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第三章 制裁させていただきます
109 質問を一つ
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祖母の屋敷を出て教会へ向かう道すがら、カトラはずっと気になっていることがあった。
「どうしたの? カーラ」
「……うん……あの人達……」
目を向けているのは、ぎこちなく足を引きずって歩いている老人や、杖をついて歩くまだ若い青年達。
「ああ……この国には多いよね。ああいう人たち」
「教会で治療して……もらった後?」
何となくだが、カトラにはわかった。それが中途半端な治療の後だと。
「他国では王侯貴族相手にしか治療しないけど、自国ではまあ、民も治療してるんだけどね。治療代はそれなりにするし、カーラもさっき見たように、レベルの低い神聖魔術っていうか……民の治療は見習い達がするから、あんな感じで完治までいかない状態になるんだよ」
「あれでお金も取る……?」
「そ。だから、あんな状態でも必死で働くしかないんだ。借金抱えて国外に出られないからね。逃げ道もないよ」
「……」
それを聞いて町を見回す。
聖都とまで呼ばれる場所だから、静かなんだと思っていた。だが実情は違う。皆、歯を食いしばって黙々と働いていたのだ。
そして、もう一つ気付いたのは、外に子どもが居ないということ。
「薬師もいないから、子どもが病気になっても治療薬がない。だから、外に出さないんだ。まあ、お陰で体力ないのが育つけどね。それにさえ気付いてないんだよ」
「……これ、放っておいても滅んだんじゃない?」
「まあ、国自体の力はなくなるだろうね。自国民ってのはその内、居なくなるよ。でも、外から神聖魔術を求めて来る人は居るからね。もれなく借金抱えて出られなくなるけど」
「……国って認めていいの? 地獄?」
「う~ん。入ったら最後の収容所的な?」
「……」
早く滅ぼすべきだ。
改めて周りを見回してカトラは考える。
彼らはここに好きで生まれてきたわけではない。こんな生活を強いられる人生などあってはいけない。選択肢のない世界など、人の世ではない。
「……ターザ、あの人達、治療してもいい?」
「ふふ。カーラのしたいようにしなよ」
唐突にこの国を終わらせて困るのはここに住む民達や結界を張っていた近隣の国々だ。ならばと思った。
「ここの人達を全部治療して、神聖魔術が神なんて関係ないって教えて……新しい国としてやっていけるようにする。結界石を売りつけられてた国もちゃんとこれからを考えてもらわないといけない。責任は取らせなきゃ」
「だね。うん。分かった。なら先ずは国民の治療だね」
そう言うと、ターザが手を上げて一振り。すると、リィリを肩に乗せたトゥーリが現れた。
「師匠……課題できてます……」
「見せて」
トゥーリが差し出したのは大きな紙。この聖王国王都の地図だった。
「よし。手の空きそうな黒子達を集めて始めろ」
「はい」
ゆらりとトゥーリの姿が歪み、姿がかき消えた。
「あの子……幻術上手くなったね」
「シャドーガルテの能力も上がってるからね。あれくらいは問題なくできるようになったよ」
「厳しい師匠だしね」
「まだまだ優しいけど?」
スパルタにしか見えないあれが、まだまだ優しいとは、トゥーリも苦労しそうだ。
「それで、何を始めるの?」
「ん? 治療と神聖魔術の説明」
「……そっか」
ターザはカトラが考えることを当然のように予測していたらしい。
「ついでに迷惑かけてくれたこの世界の神の力も削いでおこうかなって」
「……そっか……」
黒い色も見えるが、いい笑顔だった。
「なら、あの辺のおじいちゃんの治療、していい?」
「……いいよ」
ちょっとだけ間があったが、許可が出たので、その人に近付いていく。
「こんにちは」
「……おう……」
「不躾ですみませんが、そちらの足を診せていただけませんか?」
「……なぜだ」
「治療させてください。私の魔術ならば治せます。時間もかけません。治していいですか?」
「……金はねえ」
「要りません。その代わり、質問を一つ」
「俺に答えられるなら……」
荒んだ目。けれど、話を聞いてくれるだけいいだろう。恐らく、ターザが少し間を空けたのは、話ができる相手かどうか見極めるためだったのだと気付く。どこまでも甘い。
「あの教会で捕まって欲しくない人っていますか?」
「……捕まるのか……」
「はい。他の国の代表の方々が訴えを起こしていまして。既に司教や司祭が吊るされています」
「……っ……」
顔を上げるということを普段からしなくなっていたのだろう。ここで初めて教会の上から人が文字通り吊るされているのが見えたらしい。
「それで、彼女の質問には答えていただけますか?」
ターザが呆然としてしまった老人の注意を引くように確認した。
こちらを見た老人は、カトラ達の姿をしっかりと確認してから口を開いた。先程よりも瞳の色が澄んでいる。
「今の教皇だ。アレは気の弱いヤツでな……大司教達の言いなりさ……頭も良いし、俺らにもこっそり優しくしてくれる。あいつは……悪いヤツじゃねえ」
「確かに、震えてるだけだったね。うん……使えるかも。他の人の話も聞いて決定しようかな」
ターザが呟く。あの教皇の調査が追加されたらしい。
「ありがとう。検討するように代表に伝えます。では、治療ですね」
「……?」
数秒だった。光が引きずっていた足を包むと、終了だ。
「完了です。完治しましたよ」
「……は?」
老人はそっと曲がらなかった足を曲げて目を丸くした。
「ま……曲がる? な、なんでだ!?」
「完治したからです。では、ご協力ありがとうございました」
「お、おいっ?」
さっと身を翻して行ってしまうカトラ達を茫然と立ち尽くして見送る老人。
このあと、正気付いた彼は、周りの人々に聖女が現れたと大騒ぎする。そして、町中の人々の治療を開始した黒子達。それと同時に神聖魔術が『神の御技ではなく魔術である』という情報が広まる。教会の内情もだ。
二時間もすれば、聖女とその使いが教会の悪を暴いたのだと、誰もが口にするようになった。
「一気に賑やかになったね」
「王都らしくなった」
そんな様子に、聖女とかいうのは気にせず、カトラは安心するのだった。
************
読んでくださりありがとうございます◎
「どうしたの? カーラ」
「……うん……あの人達……」
目を向けているのは、ぎこちなく足を引きずって歩いている老人や、杖をついて歩くまだ若い青年達。
「ああ……この国には多いよね。ああいう人たち」
「教会で治療して……もらった後?」
何となくだが、カトラにはわかった。それが中途半端な治療の後だと。
「他国では王侯貴族相手にしか治療しないけど、自国ではまあ、民も治療してるんだけどね。治療代はそれなりにするし、カーラもさっき見たように、レベルの低い神聖魔術っていうか……民の治療は見習い達がするから、あんな感じで完治までいかない状態になるんだよ」
「あれでお金も取る……?」
「そ。だから、あんな状態でも必死で働くしかないんだ。借金抱えて国外に出られないからね。逃げ道もないよ」
「……」
それを聞いて町を見回す。
聖都とまで呼ばれる場所だから、静かなんだと思っていた。だが実情は違う。皆、歯を食いしばって黙々と働いていたのだ。
そして、もう一つ気付いたのは、外に子どもが居ないということ。
「薬師もいないから、子どもが病気になっても治療薬がない。だから、外に出さないんだ。まあ、お陰で体力ないのが育つけどね。それにさえ気付いてないんだよ」
「……これ、放っておいても滅んだんじゃない?」
「まあ、国自体の力はなくなるだろうね。自国民ってのはその内、居なくなるよ。でも、外から神聖魔術を求めて来る人は居るからね。もれなく借金抱えて出られなくなるけど」
「……国って認めていいの? 地獄?」
「う~ん。入ったら最後の収容所的な?」
「……」
早く滅ぼすべきだ。
改めて周りを見回してカトラは考える。
彼らはここに好きで生まれてきたわけではない。こんな生活を強いられる人生などあってはいけない。選択肢のない世界など、人の世ではない。
「……ターザ、あの人達、治療してもいい?」
「ふふ。カーラのしたいようにしなよ」
唐突にこの国を終わらせて困るのはここに住む民達や結界を張っていた近隣の国々だ。ならばと思った。
「ここの人達を全部治療して、神聖魔術が神なんて関係ないって教えて……新しい国としてやっていけるようにする。結界石を売りつけられてた国もちゃんとこれからを考えてもらわないといけない。責任は取らせなきゃ」
「だね。うん。分かった。なら先ずは国民の治療だね」
そう言うと、ターザが手を上げて一振り。すると、リィリを肩に乗せたトゥーリが現れた。
「師匠……課題できてます……」
「見せて」
トゥーリが差し出したのは大きな紙。この聖王国王都の地図だった。
「よし。手の空きそうな黒子達を集めて始めろ」
「はい」
ゆらりとトゥーリの姿が歪み、姿がかき消えた。
「あの子……幻術上手くなったね」
「シャドーガルテの能力も上がってるからね。あれくらいは問題なくできるようになったよ」
「厳しい師匠だしね」
「まだまだ優しいけど?」
スパルタにしか見えないあれが、まだまだ優しいとは、トゥーリも苦労しそうだ。
「それで、何を始めるの?」
「ん? 治療と神聖魔術の説明」
「……そっか」
ターザはカトラが考えることを当然のように予測していたらしい。
「ついでに迷惑かけてくれたこの世界の神の力も削いでおこうかなって」
「……そっか……」
黒い色も見えるが、いい笑顔だった。
「なら、あの辺のおじいちゃんの治療、していい?」
「……いいよ」
ちょっとだけ間があったが、許可が出たので、その人に近付いていく。
「こんにちは」
「……おう……」
「不躾ですみませんが、そちらの足を診せていただけませんか?」
「……なぜだ」
「治療させてください。私の魔術ならば治せます。時間もかけません。治していいですか?」
「……金はねえ」
「要りません。その代わり、質問を一つ」
「俺に答えられるなら……」
荒んだ目。けれど、話を聞いてくれるだけいいだろう。恐らく、ターザが少し間を空けたのは、話ができる相手かどうか見極めるためだったのだと気付く。どこまでも甘い。
「あの教会で捕まって欲しくない人っていますか?」
「……捕まるのか……」
「はい。他の国の代表の方々が訴えを起こしていまして。既に司教や司祭が吊るされています」
「……っ……」
顔を上げるということを普段からしなくなっていたのだろう。ここで初めて教会の上から人が文字通り吊るされているのが見えたらしい。
「それで、彼女の質問には答えていただけますか?」
ターザが呆然としてしまった老人の注意を引くように確認した。
こちらを見た老人は、カトラ達の姿をしっかりと確認してから口を開いた。先程よりも瞳の色が澄んでいる。
「今の教皇だ。アレは気の弱いヤツでな……大司教達の言いなりさ……頭も良いし、俺らにもこっそり優しくしてくれる。あいつは……悪いヤツじゃねえ」
「確かに、震えてるだけだったね。うん……使えるかも。他の人の話も聞いて決定しようかな」
ターザが呟く。あの教皇の調査が追加されたらしい。
「ありがとう。検討するように代表に伝えます。では、治療ですね」
「……?」
数秒だった。光が引きずっていた足を包むと、終了だ。
「完了です。完治しましたよ」
「……は?」
老人はそっと曲がらなかった足を曲げて目を丸くした。
「ま……曲がる? な、なんでだ!?」
「完治したからです。では、ご協力ありがとうございました」
「お、おいっ?」
さっと身を翻して行ってしまうカトラ達を茫然と立ち尽くして見送る老人。
このあと、正気付いた彼は、周りの人々に聖女が現れたと大騒ぎする。そして、町中の人々の治療を開始した黒子達。それと同時に神聖魔術が『神の御技ではなく魔術である』という情報が広まる。教会の内情もだ。
二時間もすれば、聖女とその使いが教会の悪を暴いたのだと、誰もが口にするようになった。
「一気に賑やかになったね」
「王都らしくなった」
そんな様子に、聖女とかいうのは気にせず、カトラは安心するのだった。
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