心霊スポットへ連れて行かれただけなのに

おりの まるる

文字の大きさ
1 / 6

幽霊の卵1

しおりを挟む
  ステラ・トゥバンはグイグイと友だちのカレンに腕を引っ張られ、携帯魔石灯の光を頼りに、廃鉱の中をどんどん奥へと進む。
 ごつごつとした岩が作りだす不規則の陰影は、夜の廃鉱の不気味さを演出している。
 せっかくの休日前の夜に、何が楽しくて心霊スポットへ出向かなければならないのか。ステラの蜂蜜色の丸い瞳からは、今にも大粒の涙が溢れ落ちそうだ。
 先ほどからステラに、まとわりついている幽霊たちが、カレンには見えない。
 陽気な霊もいれば、恐ろしげな顔で威嚇している霊もいる。イタズラ好きな霊は、ステラのマロンブラウンの髪をひっぱったり、肩を叩いたり、腕を引いたりしている。
 変に構うと家まで連れ帰ってしまう可能性もあるので、必死で無視しているが、うんざりする。
 
 生まれた時から霊感が強く、ステラにははっきりと幽霊が見えている。そして運の悪い事にステラは憑依体質でもあり、幽霊に取りつかれやすい。
 このことは家族と一部の人以外は知らない。友達のカレンにも秘密にしていたが、それが今夜は裏目に出た。

「カレン、私もう帰りたい」
「ダメよ。幽霊の卵を拾うまでは引き返せないわ」

 ここはマカリィ王国の王都キュレネーの外れにある廃鉱だった。良質な魔石はだいぶ前に取り尽くされて、今は木々が生茂り、鉱山を覆いつくそうとしている。かつて鉱山の町として栄えたこの場所は廃れ、誰一人住んでいない。放棄された建物は倒壊し、重機は錆びて草に覆われている。
 いつしかこの場所は心霊スポットとして有名になり、立入禁止の柵を越えて、多くの人々が訪れるようになっていた。
 いつもならば絶対に近寄ることはないのだが、霊感ゼロの怖いもの好きな友だちのカレンに、半ば強制的に連れてこられてしまった。
 カレン・クレードルは、心霊系の動画配信者として活動しており、今回も自分のチャンネルのネタになる動画の収録のためにこの心霊スポットへやってきた。
 自分の勤めているお屋敷が心霊スポットの近くだったことが災いし、ステラは強引な誘いを断り切れなかった。
 
「幽霊の卵って、一体何なの? 幽霊が卵を産んだってこと?」
「都市伝説、知らないの? この廃鉱の坑道の奥に落ちていて、割ってしまうとその人を不幸が襲うんだって。どこから来たのか正体不明の卵が、心霊スポットに落ちているから、幽霊の卵」
「し、しょうもな……」
「霊感無くても見えるらしいし、触れることができるんだって! 是非私も心霊体験してみたいじゃない」
「そういうものなの? 私は帰って寝たいよ……」

 カレンは太陽のように快活で、サッパリした性格。霊感もゼロ。そんな生命力にあふれた陽の気たっぷりの人に寄ってくる物好きな幽霊はいない。
 この有象無象の幽霊渦巻く王都随一の心霊スポットで、自分が幽霊にまとわりつかれているだけで済んでいるのは、彼女のおかげでもあった。
 ステラは、胸まであるマロンブラウンのストレートの髪を、特別な魔法陣が縫い込まれているリボンでぎゅっと結びなおす。
 このリボンがあれば低俗霊に憑依されることはないと思う。でもこんなに幽霊が集まっているなんて魔塔の管理はどうなっているのかしら。
 
 坑道のねっとりとした漆黒の闇に対して圧倒的に力が及ばない魔石灯の朧げな光は、せいぜい一メートル先へしか届かない。
 その暗闇を少しずつ地下へ下っていくのは、幽霊が見える見えない以前に恐怖でしかない。人として持つ根源的な闇への恐怖。
 心霊スポットでなくても、下へと続く終わりが分からない道を進むのは普通の人ならば怖いはずだ。
 それなのに恐怖パラメータが壊れてしまっているカレンは、まるでウィンドウショッピングをしているみたいに楽しげにあちこちを見ながら歩いている。
 そして動画を撮るための魔道具を手に持ち、時折場所の説明や感想を語っている。

 どのくらい進んだのか、眼前には更に下へ向かう階段が現れる。
 急に空気がヒヤリとした緊張感のあるものに変わる。今までまとわりついていた幽霊たちが、一斉にいなくなった。

「……これは、すごいね。私もついに見えちゃうかも⁉︎」

 いや……ここには何もいないんだって。心の中でカレンに突っ込みを入れる。

「もう帰ろうよ。充分でしょ? ここ私有地だし、不法侵入だよ」
 
 下っ端の幽霊たちがいなくなったと言うことは、もっと力の強い幽霊がいるはずだ。この奥に潜んでいるものは、一体何かと想像するだけでも恐ろしい。
 手のひらに汗がじわりと滲む。
 カレンはすぅっと深呼吸すると、気合いを入れ直すように頬をパンパンと叩く。
 
「よし、気合いだ! 行くよ! ついに私のチャンネルにも心霊が映るかもしれない!」
「やだぁー」

 カレンの動画を観たことがあるが、かなりヤバいスポットへも訪れるので幽霊が映り込んでいる。祓い師が祓うような強力な霊も映っているのに、気がつかないのは、ある意味すごい。
 戻りたい。この先何がいるのか恐怖しかない。
 一人で戻る? カレン無しで上の幽霊たちから逃れて、無事に外へ出ることができるかしら……。
 カレンは戻る気なんて、みじんもない。涙が溢れてくる。詰んだ……。
 
(……階段を下りるの一択しか無い。今日が私の命日になるかもしれない。わーん、私の馬鹿、どうしてこんなに押しに弱いのよ!)

「ステラ、泣いてるの? 私がついてるから心配しないで!」
「ううう……行きたくない……」

 カレンに背中をバンバンと叩かれると、少しだけ気が楽になった。しかし依然としてゾクゾクと寒気が走り、鳥肌がおさまらない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

密会~合コン相手はドS社長~

日下奈緒
恋愛
デザイナーとして働く冬佳は、社長である綾斗にこっぴどくしばかれる毎日。そんな中、合コンに行った冬佳の前の席に座ったのは、誰でもない綾斗。誰かどうにかして。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...