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第二章 奴隷とかムカつきます
086 いい感じに末期だね
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薬を作るのは、宿ではよくない。なので、当然のようにターザが出す野営用の家での作業だ。
食事をしてから集中して製薬室に籠る。とはいえ、閉め切った部屋ではないので、出入りは自由だ。今回はフェジを助手として使うので二人っきりの空間にはならないというのが重要だった。
「始めるよ」
「はい!」
フェジは製薬技術をカトラに教えてもらっており、簡単な傷薬などは普通に作れるようになっていた。助手としては慣れたものだ。
「フェジはそれを沸騰するのを見てる間にこっちを擦り潰して。沸騰したら火を止めて、煮汁を絞ってから一気に冷やして計量」
「承知しました」
手際の良い助手を得たため、カトラも慎重にやるべき所は集中してできるし、丁寧な下処理もしてもらえるので、品質も問題なく上昇中だ。
しばらく作業する音とカトラの冷静な指示だけが部屋に響いていた。
長い時間が経った。細かい計量や温度を見る必要があり、更には初めて作る薬だ。慎重に一つずつを確認しながらの作業だった。
「……できた……」
その呟きが静かに部屋に落ちた。すると、それを待っていたようにターザが顔を出す。
「できたんだ?」
「うん。効果も問題なさそうだけど……ターザ、捕まえたのいたよね?」
「ああ、実験するの? 一人で良い? 八人いるんだけど」
「え、また増えた……うん。一人出して」
「いいよ」
いつの間に増えたのだろうか。
それでも、実験体がそれだけいるのは有難い。
ドタっと乱暴に床に落とされた影。状態を確認しようとする。しかし、そこでフェジが動いた。
「あ、カーラ様お待ちください。私が確認いたします」
「……よろしく」
男に触れようとした所で、ターザの視線に気付いたのだろう。フェジはこうして気遣いのできる青年になっていく。
その時、男が目を覚ます。しかし、動こうとするところを、フェジは軽く押さえるだけでその動きを押さえ込んだ。
「フェジ、いつの間に……上手いね」
「ケイトさんたちに教えていただきました。女性でも押さえ込めるのは凄いです」
「これ、カーラの教えた護身術? すごいね」
ターザも感心する。呑気に屈み込んで男を囲むので、影からすれば大混乱だ。
「っ……」
「……ねえ、フェジ。影って喋っちゃダメとか決まりあるの?」
「特定されないよう、声は極力出さないようにと言われておりました」
「なら、もうこうして捕まってるわけだし、喋っても良いよ?」
「っ、っ……」
そうして、カーラの方を見てしまった男は、眩しさに目を閉じることになった。お陰で状態が分かりやすい。
「あ、いい感じに末期だね」
「おそらく、切り捨てられるギリギリです。足の方の壊死が始まっております」
薬によって、手足の末端から壊死が始まるらしい。怪我をすれば、そこから状況が更に悪化していくのだ。フェジはそれだった。
「なら、飲ませちゃって」
「承知しました」
「っ!?」
カーラがフェジに薬の小瓶を手渡す。すると、問答無用で上体を起こし男の口に流し込んだ。因みに作った薬は五人分ある。
「っ、かはっ、ぐっ、はっ」
「味はどうかな……」
「気になさるのはそこですか? さすがはカーラ様です」
フェジは誇らしそうに頷く。
薬の効き目は問題ないだろうと思っているので、気になるのは味だった。次にフェジが飲むのだから重要だろう。
カーラは身内にした者に甘い。
「っ……え……」
男がここで始めて声を出した。それはある意味間抜けな、呆然とした声だった。
「もう効果が出たようですね」
「へえ……なら、もうこっち見えるんだ?」
「っ、あれ……!?」
ターザが男の顔を覗き込む。影たちは少しずつ変化する視界に、知らずうちに適応していく。なるべくその魔力の光を直視しないよう、顔を確認するのは一瞬。後は光が弱くなる足下を見ておくことになる。
魔力の光が唐突に見えなくなったことに気付いた男は、何年振りにか人の顔を真っ直ぐに見つめた。
「良さそうだね」
「はい。私にもいただけますか?」
「いいけど、もう一人ぐらい確認してもいいんだよ?」
「構いません」
「そう?」
フェジは最初から、この薬の効果を疑っていない。人体実験は、あくまでもカトラの意思を尊重したものだ。
あとは、聖王国への嫌がらせの一環。
そうして薬を服用したフェジはしばらくして頭巾の布を頭の上に上げる。
「っ、ようやくお二人のお顔を拝見できました……っ」
感極まったように、フェジは涙を流す。
「フェジ、その人ターザに任せて、ケイトたちに顔見せてきて」
「はいっ」
拘束していた男は、もう逃げる素振りさえ見せない。未だに呆然としているのだ。
「カーラ、薬は量産できそう?」
「問題ないよ。ただ、最終的には飲むんじゃなくて顔にかけるだけで効くようにしたいかな」
機嫌良くその後の展望を語るカトラに、ターザも悪い笑みで答える。
「それいいね。是非それを完成させて」
「任せて」
それからターザは、呆然とする男とオハナシがあると言って部屋を出て行った。それを気にすることなく、カトラは改めて薬の改良研究を始める。
この数日後。
捕まえていた影全てを治療し、ターザによる指導を経た後、なぜか影の捕縛作戦が開始されたのだ。
***********
読んでくださりありがとうございます◎
食事をしてから集中して製薬室に籠る。とはいえ、閉め切った部屋ではないので、出入りは自由だ。今回はフェジを助手として使うので二人っきりの空間にはならないというのが重要だった。
「始めるよ」
「はい!」
フェジは製薬技術をカトラに教えてもらっており、簡単な傷薬などは普通に作れるようになっていた。助手としては慣れたものだ。
「フェジはそれを沸騰するのを見てる間にこっちを擦り潰して。沸騰したら火を止めて、煮汁を絞ってから一気に冷やして計量」
「承知しました」
手際の良い助手を得たため、カトラも慎重にやるべき所は集中してできるし、丁寧な下処理もしてもらえるので、品質も問題なく上昇中だ。
しばらく作業する音とカトラの冷静な指示だけが部屋に響いていた。
長い時間が経った。細かい計量や温度を見る必要があり、更には初めて作る薬だ。慎重に一つずつを確認しながらの作業だった。
「……できた……」
その呟きが静かに部屋に落ちた。すると、それを待っていたようにターザが顔を出す。
「できたんだ?」
「うん。効果も問題なさそうだけど……ターザ、捕まえたのいたよね?」
「ああ、実験するの? 一人で良い? 八人いるんだけど」
「え、また増えた……うん。一人出して」
「いいよ」
いつの間に増えたのだろうか。
それでも、実験体がそれだけいるのは有難い。
ドタっと乱暴に床に落とされた影。状態を確認しようとする。しかし、そこでフェジが動いた。
「あ、カーラ様お待ちください。私が確認いたします」
「……よろしく」
男に触れようとした所で、ターザの視線に気付いたのだろう。フェジはこうして気遣いのできる青年になっていく。
その時、男が目を覚ます。しかし、動こうとするところを、フェジは軽く押さえるだけでその動きを押さえ込んだ。
「フェジ、いつの間に……上手いね」
「ケイトさんたちに教えていただきました。女性でも押さえ込めるのは凄いです」
「これ、カーラの教えた護身術? すごいね」
ターザも感心する。呑気に屈み込んで男を囲むので、影からすれば大混乱だ。
「っ……」
「……ねえ、フェジ。影って喋っちゃダメとか決まりあるの?」
「特定されないよう、声は極力出さないようにと言われておりました」
「なら、もうこうして捕まってるわけだし、喋っても良いよ?」
「っ、っ……」
そうして、カーラの方を見てしまった男は、眩しさに目を閉じることになった。お陰で状態が分かりやすい。
「あ、いい感じに末期だね」
「おそらく、切り捨てられるギリギリです。足の方の壊死が始まっております」
薬によって、手足の末端から壊死が始まるらしい。怪我をすれば、そこから状況が更に悪化していくのだ。フェジはそれだった。
「なら、飲ませちゃって」
「承知しました」
「っ!?」
カーラがフェジに薬の小瓶を手渡す。すると、問答無用で上体を起こし男の口に流し込んだ。因みに作った薬は五人分ある。
「っ、かはっ、ぐっ、はっ」
「味はどうかな……」
「気になさるのはそこですか? さすがはカーラ様です」
フェジは誇らしそうに頷く。
薬の効き目は問題ないだろうと思っているので、気になるのは味だった。次にフェジが飲むのだから重要だろう。
カーラは身内にした者に甘い。
「っ……え……」
男がここで始めて声を出した。それはある意味間抜けな、呆然とした声だった。
「もう効果が出たようですね」
「へえ……なら、もうこっち見えるんだ?」
「っ、あれ……!?」
ターザが男の顔を覗き込む。影たちは少しずつ変化する視界に、知らずうちに適応していく。なるべくその魔力の光を直視しないよう、顔を確認するのは一瞬。後は光が弱くなる足下を見ておくことになる。
魔力の光が唐突に見えなくなったことに気付いた男は、何年振りにか人の顔を真っ直ぐに見つめた。
「良さそうだね」
「はい。私にもいただけますか?」
「いいけど、もう一人ぐらい確認してもいいんだよ?」
「構いません」
「そう?」
フェジは最初から、この薬の効果を疑っていない。人体実験は、あくまでもカトラの意思を尊重したものだ。
あとは、聖王国への嫌がらせの一環。
そうして薬を服用したフェジはしばらくして頭巾の布を頭の上に上げる。
「っ、ようやくお二人のお顔を拝見できました……っ」
感極まったように、フェジは涙を流す。
「フェジ、その人ターザに任せて、ケイトたちに顔見せてきて」
「はいっ」
拘束していた男は、もう逃げる素振りさえ見せない。未だに呆然としているのだ。
「カーラ、薬は量産できそう?」
「問題ないよ。ただ、最終的には飲むんじゃなくて顔にかけるだけで効くようにしたいかな」
機嫌良くその後の展望を語るカトラに、ターザも悪い笑みで答える。
「それいいね。是非それを完成させて」
「任せて」
それからターザは、呆然とする男とオハナシがあると言って部屋を出て行った。それを気にすることなく、カトラは改めて薬の改良研究を始める。
この数日後。
捕まえていた影全てを治療し、ターザによる指導を経た後、なぜか影の捕縛作戦が開始されたのだ。
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