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第一幕 第一章 家にいる気はありません

028 手グセ悪くなったんじゃない?

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2018. 10. 28

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ターザは、西門を視認してすぐに、術を発動させる。

左頬にある刺青の一部がズルリと剥がれ、蝶となってふわりと離れるのを抱きかかえられたままのカトラは見つめる。

「【行け】」

ヒラヒラと黒い蝶が上空へ飛び立っていくのを見送ってから、カトラはターザへ告げた。

「下ろして」
「……仕方ないね」

見るからに残念そうに地面に下される。

門の方へ一度目を向け、再びターザの方へ目を戻すと、彼の緑の瞳が光っていた。

そして、右手を薙ぐように振ると、そこにエルケートの町の地図が立体映像となって現れる。更にそこに、複数の色の付いた点が表示された。

「この赤いのがそう?」
「赤は確定。青が不確定。緑がダル師匠」

色のついた点が、西門に向かって集まってくるように動いていた。

「あ、今赤くなった」
「ナワちゃんが確定してくれてるみたいだから」
《ー耳飾りを確認していますー》

影の身に着けている耳飾りは、特殊な魔力を内包したもの。丸い真珠のような小さなもので、見た目は何の変哲も無いピアス。しかし、魔術に長けた者が集中して感じとれば、その特殊な魔力を感知できる。

着けている者がそれに内包された魔力を使う時、ピアスには紋様が浮かび上がるらしい。このピアスは聖王国に縁のある者、神官達も着けている。

「神官でもなんでも、関係者は全部捕まえればいいよね」
「この動きを見れば、一目瞭然だと思うけど……」

今回のことに無関係な神官でもターザには関係ないらしい。彼は普段から力業で解決する事が多い。

だが、幸いなことに影達には撤退指示が出ているのだろう。町を出ようとする動きが良くわかった。これならば、神官達は捕まらなくて済む。

「そろそろ来るね。どうする? 左右で分けようか。俺は左」

ターザは迷わず人数が多い方を選んだ。これは怪我人が量産されるだろう。もちろん、カトラも無傷で捕らえようとは思っていないのだが、自分の事は見えないくらい高い棚に上げておく。

怪我人が出るとわかっていても、カトラは余計な事は口にしない。多少、ターザの八つ当たり的なものになるが、敵に回ってしまった時点で彼らの運は尽きたものと考えている。

簡単に言うと、自業自得だから仕方ないよねということだ。

「わかった。右側行く。ナワちゃん、捕縛はお願い」
《ーOKー》

分身したナワちゃんが西門の左側に向かって駆け出していくターザについて行く。

「こっちも行くよ」
《ーお任せくださいー》

撤退しようとしている影達は、素直に門を通ったりはしないようだ。高い外壁を越えようとしている。隠密能力の高い彼らにとって、王都のような警備体制でもなければ壁越えは苦ではないのだろう。

動きからそれは予想できたので、カトラとターザは分かれてこれに当たると決めた。

今まさに壁の向こう側から黒い影が躍り出るのが見えた。壁のこちら側へと来たところでカトラは影に向かって風の魔術を放つ。

風の大玉が影を壁に押し付けると、グッと圧迫し、意識が薄れたところで爆ぜるように散らす。

落ちたところをナワちゃんが捕縛していくのだ。

《ーお見事ですー》
《ー両足が使い物になりませんー》

意識が薄れることで受け身も取れず、彼らは真っ直ぐ地面に落ちて足の骨を折っていた。呻き、意識を覚醒させる瞬間、ナワちゃんは予め用意していたカトラ特製の昏睡薬を自身に染み込ませ、それを嗅がせることで完全に意識を奪う。

《ー昏睡させましたー》
「ナワちゃん天才……痕が残らなくていいね」

意識を奪うのに、ナワちゃんが締め上げたのでは、見えるところに痕を残しかねない。けれど、薬で意識を奪ってしまえば、それほどキツく縛る必要はなくなる。

足を折るのは、逃走するのを防ぐためだ。

《ー薬を量産されていましたでしょうー》
「したね……作り過ぎたやつ……良く覚えてたね」

弱体化の腕輪を付けられたことで、あまり動けないことを想定し、ナワちゃんにいつでもこの薬を使えるようにと腰の薬カバンに用意していたのだ。

眠り薬よりも即効性がある上、持続時間が長いという理由で昏睡薬などという物騒な物を量産したのだが、腕輪は外されたので大量に作ったこの薬の使いどころを失っていたのだ。

「なんか鞄が軽くなってると思ったんだ……ナワちゃん、手グセ悪くなったんじゃない?」
《ースリ能力ですねー》
《ー密かに磨きましたー》
《ープロからもスリ返せますー》
「そう……頼もしいね……」

磨いちゃいけない技術のような気がするが、こうして役に立っているので良しとしておくことにする。

ターザと分かれて時間にして十分、全ての影が捕らえられてギルド前に転がされていた。

「結構いたね……」
「これ、もう国内にいたの全員なんじゃない?」
「そうだったらいいんだけど……」

ダルが捕らえていた者も合わせてざっと二十人強。

全員、昏睡させている。それらを冷たく見下ろしていたターザが突然何かを感じたように顔を集まり始めた民衆の方へ向ける。

「ターザ?」

声をかけた瞬間、風のようにターザがその中へ突っ込んでいく。そして、三人の男女をこちらへ放り投げてきた。これにダルも驚き飛び退く。

「うお!? な、なんだ!? 残党か!?」

カトラが居る場所ではなく、正確にダルの足下に投げて寄こすのはさすがだ。

「うっ……」
「っ……」
「っ!?」

ターザは当て身を食らわせていたらしく、更には投げ飛ばされたために彼らは動けずにいる。

小さな呻き声を上げながら地面に這うのは、冒険者らしき男女と何の特徴のない町民の男の三人。その彼らを見てカトラは察した。

「あっ……」

そこに、ゆらりとターザが戻ってくる。

「カーラ、コイツらでしょ?」
「っ……」

間違いなく、静かに怒っていらっしゃるようだった。

**********
読んでくださりありがとうございます◎

次回、水曜31日です。
よろしくお願いします◎
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