聖女に転生しました。殿下のアレを慰めるだけの簡単なお仕事みたいです

おりの まるる

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第一章 聖女は仕事をがんばるみたいです

顔合わせと婚約式

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  馬車は小高い丘を上り、メイオール城に到着する。ゴツゴツとした大きな黒い岩で組み上がった城壁は、来るものを圧倒させる。
 鉄製の重厚な黒い扉が開かれると、馬車は空高くのびる城壁の合間を抜けて、奥へと進む。城の正面入口が遠くに見えたところで、すっと脇道にそれて進む。

 あれ? という顔をしてアルテアを見上げると、くすりとアルテアが笑う。

「私たちが住んでいる居住区へ向かっています。居住地への道は、結界が張られていて、普通の人は入れないようになっています」

 天音は、ここまで来たら行くところまで行かないとと気合を入れる。
 
 居住区の入り口は表の重厚な荒く削られた岩でできた壁と違い、赤茶のレンガで作られており、王家の紋章があしらわれていた。
 再び抱き抱えられながら馬車を降り、建物内に入ると中は適温に保たれており、ノースリーブのワンピース姿でも快適だった。

 途中で使用人にふかふかのスリッパを履かせてもらうと、「歩けますから下ろしてください」とアルテアに告げる。アルテアは残念そうに天音を下ろす。

「ずっとこのままで良かったのに……」
「……重いですから」

 アルテアにそんな顔をさせたことに少しだけ悪いなと思ったが、これから会うだろう人たちを考えると、よく分からない所から来た正体不明の女が、自分たちの息子に抱き抱えられてご対面という状況は避けたかった。
 第一印象がとても大切なのは、どこの世界でも同じはずだ。
 
 王城内の応接室のような場所に通され、現国王と王妃に挨拶をする。現国王ベアーグは、アルテアとは全く似ておらず、グリズリーのような大きな筋骨隆々の男だった。これまで国を背負ってきたという自負が、重厚な威厳としてオーラとして現れているように見えた。

 一方王妃アンジェラは、楚々とした美女で、プラチナブロンドが波打ち、琥珀色の大きな瞳が可愛らしい。体格差カップルだあ。アルテアは母親似だなと天音は思った。

「聖女様! お待ちしておりましたぞ!」

 応接室に響き渡る大音量でベアーグが挨拶をしながら、その大きな両手で天音の手を包み込み握手をする。
 剣だこでゴツゴツとした大きく、硬い手のひらは熱く、握力が強かった。二メートルくらいあるのではないかという巨体から滲み出る圧に思わずのけぞる。

「陛下、距離が近すぎて、聖女様が驚かれていますよ」とアンジェラがベアーグの尻をペチンと叩く。

「聖女様、驚かせてしまい申し訳ございません。メイオール王国にようこそいらっしゃいました」

 花の咲くような笑顔に天音はドキドキするが、女性相手に初手を間違うとおいおい痛い目にあうことは日常茶飯事である。こういう時の対応は心得ている。

「あ、いえ……。こちらこそ何卒宜しくお願い致します。教養も立ち振る舞いも何もかも至りませんが、何卒ご教示ご鞭撻のほど、宜しくお願い致します」

 何処の馬の骨とも分からない一般人が聖女なんてすみませんと心の中でジャンピング土下座をしながら、深々と頭を下げる。初めから白旗を上げていれば、相手に敵視されることも少ない。

 もともと負けん気が強かった母は、自分の父の本妻に虚勢を張り、目の敵にされ、どんどん追い詰められていった。自分の立場を考えて、もう少しうまく立ち回れば、愛人として細く長く生きていくことができたのではないかと思う。

「まあまあ、聖女様お顔を上げてください」

 いつまでも頭を下げたままの天音の肩に、アンジェラの手がそっと添えられる。天音はおずおずと頭を上げる。
 アンジェラの琥珀色の瞳は、慈しむよう天音を見ていた。

「私たち家族になるのだから、そんなにかしこまらないで。神様も聖女様が自然に生きることを望んでいると思います。だから細かいことは気にせずどうか息子と私たちと仲良くしましょう?」
「そうだぞ! 聖女様! 私のことは父と呼んでくれて構わない。私はずっと可愛い娘が欲しかったんだ」

 ベアーグが、がははと豪快に笑う。

「ちょっと陛下、外ではないのですからそんな大声は出さないでくださいまし」

 アンジェラがぴしりと言う。

「聖女様、こちらの世界に慣れるまでは何かと不便なことも多いと思いますけれど、私を母と思って何でも言ってくださいね」

 ぐいっとアンジェラは天音までの距離を詰めて、ほっそりとした美しい手で、天音の手を取る。

「アンジェラ、君だって、浮かれ過ぎているだろ。私だって、娘と仲良くしたい!」

 ベアーグが天音とアンジェラの二人をまとめて抱きしめる。ベアーグとアンジェラの間に挟まれ、二人にぎゅうぎゅうと抱擁される。天音は一体どうしたらいいかよく分からず、固まってしまう。

「あ、あの……」
「聖女様にこんなことを言うのは失礼かもしれませんが、とてもお可愛いらしい方ですね。どうか、母と呼んで下さいね」
「私のことも父と思って頼りにしてくれ、我が娘よ」

 辛うじて絞り出した声も、二人には届かない。思わず、アルテアの方を見て、助けてと目配せをする。
 アルテアは、無言ですっと近づくと二人の間から天音を救出する。

「お二人とも、嬉しいのは分かりますが、アマネ様が困っていますよ」

 微笑むとさり気なく天音を自分の胸に隠すように抱きしめる。

「何だ、アルテアも仲良くしたかっただけじゃないか」
「可愛い娘ができたのです。少しくらい抱擁しても減るわけじゃないでしょうに」
「減りますので」

 天音はアルテアの胸の中で、シグナイ様の力ってすごい。何もしていないのに、こんなに皆さんの好感度が高いなんてと感心した。

「とにかく、聖女様、これから宜しくお願いします。アルテアのことが気に入らなくても、もうあなたは私たちの娘ですから、気兼ねなくお過ごしくださいませね」
「はい。……ありがとうございます。どうか私のことはアマネとお呼びいただければと思います。聖女様と言われるのは慣れないので……」
「まあ! なんて光栄なことなのでしょう! アマネ様もお疲れのようですので、落ち着きましたら、一緒にお茶でも飲みながらお話しましょう」
「アマネ様、父とも語らおうなぁ」

 再び二人が天音を抱きしめようと近づくと、アルテアが「では、失礼します」と天音を守るように肩を抱き、ドアをさっと閉めた。

 廊下に敷くとは思えないふかふかの絨毯を黙々と二人で歩く。

 天音は、歩きながら先ほどのベアーグとアンジェラの様子を思い浮かべる。二人は天音のことをとても歓迎してくれたように思えた。
 母が、生まれたばかりの自分を抱き、父親に会いに行った時、『本当に俺の子か? DNA鑑定してこい』と言われたそうだ。母は恨みがましく何度もその話をしていた。
 そんな親もいれば、シグナイの力を借りてはいるが、初めから血のつながりもない自分を歓迎してくれる人々もいるのだ。

 そもそも仲が良い家族っていいなあ。
 こういう雰囲気の家族があるのは不思議だ。天音と母のことは仕方ないとしても、自分の父と本妻はとても仲がいいようには見えなかった。あちらの家族は、家族でお金はあるけれど、その他の問題を抱えているようだった。

 緊張していたファーストコンタクトだったが、何とか終わり安心した。夫婦仲の良い二人を見て、少しだけほっこりとした気持ちになった。

「ここがあなたの部屋です」

 アルテアがドアを開く。白とアクアマリンを基調にした部屋は、ピンクゴールドでところどころにアクセントが付けられてる。
 
 五人は座れそうな大きく、上質な白いソファーの上に座ると、王太子はぴったりと天音の隣に腰を下ろす。
 その重みで、ふかふかと柔らかいクッションに埋もれそうになる天音を、アルテアは、くすりと笑いながら安定する場所に再び座らせてくれる。
 ……それにしても距離が近いっ。
 天音はアルテアを見上げる。

「先程は両親が申し訳なかったですね。二人は、神託を受けてから、娘ができるとこの日を楽しみにしていたもので」
「私は、嬉しかったです。この世界で知っている人もおらず心細かったので、お二人の優しさが心にしみました。ただどう反応したらいいか分からなくて、戸惑ってしまいました」
「アマネ様は、無表情のようで色々と感情がうっすら顔に現れていますから、問題ないですよ?」
「え、そうですか?」

 天音は頬をおさえる。これまで感情がないだの、人形のようだの散々言われていたはずなのに。

「ふふ。今は動揺されていますね?」
「そんなに分かりやすいですか?」

 そうだとしたら、シグナイが作ったこの身体のせいかもしれない。

「私はあなたのささやかな表情の違いも見逃さないですから。あなたは、私の唯一なのですから、当然です」

 天音は、アルテアの琥珀色の瞳を居心地悪く見つめる。

 (無条件の愛情のようなものを向けられた時、私は一体どうしたらいいか知らない)

 いつだって世界は、母にも天音にも冷たかった。身体を蹂躙してくる男たちの中には、ごく稀に睦言むつごとの際に甘言を弄することもあったが、それはその時の雰囲気を楽しむだけの無意味な言葉の羅列だった。

「できるだけ、言葉で伝えられるように努力します」
「お気になさらずに、徐々にここでの生活に慣れていってくだされば大丈夫ですよ」
「はい……」

 天音が小さな声で肯定すると、アルテアは「いい子だ」と天音のこめかみに軽いキスを落とす。
 ――! ちょっと、今日会ったばかりだというのに雰囲気が甘すぎるのですが⁉︎
 天音はアルテアの行動にドキドキし、アルテアを見ると、悪戯が成功した子どものように笑っている。
 揶揄われている! 
 そう思うと頬がかーっと熱くなる。

 アルテアは何事もなかったように話し始める。

「それで婚約式を一週間後に行うとして、その一ヶ月後に正式に婚姻を結ぶということでいいでしょうか?」

 アルテアは、天音の腰に腕を回しつつ、天音の両手を優しく握る。まるで逃さないと言われているようだった。しかしこちらも幸せな来世をかけて、ミッションを達成するためにきているのだから、怯むわけにはいかない。

「はい。問題ありません。ちなみに、こちらの作法に詳しくなくて、お恥ずかしいのですが、婚約式というのは一体何をするのでしょう?」
「私たちの国では婚約式では、神殿での形式的な儀式の後、お互いの相性を確かめるのです」
「それは、性格が合うとかそういったことですか?」
「まあそういう意味もありますが、もっと二人の身体の相性……みたいなものをお互いに確かめると言いますか」

 アルテアが何か言い難いことがあるのか、言い淀む。
 そうか婚約式とはそういうこともするものなのか。
 すっかりスキップしていたが、子ができるには、おしべとめしべを……しなくてはならないのだ。
 コウノトリが運んでくるとまでは乙女な思考ではないが、セックスが本来子作りためのものだと具体的に意識したことはなかった。
 
 分家の従兄に、悪戯に初めてを散らされた後、学校では輪姦された。社会人になって、その従兄の家が経営している会社に入社させられた時には、事情を知っている人々や取引先の男たちに次々と組み敷かれた。
 あの行為は、本来は子どもを作るための行為だったよね……。
 
 長い間、ストレスで月のものが止まってしまっていた天音には、あまり実感がなかった。
 前世の身体ではないのに、記憶のかなたにあった苦痛が呼び起こされる。

「……」

 黙ってしまった天音を心配そうに王太子が見つめる。心なしか王太子の手に力が入る。

「まだこちらに来たばかりだし、早急過ぎたでしょうか?」
「いっ、いえ。大丈夫です」

 終わるまでひたすら耐えていたから、何も感じなかった。だからこれもきっと大丈夫なはず。自分の来世のことを考えれば耐えられる。それに不特定多数のよく分からない人々に蹂躙されるわけではないから、まだましなはずだ。

「そうですか。できればあなたの嫌がることはしたくないけれど、優しく……しますね」
「はい」
「本来でしたらもっと時間をかけて、お互いを理解する時間をもちながら進めるのですが、私も三十歳となり、色々と時間的に制約がありまして。申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です。シグナイ様も殿下のこと気にされていましたよ」
「! ――有難いことです。聖女様は神の遣わす花嫁と言いますが、それは本当なのですね」
 
――交通事故で即死して、神様に幸福な来世を確約してもらって、任務を果たそうとしているだけなのですが……と、そんなこと言えるわけない……。

「全てはシグナイ様の御心のままに」

 天音は、曖昧に微笑んだ。
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