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この世界で自分を気にかけてくれるただ一人
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森の中は魔獣の巣窟だった。また生えている植物の多くは毒を含んでおり、迂闊に触れることもできない。判断を少しでも間違えば、命を落とす。
攻略が難しいドット絵の昔のゲームのようにすぐに死んでしまいそうだ。
あれから一週間、日々魔獣を避けつつ移動しながら、森の様子を観察しつつ森の出口を探して進む。
森へと続いていた道は既に無く、今は道なき道を進むのみだ。
熱帯雨林のような重苦しい湿った空気と、本には載っていない危険な魔獣が昼も夜も、ロータスの心身を追い詰めていた。艶やかに磨き上げられていた乳白色のきめ細かい肌は、今や傷だらけで汗と泥にまみれている。
もうすぐ森を抜けるはずなんだけど。一週間もろくに寝ずに進むのは流石に辛くなってきた。精神的にも肉体的にも限界が近いと感じる。
悔しい。きっともう少しで森を抜けられるはずなのに。
額から流れ落ちる汗を手の甲でぬぐう。
まとわりつくような湿度と暑さにロータスはぼうっとし、集中力が一瞬切れた。
その時、うねるように地表を覆う木の根を踏んでしまう。
しまったと思った瞬間、右足首に激痛が走る。足を捻ってしまったらしく、痛みに涙が流れる。こんな場所では少しの負傷も命取りになる。
すぐに冷やしたが、歩くにつれて痛みが増し、腫れがひどくなってくる。泣きたい気持ちをぐっと我慢する。泣いたら、心が折れてここから立ち上がれなくなる。
「少し休もう」
慌ててもすぐに森から脱出できるわけでもないし、焦りは禁物だ。慎重に行こう。こんな所で何もせず、ゲームの強制力に負けるのは絶対に嫌だ。せっかくここまで孤独に頑張ってきたのに。
近くの木の上に登り、仮眠をとる。浅い眠りの途中で何度も悪夢を見た。今の世界のことや転生前のことが混じりあって、嫌な気持ちになる。ロータスと百合の記憶が、ごちゃごちゃと重なり合う。
過去の後悔や辛い気持ちが、今生の辛い記憶と絡む。
変な汗をかきながら、ゆっくりと薄い赤紫色の瞳を開くと……。
シュルルル……。シュルルルル……。
生暖かい悪臭と空気が抜けるような音。
目の前にはヒュドラの九つの顔があった。
「ひっ」
思わず声が漏れる。
こんな伝説の魔獣までいるなんて! この森、お手入れし無さ過ぎでしょう!
一方でヒュドラって本当に存在しているんだと変な感動も覚える。完全な現実逃避だった。
ロータスは息を飲む。眠気も不快な気分も、一気に吹き飛び、緊張でごくりと喉が鳴る。
ぬるぬるとした土色をした鱗、九つの頭を持つ大蛇ヒュドラは、見定めるように黄金に光る瞳でじっとロータスを凝視する。突然、足元あたりにいた頭の一つが、ロータスのふくらはぎにガブリと勢いよく食らいつく。
「きゃああ――!」
あまりの激痛に声が出る。そしてそのまま木の上から地面に落下する。
どんっという衝撃でしばらく動けない。ぬっとロータスの上にヒュドラの影が落ちる。巨大な胴体がズルズルと這いながら、ロータスに近づいてくる。シャーシャーと獲物を威嚇する音が大きくなる。
逃げないと。心臓がバクバクと激しく動き、頭がフル回転する。
ロータスは、四つ這いになり、ヒュドラから少しでも距離を取ろうとぬかるんだ地面を這う。
背の低いギザギザとした葉を持つ植物がロータスの顔に、傷をつける。手をつくたびにむにゅりと濡れた土が、顔に飛び散る。
じんじんと噛まれたふくらはぎが痛む。毒が回っているのか、右足が動かない。足を引き摺りながら、必死で茂みの中に逃げるが、素早い動きでヒュドラが追ってくる。
左足首がぐんと後ろに引っ張られる。
ヒュドラは尾を器用にロータスの足首に巻き付けると、ずるずるとロータスを自分の近くまで引き寄せる。
振り向くとヒュドラの九つの赤い口は自分へ迫っていた。鋭い毒牙が獲物であるロータスを捉えようとする。足首は掴まれたままで振り解けない。動けない。
ああ、今度こそもうダメ。せっかく頑張ったのに。大蛇に食われて死ぬなんて、前世同様報われな過ぎる……。
今度はもっといい環境に生まれ変わりたいなぁ。
「悪なるものに光の鉄槌を。聖なる雷」
その時、魔法詠唱が響き、魔法の光で周りが真っ白に輝く。
神聖魔法⁉︎
雷光がヒュドラを打ち、目の前で、力なく倒れていく。
一体何が起こったの⁉︎
ロータスは、呆然と地面に倒れているヒュドラを見つめる。一撃で仕留めてしまうとは。高位神官が助けに来てくれたのだろうか? 悪役令嬢の自分を助けてくれる人なんていないはず。何かの罠なのかしら。
ふと背後で人の気配がして、振り返る。
「リリィ、大丈夫かい?」
かつての家族と幼馴染だけが呼ぶことを許されていたミドルネームを久々に聞いた。
「まさか、オルフィ……」
目の前に攻略対象である護り人の一人、幼馴染でもある神官オルフィロスが麗しい微笑みを浮かべて立っていた。
「間に合ってよかった。迎えに来たよ?」
「嘘……。私、夢でも見ているのかな。信じられない」
安堵と喜びで、涙が溢れて出る。
助けに来てくれたんだ……。
「夢じゃないよ。もう大丈夫だからね」
オルフィロスが、安心させるように優しくロータスを抱きしめ、背中をぽんぽんと優しく叩く。
「オルフィ、あ、ありがとうっ……」
ロータスは泣きじゃくる。張り詰めていた気持ちが緩み、涙はなかなか止まらなかった。
攻略が難しいドット絵の昔のゲームのようにすぐに死んでしまいそうだ。
あれから一週間、日々魔獣を避けつつ移動しながら、森の様子を観察しつつ森の出口を探して進む。
森へと続いていた道は既に無く、今は道なき道を進むのみだ。
熱帯雨林のような重苦しい湿った空気と、本には載っていない危険な魔獣が昼も夜も、ロータスの心身を追い詰めていた。艶やかに磨き上げられていた乳白色のきめ細かい肌は、今や傷だらけで汗と泥にまみれている。
もうすぐ森を抜けるはずなんだけど。一週間もろくに寝ずに進むのは流石に辛くなってきた。精神的にも肉体的にも限界が近いと感じる。
悔しい。きっともう少しで森を抜けられるはずなのに。
額から流れ落ちる汗を手の甲でぬぐう。
まとわりつくような湿度と暑さにロータスはぼうっとし、集中力が一瞬切れた。
その時、うねるように地表を覆う木の根を踏んでしまう。
しまったと思った瞬間、右足首に激痛が走る。足を捻ってしまったらしく、痛みに涙が流れる。こんな場所では少しの負傷も命取りになる。
すぐに冷やしたが、歩くにつれて痛みが増し、腫れがひどくなってくる。泣きたい気持ちをぐっと我慢する。泣いたら、心が折れてここから立ち上がれなくなる。
「少し休もう」
慌ててもすぐに森から脱出できるわけでもないし、焦りは禁物だ。慎重に行こう。こんな所で何もせず、ゲームの強制力に負けるのは絶対に嫌だ。せっかくここまで孤独に頑張ってきたのに。
近くの木の上に登り、仮眠をとる。浅い眠りの途中で何度も悪夢を見た。今の世界のことや転生前のことが混じりあって、嫌な気持ちになる。ロータスと百合の記憶が、ごちゃごちゃと重なり合う。
過去の後悔や辛い気持ちが、今生の辛い記憶と絡む。
変な汗をかきながら、ゆっくりと薄い赤紫色の瞳を開くと……。
シュルルル……。シュルルルル……。
生暖かい悪臭と空気が抜けるような音。
目の前にはヒュドラの九つの顔があった。
「ひっ」
思わず声が漏れる。
こんな伝説の魔獣までいるなんて! この森、お手入れし無さ過ぎでしょう!
一方でヒュドラって本当に存在しているんだと変な感動も覚える。完全な現実逃避だった。
ロータスは息を飲む。眠気も不快な気分も、一気に吹き飛び、緊張でごくりと喉が鳴る。
ぬるぬるとした土色をした鱗、九つの頭を持つ大蛇ヒュドラは、見定めるように黄金に光る瞳でじっとロータスを凝視する。突然、足元あたりにいた頭の一つが、ロータスのふくらはぎにガブリと勢いよく食らいつく。
「きゃああ――!」
あまりの激痛に声が出る。そしてそのまま木の上から地面に落下する。
どんっという衝撃でしばらく動けない。ぬっとロータスの上にヒュドラの影が落ちる。巨大な胴体がズルズルと這いながら、ロータスに近づいてくる。シャーシャーと獲物を威嚇する音が大きくなる。
逃げないと。心臓がバクバクと激しく動き、頭がフル回転する。
ロータスは、四つ這いになり、ヒュドラから少しでも距離を取ろうとぬかるんだ地面を這う。
背の低いギザギザとした葉を持つ植物がロータスの顔に、傷をつける。手をつくたびにむにゅりと濡れた土が、顔に飛び散る。
じんじんと噛まれたふくらはぎが痛む。毒が回っているのか、右足が動かない。足を引き摺りながら、必死で茂みの中に逃げるが、素早い動きでヒュドラが追ってくる。
左足首がぐんと後ろに引っ張られる。
ヒュドラは尾を器用にロータスの足首に巻き付けると、ずるずるとロータスを自分の近くまで引き寄せる。
振り向くとヒュドラの九つの赤い口は自分へ迫っていた。鋭い毒牙が獲物であるロータスを捉えようとする。足首は掴まれたままで振り解けない。動けない。
ああ、今度こそもうダメ。せっかく頑張ったのに。大蛇に食われて死ぬなんて、前世同様報われな過ぎる……。
今度はもっといい環境に生まれ変わりたいなぁ。
「悪なるものに光の鉄槌を。聖なる雷」
その時、魔法詠唱が響き、魔法の光で周りが真っ白に輝く。
神聖魔法⁉︎
雷光がヒュドラを打ち、目の前で、力なく倒れていく。
一体何が起こったの⁉︎
ロータスは、呆然と地面に倒れているヒュドラを見つめる。一撃で仕留めてしまうとは。高位神官が助けに来てくれたのだろうか? 悪役令嬢の自分を助けてくれる人なんていないはず。何かの罠なのかしら。
ふと背後で人の気配がして、振り返る。
「リリィ、大丈夫かい?」
かつての家族と幼馴染だけが呼ぶことを許されていたミドルネームを久々に聞いた。
「まさか、オルフィ……」
目の前に攻略対象である護り人の一人、幼馴染でもある神官オルフィロスが麗しい微笑みを浮かべて立っていた。
「間に合ってよかった。迎えに来たよ?」
「嘘……。私、夢でも見ているのかな。信じられない」
安堵と喜びで、涙が溢れて出る。
助けに来てくれたんだ……。
「夢じゃないよ。もう大丈夫だからね」
オルフィロスが、安心させるように優しくロータスを抱きしめ、背中をぽんぽんと優しく叩く。
「オルフィ、あ、ありがとうっ……」
ロータスは泣きじゃくる。張り詰めていた気持ちが緩み、涙はなかなか止まらなかった。
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