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第一幕 第一章 家にいる気はありません
039 もう祭りの時期か
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2018. 12. 1
*********
カトラはエルケートでダルの仕事を時折手伝ったりしながらのんびりと過ごしていた。
ターザはその間、本気でカトラと暮らす家を探しており、既に家に入れる家具などは発注済みらしい。
「ギルドの近くにしろよ。そしたら俺も泊まれるし」
「ダル師匠は、寮で気楽な一人暮らしが良いんじゃなかった? ってか、邪魔しないでよ。せっかく二人暮らしになるんだから。あ、でもナワちゃんはいいからね」
《ー光栄ですー》
ダルは邪魔らしい。ナワちゃんの空気読み感は半端ないのでお許しが出ていた。
冒険者は固定の家をほとんど持たない。いつだって拠点を移動できるように宿暮らしが一般的だ。
それでもランクの高い者は、パーティで家を借りることはある。ソロで一人でというのは極一部だった。
冒険者は日々死と隣り合わせで生きている。貯金をするという頭もなく、その日その日を生きられれば良いと思っているのだ。
元Sランクのダルも家を持ったことはなく、今のギルドの寮が今までで一番過ごしやすい場所になっていた。
「いいじゃんかぁ。孫か娘の家にいるようなもんだろ」
「……なるほど……舅というやつだね……悪くないかな……」
「……」
何か真剣に考えている様子のターザは気にしないことにする。そして、おもむろに口にした。
「出かけて来ていい?」
「どこに?」
「どこ行くんだ?」
過保護な保護者達は反射的に聞き返し、ナワちゃんは素早くカトラの腰のベルトに巻きついた。
「……ミルサルト」
「王都の隣の?」
ターザが訝しむ理由は、王都であった色々を思い出したからだろう。あの時、間違いなく王族に目を付けられた。だからこそ、カトラが王都の近くに行くことが嫌なのだろう。
カトラも王都に近付きたいとは思わない。仕事をするにしても、王都のギルドでは恐らく対応が違ってくるだろう。そんな面倒はごめんだ。だが、今回行きたいのは隣ではあるが王都からは馬車で数時間の場所だった。
その理由に思い当たったのはダルだ。
「そうか、もう祭りの時期か」
「祭り?」
ターザは知らないようだ。確かに、一緒に行ったことはないなと思い出す。
「お前は丁度このくらいの時期、国に呼び出されてんだろ。今回は時期がズレたがな」
「あ~、そっか。そうかも。先王の誕生日パーティがあったから」
ターザの生まれた国はこの国から遠い。ひと月は移動に見ておかなくてはならないので、たった一日の行事のためでも長い間この町を離れることになるのだ。
「おじいさんの?」
「そう。けど、半年前に亡くなったから、今回は帰らなくて良いんだ。あれがあったら、この前の呼び出しから帰って来てなかったかも。それ思ったらじい様ナイスって感じだね」
「お前……親とかよりカーラを優先しそうだもんな……今までちゃんと帰ってんのが不思議なくらいだぜ……」
ターザの『カーラと離れたくない病』を考えれば、本当に不思議だ。
「もちろん、カーラが一番だし。けど、それでカーラの存在があっちにバレると手を出して来そうなんだよね。そうなったら、消さなきゃならないじゃない? 流石に生まれた国がなくなるのは寂しいかな」
「……お、お前らしいよ……」
久し振りに本気でダルがドン引きしていた。
「それで? お祭り? 行きたいの?」
「お店があるから」
「……お店?」
「店ってなんだ?」
そういえばダルにも言っていないかもしれない。
「話したことなかったっけ? お店持ってるの。お菓子屋さん」
「……知らないよ? いつから?」
「三年くらい前。店自体は人に任せてるし……師匠は知ってると思うけど……お母様と一時期組んでたっていうベラルおじさんなんだけど」
「はあ!? あ、あいつが菓子屋ぁ!?」
筋肉ムキムキの元盾職の男。カトラがこの冒険者ギルドに来始めてからしばらく面倒を見てくれた。顔は怖いが優しいおじさんだ。
「そ、そういや、あいつ料理が趣味で……ちょい待て、まさか……ミルサルトにある菓子屋って、ベジラブじゃ……」
「そうだよ?」
「あの人気店!? あいつの店!?」
開業からたった二ヶ月で国内でも人気の店になった菓子屋『ベジラブ』。商品は野菜や薬草を使った健康思考のケーキやクッキー、パンなど。
野菜の苦手な子どももしっかり栄養を取れるようにと考えた商品が並んでいる。値段も手頃。商業ギルドから、他の町での出店の依頼を毎日のようにお願いされる。それほどの大人気店だ。
「ベラルおじさんと奥さんが中心。後はベラルおじさんの知り合いの元冒険者の女の人達で回してもらってるの。けど、オーナーは私」
出資もカトラが半分以上しているし、オーブンなどの調理器具なんかも全てカトラお手製だ。商品開発も薬草が絡むのでカトラがほとんど手がけている。
従業員の元冒険者の女達は、みな結婚を機に冒険者を辞めた人たちで、子育てもひと段落したところで暇を持て余していた。そこをカトラの提案で拾い上げたというわけだ。
「お祭りの時はいつも手伝いに行くんだ。全く手が足りないから、材料の薬草と野菜を毎日ついでに届けるんだけど、それでも途中で足りなくなったりして大変なんだよ」
普段から売り切ってしまうほどの人気店。お祭りの時はその普段の数倍の客が押し寄せる。作ったら作っただけ売れてしまうのだ。
「二日後のお祭りまでに食材をありったけ集めて持って行かなきゃならないんだ」
「へぇ……なら、俺も行くよ。料理も手伝うんでしょ? どう? 俺なら良いよね?」
かなり強い押し売りだ。いらないとは言えない状況になるので、正直有難い。
「う、うん。手伝って」
思わず上目遣いでお願いしてしまったカトラに、ターザはノックダウンされた。
「っ、任せてよっ。それじゃぁ、ダル師匠。行ってくるね」
「行ってきます」
「え……今から!? よっ、夜には帰ってくるんだよな!? なっ、ご飯お願いしますっ。待ってるからっ」
置いて行かれるダルの切実なお願いだった。おじさんの上目遣いは要りません。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、三日空けて5日の予定です。
よろしくお願いします◎
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カトラはエルケートでダルの仕事を時折手伝ったりしながらのんびりと過ごしていた。
ターザはその間、本気でカトラと暮らす家を探しており、既に家に入れる家具などは発注済みらしい。
「ギルドの近くにしろよ。そしたら俺も泊まれるし」
「ダル師匠は、寮で気楽な一人暮らしが良いんじゃなかった? ってか、邪魔しないでよ。せっかく二人暮らしになるんだから。あ、でもナワちゃんはいいからね」
《ー光栄ですー》
ダルは邪魔らしい。ナワちゃんの空気読み感は半端ないのでお許しが出ていた。
冒険者は固定の家をほとんど持たない。いつだって拠点を移動できるように宿暮らしが一般的だ。
それでもランクの高い者は、パーティで家を借りることはある。ソロで一人でというのは極一部だった。
冒険者は日々死と隣り合わせで生きている。貯金をするという頭もなく、その日その日を生きられれば良いと思っているのだ。
元Sランクのダルも家を持ったことはなく、今のギルドの寮が今までで一番過ごしやすい場所になっていた。
「いいじゃんかぁ。孫か娘の家にいるようなもんだろ」
「……なるほど……舅というやつだね……悪くないかな……」
「……」
何か真剣に考えている様子のターザは気にしないことにする。そして、おもむろに口にした。
「出かけて来ていい?」
「どこに?」
「どこ行くんだ?」
過保護な保護者達は反射的に聞き返し、ナワちゃんは素早くカトラの腰のベルトに巻きついた。
「……ミルサルト」
「王都の隣の?」
ターザが訝しむ理由は、王都であった色々を思い出したからだろう。あの時、間違いなく王族に目を付けられた。だからこそ、カトラが王都の近くに行くことが嫌なのだろう。
カトラも王都に近付きたいとは思わない。仕事をするにしても、王都のギルドでは恐らく対応が違ってくるだろう。そんな面倒はごめんだ。だが、今回行きたいのは隣ではあるが王都からは馬車で数時間の場所だった。
その理由に思い当たったのはダルだ。
「そうか、もう祭りの時期か」
「祭り?」
ターザは知らないようだ。確かに、一緒に行ったことはないなと思い出す。
「お前は丁度このくらいの時期、国に呼び出されてんだろ。今回は時期がズレたがな」
「あ~、そっか。そうかも。先王の誕生日パーティがあったから」
ターザの生まれた国はこの国から遠い。ひと月は移動に見ておかなくてはならないので、たった一日の行事のためでも長い間この町を離れることになるのだ。
「おじいさんの?」
「そう。けど、半年前に亡くなったから、今回は帰らなくて良いんだ。あれがあったら、この前の呼び出しから帰って来てなかったかも。それ思ったらじい様ナイスって感じだね」
「お前……親とかよりカーラを優先しそうだもんな……今までちゃんと帰ってんのが不思議なくらいだぜ……」
ターザの『カーラと離れたくない病』を考えれば、本当に不思議だ。
「もちろん、カーラが一番だし。けど、それでカーラの存在があっちにバレると手を出して来そうなんだよね。そうなったら、消さなきゃならないじゃない? 流石に生まれた国がなくなるのは寂しいかな」
「……お、お前らしいよ……」
久し振りに本気でダルがドン引きしていた。
「それで? お祭り? 行きたいの?」
「お店があるから」
「……お店?」
「店ってなんだ?」
そういえばダルにも言っていないかもしれない。
「話したことなかったっけ? お店持ってるの。お菓子屋さん」
「……知らないよ? いつから?」
「三年くらい前。店自体は人に任せてるし……師匠は知ってると思うけど……お母様と一時期組んでたっていうベラルおじさんなんだけど」
「はあ!? あ、あいつが菓子屋ぁ!?」
筋肉ムキムキの元盾職の男。カトラがこの冒険者ギルドに来始めてからしばらく面倒を見てくれた。顔は怖いが優しいおじさんだ。
「そ、そういや、あいつ料理が趣味で……ちょい待て、まさか……ミルサルトにある菓子屋って、ベジラブじゃ……」
「そうだよ?」
「あの人気店!? あいつの店!?」
開業からたった二ヶ月で国内でも人気の店になった菓子屋『ベジラブ』。商品は野菜や薬草を使った健康思考のケーキやクッキー、パンなど。
野菜の苦手な子どももしっかり栄養を取れるようにと考えた商品が並んでいる。値段も手頃。商業ギルドから、他の町での出店の依頼を毎日のようにお願いされる。それほどの大人気店だ。
「ベラルおじさんと奥さんが中心。後はベラルおじさんの知り合いの元冒険者の女の人達で回してもらってるの。けど、オーナーは私」
出資もカトラが半分以上しているし、オーブンなどの調理器具なんかも全てカトラお手製だ。商品開発も薬草が絡むのでカトラがほとんど手がけている。
従業員の元冒険者の女達は、みな結婚を機に冒険者を辞めた人たちで、子育てもひと段落したところで暇を持て余していた。そこをカトラの提案で拾い上げたというわけだ。
「お祭りの時はいつも手伝いに行くんだ。全く手が足りないから、材料の薬草と野菜を毎日ついでに届けるんだけど、それでも途中で足りなくなったりして大変なんだよ」
普段から売り切ってしまうほどの人気店。お祭りの時はその普段の数倍の客が押し寄せる。作ったら作っただけ売れてしまうのだ。
「二日後のお祭りまでに食材をありったけ集めて持って行かなきゃならないんだ」
「へぇ……なら、俺も行くよ。料理も手伝うんでしょ? どう? 俺なら良いよね?」
かなり強い押し売りだ。いらないとは言えない状況になるので、正直有難い。
「う、うん。手伝って」
思わず上目遣いでお願いしてしまったカトラに、ターザはノックダウンされた。
「っ、任せてよっ。それじゃぁ、ダル師匠。行ってくるね」
「行ってきます」
「え……今から!? よっ、夜には帰ってくるんだよな!? なっ、ご飯お願いしますっ。待ってるからっ」
置いて行かれるダルの切実なお願いだった。おじさんの上目遣いは要りません。
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