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第二章 奴隷とかムカつきます
090 まだ許せるかな
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ターザはフェジへ目を向けた。それに即座に気付いてフェジはターザの前に進み出る。執事になるべく彼は進化を続けていた。
「お呼びでしょうか」
「うん。聖王国の崇める神って誰だった?」
この世界で神といえば一柱のみ。質問の意味を必死で考えてフェジは答える。
「……創造神であるミルシム神です。ですが、聖王国には裏の支配者がおります」
恐らくターザが知りたいのはこっちだろうとフェジはそれを口にした。予想は間違ってはいない。その証拠に、ターザが続きを促す。
「そいつは? 大丈夫。名を言っても聞こえないようにしてある」
少し前からというか、ターザは部屋に入ってすぐに特殊な結界でこの宿全体を覆っていた。カトラも知らないものだ。ターザがわざわざ聞こえないと言うならば、恐らく神に聞こえなくしてあるのだろう。
フェジは驚きながらもすぐにその名を明かした。
「っ、はい。では……天使のビフォラと」
それでも名前の部分は極力声を抑えて口にした。その理由は後ろにいるケイト達だろう。知らなければ口にすることはできないという気遣いだ。
ターザが気にしたのだから、その名を口にすれば気付かれてしまう可能性があるのかもしれない。
そこでカトラは不意に思い当たった。
「その名前知ってるかも。どこだったかの国で信仰されてる神の名前だったよ。口にしちゃいけないって言われて、書かれてるのを見せてもらったことがある」
それは、母から幼い時に見せてもらった歴史書にあった名前だった。
「神……ですか? ですが、この世界の神はミルシム神だけのはずです……」
フェジがこちらのとは違うのではないかと、遠回しに告げようとする。だが、全く同じというのが気になるのだ。
「だよね? だから、特殊っていうか、この大陸にある国の話じゃなかったはず」
国によって信仰心の強さの違いはあれ、ミルシム神を唯一の神として崇めている中で、違う存在を崇拝すれば、それは邪神とされてしまう。
「間違いなく同一のものだろうね。ああいう存在は、名を偽ることができないから」
ターザのその知識の出所は気になるが、確かなようだ。
「それでは、邪神とされていると?」
震えそうになって確認するフェジに、カトラは少し明るい声音を心がけてやる。
「そうなるよね。でも、ミルシム神の使いだったんだ。託宣とか受けた時に勘違いしたのかもね」
フェジは天使であるビフォラが、他の国では邪神と認識されてしまうものになっているということに驚き、顔色を悪くしている。それは、信仰心が篤いからだろう。
知らないうちに、神の使いであるビフォラを邪神だとして、存在を否定しているかもしれないのだ。
一方、カトラはそういうこともあるんだなと感心こそすれ、問題だとは思っていない。だが、ふとターザの顔を見上げて不思議に思った。
「ターザ、どうしたの? 何か気になることでも?」
ターザは目を細め、宙を睨むようにして思案中だった。だが、しばらくして口元が緩む。
「そうだね……思い上がったバカをどう料理したら一番効果的かなって思ってね」
「……その天使を?」
「うん。まあ、本格的に手を出してきた場合は、二度と神界に戻れなくしてやるつもり」
「「……」」
くくくっと喉が鳴っていた。心底愉快そうな笑みを浮かべたターザに、カトラとフェジは口を閉ざす。
天使は、上手くこれを避けられるだろうか。
「フェジ。あの女を今後も監視させといてくれる? それも三人付けて」
「三人……ですか……」
もちろん監視はさせているが、三人という人数が気になったらしい。
「天使が相手かもしれないんだ。ただ監視というのとは訳が違う。保険だよ。一人だと対処が遅れるかもしれないからね」
「なるほど……承知しました。その……見ているだけでよろしいのですか?」
「いいよ。さすがに相手しろとは言えないからね。ただし、一つだけ認識しといて」
ターザはカトラを拘束している腕に力を込める。それに気付いて再び顔を上げたカトラを見つめながら告げた。
「あいつはね。もう天使としての枠からはみ出してる。既に神の意から背いた存在だ。邪神っていうのは、間違った見解じゃないよ」
確信を持ったその言葉を聞いて、フェジは驚愕し、カトラは目を瞬かせていた。
しばらくして落ち着いたフェジは、静かに一礼し、部屋の外へ向かう。元影達に伝えに行ったようだ。
「ねえ、ターザ」
「ん?」
椅子の肘掛けに片肘を付き、頭を支える状態で、空いた手にカトラの髪を巻き付けて見つめていたターザに声をかける。
「あの子を逃したのがそいつ?」
あの子とはセルカのことで、そいつとはビフォラのことを指す。ターザは正確にそれを察していた。
「恐らくね。あの女が近付いて来た時、視線を感じた。すごく不快なやつをね。カトラも感じなかった?」
「今思うと背を向けた時にあったやつかなとは……」
突き刺さるようなものを一度感じた。セルカではなかったのかもしれないと今なら思う。
「いい度胸だよね。まあでも、手を出して来た訳じゃないから、まだ許せるかな」
こう言ってはいるが、浮かべる笑みは黒い。
「……このままで終わるとは思えないけど……?」
「その時は容赦しないよ。まったく、部下の教育はしっかりしてもらいたいよね」
「……」
深くなるその笑みを見て確信した。カトラの障害になるなら、神であろうとターザは関係なく排除するのだろう。
この天使に次はない。
しかし、幸か不幸か、神の耳や目さえも遮るターザの結界により、この危機を察することはできない。
「終わったね……」
退場させられる可能性は大だった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「お呼びでしょうか」
「うん。聖王国の崇める神って誰だった?」
この世界で神といえば一柱のみ。質問の意味を必死で考えてフェジは答える。
「……創造神であるミルシム神です。ですが、聖王国には裏の支配者がおります」
恐らくターザが知りたいのはこっちだろうとフェジはそれを口にした。予想は間違ってはいない。その証拠に、ターザが続きを促す。
「そいつは? 大丈夫。名を言っても聞こえないようにしてある」
少し前からというか、ターザは部屋に入ってすぐに特殊な結界でこの宿全体を覆っていた。カトラも知らないものだ。ターザがわざわざ聞こえないと言うならば、恐らく神に聞こえなくしてあるのだろう。
フェジは驚きながらもすぐにその名を明かした。
「っ、はい。では……天使のビフォラと」
それでも名前の部分は極力声を抑えて口にした。その理由は後ろにいるケイト達だろう。知らなければ口にすることはできないという気遣いだ。
ターザが気にしたのだから、その名を口にすれば気付かれてしまう可能性があるのかもしれない。
そこでカトラは不意に思い当たった。
「その名前知ってるかも。どこだったかの国で信仰されてる神の名前だったよ。口にしちゃいけないって言われて、書かれてるのを見せてもらったことがある」
それは、母から幼い時に見せてもらった歴史書にあった名前だった。
「神……ですか? ですが、この世界の神はミルシム神だけのはずです……」
フェジがこちらのとは違うのではないかと、遠回しに告げようとする。だが、全く同じというのが気になるのだ。
「だよね? だから、特殊っていうか、この大陸にある国の話じゃなかったはず」
国によって信仰心の強さの違いはあれ、ミルシム神を唯一の神として崇めている中で、違う存在を崇拝すれば、それは邪神とされてしまう。
「間違いなく同一のものだろうね。ああいう存在は、名を偽ることができないから」
ターザのその知識の出所は気になるが、確かなようだ。
「それでは、邪神とされていると?」
震えそうになって確認するフェジに、カトラは少し明るい声音を心がけてやる。
「そうなるよね。でも、ミルシム神の使いだったんだ。託宣とか受けた時に勘違いしたのかもね」
フェジは天使であるビフォラが、他の国では邪神と認識されてしまうものになっているということに驚き、顔色を悪くしている。それは、信仰心が篤いからだろう。
知らないうちに、神の使いであるビフォラを邪神だとして、存在を否定しているかもしれないのだ。
一方、カトラはそういうこともあるんだなと感心こそすれ、問題だとは思っていない。だが、ふとターザの顔を見上げて不思議に思った。
「ターザ、どうしたの? 何か気になることでも?」
ターザは目を細め、宙を睨むようにして思案中だった。だが、しばらくして口元が緩む。
「そうだね……思い上がったバカをどう料理したら一番効果的かなって思ってね」
「……その天使を?」
「うん。まあ、本格的に手を出してきた場合は、二度と神界に戻れなくしてやるつもり」
「「……」」
くくくっと喉が鳴っていた。心底愉快そうな笑みを浮かべたターザに、カトラとフェジは口を閉ざす。
天使は、上手くこれを避けられるだろうか。
「フェジ。あの女を今後も監視させといてくれる? それも三人付けて」
「三人……ですか……」
もちろん監視はさせているが、三人という人数が気になったらしい。
「天使が相手かもしれないんだ。ただ監視というのとは訳が違う。保険だよ。一人だと対処が遅れるかもしれないからね」
「なるほど……承知しました。その……見ているだけでよろしいのですか?」
「いいよ。さすがに相手しろとは言えないからね。ただし、一つだけ認識しといて」
ターザはカトラを拘束している腕に力を込める。それに気付いて再び顔を上げたカトラを見つめながら告げた。
「あいつはね。もう天使としての枠からはみ出してる。既に神の意から背いた存在だ。邪神っていうのは、間違った見解じゃないよ」
確信を持ったその言葉を聞いて、フェジは驚愕し、カトラは目を瞬かせていた。
しばらくして落ち着いたフェジは、静かに一礼し、部屋の外へ向かう。元影達に伝えに行ったようだ。
「ねえ、ターザ」
「ん?」
椅子の肘掛けに片肘を付き、頭を支える状態で、空いた手にカトラの髪を巻き付けて見つめていたターザに声をかける。
「あの子を逃したのがそいつ?」
あの子とはセルカのことで、そいつとはビフォラのことを指す。ターザは正確にそれを察していた。
「恐らくね。あの女が近付いて来た時、視線を感じた。すごく不快なやつをね。カトラも感じなかった?」
「今思うと背を向けた時にあったやつかなとは……」
突き刺さるようなものを一度感じた。セルカではなかったのかもしれないと今なら思う。
「いい度胸だよね。まあでも、手を出して来た訳じゃないから、まだ許せるかな」
こう言ってはいるが、浮かべる笑みは黒い。
「……このままで終わるとは思えないけど……?」
「その時は容赦しないよ。まったく、部下の教育はしっかりしてもらいたいよね」
「……」
深くなるその笑みを見て確信した。カトラの障害になるなら、神であろうとターザは関係なく排除するのだろう。
この天使に次はない。
しかし、幸か不幸か、神の耳や目さえも遮るターザの結界により、この危機を察することはできない。
「終わったね……」
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