転生令嬢は平穏な人生を夢みる『理不尽』の破壊者です。

紫南

文字の大きさ
上 下
109 / 118
第三章 制裁させていただきます

109 質問を一つ

しおりを挟む
祖母の屋敷を出て教会へ向かう道すがら、カトラはずっと気になっていることがあった。

「どうしたの? カーラ」
「……うん……あの人達……」

目を向けているのは、ぎこちなく足を引きずって歩いている老人や、杖をついて歩くまだ若い青年達。

「ああ……この国には多いよね。ああいう人たち」
「教会で治療して……もらった後?」

何となくだが、カトラにはわかった。それが中途半端な治療の後だと。

「他国では王侯貴族相手にしか治療しないけど、自国ではまあ、民も治療してるんだけどね。治療代はそれなりにするし、カーラもさっき見たように、レベルの低い神聖魔術っていうか……民の治療は見習い達がするから、あんな感じで完治までいかない状態になるんだよ」
「あれでお金も取る……?」
「そ。だから、あんな状態でも必死で働くしかないんだ。借金抱えて国外に出られないからね。逃げ道もないよ」
「……」

それを聞いて町を見回す。

聖都とまで呼ばれる場所だから、静かなんだと思っていた。だが実情は違う。皆、歯を食いしばって黙々と働いていたのだ。

そして、もう一つ気付いたのは、外に子どもが居ないということ。

「薬師もいないから、子どもが病気になっても治療薬がない。だから、外に出さないんだ。まあ、お陰で体力ないのが育つけどね。それにさえ気付いてないんだよ」
「……これ、放っておいても滅んだんじゃない?」
「まあ、国自体の力はなくなるだろうね。自国民ってのはその内、居なくなるよ。でも、外から神聖魔術を求めて来る人は居るからね。もれなく借金抱えて出られなくなるけど」
「……国って認めていいの? 地獄?」
「う~ん。入ったら最後の収容所的な?」
「……」

早く滅ぼすべきだ。

改めて周りを見回してカトラは考える。

彼らはここに好きで生まれてきたわけではない。こんな生活を強いられる人生などあってはいけない。選択肢のない世界など、人の世ではない。

「……ターザ、あの人達、治療してもいい?」
「ふふ。カーラのしたいようにしなよ」

唐突にこの国を終わらせて困るのはここに住む民達や結界を張っていた近隣の国々だ。ならばと思った。

「ここの人達を全部治療して、神聖魔術が神なんて関係ないって教えて……新しい国としてやっていけるようにする。結界石を売りつけられてた国もちゃんとこれからを考えてもらわないといけない。責任は取らせなきゃ」
「だね。うん。分かった。なら先ずは国民の治療だね」

そう言うと、ターザが手を上げて一振り。すると、リィリを肩に乗せたトゥーリが現れた。

「師匠……課題できてます……」
「見せて」

トゥーリが差し出したのは大きな紙。この聖王国王都の地図だった。

「よし。手の空きそうな黒子達を集めて始めろ」
「はい」

ゆらりとトゥーリの姿が歪み、姿がかき消えた。

「あの子……幻術上手くなったね」
「シャドーガルテの能力も上がってるからね。あれくらいは問題なくできるようになったよ」
「厳しい師匠だしね」
「まだまだ優しいけど?」

スパルタにしか見えないあれが、まだまだ優しいとは、トゥーリも苦労しそうだ。

「それで、何を始めるの?」
「ん? 治療と神聖魔術の説明」
「……そっか」

ターザはカトラが考えることを当然のように予測していたらしい。

「ついでに迷惑かけてくれたこの世界の神の力も削いでおこうかなって」
「……そっか……」

黒い色も見えるが、いい笑顔だった。

「なら、あの辺のおじいちゃんの治療、していい?」
「……いいよ」

ちょっとだけ間があったが、許可が出たので、その人に近付いていく。

「こんにちは」
「……おう……」
「不躾ですみませんが、そちらの足を診せていただけませんか?」
「……なぜだ」
「治療させてください。私の魔術ならば治せます。時間もかけません。治していいですか?」
「……金はねえ」
「要りません。その代わり、質問を一つ」
「俺に答えられるなら……」

荒んだ目。けれど、話を聞いてくれるだけいいだろう。恐らく、ターザが少し間を空けたのは、話ができる相手かどうか見極めるためだったのだと気付く。どこまでも甘い。

「あの教会で捕まって欲しくない人っていますか?」
「……捕まるのか……」
「はい。他の国の代表の方々が訴えを起こしていまして。既に司教や司祭が吊るされています」
「……っ……」

顔を上げるということを普段からしなくなっていたのだろう。ここで初めて教会の上から人が文字通り吊るされているのが見えたらしい。

「それで、彼女の質問には答えていただけますか?」

ターザが呆然としてしまった老人の注意を引くように確認した。

こちらを見た老人は、カトラ達の姿をしっかりと確認してから口を開いた。先程よりも瞳の色が澄んでいる。

「今の教皇だ。アレは気の弱いヤツでな……大司教達の言いなりさ……頭も良いし、俺らにもこっそり優しくしてくれる。あいつは……悪いヤツじゃねえ」
「確かに、震えてるだけだったね。うん……使えるかも。他の人の話も聞いて決定しようかな」

ターザが呟く。あの教皇の調査が追加されたらしい。

「ありがとう。検討するように代表に伝えます。では、治療ですね」
「……?」

数秒だった。光が引きずっていた足を包むと、終了だ。

「完了です。完治しましたよ」
「……は?」

老人はそっと曲がらなかった足を曲げて目を丸くした。

「ま……曲がる? な、なんでだ!?」
「完治したからです。では、ご協力ありがとうございました」
「お、おいっ?」

さっと身を翻して行ってしまうカトラ達を茫然と立ち尽くして見送る老人。

このあと、正気付いた彼は、周りの人々に聖女が現れたと大騒ぎする。そして、町中の人々の治療を開始した黒子達。それと同時に神聖魔術が『神の御技ではなく魔術である』という情報が広まる。教会の内情もだ。

二時間もすれば、聖女とその使いが教会の悪を暴いたのだと、誰もが口にするようになった。

「一気に賑やかになったね」
「王都らしくなった」

そんな様子に、聖女とかいうのは気にせず、カトラは安心するのだった。

************
読んでくださりありがとうございます◎
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

3歳児にも劣る淑女(笑)

章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。 男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。 その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。 カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^) ほんの思い付きの1場面的な小噺。 王女以外の固有名詞を無くしました。 元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。 創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

乙女ゲームはエンディングを迎えました。

章槻雅希
ファンタジー
卒業パーティでのジョフロワ王子の婚約破棄宣言を以って、乙女ゲームはエンディングを迎えた。 これからは王子の妻となって幸せに贅沢をして暮らすだけだと笑ったゲームヒロインのエヴリーヌ。 だが、宣言後、ゲームが終了するとなにやら可笑しい。エヴリーヌの予想とは違う展開が起こっている。 一体何がどうなっているのか、呆然とするエヴリーヌにジョフロワから衝撃的な言葉が告げられる。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様・自サイトに重複投稿。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

処理中です...