その旅は、天国行き

黒泥

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夜の来ない街

人口の灯火

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「つくづく、奇妙な街だね、悪魔さん。」

「ああ、そうだな。エト。」

影ひとつなく、街灯ひとつなく、人々の顔に陰りひとつもない。家の壁は、全て魔術的なもので、外から中は見えないが、中には光が届く高級なもの。そんな、気味の悪い景色を見ながら、フードの悪魔と、その悪魔にエトと呼ばれた少年が話していた。この街を休みなく照らし続けている陽の光が、街の、これまた気味が悪いほどに綺麗な白いタイルに反射して輝いている。

「居心地が悪い。」

悪魔が、自然の、しかし、人が作り出したような明るさの光を放つ街に顔をしかめた。少年が笑って言う。

「そりゃそうさ。君は、闇側の神様だった存在なんだから。」

悪魔は、それを聞いて、さらに顔をしかめた。まるで、自分のかつての姿を思い出したくないように。悪魔は唐突に話題を変えた。

「それよりエト、この街には悩みのある人間などいないようだが?」

見るからに治安の良さそうな街の様子を見ながら、少年は言う。

「そうだね、うん、確かにそれは、とても困る。ひとつの街で1人助けるって決めてるのに、助ける人が見つからない。」

エトは、そう言って表情を変えた。困ったような表情に。その動作がわざとらしくて、悪魔は思わず笑ってしまう。

「何笑ってるのさ。まったく、こっちはちょっと、いや、かなり困ってるってのに。」

そう言って、エトは、これまたわざとらしく、顔をしかめた。

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「ねえ、王宮にでも行ってみない?」

しばらく、しかめっ面で悪魔の隣を歩いていたエトが、ふと思いついたように笑顔になり、突然悪魔に言った。悪魔は驚いた様子で、エトに聞き返す。

「なぜわざわざそんな場所に行く必要がある?」

エトは表情を変えず、満面の笑みで悪魔に言う。

「とっても治安のいいこの街では、どうやら街のお偉いさんが実際に住んでる王宮に、一般人や旅人も入れるらしいからさ。まあせっかく来たんだし観光をと思ってね。」

悪魔はつくづく呆れたというような表情で

「危機感のない阿呆の街だな。」

と、呟く。悪魔が拒否しないことをエトは許可と取る。王宮に向かって歩きながら悪魔はエトに言う。

「まったく、昔こそ神であったが、私は今は悪魔だ。悪魔が借りは必ず返す種族なのは知っているだろう?エトが一言、私に頼めば、私はそれに逆らうことなどできないのだから、行こうと頼めば良いものを……」 

エトはそれを聞いて大笑いした。笑いすぎて出てきた涙を指で拭いながら、悪魔に言う。

「それだと悪魔さんに作ったせっかくの貸しが消えるじゃないか。必ず借りを返す種族なら頼まなくてもどこへだって着いてくるんだ。今のを悪魔さんに頼むのは、さすがに頭が悪い。」

悪魔は苦虫を噛み潰したような顔で

「エトを誤魔化すのは難しそうだな。」

と呟いた。エトはまた大笑いし、

「そりゃスラムで散々騙されたからね。」

なんてことを言い、それで、昔の自分を思い出したのか、今度は自虐的に笑う。明るすぎる街に、エトの大きな笑い声が響いた。

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「いらっしゃい、旅人様。王宮の見学でございましたら案内をさせていただきます。」

「あ、はい、お願いします。」

王宮に着くや否や、気味の悪いほど自然な笑みを浮かべた正装の女性が話しかけてきた。そのまま、悪魔とエトは王宮に通される。ピカピカの門をくぐると、そこは巨大な庭だった。奥に、立派な神殿のような建物が見える。あれが、王宮本館なのだろう。そこに向かって歩きながら、女性が意気揚々と少し早口に話し始める。この職が本当に好きなようだ。

「この街は、夜が来ない街と言われていますが、それは実は正確ではないんです。たしかに夜は来ませんが、正確には影のない街です。ここには、物理的な影はもちろん、心に影を持つ者が1人もおりません。影を持つ者がこの街に入ると、あの素晴らしい太陽の光に浄化されてしまいますから。だからこそ、このような見学を許可することが出来るのです。あちらをご覧下さい。」

いつの間にか、目の前に来ていた立派な建物を指差しながら、女性が続ける。

「これが王宮です。旅人様達も、街を見てきたのであれば分かると思いますが、この街の建物では、自然光を最大限に生かし、常に明るい状態であるために、壁や天井に至って、全てを魔術的なものにしているのです。この王宮もそういう構造をしています。だから、この美しい王宮は、ひとつの魔術的な芸術作品とも言えるのです。」

「あの、ちょっと質問してもいいですか?」

エトが女性の早口に口を挟んだ。女性は少し戸惑ったものの、笑顔で聞き返す。

「はい、なんでしょう?」

「この街では、ライトやランプを使おうという発送はなかったんですか?そういう、人工の灯火を使えば、こんなに高級な魔術の建物を使うことも無く、影をなくして街を形成できると思うのですが。」

女性は首を傾げ、思案して、それから笑顔を作って質問に答えた。

「人工の灯火……、ランプやライトなど聞いたこともないですが、そうですね、恐らく、外で暗闇を照らすものなのでしょう?ならば、この街にはあるはずもありません。美しく、沈まない太陽のおかげで、そんなものがなくても、みな幸せで不自由なく暮らしていますから。」

「そうですか。ありがとうございました。」

エトは、特に驚いた様子もなく、答えてくれた女性に礼を言った。そして、悪魔に向けて小声で、女性に聞こえないようにつぶやく。

「この街は、永遠に前に進まなそうだね。」

悪魔は、無言で頷いた。そんなことを言われたとは夢にも思わない女性が声を張り上げる。

「さあ、次は王宮の中に入ってみましょう!とても明るく、素敵な空間が広がっていますよ!
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