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鎖が解けたその後に
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エタナル山の噴火と魔獣被害、フェアファクス国民の救助をプリマヴェルが全面的に支援したという形に、状況は落ち着いた。
長い間、魅了魔法により精神的に支配されていた王族や貴族、その他アリサの近くにいた人々は、神殿の治療を受けることになった。
特に長期間にわたって身近にいたものたちは、情緒が安定せず、錯乱して暴れたりするため、治療は困難を極めた。
メドウから、聖水を運ぶ神官たちがやってきて、治療を進めているが、全員が完治するまでには数年かかると見られている。
ロータスの脚も状態は悪く、絶対安静が必要ではあったが、魔獣対策のための魔法陣の設置のためにフェアファクスのあちこちに出向き、尽力した。
フェアファクス内のロータスの評判は、非常によく、多くの人々はなぜ国外追放になったのか不思議がっていた。
(ずっとゲームの強制力だと思っていたけど、もしかして全てアリサの魅了魔法のせいだったのかもしれない)
目まぐるしい日々を過ごしていたが、気がつけば結婚式まで三ヶ月を切っていた。
プリマヴェルの式の担当者から「早く戻ってきてください」と泣きつかれたこともあり、少し状況が落ち着いた所で、二人はプリマヴェルへ戻ることになった。
王城では驚くべき人物がロータスを待っていた。
「リリィー! 無事でよかったよ」
兄のテレンスが、サラサラのミルクティ色の髪を靡かせ、駆け寄ってくる。以前会った時のような不健康さは消えて、元のイケメンに戻っていた。
抱きしめられた時、懐かしい兄の香りに嬉しいような、困るような複雑な感じになる。
「オルフィロスは瀕死の重体だったし、バカライアスに捕まったって聞いて、何かできないかと思い立って、皆さんの手伝いをしていたんだよ」
「お前のおかげで、すんなりフェアファクスを落とせたよ」
「まあエタナル山の噴火は想定外だったけど。やはりお前を怒らせると、大変なことになるのな……。魔王討伐の時、何度もその光景を見ていたというのに、イグニスは本当に脳筋バカだよな」
憑き物が取れたかのように、アリサと会う前のお兄様に戻っていた。
しかし色々な感情が込み上げてきて、ロータスは今まで通りに接することができなかった。家族にされたことが頭をよぎり、その好意を受け入れられない。
また再び捨てられるのではないかという不安は拭いきれなかった。
オルフィロスは、テレンスの腕の中で硬直してしまったロータスを、引き剥がすと自分の背に隠した。
テレンスはその様子に驚いたように見えた。
ロータスはオルフィロスの背中に隠れ、ジャケットの裾を掴むと、ほっと安堵のため息をつく。
「テレンス、リリィはまだ戻ってきたばかりだし、最後に会ったのはあの国外追放の時だよな。お前のあまりの変わりように戸惑っているから、今はそれ位にしてくれないか?」
テレンスは、ハッとした表情を浮かべ、突然深々と頭を下げた。
「リリィ、配慮が足りなくて、すまない。そして、今までごめん。アリサの魅了魔法に抗えず、リリィには酷いことをしたと思っている。危うくたった一人の妹を死なせてしまう所だった……」
ロータスは、無言でテレンスの話を聞いている。
「今すぐにとは言わないからの、またいつか以前のような関係に少しずつでも戻れたら嬉しい。それまで償わせて欲しい」
「……すぐには、難しいかもしれないですけど」
ロータスは消え入りそうなほどの小さな声で答える。その言葉にテレンスはパッと頭を上げる。
「うん……。両親も同じ気持ちなんだよ。リリィ、本当にごめん。私たちは本当にどうかしていたんだ。じゃあ私は、やることが山積みだから、もう行くね」
テレンスが去った後、ロータスは、オルフィロスの背中にぎゅっと抱きつく。
「私、もっとお兄様に優しくすべきでしたか?」
オルフィロスは「君の好きな様にしたらいいんだよ」と、ロータスの手に自分の手を重ねた。
その時、オルフィロスの声が震えているような気がした。
傷つくのが怖くて、自分を捨てた家族のことは考えないようにしていた。でも、もうこれからは大丈夫なのかな。
ほんの少しの希望の光が胸に灯った気がした。
◇
「はぁ、今日で一週間会ってないか……」
プリマヴェルに戻ってきたものの、オルフィロスはプリマヴェルでの仕事とフェアファクス事案の対応に追われ、忙しく会えない日が続いていた。
脚の傷にさわるという理由で、寝室も分けているので、彼がいつ何をしているのかよく分からない。
傷はすっかり癒えて、元通りになったというのに。
たまに会うと、何となくオルフィロスが、自分に対してよそよそしい気がする。
もう魂を繋いでいた鎖が消滅し、離れてもお互いに死ななくなったから、興味が無くなったとか?
それならそれで、はっきり言ってもらった方がいい気もするが、怖くて聞けない。
猫を入れた箱は開けない方が、いいのかもしれない。観測しなければ、物事の状態は確定しないと言うし……。
ロータスは、ベッドの上で、思考を巡らせ、寝返りを打つ。そうしているうちに頭が冴えてきて、眠気がどこかへ行ってしまう。
ダメだ、ダメだと良くない考えを振り払うと、寝間着の上にカーディガンを羽織る。
図書室へ行って、眠たくなるような本でも探そう。
夜のプリマヴェル城を一人で歩く。王城の居住区内はかなり強力な魔法陣が設置されているので、夜の時間帯に騎士たちはほとんどいない。
図書室は、ロータスがいる部屋から五百メートル位先にある。勝手知ったる様子でドアを開き、中に入ると本の香りがふわりと漂う。
薄明るい魔石灯のオレンジ色の光を頼りに、ぼんやりと棚を見ていると、『月刊ロイヤルファミリー』という雑誌が並んでいるのが、目に入る。
最新号を開くと『グリーズバル国王太子と男爵令嬢の純愛!』とタイトルがデカデカと載っており、内容は男爵令嬢と結婚するために、舞踏会で王太子が侯爵令嬢と婚約破棄をしたというものだった。
あれ、婚約破棄モノ⁉︎
さらに読み進めると、後日の話が載っており、男爵令嬢は全く王太子妃としての仕事をこなせず、王太子は元婚約者に復縁を迫ったが、断られたとなっていた。
え、ざまあってこと⁉︎
もしかしてこの世界には、自分が体験したような婚約破棄は一般的なことなの⁉︎
少し前の号には、フェアファクスでのザカライアスと自分の婚約破棄についての記事が、何ページにも渡って特集されているようだった。……怖くて読めず、そっ閉じした。
他にも『魔王復活の兆しか⁉︎ 異世界から聖女が召喚⁉︎』とか、『異世界パティシエがいる王室』、『未知なる料理を求めて、異世界帰りの王室料理人インタビュー』『竜王殿下の番は、異世界人』といった見出しが踊っていた。
この世界では、ラノベであるような展開が普通ってこと?
異世界転生は普通ってこと? ゲームの中に転生したと思ってしまったけど、意外と普通のよくある話、よくある人生だったのかな。
「うーん、ますます分からなくなってきた……」
長い間、魅了魔法により精神的に支配されていた王族や貴族、その他アリサの近くにいた人々は、神殿の治療を受けることになった。
特に長期間にわたって身近にいたものたちは、情緒が安定せず、錯乱して暴れたりするため、治療は困難を極めた。
メドウから、聖水を運ぶ神官たちがやってきて、治療を進めているが、全員が完治するまでには数年かかると見られている。
ロータスの脚も状態は悪く、絶対安静が必要ではあったが、魔獣対策のための魔法陣の設置のためにフェアファクスのあちこちに出向き、尽力した。
フェアファクス内のロータスの評判は、非常によく、多くの人々はなぜ国外追放になったのか不思議がっていた。
(ずっとゲームの強制力だと思っていたけど、もしかして全てアリサの魅了魔法のせいだったのかもしれない)
目まぐるしい日々を過ごしていたが、気がつけば結婚式まで三ヶ月を切っていた。
プリマヴェルの式の担当者から「早く戻ってきてください」と泣きつかれたこともあり、少し状況が落ち着いた所で、二人はプリマヴェルへ戻ることになった。
王城では驚くべき人物がロータスを待っていた。
「リリィー! 無事でよかったよ」
兄のテレンスが、サラサラのミルクティ色の髪を靡かせ、駆け寄ってくる。以前会った時のような不健康さは消えて、元のイケメンに戻っていた。
抱きしめられた時、懐かしい兄の香りに嬉しいような、困るような複雑な感じになる。
「オルフィロスは瀕死の重体だったし、バカライアスに捕まったって聞いて、何かできないかと思い立って、皆さんの手伝いをしていたんだよ」
「お前のおかげで、すんなりフェアファクスを落とせたよ」
「まあエタナル山の噴火は想定外だったけど。やはりお前を怒らせると、大変なことになるのな……。魔王討伐の時、何度もその光景を見ていたというのに、イグニスは本当に脳筋バカだよな」
憑き物が取れたかのように、アリサと会う前のお兄様に戻っていた。
しかし色々な感情が込み上げてきて、ロータスは今まで通りに接することができなかった。家族にされたことが頭をよぎり、その好意を受け入れられない。
また再び捨てられるのではないかという不安は拭いきれなかった。
オルフィロスは、テレンスの腕の中で硬直してしまったロータスを、引き剥がすと自分の背に隠した。
テレンスはその様子に驚いたように見えた。
ロータスはオルフィロスの背中に隠れ、ジャケットの裾を掴むと、ほっと安堵のため息をつく。
「テレンス、リリィはまだ戻ってきたばかりだし、最後に会ったのはあの国外追放の時だよな。お前のあまりの変わりように戸惑っているから、今はそれ位にしてくれないか?」
テレンスは、ハッとした表情を浮かべ、突然深々と頭を下げた。
「リリィ、配慮が足りなくて、すまない。そして、今までごめん。アリサの魅了魔法に抗えず、リリィには酷いことをしたと思っている。危うくたった一人の妹を死なせてしまう所だった……」
ロータスは、無言でテレンスの話を聞いている。
「今すぐにとは言わないからの、またいつか以前のような関係に少しずつでも戻れたら嬉しい。それまで償わせて欲しい」
「……すぐには、難しいかもしれないですけど」
ロータスは消え入りそうなほどの小さな声で答える。その言葉にテレンスはパッと頭を上げる。
「うん……。両親も同じ気持ちなんだよ。リリィ、本当にごめん。私たちは本当にどうかしていたんだ。じゃあ私は、やることが山積みだから、もう行くね」
テレンスが去った後、ロータスは、オルフィロスの背中にぎゅっと抱きつく。
「私、もっとお兄様に優しくすべきでしたか?」
オルフィロスは「君の好きな様にしたらいいんだよ」と、ロータスの手に自分の手を重ねた。
その時、オルフィロスの声が震えているような気がした。
傷つくのが怖くて、自分を捨てた家族のことは考えないようにしていた。でも、もうこれからは大丈夫なのかな。
ほんの少しの希望の光が胸に灯った気がした。
◇
「はぁ、今日で一週間会ってないか……」
プリマヴェルに戻ってきたものの、オルフィロスはプリマヴェルでの仕事とフェアファクス事案の対応に追われ、忙しく会えない日が続いていた。
脚の傷にさわるという理由で、寝室も分けているので、彼がいつ何をしているのかよく分からない。
傷はすっかり癒えて、元通りになったというのに。
たまに会うと、何となくオルフィロスが、自分に対してよそよそしい気がする。
もう魂を繋いでいた鎖が消滅し、離れてもお互いに死ななくなったから、興味が無くなったとか?
それならそれで、はっきり言ってもらった方がいい気もするが、怖くて聞けない。
猫を入れた箱は開けない方が、いいのかもしれない。観測しなければ、物事の状態は確定しないと言うし……。
ロータスは、ベッドの上で、思考を巡らせ、寝返りを打つ。そうしているうちに頭が冴えてきて、眠気がどこかへ行ってしまう。
ダメだ、ダメだと良くない考えを振り払うと、寝間着の上にカーディガンを羽織る。
図書室へ行って、眠たくなるような本でも探そう。
夜のプリマヴェル城を一人で歩く。王城の居住区内はかなり強力な魔法陣が設置されているので、夜の時間帯に騎士たちはほとんどいない。
図書室は、ロータスがいる部屋から五百メートル位先にある。勝手知ったる様子でドアを開き、中に入ると本の香りがふわりと漂う。
薄明るい魔石灯のオレンジ色の光を頼りに、ぼんやりと棚を見ていると、『月刊ロイヤルファミリー』という雑誌が並んでいるのが、目に入る。
最新号を開くと『グリーズバル国王太子と男爵令嬢の純愛!』とタイトルがデカデカと載っており、内容は男爵令嬢と結婚するために、舞踏会で王太子が侯爵令嬢と婚約破棄をしたというものだった。
あれ、婚約破棄モノ⁉︎
さらに読み進めると、後日の話が載っており、男爵令嬢は全く王太子妃としての仕事をこなせず、王太子は元婚約者に復縁を迫ったが、断られたとなっていた。
え、ざまあってこと⁉︎
もしかしてこの世界には、自分が体験したような婚約破棄は一般的なことなの⁉︎
少し前の号には、フェアファクスでのザカライアスと自分の婚約破棄についての記事が、何ページにも渡って特集されているようだった。……怖くて読めず、そっ閉じした。
他にも『魔王復活の兆しか⁉︎ 異世界から聖女が召喚⁉︎』とか、『異世界パティシエがいる王室』、『未知なる料理を求めて、異世界帰りの王室料理人インタビュー』『竜王殿下の番は、異世界人』といった見出しが踊っていた。
この世界では、ラノベであるような展開が普通ってこと?
異世界転生は普通ってこと? ゲームの中に転生したと思ってしまったけど、意外と普通のよくある話、よくある人生だったのかな。
「うーん、ますます分からなくなってきた……」
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