上 下
32 / 118
第一幕 第一章 家にいる気はありません

032 その顔可愛いからやめて

しおりを挟む
2018. 11. 9

**********

母であるエーフェからは、祖父母はエーフェが幼い頃に亡くなったのだと聞いていた。しかし、カトラは魔力の波動から肉親や血縁を知ることができる。

最近は戦闘中であっても自然と読み取ってしまうくらい何の抵抗もなくこれを理解してしまうが、屋敷に居た頃はそこまでではなかった。

ベイスの魔力波動を読んでしまったのは、本当にたまたま。それも、いつものごとく兄姉達に盛られた毒のせいで弱っていた時だった。

今までと違う毒のせいで、薬を新たに調合するしかなく、気分が悪いのと時折飛びそうになる意識を必死で繋ぎ止めて作業をしていた。

その時、ベイスが心配して見に来てくれたのだ。

「お嬢様……っ、薬師様を呼びましょうっ」
「いい。もう少しだから……っ?」

ふっと懐かしい感じがした。近付いてきたベイスの波動が心地よいと感じたのだ。気持ちが弱っていたからかもしれないとその時はこの感覚を受け入れた。

「……?」

たまたま、絶不調であったことで読み取れてしまったのだ。最初はエーフェによく似た波動だなとあれと思っただけだった。頭も上手く回せないほど、結構ギリギリだったのだ。

再認識したのは、明けて次の日。

「親子……?」

エーフェにとても近い血縁だった。間違いなく親子ほどに。だが、生前のエーフェもベイスもそんな素振りを一度も見せなかった。

ならば、口にするべきではないだろう。親子の情というのが理解できないカトラには、ベイスとエーフェにも事情があるのだろうと思っただけだった。

エーフェが信頼していたのもわかっている。それで充分だ。それほど剣呑な仲ではないとしても、ベイスのためにも、現状を維持するのが最善だと思ったのだ。

◆◆◆◆◆

屋敷の応接室に通されたカトラは、目の前に座る父兄、カルフとカルダが、入り口付近に立つベイスを見つめ続けるという状況に困惑していた。

明らかに追及しようとする姿勢だ。ベイスも珍しく対応に戸惑っている。

ここで口を出したのはターザだ。

「彼がカーラの血縁だと何か君達に関係あるの?」

彼はブレない。

「い、いや……だが……そんな事、一言も……」
「それって、必要な情報? 寧ろ、家令としては正し過ぎる判断だ。彼は優秀だね……あ、体術もそれなりにできそうだし、ねえ、ここの家令をやめて俺とカーラのところに来ない?」
「お前、何を言ってる!」

カルダが思わず立ち上がって抗議する。

ターザは誰が相手でも、どこであろうともマイペースだ。敵など存在しない。これには慣れたカトラだ。

「私達のところって、どこのこと?」

カトラもターザも固定の住居など持っていない。辛うじて留まっていると言えるのは、エルケートの冒険者ギルドだろうか。だが、それでは家令であるベイスを引き抜く必要性がわからない。

ギルド職員にでもしてダルの秘書にするのだろうか。そう考えるとこれ以上ない名案のように思えてしまった。あの人の補佐は必要だ。切実に。

「師匠の補佐、やってくれ……る?」
「っ……」

カトラは思わずベイスに懇願してしまった。目が合ったベイスは、一瞬呼吸を止める。これに気付いたターザがため息をついた。

「カーラ……その顔可愛いからやめて」
「ん?」
「うん。分かった。君、このままエルケートに行こう。契約書はすぐに用意するよ。もちろん、この家よりも待遇は良くしようじゃないか。そうだね……年俸で白金貨二百枚でどうだい?」
「にひゃッ……っ」
「「っ!?」」

カルダとベイスは声が出なかったようだが、カルフからは可愛い鳴き声みたいな声が出ていた。日本円で二千万。いくら伯爵家であっても驚くべき金額だ。

しかし、カトラもかなり冒険者として稼いでいる。その辺の金銭感覚は既に麻痺していた。Aランク冒険者は高給取りだ。一回の依頼や討伐で白金貨十枚ということも少なくないのだから。

「妥当かも」
「でしょ? それで、将来俺達で家を持ったらそこに住んでもらえばいいし。なんならひ孫を抱かせてあげられるよ?」
「え、いえ……っ……ひ、孫……っ」

ひ孫発言にベイスが予想以上に動揺しているが、カトラはターザの冗談だとしてキレイに聞き流しておく。

「ちょっと待て! さっきからお前は一体何を言ってるんだ!」

カルダは見た目通り、少々短気なようだ。というか、カトラは常に不機嫌顔しか見ていない。実際は不機嫌顔が標準装備なだけで、決して普段から短気な青年ではないのだが、現在ターザ相手には余裕がなかった。

「何って、カーラのためになる相談だよ。未来設計は更新しながら常に考えておかないと。伯爵家の跡取りなら、そういうの日常的に考えられる柔軟な頭にしておくべきじゃない?」
「っ……」

いくら怒ってもターザにとってはじゃれついたネコ並みの感情しか抱かない。勝敗は初めから決していた。相手が悪すぎる。

ターザに冷静に諭されてしまえば、相手は自分が子どもっぽい癇癪を起こしているように錯覚してしまうのだ。

「あ、そうだ。これ言おうと思って来たんだった。娘さんは貰っていくからそのつもりで」
「……え……」

唐突にターザはカルフに向かって告げた。これに彼らは完全に目が点になった。

「……それ、言うって言ってたセリフと違わない?」
「だってこの状況で『お嬢さんを俺にください』って違くない? よく考えたら、カーラはもうこの家と縁切ってたし……」
「切れてない!」

ターザの言葉に被せるように、カルダは大きな声でこれを否定したのだ。

**********
読んでくださりありがとうございます◎

次回、12日です。
よろしくお願いします◎
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

処理中です...