転生令嬢は平穏な人生を夢みる『理不尽』の破壊者です。

紫南

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第一幕 第一章 家にいる気はありません

035 間違いなく縄だけど……

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2018. 11. 18

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ベイスと応接室へ戻ってきたカトラは、意外に思っていた。

父カルフと兄カルダは、穏やかとはいえないものの、思いの外ターザと話が弾んでいたらしい。

もちろん、ターザに変化はないので、心境の変化があったのは父兄達だろう。戻ってきたカトラにターザが変わらぬ様子で笑みを向ける。

「お帰り、聞きたいことは聞けたみたいだね」
「うん。意外と時間経ってた。待たせてごめんね」
「いいよ。むしろ、今から帰ったら夕食作るのにも良い時間じゃない?」

外から入ってくる光の色が変わりはじめた頃だ。 時間的には問題ない。

「だね。師匠、仕事終わったかな」
「ナワちゃんいるし、追い込みかけてる所じゃないかな」

ナワちゃんならば、宥めすかし、おだてて褒めて、きっちり夕食ができる頃までに出来るように計算してくれるはずだ。

空気が読めるだけでなく、段取りも上手い不思議生物だった。

そんな話を聞いて、カルフが少し嬉しそうに尋ねる。

「ナワちゃんというのは、カトラの友達かい?」
「え……あ~……」

知られていないことにそこで気付いた。

「ナワちゃんは、古代の遺物と縄を掛け合わせて生まれた私の相棒なの。ちゃんと言葉も理解するし、すごく頼りになる」
「……頼りになる……ナワ?」
「れっきとした縄で、盗賊とかを拘束するのに便利なの」
「ナワって、本当に縄?」

混乱しているらしい。

「間違いなく縄だけど……」

こればっかりは見てもらわないと無理だ。城で見ているはずなのだが、カルフは認識していなかったのだろう。

「言われてみれば城で……縄だとは思わなかったが……」

カルダは記憶の端にあったそれを、眉間に皺をキツく寄せて思い出していた。

だが、やはりソレと認識して見ないと理解できない不思議生物だ。説明は難しいかと諦める。そこで、ターザがまた唐突に提案する。

「なら、今度連れて来ればいいよ」
「そうだね……なら今度……」
「っ!?」
「っ、今度……っ」
「えっと?」

カルフとカルダの目が輝いた。それは滲んだ涙のせいだろうか。カルフはそうだなと思う。続いた少し自信なさげな言葉が何よりの証拠だ。

「また来てくれるんだね……?」
「あ……はい……いいなら……」
「良いに決まっているだろうっ。本当に、本当にっ……あの時、すまなかったっ。ちゃんと帰ってきてくれ。辛い思い出ばかりかもしれないけどっ……少しでいいから、顔を見せて欲しい……っ」
「っ……うん……」

驚いた。それが心から言葉であると分かったからではない。気付いたのだ。その時、そっと許して良いんだと隣から握られたターザの手の温かさを感じた。信じて受け入れて良いんだと思えて、スッと心が楽になる。

知らない内に力の入っていた体と警戒していた心に気付き、唐突に理解した。

自分はもう彼を、父をとっくに許していた。会いたいとずっと思っていた。それはきっと家族だからだ。

ずっとずっと昔、前世では打たれても何をされても、それでも見て欲しいと願ってしまっていた幼い心。恨めば良いのに、それが出来ないそんな心を知っている。

自分が悪いのだと思うことで、相手の行動を許した。それは多分、家族だったから。親だったからだ。切り離せない、入れ替えることのできない血という確かな繋がりに縋ってしまう。

家族の情を本能で信じていたから。

「っ……ぅ……っ」
「カ、カトラ!? す、すまないっ、図々しいよね……っ」
「っ、ちが……っ」

理解できないと思っていたそれを、カトラはずっと前から理解していた。

求めていた。本当に信じられる、向き合える家族を。だから今、間違いなく彼は家族なのだと感じた時、嬉しかったのだ。

「大丈夫だよ」
「っ……!」

ターザがそっと、その肩口にカトラの頭を寄せた。よしよしと撫でられる。落ち着けと握られたままの手が伝えてきた。

「良かったね。ここは、君の帰ることが出来る家だよ。家族の待つ場所だ」
「っ、うん……っ」

またここで思い知る。ターザの優しさ。どこまでも甘く、庇護されて良いのだと思える絶対的な安心感をくれる。

彼は自分をどうしたいのだろう。与えられるばかりで返すことを知らない自分に、何を求めているのだろう。

そんな疑問も、落ち着いていく心と共に溶けて消えていった。

◆◆◆◆◆

落ち着いたカトラをターザが放す。ターザは至っていつも通りだ。

「そうだ。せっかくだからハンバーグをおすそ分けしたらどうかな? ついでにここでタネだけ作って持っていこうか。食べたいでしょ?」
「はんっ……知らないものだけど食べ物なのかい? カトラが作るの?」
「う、うん……食べる……?」
「食べる!」

カルフは食い付き気味に身を乗り出し、カルダは真っ直ぐこちらを見つめて頷いていた。

「どういう料理か気になるでしょう? お兄さんと一緒に行っておいで」
「え……兄様と……?」
「っ……お兄さん……っ」

カルダもここで指名されて驚きながらも、ターザに『お兄さん』と呼ばれて複雑そうな顔をしている。だが、ターザは変わらず笑顔だ。

「俺が行くまでお兄さんと作ってて。ちょっとお父さんとそっちの家令の彼と話があるんだ。メイドさんのことで」
「お父さんっ……お父さんか……」

今度はカルフだ。しかし、そんな様子よりも嫌な予感がしていた。

「メイド? う、うん。わかった。兄様……どうですか?」
「ああ……行こうか」

ターザは、今は説明しないという顔をしているので、なぜメイドなのかと聞くことはできない。

だが、いずれは話してくれるはずだ。今は従っておくことにした。

**********
読んでくださりありがとうございます◎

次回、21日です。
よろしくお願いします◎
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