転生令嬢は平穏な人生を夢みる『理不尽』の破壊者です。

紫南

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第一幕 第一章 家にいる気はありません

041 どこの軍隊?

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2018. 12. 9

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『ベジラブ』

その店を開くと決めたのはカトラが十一歳の時。

前世の記憶が目覚めて三年。食べたいと思うものもあったし、何よりこの頃、次兄と姉のせいで他人の作る食べ物に不審感を抱くようになっていたために、自身で作ったものしかまともに食べられなくなっていた。

店主となっているベラルという男は、カトラが初めて冒険者として登録した時から一年ほど、ターザがいない間の保護者みたいな立場を取ってくれていた。

この頃にはもう、ベラルは年だからと引退を考えており、冒険者としてだけではなく、カトラの食事を作るためのパン屋とつなぎを取ってくれたりと生活面を主にサポートしてくれていたのだ。

ベラルは、カトラの母エーフェと冒険者をしていた時から食事を用意する担当だったらしい。

料理が好きで、冒険者として活動する時よりも、料理をしている時の方が生き生きとしていた。

引退を考えながらも、家族を養うためにどうすべきかと悩んでいたベラルに、カトラが店を持ってみないかと提案したのだ。

これにより、ベラルはお菓子屋の店主となった。

「ベラルさんね……俺のイメージとしては、無口でこれぞ壁役って感じの人だったはずなんだけど……」
「え? その通りだけど?」
「なら、これは?」

ミルサルトの町に着いて、そのまま真っ直ぐにベジラブへ向かってきたのだが、店の裏口から一歩入って立ち止まる。そこは既に戦場だった。

「生地は休ませても手は休めるな! 気持ちを込めるのを忘れんじゃねぇぞ!」
「「「yes! 愛を込めて!」」」
「大事なのは下準備だ! 手を抜いたら死ぬと思え!」
「「「全ては食べる人の幸せのために!」」」
「いいぞ、お前ら! いつでも最高を目指せ!」
「「「yes,sir! 世界をこの手に!!」」」

わけが分からない。

「ねぇカーラ、何これ。どこの軍隊?」

白い割烹着を着たゴツイ大柄の男が、黄色い服を着てそれぞれの仕事をこなす男達の作業を監督しながらも作業をしていた。

指揮しているのは間違いなくベラルだ。

「気合いが入ってて良いでしょ? 近々、支店を作ることになってて、今お弟子さんの指導中なの」
「これお菓子屋の指導じゃないよ?」
「メリハリがつけば何でも良くない?」
「……カーラ、混ざりたいんだね……」
「うん。Sir! とか言ってみたい」
「やめて……」

珍しくターザが引いていた。

カトラが暑苦しい男たちの中に入って『Sir!』と返事をするのを想像したらしい。

厨房の様子を覗くようにカトラの腰から少しだけ浮くようにして見たナワちゃんは、今までとは違う変化に気付いていた。

《服が変わってますね》
「割烹着。前のフリフリエプロンより断然似合ってるでしょ?」
《とっても》
「フリフリだったの?」

更にターザが引いた。確かにあれは破壊力抜群だったとナワちゃんと頷く。なぜ、筋肉ムキムキな漢はフリルエプロンが似合うのだろうか。不思議だ。

カトラとしては別にフリルエプロンでも構わなかったのだが、今のこの世界の染料技術では薄ピンク色にはなってもパッションピンクのドギツイ色が出せないのだ。それが不満で割烹着になった。

しかし、本当はパティシエらしい白いコックコートを着てもらいたい。既に注文はしてあり、お祭りの日までには仕上がってくる予定だ。

「でも、あの黄色いお弟子さん達のは間違ってるかも」
「あれはカーラが教えたんじゃないんだ……確かに微妙に違うね……」

考えてその形を選んだのかもしれないが、それは割烹着ではなかった。あれだ。幼稚園や保育園の幼児が着るスモッグだ。是非とも帽子を用意してあげたい。とってもシュールな感じになるだろう。面白そうだ。

「薄い黄色ってのがまたいい。うん。可愛いね」
「……」

ターザが黙った。これは本当に珍しい。衝撃を受けているらしい。

その時、ようやくベラルが気付いて近付いてきた。

「…….カーラ」
「久し振り、ベラルおじさん。野菜とか持ってきたよ」
「…….ありがと……」

途端に口数が少なくなる。彼は普段、無口な男だ。

「何か欲しいものない?」
「……薬草……」
「うん。持ってきた」

カトラは店に備え付けになっている保管庫へそれらを入れていく。

これはカトラが作ったもので、中に入れれば時間を止められる。業務用にと試験的に作ったものだった。

「これも大丈夫そうだね」
「……助かってる」

無表情にしか見えないが、カトラには喜んでいるのが分かった。

他に足りなくなる材料はないかと確認し、蜜の容れ物に目を止めた。

「あ、樹液蜜と草蜜が少ないね」
「……っ……」
「そっか。それが人気で良かったよ。明日には補充するね」
「っ……」
「だからって、ケチるの良くないでしょ? 大丈夫だよ。今回は助っ人いるし」

これを聞いてベラルはターザへ目を向けた。

「そう。助っ人。ターザのこと知ってるでしょ?」
「あ、こんにちは」
「……こんにちは……」

どう接したらいいのかと困惑するターザと、恥ずかしがるベラルを見て、カトラは一人満足げに頷いていた。

「ちゃんと挨拶できてよかったよ。じゃぁ、私はギルド長のところに顔を出して、そのまま蜜取りに行ってくる。また明日ね」
「……気を付けて……」
「ありがと」

手を振って店を後にしたカトラは、しきりに首を傾げながら隣を歩くターザの顔を見上げた。

「どうしたの?」
「カーラ、途中からどうやって会話を成立させてたの?」
「う~ん。慣れないと難しいかも。顔と目を見れば分かるんだけどね。ベラルおじさんの奥さんとか、師匠やナワちゃんとも同じように成立するよ」
「……不思議だね……」
「一方的に喋ってるみたいになるから、ダル師匠は困るって言ってるけど」
「そんな感じだったね」

頷いたり手を少し動かしたりしているだけで、ベラルは途中、ほとんど声を発していなかった。

あの軍曹モードの時の張りのある声はどうしたのかと困惑せずにはいられない。

「ベラルおじさんは人見知りするから、しっかり目が合うようにならないと難しいんだ。でも、お料理してる時はちゃんと喋るから。恥ずかしいの忘れるんだって」
「そう……」
「ターザでも戸惑うことあるんだね」
「俺のことなんだと思ってるの?」
「う~ん……ダーザかな」
「……それはどう取ればいいのかな……」

こんなに困惑するターザは本当に初めて見た。それが、なんだか嬉しくて面白かった。

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読んでくださりありがとうございます◎

次回、三日空きます。
よろしくお願いします◎
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