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幽霊の卵1
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ステラ・トゥバンはグイグイと友だちのカレンに腕を引っ張られ、携帯魔石灯の光を頼りに、廃鉱の中をどんどん奥へと進む。
ごつごつとした岩が作りだす不規則の陰影は、夜の廃鉱の不気味さを演出している。
せっかくの休日前の夜に、何が楽しくて心霊スポットへ出向かなければならないのか。ステラの蜂蜜色の丸い瞳からは、今にも大粒の涙が溢れ落ちそうだ。
先ほどからステラに、まとわりついている幽霊たちが、カレンには見えない。
陽気な霊もいれば、恐ろしげな顔で威嚇している霊もいる。イタズラ好きな霊は、ステラのマロンブラウンの髪をひっぱったり、肩を叩いたり、腕を引いたりしている。
変に構うと家まで連れ帰ってしまう可能性もあるので、必死で無視しているが、うんざりする。
生まれた時から霊感が強く、ステラにははっきりと幽霊が見えている。そして運の悪い事にステラは憑依体質でもあり、幽霊に取りつかれやすい。
このことは家族と一部の人以外は知らない。友達のカレンにも秘密にしていたが、それが今夜は裏目に出た。
「カレン、私もう帰りたい」
「ダメよ。幽霊の卵を拾うまでは引き返せないわ」
ここはマカリィ王国の王都キュレネーの外れにある廃鉱だった。良質な魔石はだいぶ前に取り尽くされて、今は木々が生茂り、鉱山を覆いつくそうとしている。かつて鉱山の町として栄えたこの場所は廃れ、誰一人住んでいない。放棄された建物は倒壊し、重機は錆びて草に覆われている。
いつしかこの場所は心霊スポットとして有名になり、立入禁止の柵を越えて、多くの人々が訪れるようになっていた。
いつもならば絶対に近寄ることはないのだが、霊感ゼロの怖いもの好きな友だちのカレンに、半ば強制的に連れてこられてしまった。
カレン・クレードルは、心霊系の動画配信者として活動しており、今回も自分のチャンネルのネタになる動画の収録のためにこの心霊スポットへやってきた。
自分の勤めているお屋敷が心霊スポットの近くだったことが災いし、ステラは強引な誘いを断り切れなかった。
「幽霊の卵って、一体何なの? 幽霊が卵を産んだってこと?」
「都市伝説、知らないの? この廃鉱の坑道の奥に落ちていて、割ってしまうとその人を不幸が襲うんだって。どこから来たのか正体不明の卵が、心霊スポットに落ちているから、幽霊の卵」
「し、しょうもな……」
「霊感無くても見えるらしいし、触れることができるんだって! 是非私も心霊体験してみたいじゃない」
「そういうものなの? 私は帰って寝たいよ……」
カレンは太陽のように快活で、サッパリした性格。霊感もゼロ。そんな生命力にあふれた陽の気たっぷりの人に寄ってくる物好きな幽霊はいない。
この有象無象の幽霊渦巻く王都随一の心霊スポットで、自分が幽霊にまとわりつかれているだけで済んでいるのは、彼女のおかげでもあった。
ステラは、胸まであるマロンブラウンのストレートの髪を、特別な魔法陣が縫い込まれているリボンでぎゅっと結びなおす。
このリボンがあれば低俗霊に憑依されることはないと思う。でもこんなに幽霊が集まっているなんて魔塔の管理はどうなっているのかしら。
坑道のねっとりとした漆黒の闇に対して圧倒的に力が及ばない魔石灯の朧げな光は、せいぜい一メートル先へしか届かない。
その暗闇を少しずつ地下へ下っていくのは、幽霊が見える見えない以前に恐怖でしかない。人として持つ根源的な闇への恐怖。
心霊スポットでなくても、下へと続く終わりが分からない道を進むのは普通の人ならば怖いはずだ。
それなのに恐怖パラメータが壊れてしまっているカレンは、まるでウィンドウショッピングをしているみたいに楽しげにあちこちを見ながら歩いている。
そして動画を撮るための魔道具を手に持ち、時折場所の説明や感想を語っている。
どのくらい進んだのか、眼前には更に下へ向かう階段が現れる。
急に空気がヒヤリとした緊張感のあるものに変わる。今までまとわりついていた幽霊たちが、一斉にいなくなった。
「……これは、すごいね。私もついに見えちゃうかも⁉︎」
いや……ここには何もいないんだって。心の中でカレンに突っ込みを入れる。
「もう帰ろうよ。充分でしょ? ここ私有地だし、不法侵入だよ」
下っ端の幽霊たちがいなくなったと言うことは、もっと力の強い幽霊がいるはずだ。この奥に潜んでいるものは、一体何かと想像するだけでも恐ろしい。
手のひらに汗がじわりと滲む。
カレンはすぅっと深呼吸すると、気合いを入れ直すように頬をパンパンと叩く。
「よし、気合いだ! 行くよ! ついに私のチャンネルにも心霊が映るかもしれない!」
「やだぁー」
カレンの動画を観たことがあるが、かなりヤバいスポットへも訪れるので幽霊が映り込んでいる。祓い師が祓うような強力な霊も映っているのに、気がつかないのは、ある意味すごい。
戻りたい。この先何がいるのか恐怖しかない。
一人で戻る? カレン無しで上の幽霊たちから逃れて、無事に外へ出ることができるかしら……。
カレンは戻る気なんて、みじんもない。涙が溢れてくる。詰んだ……。
(……階段を下りるの一択しか無い。今日が私の命日になるかもしれない。わーん、私の馬鹿、どうしてこんなに押しに弱いのよ!)
「ステラ、泣いてるの? 私がついてるから心配しないで!」
「ううう……行きたくない……」
カレンに背中をバンバンと叩かれると、少しだけ気が楽になった。しかし依然としてゾクゾクと寒気が走り、鳥肌がおさまらない。
ごつごつとした岩が作りだす不規則の陰影は、夜の廃鉱の不気味さを演出している。
せっかくの休日前の夜に、何が楽しくて心霊スポットへ出向かなければならないのか。ステラの蜂蜜色の丸い瞳からは、今にも大粒の涙が溢れ落ちそうだ。
先ほどからステラに、まとわりついている幽霊たちが、カレンには見えない。
陽気な霊もいれば、恐ろしげな顔で威嚇している霊もいる。イタズラ好きな霊は、ステラのマロンブラウンの髪をひっぱったり、肩を叩いたり、腕を引いたりしている。
変に構うと家まで連れ帰ってしまう可能性もあるので、必死で無視しているが、うんざりする。
生まれた時から霊感が強く、ステラにははっきりと幽霊が見えている。そして運の悪い事にステラは憑依体質でもあり、幽霊に取りつかれやすい。
このことは家族と一部の人以外は知らない。友達のカレンにも秘密にしていたが、それが今夜は裏目に出た。
「カレン、私もう帰りたい」
「ダメよ。幽霊の卵を拾うまでは引き返せないわ」
ここはマカリィ王国の王都キュレネーの外れにある廃鉱だった。良質な魔石はだいぶ前に取り尽くされて、今は木々が生茂り、鉱山を覆いつくそうとしている。かつて鉱山の町として栄えたこの場所は廃れ、誰一人住んでいない。放棄された建物は倒壊し、重機は錆びて草に覆われている。
いつしかこの場所は心霊スポットとして有名になり、立入禁止の柵を越えて、多くの人々が訪れるようになっていた。
いつもならば絶対に近寄ることはないのだが、霊感ゼロの怖いもの好きな友だちのカレンに、半ば強制的に連れてこられてしまった。
カレン・クレードルは、心霊系の動画配信者として活動しており、今回も自分のチャンネルのネタになる動画の収録のためにこの心霊スポットへやってきた。
自分の勤めているお屋敷が心霊スポットの近くだったことが災いし、ステラは強引な誘いを断り切れなかった。
「幽霊の卵って、一体何なの? 幽霊が卵を産んだってこと?」
「都市伝説、知らないの? この廃鉱の坑道の奥に落ちていて、割ってしまうとその人を不幸が襲うんだって。どこから来たのか正体不明の卵が、心霊スポットに落ちているから、幽霊の卵」
「し、しょうもな……」
「霊感無くても見えるらしいし、触れることができるんだって! 是非私も心霊体験してみたいじゃない」
「そういうものなの? 私は帰って寝たいよ……」
カレンは太陽のように快活で、サッパリした性格。霊感もゼロ。そんな生命力にあふれた陽の気たっぷりの人に寄ってくる物好きな幽霊はいない。
この有象無象の幽霊渦巻く王都随一の心霊スポットで、自分が幽霊にまとわりつかれているだけで済んでいるのは、彼女のおかげでもあった。
ステラは、胸まであるマロンブラウンのストレートの髪を、特別な魔法陣が縫い込まれているリボンでぎゅっと結びなおす。
このリボンがあれば低俗霊に憑依されることはないと思う。でもこんなに幽霊が集まっているなんて魔塔の管理はどうなっているのかしら。
坑道のねっとりとした漆黒の闇に対して圧倒的に力が及ばない魔石灯の朧げな光は、せいぜい一メートル先へしか届かない。
その暗闇を少しずつ地下へ下っていくのは、幽霊が見える見えない以前に恐怖でしかない。人として持つ根源的な闇への恐怖。
心霊スポットでなくても、下へと続く終わりが分からない道を進むのは普通の人ならば怖いはずだ。
それなのに恐怖パラメータが壊れてしまっているカレンは、まるでウィンドウショッピングをしているみたいに楽しげにあちこちを見ながら歩いている。
そして動画を撮るための魔道具を手に持ち、時折場所の説明や感想を語っている。
どのくらい進んだのか、眼前には更に下へ向かう階段が現れる。
急に空気がヒヤリとした緊張感のあるものに変わる。今までまとわりついていた幽霊たちが、一斉にいなくなった。
「……これは、すごいね。私もついに見えちゃうかも⁉︎」
いや……ここには何もいないんだって。心の中でカレンに突っ込みを入れる。
「もう帰ろうよ。充分でしょ? ここ私有地だし、不法侵入だよ」
下っ端の幽霊たちがいなくなったと言うことは、もっと力の強い幽霊がいるはずだ。この奥に潜んでいるものは、一体何かと想像するだけでも恐ろしい。
手のひらに汗がじわりと滲む。
カレンはすぅっと深呼吸すると、気合いを入れ直すように頬をパンパンと叩く。
「よし、気合いだ! 行くよ! ついに私のチャンネルにも心霊が映るかもしれない!」
「やだぁー」
カレンの動画を観たことがあるが、かなりヤバいスポットへも訪れるので幽霊が映り込んでいる。祓い師が祓うような強力な霊も映っているのに、気がつかないのは、ある意味すごい。
戻りたい。この先何がいるのか恐怖しかない。
一人で戻る? カレン無しで上の幽霊たちから逃れて、無事に外へ出ることができるかしら……。
カレンは戻る気なんて、みじんもない。涙が溢れてくる。詰んだ……。
(……階段を下りるの一択しか無い。今日が私の命日になるかもしれない。わーん、私の馬鹿、どうしてこんなに押しに弱いのよ!)
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