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第三章 聖女は守りたいものがあるようです
無慈悲にも時間は刻々と過ぎていく
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それから二時間後、アルテアは数名の騎士たちを引き連れ、ベルーゲンへ向かった。泣き過ぎてとても人前に出られる姿ではなかったので、調査に同行する騎士にこっそりと聖水晶を渡す。
王城の窓からひっそりと出発の様子を見守っていると、エレノアのピンクブロンドの髪が見えた。エレノアは、アルテアに抱擁すると頬にキスをした。
アルテアの表情は見えなかったが、止まったはずの涙が再び流れる。
泣くなんて、本当に自分勝手だよね……。
これ以上見ているのが辛く、天音はそっと窓から離れた。
アルテアがベルーゲンに行ってから一カ月が経過した。天音に直接連絡が来るわけではないが、ベアーグやアンジェラが様子を伝えてくれる。
先日の報告によれば、ベルーゲンの街全体に何か大きな被害があったわけではなかった。その報告に少しだけホッとした。あの美しい商人たちの港町が、失われてしまえばメイオールの経済に大きな打撃になるし、多くの人々が傷つく様子を見るのは身が引き裂かれるように感じる。
こんなに長い間、離れて、言葉も交わさずに過ごすのは初めてのことだった。
しかし自分が次に生まれ変わる世界に、彼はいない。そう考えると少しずつ、彼がいない状況に慣れていかなければならないのかもしれない。
こんなにアルテアに心を寄せてしまうとは思わなかった。このぽっかりと空いた心の穴はいつか埋まるのだろうか。
天音は心もとなげに自分の胸に指を添える。
アルテアが不在でも天音の日常はさほど変わらない。ただ隣に愛おしい人がいないだけ。
例えアルテアに嫌われたとしても、最後まで自分の力は自分の大切な人のために使うと決めた。今は、王城の瘴気対策と結界を強化してくしかないと、白鳥の文様をすがるように撫でる。
いつものように王城内を巡回していると、二階の外廊下でアンジェラに出会う。日々寒くなる極夜の直前の時期だというのに、ずいぶんな薄着だった。天音は自分の着こんだ姿に見比べる。寒い国には慣れたつもりだったけど、結局本当に慣れることはできなかったなと実感する。
「あら、アマネ様、いつも見回りありがとうございますね」
アンジェラは天音を見つけるとにこりと微笑む。その顔が、アルテアにそっくりで胸がきゅっと締め付けられる。外廊下からは、丘の下に広がるオウロスの街が一望できる。二人でしばし立ち止まり、街の方を眺める。
「ここはアマネ様が守ってくれているから大分いいですけれど、街は日々瘴気が流れ込む地区が増えてきていますね」
「そうですね。私も午後から神殿に参りますが、重病人が日々増えており、治療が追い付かない状態です」
「あまり無理をしてはいけませんよ? 眠れていないのでしょう? 目の下にクマができています」
アンジェラは、そっと天音の眼もとに、ほっそりとした指先で触れる。ひんやりとした指先が寝不足のほてった体に気持ちいい。冷たい風が吹き抜けて、アンジェラのプラチナブロンドの髪が、風になびく。
「お義母様、……アルテア様は、今どうされているのでしょうか?」
「まあ、そんな捨てられた子犬みたいな顔をされるなんてお可愛らしい方ですね」
アンジェラは天音を抱きしめると、頭を撫でる。天音はアンジェラのことを本当の母親のように感じる。
「大丈夫ですよ。ベルーゲンでの調査は進んでいますし、隣国のヴィエルガハ領主ペルケレ・トール様もオーガの侵入経路を調べてくださっているようですから」
天音は以前会った、魔族王ペルケレを思い出す。漆黒の闇夜のような黒髪に輝くルビーレッドの瞳、透けるような白い肌、息苦しくなるような威圧感と身体から溢れる絶対的な王の気品を持つ彼の姿に圧倒された。
あまりに無表情で、人工知能を持つロボットみたいだと思ったが、彼が手伝ってくれるのなら安心できる。そう思えるほど、誠実で真面目そうな印象があった。
「お義母様、ありがとうございます。何だか少し気持ちが不安定で」
「ここでアマネ様の家族は私たちだけなのですから、いつでも頼ってほしいですわ。後でよく眠れるハーブティーを持って行かせるわね」
二人で話をしているとコツコツと、外廊下の石畳に足音が響く。
「おはようございます。王妃様、アマネ様」
エレノアが人懐こそうな笑顔で話しかけてきた。
「あら、出歩いて身体は大丈夫なのですか? 今日は随分と冷えますよ」
アンジェラが訪ねる。
「はい。王城の方が瘴気が少なくて、清々しい気分です。別邸は魔道具を使用して瘴気を浄化しているのですが、完璧にはいかなくて……」
「そうなのですね。アマネ様に一度浄化してもらってはどうかしら?」
「……まあ、そうなのですが……」
エレノアが、天音を一瞥した後、憂い顔を作る。
「何か問題でもありまして?」
「使用人たちは、アマネ様がこちらに来るのを嫌がるのですよ」
「それは一体どうしてかしら。聖女様の神聖力で一度浄化していただけば、今よりはずっといい環境になりますのに」
「王妃様……、ご本人を目の前にしてとても言いづらいのですが……、ミドルアースの人々はアマネ様を聖女ではなく、瘴気を操ることができるものとして思っているのです」
「――それは、『厄災の竜の眷属』という御伽噺ですか?」
「ミドルアースでは史実としてその存在を信じているのです。もちろん、私はアマネ様が聖女様だと信じておりますよ」
エレノアはそう言って天音の手を取る。天音はびくりとする。
「ね? アマネ様? 私たち仲良しですものね」
「恐れ多いことでございます」
天音は、嫌悪感を感じエレノアの手をそっと振り払うと、思ったより簡単に手は離される。
「でも私どもの使用人たちを悪く思わないでくださいませ。先日、お父様から厄災の竜を封印が解けかけていると連絡が入ったものですから、皆、神経質になっているのです」
「そうなのですね。六千年も前の古い封印ですから驚きはしませんが、それとアマネ様は関係ないことです。むしろ封印が解けかけているからこそ、この地に召喚されたのではと私たちは考えます」
アンジェラが、自分を庇ってくれたことが嬉しくて天音は胸がじんわりと温かくなる。エレノアは、思った反応が得られなかったのか不自然な笑顔で固まってしまう。
「王妃様はおかしいと思われないのですか? 私がこの地に来てから瘴気が濃くなったり、ベルーゲンにオーガが現れたのですよ」
「どこかおかしい部分がありますでしょうか?」
エレノアは、天音がエレノアに嫌がらせをしていると言わせたい様子だったが、アンジェラは、全く悪意がないというような無垢な笑顔でエレノアに尋ねる。
「前回も今回も私が来たとたんに、事件が起きたのです。私とアルテアお兄様が仲良くしているのが、アマネ様は気に入らないのではないでしょうか?」
「あら、おかしいですわね。先ほど、エレノア王女殿下は『アマネ様を聖女様だと信じている』『仲良し』だと仰ったのに。一体どちらが本心なのでしょう」
エレノアがぐっと言葉に詰まる。
「加えて、エレノア王女殿下がこの地に来てから起こった事件と仰いますが、殿下がいらしたから起こったとも言えますよね」
「ぶ、無礼ですわ」
「エレノア王女殿下、二枚舌は上手にお使いにならないと。逆に王女としての価値を落としますよ。こちらも我が国の聖女様を侮辱されたら、黙っているわけにはいかないのです」
「――体調がすぐれないのでこちらで失礼いたします。これから厄災の竜の封印の調査が入ります。その時に真実は全て明らかになりますわ」
エレノアは、すたすたと去っていった。
「アンジェラ様、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
天音は、アンジェラをエレノアとのいざこざに巻き込んでしまったことが申し訳なくて俯く。
「どうして謝るのでしょうか?」
「私のせいでトウライアムウル連合国との関係が悪くなってしまうかもしれません。また王女殿下は、メイオール王国出身の王妃様のお子ではないですか……。国内の貴族方にも波紋が及ぶのではないでしょうか」
どこの世界でも、支配層においては血筋は絶対的な力を持つのだ。いくらシグナイの遣いとしてこの地に召喚された聖女だとしても、天音は所詮は出自の分からない怪しい女だ。
「アマネ様、しっかりしなさい!」
アンジェラは天音をきつく抱きしめる。
「あなたは、何と言おうと我が国の聖女様であり、王太子妃で、未来の王妃です。皆があなたについていくのです。こんなことでいちいち傷ついて、めそめそ泣いたり、自己嫌悪しているわけにはいかないのです」
「……はい、お義母様、けれど……」
「よく考えて、あなたがしっかりしなければ、誰がシリウスを守れるのですか?」
天音は、頭から冷水をかけられたような気分になる。
「もちろん、私たちも守ります。しかし母としてあの子の身も心も一番近くで守れるのはあなただけなのです」
天音は、シリウスのふわふわとした小さな手を思い出す。ぎゅっと握ったその手は、爪も肌も柔らかい。守らなければ、すぐに儚くなってしまうその新しく、可能性に満ちた愛する息子。
「……はい。お義母様、申し訳ございません」
「何とか皆でこの危機を乗り越えましょう。一人では難しくても、各々が自分の役割を果たすのです。アルテアもベルーゲンで頑張っています。帰ってくるまでに何とかこちらも解決の糸口を見つけましょう」
「……はい」
天音は自分の頬を気合いを入れるために、両手で叩く。シリウスを守れるのもあと少しの間だけだ。自分が居なくなった後も、息子が健やかに育ってくれるように、ここで何とか踏ん張らないと。
「一緒に考えていきましょう」
アンジェラが天音の手を握る。先程、エレノアに触れられた時の嫌悪感は消え去り、ただ優しく強いアンジェラの気持ちが天音に勇気をくれる。
皆を守りたいと心の底から思う。……でも、一体どうしたら……。
ふと別邸の様子が目に入る。
あそこに行けば、何か分かることがあるかも知れない……。でも、危険だということは分かっている。返って面倒なことになるかもしれない。何かいい方法があるといいのだけれど。
アンジェラと別れて、神殿に向かう途中も、ずっとそのことについて考えていた。
王城の窓からひっそりと出発の様子を見守っていると、エレノアのピンクブロンドの髪が見えた。エレノアは、アルテアに抱擁すると頬にキスをした。
アルテアの表情は見えなかったが、止まったはずの涙が再び流れる。
泣くなんて、本当に自分勝手だよね……。
これ以上見ているのが辛く、天音はそっと窓から離れた。
アルテアがベルーゲンに行ってから一カ月が経過した。天音に直接連絡が来るわけではないが、ベアーグやアンジェラが様子を伝えてくれる。
先日の報告によれば、ベルーゲンの街全体に何か大きな被害があったわけではなかった。その報告に少しだけホッとした。あの美しい商人たちの港町が、失われてしまえばメイオールの経済に大きな打撃になるし、多くの人々が傷つく様子を見るのは身が引き裂かれるように感じる。
こんなに長い間、離れて、言葉も交わさずに過ごすのは初めてのことだった。
しかし自分が次に生まれ変わる世界に、彼はいない。そう考えると少しずつ、彼がいない状況に慣れていかなければならないのかもしれない。
こんなにアルテアに心を寄せてしまうとは思わなかった。このぽっかりと空いた心の穴はいつか埋まるのだろうか。
天音は心もとなげに自分の胸に指を添える。
アルテアが不在でも天音の日常はさほど変わらない。ただ隣に愛おしい人がいないだけ。
例えアルテアに嫌われたとしても、最後まで自分の力は自分の大切な人のために使うと決めた。今は、王城の瘴気対策と結界を強化してくしかないと、白鳥の文様をすがるように撫でる。
いつものように王城内を巡回していると、二階の外廊下でアンジェラに出会う。日々寒くなる極夜の直前の時期だというのに、ずいぶんな薄着だった。天音は自分の着こんだ姿に見比べる。寒い国には慣れたつもりだったけど、結局本当に慣れることはできなかったなと実感する。
「あら、アマネ様、いつも見回りありがとうございますね」
アンジェラは天音を見つけるとにこりと微笑む。その顔が、アルテアにそっくりで胸がきゅっと締め付けられる。外廊下からは、丘の下に広がるオウロスの街が一望できる。二人でしばし立ち止まり、街の方を眺める。
「ここはアマネ様が守ってくれているから大分いいですけれど、街は日々瘴気が流れ込む地区が増えてきていますね」
「そうですね。私も午後から神殿に参りますが、重病人が日々増えており、治療が追い付かない状態です」
「あまり無理をしてはいけませんよ? 眠れていないのでしょう? 目の下にクマができています」
アンジェラは、そっと天音の眼もとに、ほっそりとした指先で触れる。ひんやりとした指先が寝不足のほてった体に気持ちいい。冷たい風が吹き抜けて、アンジェラのプラチナブロンドの髪が、風になびく。
「お義母様、……アルテア様は、今どうされているのでしょうか?」
「まあ、そんな捨てられた子犬みたいな顔をされるなんてお可愛らしい方ですね」
アンジェラは天音を抱きしめると、頭を撫でる。天音はアンジェラのことを本当の母親のように感じる。
「大丈夫ですよ。ベルーゲンでの調査は進んでいますし、隣国のヴィエルガハ領主ペルケレ・トール様もオーガの侵入経路を調べてくださっているようですから」
天音は以前会った、魔族王ペルケレを思い出す。漆黒の闇夜のような黒髪に輝くルビーレッドの瞳、透けるような白い肌、息苦しくなるような威圧感と身体から溢れる絶対的な王の気品を持つ彼の姿に圧倒された。
あまりに無表情で、人工知能を持つロボットみたいだと思ったが、彼が手伝ってくれるのなら安心できる。そう思えるほど、誠実で真面目そうな印象があった。
「お義母様、ありがとうございます。何だか少し気持ちが不安定で」
「ここでアマネ様の家族は私たちだけなのですから、いつでも頼ってほしいですわ。後でよく眠れるハーブティーを持って行かせるわね」
二人で話をしているとコツコツと、外廊下の石畳に足音が響く。
「おはようございます。王妃様、アマネ様」
エレノアが人懐こそうな笑顔で話しかけてきた。
「あら、出歩いて身体は大丈夫なのですか? 今日は随分と冷えますよ」
アンジェラが訪ねる。
「はい。王城の方が瘴気が少なくて、清々しい気分です。別邸は魔道具を使用して瘴気を浄化しているのですが、完璧にはいかなくて……」
「そうなのですね。アマネ様に一度浄化してもらってはどうかしら?」
「……まあ、そうなのですが……」
エレノアが、天音を一瞥した後、憂い顔を作る。
「何か問題でもありまして?」
「使用人たちは、アマネ様がこちらに来るのを嫌がるのですよ」
「それは一体どうしてかしら。聖女様の神聖力で一度浄化していただけば、今よりはずっといい環境になりますのに」
「王妃様……、ご本人を目の前にしてとても言いづらいのですが……、ミドルアースの人々はアマネ様を聖女ではなく、瘴気を操ることができるものとして思っているのです」
「――それは、『厄災の竜の眷属』という御伽噺ですか?」
「ミドルアースでは史実としてその存在を信じているのです。もちろん、私はアマネ様が聖女様だと信じておりますよ」
エレノアはそう言って天音の手を取る。天音はびくりとする。
「ね? アマネ様? 私たち仲良しですものね」
「恐れ多いことでございます」
天音は、嫌悪感を感じエレノアの手をそっと振り払うと、思ったより簡単に手は離される。
「でも私どもの使用人たちを悪く思わないでくださいませ。先日、お父様から厄災の竜を封印が解けかけていると連絡が入ったものですから、皆、神経質になっているのです」
「そうなのですね。六千年も前の古い封印ですから驚きはしませんが、それとアマネ様は関係ないことです。むしろ封印が解けかけているからこそ、この地に召喚されたのではと私たちは考えます」
アンジェラが、自分を庇ってくれたことが嬉しくて天音は胸がじんわりと温かくなる。エレノアは、思った反応が得られなかったのか不自然な笑顔で固まってしまう。
「王妃様はおかしいと思われないのですか? 私がこの地に来てから瘴気が濃くなったり、ベルーゲンにオーガが現れたのですよ」
「どこかおかしい部分がありますでしょうか?」
エレノアは、天音がエレノアに嫌がらせをしていると言わせたい様子だったが、アンジェラは、全く悪意がないというような無垢な笑顔でエレノアに尋ねる。
「前回も今回も私が来たとたんに、事件が起きたのです。私とアルテアお兄様が仲良くしているのが、アマネ様は気に入らないのではないでしょうか?」
「あら、おかしいですわね。先ほど、エレノア王女殿下は『アマネ様を聖女様だと信じている』『仲良し』だと仰ったのに。一体どちらが本心なのでしょう」
エレノアがぐっと言葉に詰まる。
「加えて、エレノア王女殿下がこの地に来てから起こった事件と仰いますが、殿下がいらしたから起こったとも言えますよね」
「ぶ、無礼ですわ」
「エレノア王女殿下、二枚舌は上手にお使いにならないと。逆に王女としての価値を落としますよ。こちらも我が国の聖女様を侮辱されたら、黙っているわけにはいかないのです」
「――体調がすぐれないのでこちらで失礼いたします。これから厄災の竜の封印の調査が入ります。その時に真実は全て明らかになりますわ」
エレノアは、すたすたと去っていった。
「アンジェラ様、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
天音は、アンジェラをエレノアとのいざこざに巻き込んでしまったことが申し訳なくて俯く。
「どうして謝るのでしょうか?」
「私のせいでトウライアムウル連合国との関係が悪くなってしまうかもしれません。また王女殿下は、メイオール王国出身の王妃様のお子ではないですか……。国内の貴族方にも波紋が及ぶのではないでしょうか」
どこの世界でも、支配層においては血筋は絶対的な力を持つのだ。いくらシグナイの遣いとしてこの地に召喚された聖女だとしても、天音は所詮は出自の分からない怪しい女だ。
「アマネ様、しっかりしなさい!」
アンジェラは天音をきつく抱きしめる。
「あなたは、何と言おうと我が国の聖女様であり、王太子妃で、未来の王妃です。皆があなたについていくのです。こんなことでいちいち傷ついて、めそめそ泣いたり、自己嫌悪しているわけにはいかないのです」
「……はい、お義母様、けれど……」
「よく考えて、あなたがしっかりしなければ、誰がシリウスを守れるのですか?」
天音は、頭から冷水をかけられたような気分になる。
「もちろん、私たちも守ります。しかし母としてあの子の身も心も一番近くで守れるのはあなただけなのです」
天音は、シリウスのふわふわとした小さな手を思い出す。ぎゅっと握ったその手は、爪も肌も柔らかい。守らなければ、すぐに儚くなってしまうその新しく、可能性に満ちた愛する息子。
「……はい。お義母様、申し訳ございません」
「何とか皆でこの危機を乗り越えましょう。一人では難しくても、各々が自分の役割を果たすのです。アルテアもベルーゲンで頑張っています。帰ってくるまでに何とかこちらも解決の糸口を見つけましょう」
「……はい」
天音は自分の頬を気合いを入れるために、両手で叩く。シリウスを守れるのもあと少しの間だけだ。自分が居なくなった後も、息子が健やかに育ってくれるように、ここで何とか踏ん張らないと。
「一緒に考えていきましょう」
アンジェラが天音の手を握る。先程、エレノアに触れられた時の嫌悪感は消え去り、ただ優しく強いアンジェラの気持ちが天音に勇気をくれる。
皆を守りたいと心の底から思う。……でも、一体どうしたら……。
ふと別邸の様子が目に入る。
あそこに行けば、何か分かることがあるかも知れない……。でも、危険だということは分かっている。返って面倒なことになるかもしれない。何かいい方法があるといいのだけれど。
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