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幽霊の卵6
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(あれ……ここどこ? 私の部屋……?)
ステラが目を開くと、見慣れた天井が目に入る。
えっと、一体何があったんだっけ?
うーん、と寝返りを打つと「おはよう、ステラ」と話しかけられる。
「……っ! え?」
ラジエルが、隣に横たわっており、じっとステラを見つめている。目元のホクロが麗しいモルガナイトの瞳、薄い唇、スッキリとした顔のライン、プラチナブロンドの髪。天使のような神秘的な彼がステラを抱きしめる。
眼前に乳白色が広がり、ラジエルの胸が直接ステラの頬に触れる。
「ラ、ラジエル様! どうして私の部屋に!」
「そりゃあ、ステラが起きるのを待っていたんだよ。寝顔を見ながらね」
「しかも、……全、全、全裸じゃないですか!」
「ふふふ、私はプライベートでは服は着ない主義なんだ」
少しはにかんで笑うラジエルは、キラキラと輝いて見える。
起きたての目に沁みるヌーディストの美貌……。
ステラが目をその眩しさに細めていると、ステラの部屋のドアがバンッと開く。
「お兄様、ステラから離れていただけますか! そして服を着てくださいまし!」
「嫌だ」
「あ、あの少しだけ離れていただけると……助かります」
「ステラまで……」
ステラにお願いをされたラジエルは項垂れながら、ベッドから降りる。ステラはゆっくりとベッドの上で上半身を起こす。
ラジエルは部屋へ来るときに着ていたバスローブをさっと身につける。
本館では人の目を気にして、バスローブを羽織っていたらしい。
ラジエルは何事もなかったかのようにステラの隣へ戻る。横の椅子に座る気は全くないようだ。
バスローブの胸元や足元からチラリと見える逞しい身体に少しドキッとする。
ラジエルのもう一人の妹、アウフィエル・クルスは、兄であるラジエルへ鋭い視線を向けた。
「あまりステラを困らせるようだったら、お兄様は本館出入り禁止にします」
「アフィにそんな権利はないだろう。本館も私の家ではないか」
「いつも外出ばかりで、帰って来ても別邸にこもりっきりで、本館へ寄り付きもしなかったくせに、今更何ですか!」
ステラ・トゥバンはアウフィエルの侍女として、七年前からクルス家で働いていた。
トゥバン男爵とクルス伯爵は仲が良く、憑依体質のステラの安全のために、優秀な祓い師を排出しているクルス家にステラを預けていた。
ただ、居候するのも体裁が悪いということで、歳の近いアウフィエルの侍女として働くことになったのだ。
「大体、長年、私の侍女として仕えてくれているステラのことを覚えてもいないなんて! 本当に信じられません!」
「それは……本当に申し訳ない。人の顔はあまり見ていないんだ」
そう言いながらも、ステラの横にピッタリと座り、神妙な顔をしてステラの頬にキスをする。
「お兄様! またそんなにベタベタとステラに触って」
「だって、私のお嫁さんになるんだからいいだろう、少しくらいは」
「そんな勝手なことを……」
アウフィエルは、呆れた顔をしてため息をつく。自分が寝落ちているほんの数時間に一体何が!?
「え、私、ラジエル様と結婚するんですか?」
「ステラ、お兄様が勝手に言っているだけよ」
「責任取るって言ったじゃないか、廃鉱で」
ラジエルは、ステラの両手を握り、その手にキスをする。
責任ってそういう意味だったんだ。ステラは、まじまじとラジエルの今日も美しい顔を見つめる。
ラジエルのことは一ファンとして好きだし、貴族に生まれたからには結婚は個人の自由にできるものでもない。
尊敬している祓い師ラジエルが、初めての相手であったことはむしろ幸運だったと思う。
「ああ、それでしたらお気になさらず。私も身体を取り戻したかったし、アステル様に成仏していただけて嬉しかったですし」
「え、何、それじゃあ、私と結婚してくれないのか?」
「私よりもっと相応しい方がいると思いますし……。大丈夫です」
ラジエルは、今最も婚活市場で人気のある結婚適齢期の男性だ。家柄、容姿、所得どれをとっても、言うことなしの社交界の中心人物だ。密かにご令嬢たちが争奪戦を繰り広げている事は、アウフィエルから聞いていた。
自分には身分不相応な話だ。自分の幸せで静かな人生のために、この話は断るに限る。
「私の初めてを奪っておいて、それは酷いんじゃないか……」
「そうだったのですか? すごく手慣れていたから、そんな風には……」
社交界では来るものは拒まず、去る者は追わないという噂を聞いていたため、ステラは驚く。
アウフィエルが、パンと手を打つ。
「分かりました、お兄様。ステラの同意が得られないってことで、この話は終わりです。ステラ、私があなたに合う方を探してあげますから」
「お嬢様、私は一生お嬢様の侍女でいたいので、探していただかなくても……」
アウフィエルが、「まあ! それもいいわね!」と大輪のバラのような、華やかな笑顔を浮かべる。
「ひどい! ステラ、私のことも気にかけて!」
「でも私は、アウフィエルお嬢様の侍女ですし……」
ラジエルは、突然ステラをベッドへ押し倒す。
「ちょっと、お兄様!?」
「ラジエル様!?」
「ステラ、お願いします。私と結婚を前提にお付き合いして下さい」
肩に置かれた手は力強く、その表情は真剣そのもの。全力でお願いされているのは分かる。
でも、結婚なんてそんな軽々しく決めるものではないと思うし……。急に言われても困る。家同士のことでもある。面倒くさい未来しか見えない。
「本当に責任なんて取っていただかなくても大丈夫ですから。お互いに必要がありましたし、仕方なかったのです」
ステラは、ラジエルを押し返すが、びくともしない。そしてこの押し倒されている体勢に、昨晩の情事を思い出し、恥ずかしい気持ちになる。
「あなたのことが、好きなのです。どうか私にチャンスを下さい」
「お兄様……」
「お嬢様……私……どうしたら……」
ステラは助けを求めて、アウフィエルへ顔を向ける。アウフィエルは、困ったように苦笑いを浮かべて、ステラとラジエルを交互に見ている。
「もう……。お兄様、ステラの嫌がることはしない?」
「絶対にしないと誓う」
「ステラ、あなたお兄様のファンだったわよね」
「はい。ラジエル様のコラムと論文はとても勉強になるので、全て欠かさず読んでます」
少し考えるそぶりをするとアウフィエルは、口を開く。
「じゃあ、お兄様の仕事を直接そばで見たり、体験したりする機会があるのは嬉しいわよね?」
「はい。それはそうです……。憑依体質ですし、祓い師にも才能がなくてなれませんので、勉強する機会があまりないのです」
「ステラも勉強ができるし、お兄様もステラの側にいられるし……。ウィンウィンよね。では、健全にお付き合いしてみてはどう?」
「アフィ、健全にって、それは一体どこまで……。いや、健全なお付き合いでもステラと結婚できるなら、不健全はその後でも全然構わない!」
ラジエルはステラを抱き起こすと、嬉しそうに頬ずりをする。
「ステラはどうかしら?」
「……そ、そういうことでしたら。私、ラジエル様とお付き合いします……? してもいいかも?」
本当に? お付き合いしても大丈夫なのかしら。すぐに結婚するわけじゃないし、戸惑いながら返答する。
考える隙を与えないようにか、ラジエルはステラをぎゅうぎゅうと力いっぱい抱きしめる。
「ありがとう! 世界で一番愛してる、ステラ!」
「きゃっ、く、苦しいです!」
「お兄様、残念な人……。情緒も何もあったものじゃないですね。お兄様に憧れている世の女性が見たら、幻滅するに違いない……。アステルにも見せてあげたかった……かも」
アウフィエルが独り言を呟いた時、三人を包むように、優しい風がふわりと吹いた。
まずは健全なお付き合いからというカジュアルな話だったはずが、「貴族同士の健全なお付き合いなのだから、婚約しよう。ダメなら後で解消すればいいから! ね? ね!」とラジエルに押し切られ、早々にステラは婚約者として公表されてしまった。
(世の適齢期の女性全てを敵に回したわ……。私の平穏な人生計画が……)
ステラは、心霊スポットへ連れて行かれただけなのに……と押しに弱い自分に心底がっかりして、ため息をついた。
この時、少しずつだが、確実に外堀を埋められていることに、ステラは気がついてなかった。
ステラが目を開くと、見慣れた天井が目に入る。
えっと、一体何があったんだっけ?
うーん、と寝返りを打つと「おはよう、ステラ」と話しかけられる。
「……っ! え?」
ラジエルが、隣に横たわっており、じっとステラを見つめている。目元のホクロが麗しいモルガナイトの瞳、薄い唇、スッキリとした顔のライン、プラチナブロンドの髪。天使のような神秘的な彼がステラを抱きしめる。
眼前に乳白色が広がり、ラジエルの胸が直接ステラの頬に触れる。
「ラ、ラジエル様! どうして私の部屋に!」
「そりゃあ、ステラが起きるのを待っていたんだよ。寝顔を見ながらね」
「しかも、……全、全、全裸じゃないですか!」
「ふふふ、私はプライベートでは服は着ない主義なんだ」
少しはにかんで笑うラジエルは、キラキラと輝いて見える。
起きたての目に沁みるヌーディストの美貌……。
ステラが目をその眩しさに細めていると、ステラの部屋のドアがバンッと開く。
「お兄様、ステラから離れていただけますか! そして服を着てくださいまし!」
「嫌だ」
「あ、あの少しだけ離れていただけると……助かります」
「ステラまで……」
ステラにお願いをされたラジエルは項垂れながら、ベッドから降りる。ステラはゆっくりとベッドの上で上半身を起こす。
ラジエルは部屋へ来るときに着ていたバスローブをさっと身につける。
本館では人の目を気にして、バスローブを羽織っていたらしい。
ラジエルは何事もなかったかのようにステラの隣へ戻る。横の椅子に座る気は全くないようだ。
バスローブの胸元や足元からチラリと見える逞しい身体に少しドキッとする。
ラジエルのもう一人の妹、アウフィエル・クルスは、兄であるラジエルへ鋭い視線を向けた。
「あまりステラを困らせるようだったら、お兄様は本館出入り禁止にします」
「アフィにそんな権利はないだろう。本館も私の家ではないか」
「いつも外出ばかりで、帰って来ても別邸にこもりっきりで、本館へ寄り付きもしなかったくせに、今更何ですか!」
ステラ・トゥバンはアウフィエルの侍女として、七年前からクルス家で働いていた。
トゥバン男爵とクルス伯爵は仲が良く、憑依体質のステラの安全のために、優秀な祓い師を排出しているクルス家にステラを預けていた。
ただ、居候するのも体裁が悪いということで、歳の近いアウフィエルの侍女として働くことになったのだ。
「大体、長年、私の侍女として仕えてくれているステラのことを覚えてもいないなんて! 本当に信じられません!」
「それは……本当に申し訳ない。人の顔はあまり見ていないんだ」
そう言いながらも、ステラの横にピッタリと座り、神妙な顔をしてステラの頬にキスをする。
「お兄様! またそんなにベタベタとステラに触って」
「だって、私のお嫁さんになるんだからいいだろう、少しくらいは」
「そんな勝手なことを……」
アウフィエルは、呆れた顔をしてため息をつく。自分が寝落ちているほんの数時間に一体何が!?
「え、私、ラジエル様と結婚するんですか?」
「ステラ、お兄様が勝手に言っているだけよ」
「責任取るって言ったじゃないか、廃鉱で」
ラジエルは、ステラの両手を握り、その手にキスをする。
責任ってそういう意味だったんだ。ステラは、まじまじとラジエルの今日も美しい顔を見つめる。
ラジエルのことは一ファンとして好きだし、貴族に生まれたからには結婚は個人の自由にできるものでもない。
尊敬している祓い師ラジエルが、初めての相手であったことはむしろ幸運だったと思う。
「ああ、それでしたらお気になさらず。私も身体を取り戻したかったし、アステル様に成仏していただけて嬉しかったですし」
「え、何、それじゃあ、私と結婚してくれないのか?」
「私よりもっと相応しい方がいると思いますし……。大丈夫です」
ラジエルは、今最も婚活市場で人気のある結婚適齢期の男性だ。家柄、容姿、所得どれをとっても、言うことなしの社交界の中心人物だ。密かにご令嬢たちが争奪戦を繰り広げている事は、アウフィエルから聞いていた。
自分には身分不相応な話だ。自分の幸せで静かな人生のために、この話は断るに限る。
「私の初めてを奪っておいて、それは酷いんじゃないか……」
「そうだったのですか? すごく手慣れていたから、そんな風には……」
社交界では来るものは拒まず、去る者は追わないという噂を聞いていたため、ステラは驚く。
アウフィエルが、パンと手を打つ。
「分かりました、お兄様。ステラの同意が得られないってことで、この話は終わりです。ステラ、私があなたに合う方を探してあげますから」
「お嬢様、私は一生お嬢様の侍女でいたいので、探していただかなくても……」
アウフィエルが、「まあ! それもいいわね!」と大輪のバラのような、華やかな笑顔を浮かべる。
「ひどい! ステラ、私のことも気にかけて!」
「でも私は、アウフィエルお嬢様の侍女ですし……」
ラジエルは、突然ステラをベッドへ押し倒す。
「ちょっと、お兄様!?」
「ラジエル様!?」
「ステラ、お願いします。私と結婚を前提にお付き合いして下さい」
肩に置かれた手は力強く、その表情は真剣そのもの。全力でお願いされているのは分かる。
でも、結婚なんてそんな軽々しく決めるものではないと思うし……。急に言われても困る。家同士のことでもある。面倒くさい未来しか見えない。
「本当に責任なんて取っていただかなくても大丈夫ですから。お互いに必要がありましたし、仕方なかったのです」
ステラは、ラジエルを押し返すが、びくともしない。そしてこの押し倒されている体勢に、昨晩の情事を思い出し、恥ずかしい気持ちになる。
「あなたのことが、好きなのです。どうか私にチャンスを下さい」
「お兄様……」
「お嬢様……私……どうしたら……」
ステラは助けを求めて、アウフィエルへ顔を向ける。アウフィエルは、困ったように苦笑いを浮かべて、ステラとラジエルを交互に見ている。
「もう……。お兄様、ステラの嫌がることはしない?」
「絶対にしないと誓う」
「ステラ、あなたお兄様のファンだったわよね」
「はい。ラジエル様のコラムと論文はとても勉強になるので、全て欠かさず読んでます」
少し考えるそぶりをするとアウフィエルは、口を開く。
「じゃあ、お兄様の仕事を直接そばで見たり、体験したりする機会があるのは嬉しいわよね?」
「はい。それはそうです……。憑依体質ですし、祓い師にも才能がなくてなれませんので、勉強する機会があまりないのです」
「ステラも勉強ができるし、お兄様もステラの側にいられるし……。ウィンウィンよね。では、健全にお付き合いしてみてはどう?」
「アフィ、健全にって、それは一体どこまで……。いや、健全なお付き合いでもステラと結婚できるなら、不健全はその後でも全然構わない!」
ラジエルはステラを抱き起こすと、嬉しそうに頬ずりをする。
「ステラはどうかしら?」
「……そ、そういうことでしたら。私、ラジエル様とお付き合いします……? してもいいかも?」
本当に? お付き合いしても大丈夫なのかしら。すぐに結婚するわけじゃないし、戸惑いながら返答する。
考える隙を与えないようにか、ラジエルはステラをぎゅうぎゅうと力いっぱい抱きしめる。
「ありがとう! 世界で一番愛してる、ステラ!」
「きゃっ、く、苦しいです!」
「お兄様、残念な人……。情緒も何もあったものじゃないですね。お兄様に憧れている世の女性が見たら、幻滅するに違いない……。アステルにも見せてあげたかった……かも」
アウフィエルが独り言を呟いた時、三人を包むように、優しい風がふわりと吹いた。
まずは健全なお付き合いからというカジュアルな話だったはずが、「貴族同士の健全なお付き合いなのだから、婚約しよう。ダメなら後で解消すればいいから! ね? ね!」とラジエルに押し切られ、早々にステラは婚約者として公表されてしまった。
(世の適齢期の女性全てを敵に回したわ……。私の平穏な人生計画が……)
ステラは、心霊スポットへ連れて行かれただけなのに……と押しに弱い自分に心底がっかりして、ため息をついた。
この時、少しずつだが、確実に外堀を埋められていることに、ステラは気がついてなかった。
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