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2章
2−10
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午後から私はハンナとリクを引き連れてあてもなく町を歩いた。
町の賑やかな様子は子供が行方不明になっているというのに不穏な様子はない。
時折自警団と思われる帯剣している男性達が通りすぎる。男性達はあたりを見回って町を巡回しているようだった。
その様子を見て、ふと思ったことをハンナにたずねる。
「自警団は町長がまとめているのかしら」
「そうなりますね。確か町長が直轄でまとめています」
「町長から領主に話がいっているといいのだけど」
「そうですね……正直そのあたりは領地によってそれぞれ違いますからね」
ハンナの話によると町で何か事件や災害などが起こった際、報告しても大規模なものではないかぎり自分まで持ってこずに町長が解決しろと言う領主も多いという。
まあ、領地によっては細かな出来事まで報告するのはその領地の判断によるだろう。
大抵は何かあったときのために町長は自警団を動かせる権限を持っているらしい。
今回の子供の行方不明事件に関してはどうなのだろう。
ここまで屋台の人や、宿屋の人に「子供だけで出歩いてはいけないよ」と声はかけられるもなかなか有力な情報は聞けなかった。
どうしたものかと考えながら歩いていると、勢いよくドンと何かにぶつかってしまった。
思わず目を瞑ってしまい、尻餅をついた痛さよりもぶつかられた衝撃に驚く。久しぶりに尻餅をついたなと頭の中で思いながらいたたと目を開ける。
「いたあーい!」
目の前には緩やかなウェーブがかかった赤毛を二つ結びにした女の子が尻餅をついて甲高い声を上げて呻いていた。
「お嬢様! 大丈夫ですか?」
ハンナが外ではお嬢様呼びをしないことを約束したのに動揺して呼び方が戻っている。目の前の少女は「お嬢様」と呼ばれた私を見て血相を変えた。
「も、申し訳ございませんっ! お貴族の方とは知らず……」
歳は私より二つほど上だろうか、カタカタと震えながら地べたに這いつくばって前世で言う土下座のような格好で許しをこいだした。
私はハンナに手を貸してもらって立ち上がるとその少女に駆け寄った。
「私は大丈夫、たいしたことないから。それよりあなたは大丈夫?」
私の言葉を聞いた少女は頭を上げてびっくりしたように私を見たあと、地面に額を擦り付けるようにしてまた頭を下げた。
「だ、大丈夫です……申し訳ございません」
「こちらこそぼーっとしてて前を見てなかったの。ごめんなさい」
「いえ! お洋服も汚してしまって……」
少女に言われて自分の今の姿に気づく。みると割れた卵が殻の一部ごとベッタリとスカートに引っ付いている。
辺りには割れた卵とそれを入れていたであろうカゴが散乱していた。とりあえず目の前の少女の腕をとり立ち上がらせる。女の子は私に手を取られてビクッと怯んだ様子を見せたものの、されるがままに立ち上がる。
よく見ると顔には先程這いつくばったせいか泥がついている。年端のいかない少女が顔に泥をつけていることに私は思わずハンカチを取り出して顔の泥を拭いてあげた。
女の子はまん丸のアーモンドのような目をしており、そばかすが可愛らしい。黙ってされるがままの少女の表情は驚きの表情のまま固まってしまっている。
汚れたスカートも気になるが、それよりも割れた卵が申しわけない。無事な物がないかリクとハンナがかごに無事な卵を探して入れている。
スカートはすぐ染み抜きをすればなんとかなるけど卵は元に戻らないしなあ……と思っていると少女の後ろから男性が慌てた様子でやってきた。
「これは、うちの者が粗相をしたようで申し訳ござません!」
「こちらこそ卵が割れてしまったようでごめんなさい」
男性の顔を見るとなんだか見覚えのある顔だった。壮年の男性は司祭服を身にまとっている。
顔をよく見ると思わず「あ」と男性の顔を見て声が出る。すると男性は不思議そうな表情をしたあと「あなたは宿屋の……」と言った後、そばにいたリクに視線を移した。
男性はなんと昨日宿で声をかけてきただった。確かあのときはシャツにスラックスのような格好だった。するとハンナが「知り合いですか」とたずねてきた。
「昨日、宿で会った方よ」
そう言うとハンナは昨日私が話した声をかけてきた男性と知り、少し警戒の色を滲ませた。ハンナの警戒を感じ取ったのか男性はすぐさま姿勢を正して向き直る。
「私はこの近くで教会孤児院の神父をしている者で、マリウスと申します。この子はフローラで孤児院の子供です」
「私はアリアと申します。この方は義理の姉のハンナです」
ハンナがたじろいだ気がしたがすぐに合わせてくれた。マリウス神父は「貴族の方とお見受けしますが……」とこちらを伺うような表情をした。
「いいえ、私の両親は小さい商会を営んでいる平民です」
咄嗟に嘘をついてしまったが貴族と知られたら大事になりそうな気がした。何より先程から顔を青くしているフローラにこれ以上負担を掛けたくない。
マリウス神父は怪しむ様子もなく申し訳なさそうな表情で私とハンナを見て告げた。
「そうでしたか、ここでお話もなんですからうちへいらしてください。着替えを用意いたしましょう」
少し考えた後脳裏に教会といえば確か行方不明の三人目の子供が教会の子供だったと浮かんだ。何か話が聞けるかもしれないとその提案を快く応じることにした。マリウス神父はリクの方を見て微笑んだ。
「あなたもどうぞ」
リクは目を見開いた後何も言わずにコクリとうなずいた。
リクの姿を見ても動揺を見せないことからやはり神父は精霊が見える人物なのか。リクが初めて視界に入ったのかフローラは驚いた顔をした後なんだかソワソワしている。
こうして私達は思わぬ出来事がきっかけで教会孤児院へ足を踏み入れることになったのだった。
町の賑やかな様子は子供が行方不明になっているというのに不穏な様子はない。
時折自警団と思われる帯剣している男性達が通りすぎる。男性達はあたりを見回って町を巡回しているようだった。
その様子を見て、ふと思ったことをハンナにたずねる。
「自警団は町長がまとめているのかしら」
「そうなりますね。確か町長が直轄でまとめています」
「町長から領主に話がいっているといいのだけど」
「そうですね……正直そのあたりは領地によってそれぞれ違いますからね」
ハンナの話によると町で何か事件や災害などが起こった際、報告しても大規模なものではないかぎり自分まで持ってこずに町長が解決しろと言う領主も多いという。
まあ、領地によっては細かな出来事まで報告するのはその領地の判断によるだろう。
大抵は何かあったときのために町長は自警団を動かせる権限を持っているらしい。
今回の子供の行方不明事件に関してはどうなのだろう。
ここまで屋台の人や、宿屋の人に「子供だけで出歩いてはいけないよ」と声はかけられるもなかなか有力な情報は聞けなかった。
どうしたものかと考えながら歩いていると、勢いよくドンと何かにぶつかってしまった。
思わず目を瞑ってしまい、尻餅をついた痛さよりもぶつかられた衝撃に驚く。久しぶりに尻餅をついたなと頭の中で思いながらいたたと目を開ける。
「いたあーい!」
目の前には緩やかなウェーブがかかった赤毛を二つ結びにした女の子が尻餅をついて甲高い声を上げて呻いていた。
「お嬢様! 大丈夫ですか?」
ハンナが外ではお嬢様呼びをしないことを約束したのに動揺して呼び方が戻っている。目の前の少女は「お嬢様」と呼ばれた私を見て血相を変えた。
「も、申し訳ございませんっ! お貴族の方とは知らず……」
歳は私より二つほど上だろうか、カタカタと震えながら地べたに這いつくばって前世で言う土下座のような格好で許しをこいだした。
私はハンナに手を貸してもらって立ち上がるとその少女に駆け寄った。
「私は大丈夫、たいしたことないから。それよりあなたは大丈夫?」
私の言葉を聞いた少女は頭を上げてびっくりしたように私を見たあと、地面に額を擦り付けるようにしてまた頭を下げた。
「だ、大丈夫です……申し訳ございません」
「こちらこそぼーっとしてて前を見てなかったの。ごめんなさい」
「いえ! お洋服も汚してしまって……」
少女に言われて自分の今の姿に気づく。みると割れた卵が殻の一部ごとベッタリとスカートに引っ付いている。
辺りには割れた卵とそれを入れていたであろうカゴが散乱していた。とりあえず目の前の少女の腕をとり立ち上がらせる。女の子は私に手を取られてビクッと怯んだ様子を見せたものの、されるがままに立ち上がる。
よく見ると顔には先程這いつくばったせいか泥がついている。年端のいかない少女が顔に泥をつけていることに私は思わずハンカチを取り出して顔の泥を拭いてあげた。
女の子はまん丸のアーモンドのような目をしており、そばかすが可愛らしい。黙ってされるがままの少女の表情は驚きの表情のまま固まってしまっている。
汚れたスカートも気になるが、それよりも割れた卵が申しわけない。無事な物がないかリクとハンナがかごに無事な卵を探して入れている。
スカートはすぐ染み抜きをすればなんとかなるけど卵は元に戻らないしなあ……と思っていると少女の後ろから男性が慌てた様子でやってきた。
「これは、うちの者が粗相をしたようで申し訳ござません!」
「こちらこそ卵が割れてしまったようでごめんなさい」
男性の顔を見るとなんだか見覚えのある顔だった。壮年の男性は司祭服を身にまとっている。
顔をよく見ると思わず「あ」と男性の顔を見て声が出る。すると男性は不思議そうな表情をしたあと「あなたは宿屋の……」と言った後、そばにいたリクに視線を移した。
男性はなんと昨日宿で声をかけてきただった。確かあのときはシャツにスラックスのような格好だった。するとハンナが「知り合いですか」とたずねてきた。
「昨日、宿で会った方よ」
そう言うとハンナは昨日私が話した声をかけてきた男性と知り、少し警戒の色を滲ませた。ハンナの警戒を感じ取ったのか男性はすぐさま姿勢を正して向き直る。
「私はこの近くで教会孤児院の神父をしている者で、マリウスと申します。この子はフローラで孤児院の子供です」
「私はアリアと申します。この方は義理の姉のハンナです」
ハンナがたじろいだ気がしたがすぐに合わせてくれた。マリウス神父は「貴族の方とお見受けしますが……」とこちらを伺うような表情をした。
「いいえ、私の両親は小さい商会を営んでいる平民です」
咄嗟に嘘をついてしまったが貴族と知られたら大事になりそうな気がした。何より先程から顔を青くしているフローラにこれ以上負担を掛けたくない。
マリウス神父は怪しむ様子もなく申し訳なさそうな表情で私とハンナを見て告げた。
「そうでしたか、ここでお話もなんですからうちへいらしてください。着替えを用意いたしましょう」
少し考えた後脳裏に教会といえば確か行方不明の三人目の子供が教会の子供だったと浮かんだ。何か話が聞けるかもしれないとその提案を快く応じることにした。マリウス神父はリクの方を見て微笑んだ。
「あなたもどうぞ」
リクは目を見開いた後何も言わずにコクリとうなずいた。
リクの姿を見ても動揺を見せないことからやはり神父は精霊が見える人物なのか。リクが初めて視界に入ったのかフローラは驚いた顔をした後なんだかソワソワしている。
こうして私達は思わぬ出来事がきっかけで教会孤児院へ足を踏み入れることになったのだった。
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