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元カノがもどってきた

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 森の中に隠れ家のように佇むレストランは、外の景色が見えるように大きく設計された窓から、優しく緑の光が入り込んでいる。
 喧騒から離れた森にゆっくりとした時間が流れている。樹齢数千年という大木を囲むように建てられた店には心地よい風が吹き抜けていく。
 カーネリアは、恋人のリオン・レイヴンブラックをうっとりと見つめる。
 夜の闇を溶かしたような黒髪が艶々と輝き、伏せられた長いまつ毛の奥の琥珀色の瞳は、思慮深げに落ち着いている。
 あー好き。好き過ぎる。どの角度から見ても完璧なフォルム。癒やされる。
 コツンと長い指先でテーブルを叩くと、ゆっくりとリオンが顔を上げる。

「カーネリア、デザートはどうしますか? 甘さ控えめで、フルーツ多めなのはタルトだと思いますけど」

 琥珀色の瞳が、手元のメニューからカーネリアへ、突然向けられる。
 カーネリアは、自分へ向けられた視線にたじろぎ、窓拭きするように両手をグルグルと空で回す。

「あ、あっ、そうですね、タルトにします」
「了解です。美味しいから、安心して下さいね」
「はい……」

 ちょっと、いや、だいぶ挙動不審だったかな……。
 カーネリアは、椅子に座り直し、茜色の前髪を整えながら、深藍色の瞳で目の前の恋人を盗み見る。
 ずっと好きだったリオンとデートしているなんて、未だに信じられない。
 北の森の魔獣討伐で、魔法師団の副師団長である彼に助けられた。その雄姿に、恋に落ちた。
 魔法師なんて、色白で軟弱な人ばかりだと思っていたが、リオンは攻撃魔法を得意とし、物理攻撃が効かない魔獣をあっという間に殲滅した。
 
 告白すること2回。元カノが忘れられないとフられること2回。
 どうしても諦めきれず、これが最後だと3回目の告白。
 かわいそうに思ったのか、「友だちとして付き合うなら、いいですよ」と言われ、そのまま友だちとしてそばで過ごして3年。
 もうこのまま友だちとして、一生過ごすのも悪くないかと諦めかけた半年前。
 リオンは、「恋人として、お付き合いをしましょうか?」と苦笑いしながら、カーネリアの想いに応えてくれた。
 ただ絆されただけだとしても、いいじゃない!
 
 一生分の運を使い果たしたかもしれないと天にも昇る心持ちであったが、急に騎士団の仕事が忙しくなり、半年経ってやっと今日、初デートの日を迎えたのだ!
 銀青騎士団と魔法師団の気の合う仲間たちとの合同庁舎で会うことはできた。
 しかし仲間の一人という雰囲気で、今までと何も変わらなかった。二人で、そしてデートなんて、朝から夢心地だ。
 
「それにしても、素敵なお店ですね」
「お気に入りの店なんです。久々に来ましたけどね」

 ああ、微笑みが麗しい。胸がキュンキュンと忙しい。
 それにしても、周りは恋人同士や、おしゃれな女子たちばかり。
 昔の彼女と……来てたって騎士団のみんなも言っていたっけ。
 あの有名なインフルエンサーとリオンの恋愛話は、とても有名な話だ。聞きたくなくても、耳に入ってきてしまう。
 少しだけ、もやもやとした気持ちになるが、今は私が彼女なんだから! と頭をぶんぶんと左右に振る。

「最近、銀青ぎんせい騎士団は忙しかったんですよね?」
「そうなんです。憂国のハザードが各地で闇魔法を使用して、たびたびテロを起こすので、浄化依頼が多くて」

 騎士団には王国直轄の近衛騎士団、軍直轄の赤騎士団、シグナイ聖教直轄の銀青騎士団の3つがある。
 カーネリアが所属する銀青騎士団は、主に神聖魔法を使う騎士たちで結成されている。
 過激派テロ組織の憂国のハザードは闇魔法を使い、国内各地に穢れをまき散らることで、テロ行為を行っていた。
 そのため何か事件が起こる度に、浄化のために、銀青騎士団は全国各地へ出動する必要があった。
 ここ半年は、休日返上で国内のあちこちへ出動する日々だった。

「物騒ですね。強いのは知っていますが心配です。くれぐれも怪我には気をつけて」
「は、はい! リオン様、優しい。好きです!」
「ふふ、ありがとう」

 そう言うとリオンは、カーネリアの手に自分の手を重ねる。
 
(し、身体的接触! リオン様のさらさらの手が、ああっ! 主よ!) 
 
 カーネリアは、自分の邪な思考が表に漏れ出ていないことを、神へ祈る。
 慌てる内面を知ってか知らずか、リオンは春の日差しのような穏やかな琥珀色の瞳をカーネリアに向けている。
 
「そう言えば、年末年始のご予定は?」
「交代でお休みを取ることになってまして。あ、リオン様と一緒に過ごせるなら有休をもぎ取りますし、無理そうなら銀青騎士団を退団する所存です!」
「覚悟がすごいですね。それでは……」

 一緒に過ごしたい、初めての恋人としての年末年始を!
 せめて恋人同士のイベントが多い聖人節だけでも、一緒に過ごせたなら、もう人生にいっぺんの悔いもない。
 
 次に続く言葉をドキドキと期待して待っていると、すっと繊細なペールピンクのグラデーションのネイルが施されている細い指先が、白のテーブルクロスに置かれる。
 フローラルの優しく女性らしい香りが、ふわりと漂う。
 
「あら、リオンじゃない! こんな所で会うなんて、奇遇ね」
「……アイオラ、こっちに戻って来たんだ」

(えっ? アイオラって、リオン様の元カノ? 有名な美容系インフルエンサーだよね?)

 シャンパンゴールドの長い髪を緩く三つ編みし、美の化身アフロディーテのような美貌を持つアイオラが、リオンを真っ直ぐに見つめていた。ほんのりとピンクに染まった頬が、リオンと会えた嬉しさを表しているようだ。

「そうなの。6年ぶりかしら。色々と町も変わったよね! でもここは全然変わってなくて、何か安心した」
「確かに」
「彼女さん?」
「そう。私の恋人、カーネリア・スノーローズだよ。カーネリアは、こちらはアイオラ・パルフィ、幼馴染だ」

 幼馴染という言葉に反応して、アイオラはピクリと眉を動かした様に見えた。
 え、その反応……。気になるんですけど……。
 
「初めまして。フォトリアム、拝見したことあります」

 何となく気まずくなり、必死でアイオラ関連情報を記憶の底から捻り出す。普段、ファッションや流行とは縁がないため、彼女が活躍しているというSNSの名前しか浮かばず、話は全く膨らまない。
 彼女の噂はあまり聞かないようにしていたし、本当は実物に会いたくもなかった。
 
「ありがとう」

 アイオラは作り笑いを浮かべ、一言お礼を返すと、ふいっとカーネリアに背を向ける。
 
「それにしてもリオン、趣味変わったね。こんなにほんわかした可愛い系の彼女さんと付き合ってるなんて」
「付き合う人がらタイプなんだよ」
「ふぅん」

(この人、いくらリオン様の昔の恋人だとしても、ちょっと失礼なんじゃないかな……。本当のこと過ぎて否定できないけど! くぅっ)
 
 心の中で地団駄を踏む。
 
「ねえ、私、1人なんだけど、テーブルご一緒してもいい?」
「ダメ。デート中だから、君は他のテーブルへ行って」

 リオンは微笑を浮かべながら、きっぱりと断る。
 大好きだった元カノよりも、自分を優先してくれるリオンの態度に、安堵する。

「そんなに心狭くないわよね。ねえ、彼女さん?」
 
 テーブルに両手をついたアイオラは、身を乗り出してカーネリアと距離を近づける。
 わわっ、美人の圧がすごい。毛穴が無くてお人形さんみたい。彼女の瞳を直視できず、ぷるんと艶めいている官能的な唇へ視線を落とす。
 その動揺に気がついているのか、青紫の大きな瞳が、カーネリアの深藍の瞳を強引に覗き込む。
 こ、断りずらっ。
 
「もっ、もちろん、いいですよ。歓迎します」
「――っ、カーネリア!」

 勢いに負けたカーネリアは、思わず承諾してしまう。慌てたようにリオンが椅子から立ち上がるが、彼の両肩をアイオラは押し戻し、再び座らせる。
 
「ほらほらー、座って、リオン。彼女さんの許可ももらったし、いいでしょ? 失礼しますー」

 フォトリアムや雑誌、CMで見る美しい笑顔のアイオラは、自然にあたかも当然のようにリオンの隣の椅子に座る。
 隣に座るか……普通。でも、お似合い……ね。
 実年齢よりもずいぶん若く見える幼顔のちんちくりんな自分が、隣に並ぶよりはずっと自然だ。

 輝く漆黒の長髪、琥珀色の瞳の落ち着いた雰囲気のリオンと光の精霊の様に輝くシャンパンゴールドの髪、初夏のジャカランダを彷彿させる青紫の瞳を持つ華やかなアイオラ。
 二人は、どこから見てもお似合いのカップルだ。
 
 時折ボディタッチしながら、昔話に花が咲く様子は、見ていて気持ちの良いものではなかった。
 こんなキレイな人が元カノだったんだよね。現実を見ない様にしてたけど。
 そりゃあ、私なんかが何度告白しても、元カノが忘れられないって言うよね……。
 
 帰りはアイオラと、3人でリオンの車に乗り、カーネリアは、騎士団の寮の前で降りた。
 リオンのリラックスしたような打ち解けた表情は、今まで見たことがなかった。
 好きな人にだけ向ける、特別な表情……なのかもしれないな。
 楽しそうに話す2人の仲睦まじい姿を見て、カーネリアは肩を落とした。

「あ、そうだ。年末年始の予定を聞かなくちゃ!」
 
 話の途中だったことを思い出し、部屋に戻るとすぐに電話をしたが、何度かけてもリオンは電話に出なかった。
 アイオラと一緒にいるのかな……。嫌な想像をしてしまう。
 付き合えたら付き合えたで、しんどいな。片想いって、辛い。
 どうしてやっと恋人同士になれたこのタイミングで、元カノが帰ってくるのよ! しかも特別美人で、最愛の……。
 ――勝ち目なんて全然見えないよ。
 
 不安を紛らわせるために、部屋でゴリゴリに筋トレをし疲れ果て、不貞寝していると深夜に緊急収集がかかった。
 隣国との交易ルートを結ぶ街道で、アンデッドウルフが大量発生し、隣国から救助要請が出ているらしい。
 これはもうアンデッドを倒して、ストレス解消せよという、主の思し召しじゃない!
 カーネリアは急いで騎士服を身にまとい、青銀騎士団へと向かった。

 ◇
 
 ズドーン!
 激しい爆発音があたり一面に響く。
 
「先輩、それ本当に神聖魔法ですか? 火力強過ぎるし、らしからぬ荒々しさがありますけど」
「失礼な。聖魔法以外何だっていうのよ! アンデッドウルフが爆散してるし、跡形もなく浄化されてるでしょ」
「僕の神聖魔法と火力が段違いです」
 
 カーネリアは、アイアンウッド製の、重厚な褐色の杖で絶え間なく襲いかかるアンデッドへ向けて神聖魔法を放つ。白い閃光が、広域に広がる。カーネリアの魔力量は非常に多く、出力も強力である。浄化だけでなく、攻撃魔法としても充分通用する。
 カーネリアは、白い閃光の戦乙女と言われている。乙女とか聖女とかでないのは、魔法以外の物理戦にもめっぽう強いからだ。
 隣にいるのは、銀青騎士団の後輩セオドアである。カーネリアは百八十センチを超す大柄なセオドアの教育係でもありバディでもあった。
 
 セオドアは、突然情けない声を上げる。

「わわっ、何だ!」

 セオドアの足が、アンデッドウルフにかまれる。地中から這い出て来たらしい。突然のことにパニックなり、「せ、せ、先輩ー、今、俺魔力足りないんですよー」と情けない声をあげる。

 その様子を一瞥すると、カーネリアは杖でセオドアの靴にかみついているアンデッドへ打撃を与える。
 アンデッドが怯み、口を開いた隙に、浄化する。
 接近戦でも戦える様に、わざわざ槍のように長く、鉄のように硬い木材で杖を作っていた。

「すみません、ありがとうございます」

 魔力回復ポーションをセオドアに投げ、カーネリアは「早く飲んで、足元気をつけてね」と何事もなかったかのように再び前方のアンデッドウルフと対峙する。
 次から次へとやってくるアンデッドたちの制圧に、既に1ヶ月が過ぎた。
 当初、商団をアンデッドウルフの群れから救出するための出動であったが、現場に行ってみれば大量発生したアンデッドは国境近辺を埋め尽くし、地方都市リンデルを占拠しつつあった。
 
 短期の救助要請が、長期の大討伐となってしまった。しかし戦っている時は、不安もうまくいかない恋愛のことも忘れられる。

 討伐の合間にアイオラのフォトリアムを見ると、地元を紹介する写真が流れてくる。その写真の中には、楽しげに笑うリオンもいる。
 あれから連絡が一度も来ない。こちらからも怖くて連絡できていない。
 アイオラと一緒に過ごして楽しそう……。
 彼の写真がタイムラインを流れていく。まるで二人は恋人同士のようだ。
 リオンとアイオラの仲良さげな姿に、やっぱりまだ彼は元カノのことを忘れられないのかなと思う。リオンの楽しそうな、少し頬を赤らめているような笑顔が頭から離れない。

(私には見せてくれない笑顔……なんだよな)
 
 休憩中には、アイオラとリオンの噂ばかりが耳に入る。地元出身の団員たちは二人のことを昔から知っているし、カーネリアがやっとリオンと付き合い始めたことを知っていた。
 憐れむ様な視線を向けられると、本当に気分が悪い。
 何よりも自分が、アイオラの方がリオンとお似合いだと思っていることに腹が立つ。
 
 別れた方がいいのかな……。こんな場所で、土まみれの状態でアンデッドと戦っている女より、いい匂いがして美人で華やかな人の方が良いに決まってる……。
 せっかくやっと彼女の地位をゲットしたのに。別れたくない。でも彼の幸せを奪っている自覚は、ある。罪悪感……。

「あーもう! イライラするっ!」

 ドゴーン!
 カーネリアは、強力な一撃を一気に放つ。周りを取り囲んでいたアンデッドウルフたちが一掃される。
 ダイヤモンドダストのようなキラキラとした光が辺り一面を包む。
 遠くの方で、「アンデッド媒介物の確認及び浄化完了!」と声が響く。
 
 ああ、やっと終わったかぁ……。
 感情にまかせて、ほとんどの魔力を放出してしまい、頭がクラクラとする。

「先輩、やり過ぎですよ。大丈夫ですか?」
「セオドア、うん、大……丈夫……じゃないみたい」

 突然目の前が真っ暗になる。セオドアの服の上からもわかる立派な胸筋にもたれる。
 ……やってしまった。魔力切れ……。気持ち、悪……。

 ◇
 
「先輩、大丈夫ですか? 病院に着きましたよ」
「……ん。まだ気持ち悪い……」
「仕方ないですよ。いきなり魔力を限界まで放出したんですから。まだ2割位しか戻ってないって軍医の先生が言ってましたよ」

 カーネリアが根こそぎアンデッドを倒したおかけで、アンデッドを召喚した媒介をついに浄化できた。
 銀青騎士団は、残務処理のため一部辺境の地に残り、負傷者を先に戻すこととなった。
 カーネリアも、すぐに病院へ送られることになった。
 歩くこともままならないため、セオドアに抱き抱えられて、騎士団の装甲車を降りる。

「迷惑かけて、ごめん」
「全然迷惑なんて思ってないですよ。先輩のおかげでやっと国境でのアンデッドウルフ討伐が終わったんですから」
「もうちょっと寝かせて……」
「はい。落としたりしないですから、安心してください」
 
 他の負傷者と共に病院にたどり着くと、心配そうにリオンが立っていた。カーネリアを抱き抱えた、セオドアを見つけると眉を顰める。

「カーネリア? 怪我したのですか?」
「先輩は魔力切れです。ここ1ヶ月の戦闘で蓄積疲労している所に、先日、特大の聖魔法を放って、身体と魔力の限界が来たそうです」
「セオドア君、カーネリアをありがとう。部屋までは私が運ぼう」

 リオンは両腕を前に出すが、セオドアはカーネリアを抱きしめたまま、動かない。
 
「フォトリアム見ましたよ。レイヴンブラック様は、アイオラさんといつも写ってましたよね?」
「常に他の魔法師と一緒だったので、二人でどこかへは行ってないんだが。――何が言いたい?」

 リオンの顔から笑みが消え、琥珀色の瞳がすっと細められる。冷たい風が二人の間を吹き抜けていく。
 セオドアは、背筋がぞっとする感覚を覚える。鳥肌が立つ。こんな表情をする人だっただろうか。
 
「まあコメント見れば仲間たちがコメントしてるので、分かりますけど、写真はあたかもあなたと二人でデートしている風でしたよ?」
「だから?」
「先輩、気にしていると思いますよ。ただでさえ、アイオラさんが来て気落ちしてるっていうのに」

 セオドアの言葉にリオンは、態度が一変し、仄暗い笑みを浮かべる。それでもいつもと違う、異様な雰囲気は変わらない。
 
「ふぅん、そうなんだ。今はただの幼馴染なんだけどな」
「僕が言うのはどうかと思いますけど、ちゃんと言葉にして、先輩に伝えてあげて下さいよ……。駆け引きとか全然ダメな人なんですから」

 セオドアは、ため息をつくと、眠っているカーネリアをリオンへと引き渡す。リオンは、カーネリアを恭しく抱き抱える。

「はあ……どう見てもレイヴンブラック様は、スノーローズ先輩に夢中じゃないか。とすると、アイオラさんが寄りを戻したがっているのかな……? それにしてもさっきは怖かったなぁ」

 セオドアは、リオンとカーネリアを見送ると、頭をかきながら、混雑している病院を後にした。

 ◇

 息苦しい。
 神聖魔法を覚えたての頃、ついつい楽しくて魔法を使い過ぎた。限界魔力残量を超えて何度も倒れたなあ。
 その時、以来の魔力切れかもしれない。
 いつもならあんなに無茶はしないのに。感情の高ぶりがおさえられなかった。八つ当たりだ。
 
 明るい陽射しに重い瞼をゆっくり開く。
 右手から温かい微量の魔力が、流れ込んでくる。
 誰かが、手を握ってくれている?
 顔をゆっくりと横へ向けると、陽の光の中にきらめく黒の髪、誰よりも大好きな……彼。

「リ……オン様?」

 掠れた声を出すと、閉じられた瞼が開き、琥珀色の瞳が、心配そうに見つめていた。

「おはようございます、カーネリア」

 リオンは、カーネリアが戻ってきた夜から、ずっとそばについていてくれたそうだ。なかなか魔力量が戻らなかったので、身体の負担にならない程度の魔力を分けてくれていたらしい。
 カーネリアが半身を起こすと、リオンは背中を支える。
 
「どうして、魔力を分けてくれていたのですか?」
「恋人が倒れたというのに、何もしないわけにはいかないでしょう?」

 そう言うと、カーネリアの手を取り、キスをする。
 どうしてそんなこと言うの? ひどい人! もう無理……かも。
 優しくて、嬉しいと思う反面しんどい。リオンはいつもと違う反応をするカーネリアを、不審気に見つめる。
 
「いつものように、私に好きと言ってくれないのですか?」
「え?」

 カーネリアは思ってもみない問いに言葉を失う。
 今も好きで好きでしょうがないですけど!

「もう、別れましょう!」
「唐突にどうされたのですか。……なぜ?」
「…………」

(フォトリアムに仲のよい恋人みたいに写っていたじゃない。それに私から連絡しないと、連絡くれないし! せっかく別れてあげようとしてるのに!)

 言いたいことは山ほどあるのだけれど、全く言葉が口から出てこない。リオンは、一瞬面食らったような表情をしたが、すぐにいつもの優しげな微笑みを浮かべる。

「ふむ、正直セオドア君のことは気に入りませんが、言っていることは的確でしたね」
「え……? どういうことですか?」
「いえ。カーネリア、私たち知り合ってからそれなりの時間を一緒に過ごしましたよね?」
「は、はい」

 リオンはカーネリアの手を取ったまま、ベッドの上に座る。ぎしっとベットが軋む。距離が一気に縮む。
 
「私が、恋人がいるのにもかかわらず、他の女性と浮気するような男に見えますか?」
「いいえ……。でも浮気じゃなくて、本気なんですよね……? アイオラ様はお綺麗ですし、ずっと忘れられなかった方でしょう?」

 リオンの片手が腰へと回される。
 
「私たちには話し合いが、必要なのかもしれませんね」
「これ以上の話し合いは無駄だと思います!」
「カーネリア、私のことを好きなくせに、そんな強がりを言うなんて、どう考えてもおかしいですよ?」

 リオンの唇がカーネリアに重なる。リオンはカーネリアの柔らかな唇を食む。キスはどんどん深くなり、リオンの舌が口内に侵入する。

「……っ、やぁ」

 カーネリアが、ベッドへ倒れ込む。両手を強い力でベッドへ押しつけられて、身動きができない。
 一瞬、琥珀色の瞳に欲望が浮かんだように見えた。
 しかしすぐにその影は消えて、穏やかに、リオンが微笑む。その唇は艶やかに輝き、頬はほのかに紅潮している。

「カーネリア、かわいい人。もっと私を求めて。聖人節、12時に中央公園の噴水の前で待ってます」
「――っ。休暇が取れるか、分かりませんし、もう……私たち別れるし! 絶対にいきませんから!」

 リオンは、強いカーネリアの言葉に、微笑んだまま、少し悲しそうに眉を下げる。
 
「あなたが来るまで、ずっと待っています」

 そう言い残すと、カーネリアにブランケットをかけて、病室を出て行った。その背中は何となく寂しそうで、胸が痛んだ。
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