転生令嬢は平穏な人生を夢みる『理不尽』の破壊者です。

紫南

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第一幕 第一章 家にいる気はありません

060 綺麗に寝かしつけたね

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2019. 3. 2

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部屋の中、目に見えない壁一枚向こう側の様子を正確に把握できる者はそうそういない。

どれだけ聖王国の影が優秀でも、そこまでではないと思っていたカトラは、それでも万が一を考えて一人お茶を用意する。

最上級のスイートルームということもあり、良い茶器が用意されていた。

何を呑気なと思われるかもしれないが、カトラは彼らを怪しまれずに招き入れたいのだ。決定的な証拠となるようにする。これは今後の事も考えると必須だった。

王子達は双子達のベットのそばにある椅子に腰掛けているようだ。どうやら、こちらの意図を正確に理解したらしい。

そして、二杯目のお茶をカップに注ぎ入れている時にそれは起きた。

素早く部屋に入り込んだ一人が、姿勢を低くして向かってくる。それを気配だけで感じ取り、持ち上げたカップの中身をそいつの顔に浴びせた。

「うあっ!!」

間抜けな声が聞こえる頃、二人目が侵入する。三人の内の一人はドアの外で見張りに徹するつもりなのは分かっていた。予定通りだ。

カップをソーサーの上に戻すと、目を思わず手で覆う男の顎を蹴り上げた。もちろん、手加減はいている。とはいえ、綺麗にクルンと後方に回転して倒れて行った。

その男を飛び越え、足を止めようとする二人目に突っ込む。

「ぐっ」
「三流だね。やられても声は抑えなよ。まあ、三流なお兄さん達には無理みたいだけど」
「き、貴様っ」
「ほら、喋らない」
「ガっ」

睨みつける目に苛ついて、回し蹴りしてしまった。

二人の男達が気絶したのを確認すると、再びドアが開いた。

一人の男を足蹴にするターザの姿がある。

「綺麗に寝かしつけたね」

カトラの足下では、真っ直ぐに仰向けに眠る二人の男。たしかに綺麗な寝方だ。口元に血が滲んでいても、顎が真っ赤になっていても、寝ている姿勢は綺麗だった。

「ターザのは……ボールにしてるの?」
「頭を抱えたから、ちょうどいいと思って」

コロコロと足で転がしながら見張りだったらしい男を部屋に蹴り込んだ。どうやら、初撃で男の頭に何かやったらしい。

というか、オモチャの虫がくっ付いていた。

「これ……ゴムで作った芋虫……?」
「そう。小さいのをたくさん作ったんだ。苦手じゃない人でもいっぱい小さいのを投げつけるとびっくりするじゃない? これなら平和的に倒せるかなって」
「……うん。ぱっと見本物かどうかわかんないし、びっくりするかな……」

よく見るととっても可愛い。あまり精巧過ぎるわけでもないので気持ち悪い感じがしないのだ。

それを頭からかぶり、男はパニックになったらしい。頭を振りながら両手で抱え込むようにしていたので、そこをターザがボディーブローを食らわせて、くの字になった所を魔術で気絶させたらしい。

そして、ボールのように転がして来たというわけだ。気の毒過ぎる。一気に血の気が引くほど驚いたために『ひっ』という小さな声しか出なかったようだ。

その時、王子の護衛達がわらわらと部屋にやってきた。ターザは上手いことこの部屋に侵入していく影達を見せたらしい。

「殿下達は、ご無事でしょうかっ」
「大丈夫に決まってるでしょ? 何? 信用してなかったの?」
「っ、当たり前ですっ。我々の動きまで魔術で止めてどうするんですっ」

王子達を襲おうとしている者達が目の前にいるというのに、大人しく見ていろとでもターザは言ったのだろう。

だが、素直に聞けるはずがない。何度も出て行こうとする護衛達を、ターザは仕方ないと動けなくしたということだ。

因みに、大半の者たちが影達に気絶させられていたので、ターザが起こして回ったようだ。

「だって、出て行こうとするし、せっかく証拠を押さえようとしてるのに、台無しになる所だったよ。そこの侯爵達の方がよくわかってる」
「いや……君が大丈夫だと言っていたからな。それに、証人になると頷いたのは私だ。こちらが約束を守れば、必ず仕事を成功させるというのがSランクの冒険者の流儀だろう?」
「よく知ってるね」

これほど物分かりの良い高位貴族は有難い。国の質が分かるというものだ。

「心配なら、奥の部屋に確認してきたら? メル君とセリ君は寝てるみたいだから静かに行って」

カトラの言葉に憮然としながら、護衛達が奥へ向かっていく。一応は双子を起こさないように気を使ったようだ。

「ターザ、どれ連れていく?」
「こっちの血が出てる方かな。多分リーダーだ」
「うん。ならしまって。残りの二人は国で引き取ってもらえますか?」

侯爵に向かってそう告げると、目を瞬かせていた。

「……一人消えたが、どうするんだい?」

ターザの空間収納に入れられたのだ。不意に消えたように見えただろう。

「お土産。お祭りが終わったら、観光がてら挨拶してこようと思っているんです」

どこへとは言わずともわかるだろう。

「……本気か?」
「もちろんです。キッチリお灸も据えてきます。二度とこちらに手を出さないように」
「……そう……」

少し楽しそうな声音を出すカトラ。捕縛のためにナワちゃんを呼びに窓に向かうカトラには、これに怯えている侯爵とその護衛達の様子は見えなかった。

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