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第三章 聖女は守りたいものがあるようです

パンドラのように、人はするなと言われれば、するものだ

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 天音はこの場所からすぐに離れて、このことを報告しなくてはと振り向いて逃走しようとする。しかし護衛の騎士に両腕を掴まれて、退路を断たれる。

「ちょっと、放して! これは由々しき問題です。陛下に報告しなくてはなりません!」
「アマネ、残念ね。それは難しいと思うわ」

 エレノアが愉悦の微笑みを天音に向ける。天音の心の中で、警鐘が鳴り響く。このまま人工魔水晶を作り続ければ、いずれはメイオール王国全土に瘴気が包まれ消滅してしまう。
 ずるずると騎士に引きずられながら、天音は最後のコンテナの前に連れ戻される。屈強な騎士二人に押さえられたまま天音は立ちつくす。何が中にいるのか、言われなくても想像できる。

 最後のコンテナのドアが、エレノアによって開かれる。
 コンテナを開くと太い鉄格子で囲われた檻があり、中にはオーガの子どもたちがひしめいていた。隷属紋が腕に焼印されており、未だに血が滲み腫れている。人が入って来たことで、檻を掴み暴れ出す。怒りを込めて威嚇してくる。

「先日、捕獲してきたの。まだまだ魔水晶を作らないといけないしね。若い個体の方が生命力はあるから、耐用年数が長いのよ」

 オーガの様子を無視して、エレノアは奥に進む。天音は、騎士に引きづられながらその後に続く。
 隣の檻には、大人のオーガが入れられていた。ここに捉えられて長いのか、胡乱な眼をしてどこかぼんやりとしているような様子だった。体中には針の後が多くみられ、身体はやせ細り、一目で死期が近いことが分かる。
 生命力を魔力に変換していると言っていた。きっと彼らはかなり生命力を消費したのだろう。

「彼らからはもう魔力を変換するほど、生命力は残っていないわ。ただ最後まで有効活用しますので、安心なさって」
「……どうするのですか」
「第二コンテナの牧草の肥料にもできるし、他のオーガの餌にすることも可能ね」

 同族を食べさせるというのか……。
 それにしても彼らの様子は、ベルーゲンで討伐されたオーガにそっくりだった。

「彼らに人を襲わせたりも、できるのでしょうか……」

 エレノアは、「あら」と嬉しそうな顔をした。

「アマネは本当に小賢しいのね。益々憎らしいわ」
「ベルーゲンでオーガに襲われたって言っていましたよね? それってもしかして自作自演……」
「ご明察」

 エレノアは、それ以上は何も言わなかった。彼女の翡翠色の瞳は、一切感情を表さないので、何を考えているのか見当もつかなかった。

 更に奥の檻の前に来た時、天音は自分の目を疑った。人族の女性が檻の中に入れられており、オーガと後背位で交わっていた。女の瞳には光は無く、濁った眼には何も映していないようだった。
 オーガもまた酩酊している様子で、女に覆いかぶさりながら、機械的に腰を打ち付けている。

「……これは……」

 天音は言葉を失う。あまりの衝撃に座り込んでしまいそうになるが、騎士に羽交い絞めにされ、強制的に立たされる。

「こちらの檻では、人族とオーガの混血児を生成しているの。あまりに瘴気の発生がひどいので、人と掛け合わせた混血児を使って魔力変換をしてはどうかと言う話になり、今サンプル作成中なの」

 あまりの光景に天音は目を逸らしてしまった。女性には見覚えがあった。天音がベルーゲンの教会裏で、瘴気に脚を汚染されたあの女性だった。

「何て、ことを……」

 天音は、恐怖で歯の根が合わない。このピンクブロンドの天真爛漫で少し意地悪だが美しく気高い王女という皮を被った、エレノア・ミドガーランドをとても同じ人間だと思えない。二人の交わりを見ていられず、思わず顔を反らす。
 エレノアが天音に近づき、耳元でいつもの可愛らしい声で、滑舌の良く囁く。

「ねえ、アマネ、アルテアお兄様のアレは、すごく大きいということだけれど、オーガに比べたら全然小さいわよね?」

 エレノアが天音の顔を両手で挟み掴むと、交わる二人の方へ顔を無理やり向ける。

「ほらよく見て、私に教えて頂戴。アレがあの侍女の中に入るのだから、お兄様のだって全然大丈夫よね?」

 エレノアは天音の耳元で愉快そうに言う。
 アルテアのと……。天音は、例えようもない嫌悪感に、胃液がせり上がってくる。口の中に胃液が逆流し、苦い味が口内に広がる。

「アマネにも、オーガとの子を産んでもらおうかな。でも、あんたの子どもなんて、存在しているだけで目障りだなあ。ちびっこオーガたちの遊び相手になってもらおうかな。中には大人に近い個体もいるから、犯されちゃうかもねぇ。そしてそのまま死んでくれるかなぁ」

 天音の頬に添えられたエレノアの手に力が入る。

「……い、いや」
「うふふ。そういう顔がずっと見たかったの。いつもすましちゃって。『私が我慢すれば全て丸く収まる』って悲劇のヒロインには虫唾がはしるわ。私、そういうの大っ嫌いなの」

 天音は、初めてこの状況で恐怖を感じる。前世で、集団で暴行された時でさえ、恐怖を感じなかったというのに。天音はこの世界で人の優しさにふれて、感情が動くようになった自分を誇らしげに思う反面、少しだけ後悔をした。
 心を固く閉ざしたままでいれば、こんなにも恐怖で震えることはなかったのに。

「檻の中に放り込みなさい!」
「やめて! いやっ!」

  騎士たちは、乱暴に天音を一番手前の檻まで引きずると、檻の中に天音を放り込む。
 檻の中に投げ入れられ、あまりの強い勢いに天音は倒れ、オーガの糞尿にまみれる。
  後ろでガチャリと檻を施錠する大きな音が響く。

「聖女様が、いいざまねぇ。お兄様のお世話は、これからは私がするから、安心して」
「ここから出して! 瘴気をまき散らして、魔水晶を作って何の意味があるの!? 一方的にオーガを殺して、そんなことは自然の摂理に反するわ!」
「はあ? あんたにとやかく言われる筋合いはないわ。私を誰だと思っているの? ミドルアースの王女であり、次期メイオール王国王妃になるのよ。皆が私の下にひれ伏す、そういう高貴な存在なの」
「そうかもしれない。けれどあなたがやっていることはただの人殺しよ!」

 エレノアは不愉快そうな顔をする。

「下賤な女には、上に立つ者の考えは理解できないわ。国の発展のために魔水晶が必要なのよ。これは意味ある実験であり施策だわ。それにオーガは別に人族ではないでしょう」
「魔水晶に頼らなくても、自然と共に生きたらいいじゃない! なければ、あるもので補えばいいのよ! 暴力的に奪っていい命なんてない!」

 天音は、メイオール王国の人々の生き方を振り返る。限りある資源から、どうしたらいいか工夫をする。使わなくていい魔力は使用しない、病気になっても自己回復できるところまでしか魔法で治癒させない、極夜の暗鬱な日々は皆で集まって楽しく過ごす。

 過剰な発展など望まず、自然と共生するそんな生き方を、アルテアは心から愛しているし、天音もそういう生き方を望む。
 だからエレノアの考えは全く理解できなかったし、唾棄すべきものだ。そして、断固として魔水晶の製造を止めさせるべきだと思った。

「今ならまだ間に合う。今すぐ、魔水晶の製造を止めて、オーガを元居た場所に返すの。瘴気は、浄化できるところまで浄化するから!」
 
 自分の力を全て使えば、少なくとも濃い瘴気は、薄くすることもできる。ここで解決できれば、きっと極夜明けの明るい春を迎えられるはずだ。

「アマネ、ダメよ。全然お話にならないわ。いくら話しても私たちは交わらない。でも大丈夫、安心して。あの薄汚い子どももあんたと同じように餌にしてあげる。慈悲深いから、私」
「――エレノアっ!」

 エレノアと騎士たちは天音に背を向けて、コンテナの外へ出て行く。コンテナの扉は無慈悲に閉まる。

「ああ……」 

 天音は、ゆっくりと後ろを振り向く。十数人のオーガが、天音を凝視している。その口元にはダラダラと涎が流れている。じりじりと距離を詰めていく。子どもとはいえ、二メートルを超える巨体、その爪と牙は大きく鋭く、容易に人を食べることが可能に見えた。天音は攻撃魔法は全く使えない。闘うことは無理だ。
 こんな場所で無駄死になんて……。

(アルテア、ごめんなさい。私、何だか失敗してしまったみたい……。最後に会いたかったな。せめて仲直りしたかった)

 天音は、覚悟を決めて、そっとそのペリドット色の瞳を閉じた。
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