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第一幕 第一章 家にいる気はありません
055 もっと聞かせて欲しい!
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2019. 2. 8
**********
カトラとしては、ここでようやくマリウスの顔を認識した。
あまり人の顔を覚えるのが得意ではない。前世では常連のお客の顔を覚えようと努力していた。だが思ったのだ。努力しなくても嫌でも覚えてしまうのが常連というものではないかと。
それに気付いた今世。努力を全くしなくなった。
何より、人と関わることが嫌になっていた。名前や顔を覚えるほど関わろうとも思わなかったため、本当に覚えられなくなってしまったのだ。
人とは、努力し続けなくてはならない生き物らしい。とはいえ、別に困ってはいない。必要な人は覚えるし、気に入った人なら自然と認識するようになる。
ただ、今回は『こういう顔だったんだ』と認識しただけに過ぎず、今後会ったとしてもすぐに彼を特定するとは思えなかった。
それほど、カトラにはまだマリウスは重要人物ではないのだ。
「誤解だったとはいえ、君に手を出したガラド達の治療のために、貴重な薬までもらった……本当に感謝している」
生真面目な青年だなと思った。別に悪い気はしない。ただ、あまり人を信用しないカトラには、少々鬱陶しく感じる。
「気にしないでください。あの場でのあの人達の行動は、王子の護衛としては正しいものです。慰謝料はギルドからもらいましたし、渡したあの薬は試作品で、ある意味実験的なところがありました。ちゃんと生えましたか?」
「ああ……今はもう、全く違和感なく使えているように見える」
「そうですか」
「……」
カトラはこれだけ聞ければ十分だ。
終わらされてしまった会話にどうしようかと戸惑う様子を見せるマリウス。こんな経験は彼にはない。
普段相手にする貴族達は、なんとか自分を覚えてもらおうとするアピールで、会話が途切れることがない。寧ろ、マリウスの方で調整して切る方だ。
だが今、マリウスは普段と反対の立場にあった。自分の方がアピールすべきで、少しでもカトラの気持ちを動かし、記憶に残らなくてはならない。
「そ、その……カトラと呼んでも良いだろうか……」
これも初めての経験だ。こう呼んでくれと頼まれることはあっても、名を呼んでもいいかと問うことは男の友人達の間でさえなかった。
「今は冒険者のカーラです。一国の王子なのですから、冒険者の名などお好きに呼ばれれば良いかと」
「そんなわけにはっ……いや、ではカーラと呼ばせてもらう」
「どうぞ」
「……」
ここでまた会話が途切れた。
そんな様子を見兼ねて動いたのは侯爵夫妻だった。マリウスを元の場所に座らせる。
「まあまあ、殿下も今日はお忍びでしょう。こういう時に固いのはお嫌いだったのではありませんかな?」
「あ、ああ。ここには、王子としてではなく、ただのマリウスとして弟達と祭りを楽しむために来たんだ。カーラ、君も私のことは王子ではくマリウスと呼んで欲しい」
「……わかりました」
返事はしたが、呼ぶかどうかは怪しかった。
「それより、カトラ……いや、カーラくん。マスターから聞いたよ。その若さであのベジラブのオーナーとは恐れ入る。店の後見の件、喜んで受けさせてもらおう」
「こちらは有難いのですが、検討する時間もなく、よろしいのですか? 夫人を助けた件を加味されたのならば、再考していただいた方がよろしいかと」
貴族が個人の店を後見するというのは、簡単に決められるものではない。
今後発生する店の問題のほとんどを代わりに解決し、店に名を貸すということにもなる。侯爵ほどの地位ともなれば、手を出してくる貴族はいなくなるだろう。
誰が後見しているかは、調べればすぐにわかるし、後見役の貴族は店を宣伝する。自身が後見する店に人気があればあるほど、それを見出したということで、先を見通す目を持っているのだと証明することになるだろう。
店の功績が、そのままステータスになるのだ。逆に店の業績が低迷すれば、見る目がないと喧伝することになり、ダメージになってしまう。そのため、後見する決断というのは、簡単にはできないものなのだ。
「いやいや。寧ろ、こちらから声をかけたかったくらいだよ。王もあの店の焼き菓子がお好きでね。王都に向かう時は、必ず土産を買って来るように言われているんだ」
「……」
知らない内に王家にまで届いていた。
「もう契約書も交わしておいたわ」
「マスター……」
得意げに報告されても、あっさり決まり過ぎて褒める気になれなかった。
「ベジラブ……あの店を君が?」
マリウスは知らなかったらしい。ということは、契約はかなり早い段階で結ばれていたのだろう。マリウスがここへ来る前、それこそ即決だったのかもしれない。
「店主は昔お世話になった冒険者です。支援しているだけに過ぎません」
これに、侯爵がおかしそうに笑った。
「はははっ。それだけとは言えないだろう? 商品開発に新しい仕入れ先の開拓、それに伴う輸送隊の結成。これによって我が領内でも小さな村の税収が格段に上がっている。たった三年で何が起きたのかと不思議だったのだ」
「それはどういうことです?」
マリウスは侯爵へ問いかける。こういう話に興味を持てるのは良いことだ。
侯爵も嬉しそうに説明していた。
「……なるほど……小さな村では良い物が出来ても町に売りに来なければお金にはなりませんよね……慣れない道や長い旅で無理をして体調を崩したり、盗賊や魔獣に襲われることもあったでしょう……かといって、護衛や駐屯の兵達に一緒に来てもらうなどできませんよね。護衛にはお金もかかるでしょうし……」
村の現状など、たった一日や半日の視察では理解しきれない。ただ生活できているという一瞬の状態と、数字だけを見て問題ないと結論を出す。
それが普通だ。
現状を良くできるなんてことを村の人々は考えないし、知識がないから望むことも知らない。ただ慎ましく家族が暮らせれば良いと思っているのだから。
「農作業は毎日休みなく続けなくてはならない大変な仕事です。努力し、我が子のように何ヶ月と見守って世話をし、大切に育てた作物は自分たちで消費するのが大半です。ほとんどお金にはなりません」
侯爵がうんうんと頷く。マリウスも真剣に聞いていた。
「損を覚悟で、微々たるお金に変えるために町へ運ぶのは大変なことです。彼らは努力に見合った報酬を受け取る権利を知らないだけ。それが私には我慢ならなかった」
とはいえ、お陰で良いものが手に入ったともいえる。新鮮なのはもちろんだし、農家の人たちもやる気や余裕が生まれ、更に良いものをと研究する者も出てきた。
これは革命だ。マリウスはその凄さを理解できる頭を持っていた。
「すごい……カーラ!」
「……?」
マリウスは感極まったように立ち上がり、カトラの前に立つ。そして、カトラの手を取って両手で握り込む。
「君がしたことは、多くの人々を救うことだっ。それは、そのまま国のためにもなる!」
本気で感動しているらしい。
その時、カトラはこの商業ギルドに到着した人々の気配を感じていた。
「もっと聞かせて欲しい! 君は薬師としても、冒険者としても、素晴らしい人物だ! 是非、父上にっ」
「俺のカーラに何してるの?」
「っ!?」
「お帰り、ターザ」
「ただいま」
面倒なタイミングでのお帰りだった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回は3日空きます。
12日の予定です。
よろしくお願いします◎
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カトラとしては、ここでようやくマリウスの顔を認識した。
あまり人の顔を覚えるのが得意ではない。前世では常連のお客の顔を覚えようと努力していた。だが思ったのだ。努力しなくても嫌でも覚えてしまうのが常連というものではないかと。
それに気付いた今世。努力を全くしなくなった。
何より、人と関わることが嫌になっていた。名前や顔を覚えるほど関わろうとも思わなかったため、本当に覚えられなくなってしまったのだ。
人とは、努力し続けなくてはならない生き物らしい。とはいえ、別に困ってはいない。必要な人は覚えるし、気に入った人なら自然と認識するようになる。
ただ、今回は『こういう顔だったんだ』と認識しただけに過ぎず、今後会ったとしてもすぐに彼を特定するとは思えなかった。
それほど、カトラにはまだマリウスは重要人物ではないのだ。
「誤解だったとはいえ、君に手を出したガラド達の治療のために、貴重な薬までもらった……本当に感謝している」
生真面目な青年だなと思った。別に悪い気はしない。ただ、あまり人を信用しないカトラには、少々鬱陶しく感じる。
「気にしないでください。あの場でのあの人達の行動は、王子の護衛としては正しいものです。慰謝料はギルドからもらいましたし、渡したあの薬は試作品で、ある意味実験的なところがありました。ちゃんと生えましたか?」
「ああ……今はもう、全く違和感なく使えているように見える」
「そうですか」
「……」
カトラはこれだけ聞ければ十分だ。
終わらされてしまった会話にどうしようかと戸惑う様子を見せるマリウス。こんな経験は彼にはない。
普段相手にする貴族達は、なんとか自分を覚えてもらおうとするアピールで、会話が途切れることがない。寧ろ、マリウスの方で調整して切る方だ。
だが今、マリウスは普段と反対の立場にあった。自分の方がアピールすべきで、少しでもカトラの気持ちを動かし、記憶に残らなくてはならない。
「そ、その……カトラと呼んでも良いだろうか……」
これも初めての経験だ。こう呼んでくれと頼まれることはあっても、名を呼んでもいいかと問うことは男の友人達の間でさえなかった。
「今は冒険者のカーラです。一国の王子なのですから、冒険者の名などお好きに呼ばれれば良いかと」
「そんなわけにはっ……いや、ではカーラと呼ばせてもらう」
「どうぞ」
「……」
ここでまた会話が途切れた。
そんな様子を見兼ねて動いたのは侯爵夫妻だった。マリウスを元の場所に座らせる。
「まあまあ、殿下も今日はお忍びでしょう。こういう時に固いのはお嫌いだったのではありませんかな?」
「あ、ああ。ここには、王子としてではなく、ただのマリウスとして弟達と祭りを楽しむために来たんだ。カーラ、君も私のことは王子ではくマリウスと呼んで欲しい」
「……わかりました」
返事はしたが、呼ぶかどうかは怪しかった。
「それより、カトラ……いや、カーラくん。マスターから聞いたよ。その若さであのベジラブのオーナーとは恐れ入る。店の後見の件、喜んで受けさせてもらおう」
「こちらは有難いのですが、検討する時間もなく、よろしいのですか? 夫人を助けた件を加味されたのならば、再考していただいた方がよろしいかと」
貴族が個人の店を後見するというのは、簡単に決められるものではない。
今後発生する店の問題のほとんどを代わりに解決し、店に名を貸すということにもなる。侯爵ほどの地位ともなれば、手を出してくる貴族はいなくなるだろう。
誰が後見しているかは、調べればすぐにわかるし、後見役の貴族は店を宣伝する。自身が後見する店に人気があればあるほど、それを見出したということで、先を見通す目を持っているのだと証明することになるだろう。
店の功績が、そのままステータスになるのだ。逆に店の業績が低迷すれば、見る目がないと喧伝することになり、ダメージになってしまう。そのため、後見する決断というのは、簡単にはできないものなのだ。
「いやいや。寧ろ、こちらから声をかけたかったくらいだよ。王もあの店の焼き菓子がお好きでね。王都に向かう時は、必ず土産を買って来るように言われているんだ」
「……」
知らない内に王家にまで届いていた。
「もう契約書も交わしておいたわ」
「マスター……」
得意げに報告されても、あっさり決まり過ぎて褒める気になれなかった。
「ベジラブ……あの店を君が?」
マリウスは知らなかったらしい。ということは、契約はかなり早い段階で結ばれていたのだろう。マリウスがここへ来る前、それこそ即決だったのかもしれない。
「店主は昔お世話になった冒険者です。支援しているだけに過ぎません」
これに、侯爵がおかしそうに笑った。
「はははっ。それだけとは言えないだろう? 商品開発に新しい仕入れ先の開拓、それに伴う輸送隊の結成。これによって我が領内でも小さな村の税収が格段に上がっている。たった三年で何が起きたのかと不思議だったのだ」
「それはどういうことです?」
マリウスは侯爵へ問いかける。こういう話に興味を持てるのは良いことだ。
侯爵も嬉しそうに説明していた。
「……なるほど……小さな村では良い物が出来ても町に売りに来なければお金にはなりませんよね……慣れない道や長い旅で無理をして体調を崩したり、盗賊や魔獣に襲われることもあったでしょう……かといって、護衛や駐屯の兵達に一緒に来てもらうなどできませんよね。護衛にはお金もかかるでしょうし……」
村の現状など、たった一日や半日の視察では理解しきれない。ただ生活できているという一瞬の状態と、数字だけを見て問題ないと結論を出す。
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現状を良くできるなんてことを村の人々は考えないし、知識がないから望むことも知らない。ただ慎ましく家族が暮らせれば良いと思っているのだから。
「農作業は毎日休みなく続けなくてはならない大変な仕事です。努力し、我が子のように何ヶ月と見守って世話をし、大切に育てた作物は自分たちで消費するのが大半です。ほとんどお金にはなりません」
侯爵がうんうんと頷く。マリウスも真剣に聞いていた。
「損を覚悟で、微々たるお金に変えるために町へ運ぶのは大変なことです。彼らは努力に見合った報酬を受け取る権利を知らないだけ。それが私には我慢ならなかった」
とはいえ、お陰で良いものが手に入ったともいえる。新鮮なのはもちろんだし、農家の人たちもやる気や余裕が生まれ、更に良いものをと研究する者も出てきた。
これは革命だ。マリウスはその凄さを理解できる頭を持っていた。
「すごい……カーラ!」
「……?」
マリウスは感極まったように立ち上がり、カトラの前に立つ。そして、カトラの手を取って両手で握り込む。
「君がしたことは、多くの人々を救うことだっ。それは、そのまま国のためにもなる!」
本気で感動しているらしい。
その時、カトラはこの商業ギルドに到着した人々の気配を感じていた。
「もっと聞かせて欲しい! 君は薬師としても、冒険者としても、素晴らしい人物だ! 是非、父上にっ」
「俺のカーラに何してるの?」
「っ!?」
「お帰り、ターザ」
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