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第一幕 第一章 家にいる気はありません

036 調理を始めましょうか

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2018. 11. 21

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カトラは兄のカルダと共に調理場にやってきていた。

「……本当に手伝ってくださるんですか?」
「もちろんだ。これでも騎士達に混ざって野営訓練もした。料理ぐらいできる」
「少し違うと思いますが……お願いします」

そうして、先ずはメインの肉だ。空間収納に入れていた二種類の肉の塊を取り出す。料理をしやすいように、既に部位ごとで切り分け済みだ。

それを見た料理長が、目を見開きながらゆらゆら近寄って来る。かなり大柄で、どこで鍛えているのか分からない立派な筋肉を持った男だ。

「こ、これは……もしや、マイルーモとレッドピッグでは……?」
「そうですよ? 少し要ります? 大物だったので、これくらいどうですか?」
「っ!?」

カトラは大きな葉に包まれている二つの肉を、新たにドンドンと調理台に出す。

それを見つめて、料理長は惚けてしまった。貴族の家であっても、高い肉は高い認識だ。

「えっと……料理長……?」

無理そうだ。

「調理を始めましょうか」
「……お前は切り替えが早いな……」

カルダの呆れた声が聞こえたが、首を傾げただけでカトラは作業を始める。

空間収納から、肉のタネを入れるための大きめの四角いステンレスバットと肉をミンチにするミンサーを取り出す。

カルダは出てきたその見慣れない道具を指差して尋ねる。

「これはなんだ?」
「ひき肉にする道具です。ここに肉を入れて……こうクルクルと……」
「っ……すごいな……どうしたんだ、これは」
「作りました」
「作った!?」

カトラは、調理器具にこだわりがあった。ステンレスのお鍋やフライパン、ボールなどを作った時についでとばかりに作ったのだ。

「そんなに大したものではありませんよ? 作りも単純なものですし」

ついでにパスタ用の製麺機も作ったのは内緒だ。

そして、ここで料理長が覚醒した。その手には二つの高級肉の塊を抱えており、目はミンサーに釘付けだった。

「そ、それを譲って欲しい! もちろん、代金はお支払する!!」
「ミンサーを? 別に良いですけど? というか、これより小さいのはいくつかあるので、これあげます」
「あげっ……ええっ!?」

カトラが先に出していたミンサーは、大量に作る時用の、いわば業務用的なちょっと大きめのサイズのものだ。

作り置きをするカトラとしては、この方が良いと新たに作った最新版。なので、それまでに使っていた小型の物は幾つか別に保管していた。

差し出したミンサーを、料理長はそっと肉を調理台に下ろしてから震える手で受け取った。

「洗うのに、分解の仕方とかは後でこっちを片付ける時に教えますね。お兄様、このお肉を全部ミンチにお願いします」
「あ、ああ……これでやってしまえばいいんだな」
「はい。一応、肉で分けてもらって、いっぱいになったらこっちのバットも使ってください。私は野菜を切るので」

そうして、カトラはまた空間収納から玉ねぎに似た野菜などを大量に取り出していく。

洗浄済みで土もついていない綺麗な状態の野菜に、他で夕食の準備をしていた料理人達も目を瞬かせる。

当然だが、食材も道具も全て自前で揃えるつもりだ。

それを、カトラは手慣れた様子で切り刻んでいく。大きなボールの中には、細かくなった野菜が溜まっていった。

カルダも黙々とミンサーを回し、ミンチを作っていく。難しい作業ではないので、彼は手を止めずに口を開いた。それは、ずっとカトラに言いたかった事だったのだろう。

「……今更だがあの女……母のこと、すまなかった……」
「……気にしないでください。自分の子ではない子どもが同じ家にいることを嫌だと思ってもおかしくはありません」

カルダや二人の兄姉達の母であるアウラは正妻だ。家を守るべき者なのだ。その中に愛妾とも取れる第二夫人が入れば、思うところがあっても仕方がない。

二人で手を取り合って家と夫を守っていこうという良好な関係もあるようだが、どこまでも対立してしまう事も少なくない。

アウラは元侯爵令嬢だ。高慢なところがあり、自分だけ特別でいたいと願った。だから、エーフェを異物として認識したのだ。

これに子ども達が倣うのは自然なことだった。

「……お前は大人だな……あの愚かな女にほんの少しでもそんな謙虚さがあれば良かったんだが……」

カルダは幼い頃から既に、自身の母であるアウラを嫌悪していた。第一子であるカルダが生まれたことで、もう妻としての役割は果たしたと、アウラは好き勝手するようになった。

当然、カルダを育ててくれたのはメイド達や父であるカルフだ。カルダ自身、アウラが母親であるという認識がほとんどなく育ったのだ。

これによって、アウラのように高慢な考えに染まることなく、寧ろそれがおかしいことだと認識できる常識を持つことができたのは、この伯爵家にとって幸いだった。

「エーフェ様は……恨んでいただろう」
「お母様は元冒険者ですし、気性の荒いところがありましたから」
「そうか……」

カトラはその声音の中に悔しそうな感情を見つけて不思議に思った。作業するカルダを思わず見上げてしまう。

「なんだ……?」
「いえ……お兄様はお母様の事、嫌いではありませんでしたか?」
「っ、嫌いではない。それに……お前が生まれる前から少し勉強を見てもらっていた……」
「そうでしたか……知りませんでした」

エーフェもカルダを嫌ってはいなかったようだ。思い返してみると、確かに頼るならばカルダにしろと言われた記憶もある。

カトラは覚えていないが、カルダはまだ赤ん坊だったカトラの世話をしたこともあった。

話が続かなくなったところで、料理長が嬉しそうに口を挟んだ。ミンサーの観察を終えたようだ。

「手伝わせてください!」
「あ、うん……お願いします」

カトラは一瞬躊躇したが、向けられた真っ直ぐな視線を受けて頷いた。昔からこの料理長が料理に対する強い思いを持っていることはベイスに聞いて知っている。毒を入れたりするような、料理を冒涜する人ではないので信用できた。

彼はカトラの食事に兄姉達が毒を盛っていることを長い間知らずにいた。毒が混入するのは料理長の手から離れてからだったのだ。彼はそんな事を知る由もなく、当時は食事に手を付けなかったり、要らないと言うカトラを嫌っていたらしい。

毒入りの料理は、他の者に知られないよう、触らないようにベイスが処理していたので、それも気に入らなかったのだろう。

先ほどベイスに料理長がこの事を知った時の騒動を聞いた。

カトラを誤解していたこと、この家の食事を任されておきながら満足に安心してカトラが食べることができなくなっていたと知り、お詫びしますと言って腕を切り落とそうとしたという。

見た目に違わず、真面目で男らしい人物だった。そんな彼は今、大変機嫌が良いらしい。

「カルダ坊ちゃんは、エーフェ様が初恋ですもんね」
「なっ、ちょっ!」
「初恋……」

衝撃的な発言に固まるカトラに、こっちも手伝いますとか言っている料理長。それが上手く頭に入ってこない。

野菜を切り終わっていたカトラは、パン粉を作ろうと硬いパンをすりおろしていたので、それを料理長は奪うようにして楽しそうにすりおろしはじめていた。

カルダへ目を向けると明らかに動揺しており、少し顔も赤かった。ミンサーを回す手が、ものすごく速い。

「初恋?」
「っ……そ、そうだよ……あの人は憧れだったんだ……っ」

目が合わなかった。それがとってもおかしく思えた。

「ふふっ」
「っ……笑うなよ」
「すみませんっ……でも、なんだか嬉しいです」
「ふんっ」

今までの気難しい表情ではない。これが本来のカルダの素顔だと思える。そんな自然な表情を見られたのがとても嬉しかった。

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読んでくださりありがとうございます◎

次回、24日です。
よろしくお願いします◎
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