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第二章 奴隷とかムカつきます
075 私には荷が重過ぎる
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それは特別な部屋だ。
凶悪な犯罪者にも決して破られることがないように考えられた太い鉄格子のある部屋。
ここに現在入っているのは、隣の国の元伯爵令嬢。自国の王女をハメて傷モノにし、多くの令嬢達を自殺に追い込んだ。
彼女の両親達は彼女が犯罪者として断罪される前にと、借金奴隷としてこの国の奴隷商へ売った。
しかし、王女にまで手を出したのだ。そんなことで逃げられるわけがない。伯爵家は取り潰し。彼女の両親達は処刑はされなかったものの、生涯を犯罪奴隷として生きることになった。
そして、当事者であるセルカ。国は借金奴隷であった彼女を犯罪奴隷とするように手を回したのだ。
「どうして私がこんな目に……っ」
セルカには分からないのだ。自分は愛されるために生まれてきた。自分を愛さない男などいてはならない。自分より愛される女など存在してはならないのだ。
「どうして私がこんな所に……っ」
不満しか口にできない彼女の中には怒りしかなかった。
そこに奴隷商の男がやってくる。
「こちらでございます……」
「なるほど……これか……隣の国の国王が大変な剣幕で怒っておられるらしい」
「そうでしたか……どうぞ、お連れください。こちらが契約書になります」
「すまんな。金もそれほど渡せんのだが……」
「いいえ。この店では犯罪奴隷をなるべくならば扱いたくないのです。私には荷が重すぎる……」
犯罪奴隷は、犯罪者なのだ。誰かを不幸にした存在で、恨みを持たれている者。そんな存在を売る。恨みが晴れるほど酷使される行き場所ならば良い。だが、そうでないならば恨む方が不憫だ。
痛みが分かってしまうからこそ、ビルスは犯罪奴隷を扱うことに気後れしてしまうのだ。
「奴隷商としてはお恥ずかしい限り……ですが、やはり彼らを扱う上で、私には彼らの後ろにいる傷つけられた方々を見てしまうのです」
「あなたはお優しい方ですな……騎士としては、とても好ましく思いますよ。他の奴隷商達もこうならばまだ付き合いやすいのですがね……では、お預かりして参ります」
扉が開かれる。セルカはやっと迎えが来たと思った。
そこにいたのは騎士だったのだから。
「っ、騎士様っ。迎えに来てくださったのねっ。早くっ。早くここから出して家に帰してちょうだいっ」
鎖を付けられた彼女は、出された食事にすら手を出してはいなかった。こんなものは食べられないと見向きもしなかったのだ。口にしたのは水ぐらい。お腹が空いていたとしても、高い矜持がそれらを食べることを拒否していたのだ。
「お家に帰すことはありませんよ。君の生家は既にないと聞いています。それと、勘違いをされているようなのでお伝えすると、ここは君の生まれた国ではない」
「っ、なんっ……ですって……っ?」
セルカは愕然とした。ここは自国の中で、だからこそすぐに迎えが来ると思っていたのだ。
思えば、彼女は家から出ることがあったとしても、街中を歩くなどなかった。だから、景色など見てもそこがどこかなど分からない。
町に来てもそれがどこの町なのかも覚えられもしなかった。彼女は自国のことさえ知りもしなかったのだから。
だから、だからこそ思った。
「そう。だからねっ。だから迎えが遅かったんだわ。そうよっ。これが国なら、すぐに帰れたはずだものっ。こんなもの、付けられるはずがないものっ」
「……はっきり申し上げて、君があの国に居たならば今頃は……こうして生きてはおりますまい」
「はっ……何を言ってるの? だってお父様が……っ」
「そのお父様は既に犯罪奴隷として鉱山での労役に付いておりますよ。同じようにその妻である君の母も」
騎士はもう隠すつもりはなかった。可愛そうな娘ではない。彼女はここまで来ても自身の置かれた立場も、何をやったのかということさえ分かっていなかったのだから。
「っ……嘘よ。何言ってるの? バカじゃないの? そんなことを信じるわけないでしょっ」
「では信じなくても結構。これより移送を行う」
「ど、どこへよっ……」
その質問へ背を向けることで答える。そうして呟いた言葉は彼女には届かない。
「……どこでしょうね……君にとっては地獄でしょうか……」
「帰してよっ。私をお父様とお母様のところにっ」
同じ所へいけるとは限らないのだと説明しても彼女にはきっと理解できないだろう。
何もかもを否定して自身の思う世界しか見ない彼女には。
そんなセルカがこの国の騎士達によって連行されていくのを見ている者がいた。
《あれほどの歪み……よい贄となりそうではないか……ふふふ……》
それは誰に見られることもなく、影の中に消えていった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
2019. 6. 10
凶悪な犯罪者にも決して破られることがないように考えられた太い鉄格子のある部屋。
ここに現在入っているのは、隣の国の元伯爵令嬢。自国の王女をハメて傷モノにし、多くの令嬢達を自殺に追い込んだ。
彼女の両親達は彼女が犯罪者として断罪される前にと、借金奴隷としてこの国の奴隷商へ売った。
しかし、王女にまで手を出したのだ。そんなことで逃げられるわけがない。伯爵家は取り潰し。彼女の両親達は処刑はされなかったものの、生涯を犯罪奴隷として生きることになった。
そして、当事者であるセルカ。国は借金奴隷であった彼女を犯罪奴隷とするように手を回したのだ。
「どうして私がこんな目に……っ」
セルカには分からないのだ。自分は愛されるために生まれてきた。自分を愛さない男などいてはならない。自分より愛される女など存在してはならないのだ。
「どうして私がこんな所に……っ」
不満しか口にできない彼女の中には怒りしかなかった。
そこに奴隷商の男がやってくる。
「こちらでございます……」
「なるほど……これか……隣の国の国王が大変な剣幕で怒っておられるらしい」
「そうでしたか……どうぞ、お連れください。こちらが契約書になります」
「すまんな。金もそれほど渡せんのだが……」
「いいえ。この店では犯罪奴隷をなるべくならば扱いたくないのです。私には荷が重すぎる……」
犯罪奴隷は、犯罪者なのだ。誰かを不幸にした存在で、恨みを持たれている者。そんな存在を売る。恨みが晴れるほど酷使される行き場所ならば良い。だが、そうでないならば恨む方が不憫だ。
痛みが分かってしまうからこそ、ビルスは犯罪奴隷を扱うことに気後れしてしまうのだ。
「奴隷商としてはお恥ずかしい限り……ですが、やはり彼らを扱う上で、私には彼らの後ろにいる傷つけられた方々を見てしまうのです」
「あなたはお優しい方ですな……騎士としては、とても好ましく思いますよ。他の奴隷商達もこうならばまだ付き合いやすいのですがね……では、お預かりして参ります」
扉が開かれる。セルカはやっと迎えが来たと思った。
そこにいたのは騎士だったのだから。
「っ、騎士様っ。迎えに来てくださったのねっ。早くっ。早くここから出して家に帰してちょうだいっ」
鎖を付けられた彼女は、出された食事にすら手を出してはいなかった。こんなものは食べられないと見向きもしなかったのだ。口にしたのは水ぐらい。お腹が空いていたとしても、高い矜持がそれらを食べることを拒否していたのだ。
「お家に帰すことはありませんよ。君の生家は既にないと聞いています。それと、勘違いをされているようなのでお伝えすると、ここは君の生まれた国ではない」
「っ、なんっ……ですって……っ?」
セルカは愕然とした。ここは自国の中で、だからこそすぐに迎えが来ると思っていたのだ。
思えば、彼女は家から出ることがあったとしても、街中を歩くなどなかった。だから、景色など見てもそこがどこかなど分からない。
町に来てもそれがどこの町なのかも覚えられもしなかった。彼女は自国のことさえ知りもしなかったのだから。
だから、だからこそ思った。
「そう。だからねっ。だから迎えが遅かったんだわ。そうよっ。これが国なら、すぐに帰れたはずだものっ。こんなもの、付けられるはずがないものっ」
「……はっきり申し上げて、君があの国に居たならば今頃は……こうして生きてはおりますまい」
「はっ……何を言ってるの? だってお父様が……っ」
「そのお父様は既に犯罪奴隷として鉱山での労役に付いておりますよ。同じようにその妻である君の母も」
騎士はもう隠すつもりはなかった。可愛そうな娘ではない。彼女はここまで来ても自身の置かれた立場も、何をやったのかということさえ分かっていなかったのだから。
「っ……嘘よ。何言ってるの? バカじゃないの? そんなことを信じるわけないでしょっ」
「では信じなくても結構。これより移送を行う」
「ど、どこへよっ……」
その質問へ背を向けることで答える。そうして呟いた言葉は彼女には届かない。
「……どこでしょうね……君にとっては地獄でしょうか……」
「帰してよっ。私をお父様とお母様のところにっ」
同じ所へいけるとは限らないのだと説明しても彼女にはきっと理解できないだろう。
何もかもを否定して自身の思う世界しか見ない彼女には。
そんなセルカがこの国の騎士達によって連行されていくのを見ている者がいた。
《あれほどの歪み……よい贄となりそうではないか……ふふふ……》
それは誰に見られることもなく、影の中に消えていった。
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2019. 6. 10
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