしていて、ハンナは死んだ目をしている。
先程嘘とはいえマリウス神父にレイ様と恋仲にしてしまったのを申し訳なく思う。
ハンナはそもそもまだ十六歳である。こちらの世界は早婚ではあるが、十六歳で結婚していなくとも「まだ」と言われるいわれはないのだ。
そこでハッとする。もしかしてハンナは早くに結婚したい願望があるのだろうか……それでレイ様に言われて図星を指されて思わずナイフを投げてしまったのだとしたら……。だとしたら私にこうして着いてきてくれるのはハンナにとっていいことなのだろうか……。ハンナの希望を聞いてそれに向けて動いてあげなければ。
「あ、あのハンナ……」
思い切ってハンナにたずねようとハンナに向き直る。ハンナは不思議そうに私を見た。
「あのね……ハンナは……もしかして早くに、け、けっ結婚したいとかの願望があるのかしら?」
「ないです」
即答したハンナの顔を見ると驚くほど無表情だった。
「不躾なことを言われて思わずレイ様に攻撃してしまったのは事実ですが、私はもともと結婚願望はまったくありません」
「そ、そうなの?」
「ええ、まったく。生涯独身でアリアお嬢様にお使えしたいと思っています」
そう言ってハンナは私の前まで来て膝まづく。心なしかハンナの瞳は爛々と輝いて見える。
圧がすごい……。思わず両手で壁を作りハンナの顔を見えないように隠す。
「そんな生涯だなんてすぐ決めるものではないわ」
「いいえ! それにずっとおそばにいるとお伝えしたではありませんか!」
確かに屋敷を出る前にそんなことを言っていたような気がするが生涯だなんて聞いていない。
ホッとしたのは事実だが素直に喜ぶべきか、ハンナを諌めるべきかわからない。
結婚することが必ずしも幸せにつながるとは限らないとは私は思っているけど。
その後帰ってきたレイ様に対して私が若干冷ややかな視線を向けたのは言うまでもない。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説

転生したら捕らえられてました。
アクエリア
ファンタジー
~あらすじ~ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
目を覚ますと薄暗い牢獄にいた主人公。
思い付きで魔法を使ってみると、なんと成功してしまった!
牢獄から脱出し騎士団の人たちに保護され、新たな生活を送り始めるも、なかなか平穏は訪れない…
転生少女のチートを駆使したファンタジーライフ!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
見切り発車なので途中キャラぶれの可能性があります。
感想やご指摘、話のリクエストなど待ってます(*^▽^*)
これからは不定期更新になります。なかなか内容が思いつかなくて…すみません
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話
カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。
チートなんてない。
日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。
自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。
魔法?生活魔法しか使えませんけど。
物作り?こんな田舎で何ができるんだ。
狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。
そんな僕も15歳。成人の年になる。
何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。
女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。
になればいいと思っています。
皆様の感想。いただけたら嬉しいです。
面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。
よろしくお願いします!
カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。
続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる