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侯爵令嬢のち国外追放

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「ロータス・リリィ・マーヴィンをマーヴィン侯爵家から除籍し、国外追放とする」

 フェアファクス王の審判の声が響く。周りで判決を見守っていた人々から拍手が上がる。

 玉座の間の絢爛豪華な天井は、その拍手の音を響かせ、ロータスと呼ばれた令嬢を静かに見下ろしている。

 彼女のミルクティ色の髪は低い位置で乱雑に束ねられている。王の威厳を示す豪華なこの場所に不釣り合いな粗末なワンピースは、在りし日の彼女が落ちる所まで落ちたのだと改めて人々の優越感を刺激する。

 いくら由緒あるマーヴィン侯爵家の娘だとしても、厳格に処罰されるのは至極当然のことだと言うのが貴族たちの表向きの態度だったが、実際のところ他人の不幸は蜜の味なのである。
 
 身分も高く、魔法陣に精通し、魔力量も多い。容姿端麗で全てが完璧であるロータスは、堕ちた侯爵家令嬢として貴族たちの噂の的であった。

(はあ、この断罪劇は何も知らない人たちの、恰好の飯うま案件よね……)
 
 もうそろそろ出て行ってもいいかなと窺うように、玉座の前で俯いていたロータスが顔を上げる。すっぴんの彼女の顔は、とても可憐で楚々としており、とても重大な罪を犯すようには見えない。
 
 元婚約者のザカライアス王太子殿下と、彼にぴったり寄り添う救国の乙女として異世界から召喚された少女アリサの二人と目が合う。

 庇護欲を掻き立てる丸くつぶらな瞳と艶めく黒い髪、王太子殿下の瞳の色を思わせるエメラルドグリーンのドレスを身に纏った可憐な少女は、ロータスを怯えた様子で見下ろしている。

「ザカライアス様、ロータス様が私を睨んでいます……。私、怖いですわ」
「大丈夫、私が側にいる限り何の手出しもさせない」
 
 アリサは、震えながら潤んだ瞳で王子を見上げる。彼女を悪役令嬢であるロータスから庇うように、美しい金の髪の王太子殿下は、腕を彼女の前に伸ばす。

 ザカライアスは、あたかも自分こそが正義であると言わんばかりの厳しい表情を浮かべているが、実際に何の罪も犯していないロータスにとってその様子は白々しく滑稽に見える。

 お姫様を守る王子様気取り……。まあ実際王子様なんだけど。
 ロータスは苦笑いをする。しかしすぐにロータスの蓮華のような薄い赤紫色の瞳は、二人には興味が無さそうに再び伏せられる。
 
 群衆の中には宰相である父や兄テレンスもいるはずだが、異議を申し立てる声は上がらない。
 除籍されれば、マーヴィン家とは何の関係もないただの罪を犯した女でしかないのだからそれも仕方のないことだ。
 けれど……。
 オルフィロス様も、何も仰ってくださらないのね。ハーレムエンドだから仕方ないと言えばその通りだけど。
 彼の顔を思い出し、胸が痛む。在りし日に彼からもらったイエローダイヤの首飾りは、お守りとして今日も身につけていた。
 彼だけは皆と違うのではないかと期待していた自分が滑稽に思え、今度は自嘲気味に微笑む。

「本当に悪女だ。こんな時まで笑顔を浮かべているなんて」
「救国の乙女に王太子殿下を取られた腹いせに嫌がらせをしていたらしい」
「魔王を王都まで手引きしたのもロータス嬢だ」
「国外追放なんて刑が生ぬるいのではないか」

 人々は事実を確認することなく、口々にロータスについて噂する。
 
(……やっぱり私がいくら努力しても無駄みたい。私の評判は何も変わっていない……。必死にPDCAサイクルを回して、無事にゲームを終わらせようと努力したのに)
 
 ロータスが神妙な態度で部屋を出ると、粗末な薄汚れた古びたドレス姿のまま、馬車に乗せられる。最低限の荷物は既に積んであり、そのカバンとその身一つで、生まれ育った国ではあるが何の現実味もないこの場所から出て行く。
 だがそんな彼女の顔には、悲壮感は全くなかった。
 
「やっと終わったぁ」

 馬車が走り出して少し経つと、ロータスは両手を組みぐっと伸びをする。

「悪役令嬢なんて、ゲームをしている分には楽しいけど、実際になってみると理不尽すぎてストレスたまるわぁ」

 彼女は、日向百合ひなた ゆり、異世界からの転生者だった。
 気がついたら『救国の乙女と選ばれし四人の護り人』という乙女ゲームの中に転生していた。
 
 別れ際に何だかんだと拗らせた元彼が、ストーカーと化した。帰りに会社の前で待ち伏せされ、逃げ回っている時、トラックに轢かれ呆気なく死んでしまったのだ。
 何てつまらない人生。夢もやりたいこともなかったけど、そんなことで死んでしまうなんて。
 人事考課の結果が良くて、来月から昇給だったのに、その前に死んでしまったことには若干の悔しさはある。
 
 異世界から召喚された救国の乙女と四人の攻略対象が恋愛をしながら国のため、国を滅ぼさんとする魔王に立ち向かうという設定のありがちな乙女ゲームだった。
 
 四人の攻略者は、ザカライアス王太子殿下、神官オルフィロス、騎士団長イグニス、マーヴィン侯爵家令息で兄のテレンスだった。
 自分は王太子殿下の婚約者であり、全てのルートに悪役令嬢として登場し、救国の乙女の邪魔をする役割を担っていた。
 
 ここがゲームの中だと気が付いた時から、必死にバッドエンドを避けて行動していた。誰だって好き好んで、辛い人生を歩みたくはない。
 
 主人公を虐めなかったし、婚約者に執着もしなかった。他の攻略者たちとの接触も極力避けた。報連相を徹底し、紙で証拠を残して、自分の潔白を証明した。
 しかしゲームの強制力なのか、それらは簡単に無かったものとされ、無実の罪を着せられてしまった。
 結局、断罪され、婚約破棄され、今日この日を迎えてしまった。

(ザカライアス殿下め、私が何度も婚約解消しようと提案したけど、愛してるとか君と一緒に生きて行きたいんだとか生ぬるいことを言って全然了承してくれなかったくせに。ヒロインが登場したとたん手のひらを返すなんて。不誠実すぎるっ)

 ロータスの怒りの拳は空を切る。攻略対象者の中で一番タイプだったから、ゲームと実際の姿のギャップにがっかり度はひと際大きい。
 
 主人公のアリサが、ハーレムエンドを選んでくれたのは、唯一の救いだった。ハーレムエンドの時だけ、ロータスは処刑や娼館送り、強盗による殺害、事故による死亡等の結末ではなく、割と優しめの『国外追放』という結末を迎えることができた。

 かなり昔にやったゲームなので、内容は他のゲームと混ざってしまい、詳細を忘れてしまった。しかしゲームが終わった今、シナリオに関係なく、自由の身になって初めてこの世界を自分で楽しむことができる。
 
 ロータスは、唯一の持ち物である小さなカバンを大事そうに抱える。この鞄は、密かに収納魔法が付されており、一生生きていくに困らない位の財産が入っていた。
 
 ゲームが終わった後のために、当面の生活必需品と貯めていたお金や宝石がぎっしりと詰まっている。
 新しい人生、一生好きなことだけして生きていくんだ。これは前世ではできなかったことだ。
 それだけを生きる希望として、これまで孤独に行動してきた。それが今日叶うと少しだけ興奮している自分もいた。
 
 本で見た海の街やドラゴンの住む山、エルフやドワーフの里、行ってみたい場所は数えきれない。旅行好きの血が騒ぐ。
 
 やんごとなき家のご令嬢だと一人旅なんて絶対できない。いつも侍女や使用人、護衛騎士などがもれなくついてくる。日常生活でもプライベートが全くないというのに、一人旅なんて夢のまた夢だ。
 
(でも除籍されて平民になったし、私は自由だ!)
 
 侯爵家令嬢としての人生には何の未練も感じなかった。ロータスは長かった道のりを思い返して、頑張った自分に心の中で拍手し、喜びを噛み締める。
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