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第二章 奴隷とかムカつきます

087 影回収部隊

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元影達は、なぜか全員が黒い頭巾をかぶり、黒い装束を身につけて大地を疾駆していた。

「奥方様に近寄らせるな」
「「「はっ」」」

彼らの後方には、餌役として一人岩場へ入る主人の奥方がいる。それに群がってきている元同僚を察知し、素早く散開した。

「ぐっ」
「っ、なんだ……っ?」
「め、目がっ」

パシャりパシャりと薬をかけると、彼らは身を縮こまらせ、次の瞬間、世界の見え方が変わったことに驚く。

そこをすかさず縛り上げ、OHANASIの始まりだ。

「影で生きてきたからこそ分かるはずだ。あの国の異常さが」
「後に引くことができず、選択肢はないと、この道を歩んできたのはわかっている。だが、今はどうだ」
「世界はこんなにも美しいぞ」

抵抗したのは最初だけ。見えるのだ。二度と真っ直ぐに見ることは叶わないはずの世界が。

同僚である影を前にしても、顔を見ることは叶わなかった。いつしか、目線は下の方に固定される。狭い視界の中で生きなくてはならない彼らは、上を向くことを忘れたように背を丸めるようになる。

「ゆっくり背筋を伸ばせ」
「呼吸もゆっくりだ。だが、深く」
「首も伸ばしていい」
「「「……っ」」」

こうして、国外で活動するようになる影は古株だ。後戻りができないことを嫌というほど理解し、国の為に生きるしか選択肢のなかった者たち。だからこそ、これは奇跡だった。

「これからは、声も出す練習をするんだ」
「訓練し、二度とあの国に捕まらぬようにならねばならん」
「我らはもう自由だ。だが、その自由を確実なものとするため、訓練は必要だ。身を守るために」

ターザとカトラは、治った彼らを捕虜にしようとか思っているわけではない。二度と敵対さえしなければどこへ行こうが構わないのだ。

ただ、また聖王国に見つかれば影人生の再来だ。ならば、きっちり身を守る術だけは身に付けさせ、ついでに神聖魔術を使えるようにして各地にばらまいてやろうと考えていた。

つまり、聖王国への盛大な嫌がらせだ。

神聖魔術を十全に使える者たちが各地、各国に散らばれば、聖王国の存在意義は消える。自然消滅か、あるいは他国に滅ぼされるか。運命は破滅一択だ。

これがカトラたちの目論見だった。

「あの国を滅ぼしたくはないか」

そう尋ねたのは、残りの影を捕まえてきたフェジだ。

これで今回の収穫は五人。

「最低八年……捕らえられ、薬漬けにされて外に出されるまでの期間……それだけの期間をあの国に取り上げられたのだ……悔しくはないか」

洗脳され、厳しい訓練と苦痛の日々。与えられた薬の入ったピアスは『人の真の姿を見せる力を目覚めさせる神の道具』だと言われていた。まさか、それによって薬漬けにされているとは思わない。

「薬……薬とは……」
「そのピアスだ。これに人の魔力を視認させるための薬が入っている。だが、使い続ければこの薬無しでは息もできなくなり、やがて、手足から壊死が始まる。すでにお前とお前は足首まで来ているだろう」
「っ……」

痛みは感じない。だから、気付かないのだ。

「目は徐々に視力を失い、見えなくなる頃には手足が動かなくなり死に絶えるというものだ」

それも神の意思だと影は受け入れるだろう。薬のせいだなどとは思わないのだから。

「街中で倒れていた同僚を、昔回収して森へ運ぶというものがあった。遺体からピアスを回収するというものもあった。そして、我らは国への報告義務があった。なぜだか理由が分かるだろう」
「……死んだ場合……場所を特定するため……」
「そうだ。『見えなくなってきたなら場所を連絡し、森でじっと息を凝らして助けが来るのを待て』そう言われていたからな」
「……助けなど来ぬと……」
「死した後にピアスを回収するためなのは明白だ。その確認もしている」

これまで、そうして、森に潜んでいる影も発見した。事情を話し、既に仲間に引き入れ済みだ。もちろん、治療はした。今はリハビリがてらケイト達と魔獣狩りの訓練中だ。

見捨てられるだけだったと知り、一番聖王国を恨んでいるのは彼だろう。今後もおそらくそういった者も増えていく。

ちなみに、ピアスを回収しに来た影も捕獲済み、OHANASI済みだった。

「連絡をしてから回収の者が来るまでの時間を考えても間違いはないだろう。我らはあの国のおもちゃでしかなかったのだ」
「……にわかには信じられない……」
「それでも構わん。とりあえず足も治してやる。監視は付けるが、好きにすれば良い。なんなら、聖王国へ確認に戻っても構わん。そして、真実を探すと良い」
「……いいのか……全てあちらに……話すかもしれん……」

真っ直ぐに見返してくるフェジに少々怯えながらも男はそう言い切った。しかし、フェジは顔を見せてもいないのだ。そして、答えながら彼らを治療した。

「好きにしろ。我らの脅威にはなり得ない。寧ろ、仕掛けてきてくれれば儲けものだ。攻める理由ができるからな。主達にも喜んでいただける」
「……」

フェジの顔は見えなくても、真意はどこにと見つめ続ける。だが、その声や態度からそれが偽りない言葉だと察せられてしまった。元々、今までそういった真意を読むのに、表情から読んむことはできなかったのだ。声と態度だけで十分に判断できてしまう。

「……俺を使ってくれ……恩は返す」
「俺も……真実が知りたい……」
「同じ境遇の者を……助けたい……」

意思は固まったようだ。

「では、これよりお前たちは仲間だ。我らの主達に失礼のないように」
「「「「「はっ」」」」」

彼らのピアスは、全てその場で捨てられた。

これを回収しにくる者があれば、また捕らえるまで。

元影はこれで現在総勢三十五名。

カトラ達は変わらず聖王国を目指している。全てを白日の下に晒すため。影達が真実を知り、同僚達を救い出すため。

先ずはそれからだ。

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読んでくださりありがとうございます◎
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