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あっけない幕引き
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朗々と響く、心地よい声で神聖魔法の詠唱が響く。
「悪しき罪人を捕縛せよ、天の鎖」
上空から下ろされた数多の輝く鎖がイグニスの四肢を拘束する。イグニスはその拘束の強さに、全く動けない。必死で手足を動かすが、メドウでの時のように鎖は消えることなく、彼の身体の動きを制御する。
イグニスの剣は、ロータスの首の皮の表面で止まった。肌が少し切れているようで、ちりっと痛んだだけで、首はまだついているようだ。
「リリィ、遅くなった。ごめんね……。」
「え……?」
「無事で本当に、本当に良かった」
ロータスは、顔をこわばらせたまま、声の方を見上げる。そこには、いつか死の森で自分を助けてくれた時のような、まばゆい光を放ち、笑顔を浮かべるオルフィロスがいた。
「この化け物め! あの時、確実にその心臓を貫いたのに、まだ死なないとは!」
イグニスが恐れと悔しさを滲ませて叫ぶ。
ロータスも驚きを隠せず、目の前にいる麗しい、愛しい人を見つめる。
「オルフィ、どうして生きてるのですか? 普通じゃないわ」
「チートでゲームに転生ってやつだよ、百合」
「ひ、聖君……」
「そんなに驚くなんて、何だか嬉しくなっちゃうね」
オルフィロスは、ウィンクをしながら、くすくすと笑う。
「ロータス嬢、分かっただろ! そいつは、普通の人間じゃない! 人のフリをした、悪魔なのかもしれない!」
ちっと舌打ちすると、オルフィロスは「うるさいから、説明は後にしよう」と立ち上がる。
「フェアファクスの王都はプリマヴェルが制圧した! これから人民の救助に入る!」
鎖に拘束されたままのイグニスが「どういうことだ!」と怒鳴りながら、拘束を解こうと激しく動く。その様子を見て鼻で笑うと、オルフィロスは周りの騎士たちに指示を出す。
「あの船に乗っている女へ速やかに魔力封じの枷を! ここに転がっているザカライアス王太子殿下は止血後、速やかに医者の所へ連れて行け。イグニスは、拘束したあと、機能している牢へ投獄しろ」
プリマヴェルの白と青の制服を着た騎士たちは、機敏に動き出す。
オルフィロスは、ロータスに濃い青色のマントで包み、そのまま横抱きにして、額にキスをする。
「リリィ、フェアファクス国王も王妃も、父上が救助に向かった。国が安定するまで、プリマヴェルで援助する予定だから、心配しないで……」
「はい……」
「それにしても本当に君はどうしてすぐに渦中の人になってしまうんだろう。私は本当に心臓がいくつあっても足りないよ」
困ったように眉を下げて困ったような笑顔も優美だ。
その笑顔が、ギルベルトに、そして聖と重なる。
「私が転生者だって知っていたんですよね?」
「うん……、まあ私が原因でもあるし。でも君が、前世の記憶があることには確信が持てなかった。百合は聖のこと嫌っていたから、聞く勇気なんて無かったよ」
「ここは乙女ゲームの世界で、私はその中に転生してしまったかと思っていました」
「乙女ゲーム? そうなの? 私が気を失う前に、確かにそんなことを言っていたね」
オルフィロスが小首をかしげる。
「出てくるキャラクターや設定が、前世でやっていたゲームとそっくりなのです」
「それは本当に? 確実に全部思い出せるの? 私も他の人も全く一緒なの?」
「……全く同じというわけではないですけど。私が国外追放になった後から、どんどん変わってしまいましたし」
オルフィロスは、ロータスを軽々と抱えながら、自分の馬まで歩く。逞しい胸筋、安定感のある動きに心底安心する。
やっとここに戻って来れたという安心感がすごい。
「ゲームの中と言えばそうなのかもしれないし、違うと言えば違う。人は信じたいものを、信じるって言っただろう」
「私がゲームだと信じれば、その中のシナリオに沿って私の人生が進むってことになるってことですか?」
「そうだね。でも結局自分の物語の主人公は、自分なんだよ。ゲームでもそうでなくても、自分の人生では自分が主人公であるべきだと私は思うよ」
オルフィロスはロータスを先に馬に乗せ、その後ろにまたがる。そしてプリマヴェルの騎士団が張った天幕へ向かった。
◇
フェアファクスの天幕では、ロータスの傷の手当てが行われた。あの忌々しい首輪も魔力封じのバングルも外してもらった。
服を着替えさせてもらい、落ち着いた所で、オルフィロスが話を始める。
オルフィロスは、イグニスに刺された後、しばらく仮死状態であったが、治療の最中に突然息を吹き返したそうだ。
彼曰く、オルフィロスの人生において、これは良くあることらしい。
リュミエール神の加護なのか、魔王討伐時に何度も重傷を負っても、死ぬことはなかったそうだ。
稀に見る神聖力を保有していることもあり、神に愛されていると周りは考えているようだが、本人には全くその自覚はないらしい。
チートで異世界転生無双を地でいっていると本人は思っていた。そして、転生を繰り返す中で、たまにそんな特別な人生もあるそうで、今回もそれほど特別なこととは思っていないそうだ。
「リリィが悪役令嬢なんて、この世界は何て残酷なんだ! 私が変わってあげたい」
「オルフィは、美人だから、悪役令嬢もできますよね……」
ロータスは、悔しがる。
「私は女同士でも全然大丈夫。君が君なら、同性だって異種族だって、幸せなんだ」
ふざけて言っているのだろうと思い、何か冗談で返そうかと思っていたら、オルフィロスが真剣な顔で自分を見つめていることに気が付く。
大きな骨ばった手でロータスの両手を握ると、オルフィロスは自分の額にその手を寄せて、祈るように呟いた。
「愛しているんだ……。気が狂ってしまうほどに」
「悪しき罪人を捕縛せよ、天の鎖」
上空から下ろされた数多の輝く鎖がイグニスの四肢を拘束する。イグニスはその拘束の強さに、全く動けない。必死で手足を動かすが、メドウでの時のように鎖は消えることなく、彼の身体の動きを制御する。
イグニスの剣は、ロータスの首の皮の表面で止まった。肌が少し切れているようで、ちりっと痛んだだけで、首はまだついているようだ。
「リリィ、遅くなった。ごめんね……。」
「え……?」
「無事で本当に、本当に良かった」
ロータスは、顔をこわばらせたまま、声の方を見上げる。そこには、いつか死の森で自分を助けてくれた時のような、まばゆい光を放ち、笑顔を浮かべるオルフィロスがいた。
「この化け物め! あの時、確実にその心臓を貫いたのに、まだ死なないとは!」
イグニスが恐れと悔しさを滲ませて叫ぶ。
ロータスも驚きを隠せず、目の前にいる麗しい、愛しい人を見つめる。
「オルフィ、どうして生きてるのですか? 普通じゃないわ」
「チートでゲームに転生ってやつだよ、百合」
「ひ、聖君……」
「そんなに驚くなんて、何だか嬉しくなっちゃうね」
オルフィロスは、ウィンクをしながら、くすくすと笑う。
「ロータス嬢、分かっただろ! そいつは、普通の人間じゃない! 人のフリをした、悪魔なのかもしれない!」
ちっと舌打ちすると、オルフィロスは「うるさいから、説明は後にしよう」と立ち上がる。
「フェアファクスの王都はプリマヴェルが制圧した! これから人民の救助に入る!」
鎖に拘束されたままのイグニスが「どういうことだ!」と怒鳴りながら、拘束を解こうと激しく動く。その様子を見て鼻で笑うと、オルフィロスは周りの騎士たちに指示を出す。
「あの船に乗っている女へ速やかに魔力封じの枷を! ここに転がっているザカライアス王太子殿下は止血後、速やかに医者の所へ連れて行け。イグニスは、拘束したあと、機能している牢へ投獄しろ」
プリマヴェルの白と青の制服を着た騎士たちは、機敏に動き出す。
オルフィロスは、ロータスに濃い青色のマントで包み、そのまま横抱きにして、額にキスをする。
「リリィ、フェアファクス国王も王妃も、父上が救助に向かった。国が安定するまで、プリマヴェルで援助する予定だから、心配しないで……」
「はい……」
「それにしても本当に君はどうしてすぐに渦中の人になってしまうんだろう。私は本当に心臓がいくつあっても足りないよ」
困ったように眉を下げて困ったような笑顔も優美だ。
その笑顔が、ギルベルトに、そして聖と重なる。
「私が転生者だって知っていたんですよね?」
「うん……、まあ私が原因でもあるし。でも君が、前世の記憶があることには確信が持てなかった。百合は聖のこと嫌っていたから、聞く勇気なんて無かったよ」
「ここは乙女ゲームの世界で、私はその中に転生してしまったかと思っていました」
「乙女ゲーム? そうなの? 私が気を失う前に、確かにそんなことを言っていたね」
オルフィロスが小首をかしげる。
「出てくるキャラクターや設定が、前世でやっていたゲームとそっくりなのです」
「それは本当に? 確実に全部思い出せるの? 私も他の人も全く一緒なの?」
「……全く同じというわけではないですけど。私が国外追放になった後から、どんどん変わってしまいましたし」
オルフィロスは、ロータスを軽々と抱えながら、自分の馬まで歩く。逞しい胸筋、安定感のある動きに心底安心する。
やっとここに戻って来れたという安心感がすごい。
「ゲームの中と言えばそうなのかもしれないし、違うと言えば違う。人は信じたいものを、信じるって言っただろう」
「私がゲームだと信じれば、その中のシナリオに沿って私の人生が進むってことになるってことですか?」
「そうだね。でも結局自分の物語の主人公は、自分なんだよ。ゲームでもそうでなくても、自分の人生では自分が主人公であるべきだと私は思うよ」
オルフィロスはロータスを先に馬に乗せ、その後ろにまたがる。そしてプリマヴェルの騎士団が張った天幕へ向かった。
◇
フェアファクスの天幕では、ロータスの傷の手当てが行われた。あの忌々しい首輪も魔力封じのバングルも外してもらった。
服を着替えさせてもらい、落ち着いた所で、オルフィロスが話を始める。
オルフィロスは、イグニスに刺された後、しばらく仮死状態であったが、治療の最中に突然息を吹き返したそうだ。
彼曰く、オルフィロスの人生において、これは良くあることらしい。
リュミエール神の加護なのか、魔王討伐時に何度も重傷を負っても、死ぬことはなかったそうだ。
稀に見る神聖力を保有していることもあり、神に愛されていると周りは考えているようだが、本人には全くその自覚はないらしい。
チートで異世界転生無双を地でいっていると本人は思っていた。そして、転生を繰り返す中で、たまにそんな特別な人生もあるそうで、今回もそれほど特別なこととは思っていないそうだ。
「リリィが悪役令嬢なんて、この世界は何て残酷なんだ! 私が変わってあげたい」
「オルフィは、美人だから、悪役令嬢もできますよね……」
ロータスは、悔しがる。
「私は女同士でも全然大丈夫。君が君なら、同性だって異種族だって、幸せなんだ」
ふざけて言っているのだろうと思い、何か冗談で返そうかと思っていたら、オルフィロスが真剣な顔で自分を見つめていることに気が付く。
大きな骨ばった手でロータスの両手を握ると、オルフィロスは自分の額にその手を寄せて、祈るように呟いた。
「愛しているんだ……。気が狂ってしまうほどに」
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