転生令嬢は平穏な人生を夢みる『理不尽』の破壊者です。

紫南

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第一幕 第一章 家にいる気はありません

026 ターザがいると安心する

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2018. 10. 22

**********

翌日、カトラ達はヘステ山に向かっていた。

「ついてきてるね」

のんびりと歩いて移動をしているのだが、町を一つ越えた辺りから、誰かに見られているような視線を感じるようになった。

歩いているといっても、元Sランクを加えた三人の歩調は速い。

ここまで順調で、もう目の前に目的地であるヘステ山が迫っている。ダルも何だかんだ言って、久し振りに本気で体を動かせるとあり上機嫌だった。

そこへ来て、無粋な視線である。

「こういうの、鬱陶しいな」

物珍しく見られることや、道行く時に視線をもらうのはそれなりに慣れている。冒険者という人種自体が目を引くものだ。その上にAやSランクはその雰囲気でさえ注目を集める。

しかし、今の視線は、完全にこちらの様子を窺うような、監視するようなもの。そんな視線には悪意と同様に敏感になる。

いつもならば、感じた時点でこういった者を排除するターザも、カトラが待っていた者と知って殺気立ちながらも手を出すのを控えていた。とはいえ、鬱陶しいものは鬱陶しい。

「……消す?」
「待って……丁度良いし、山まで連れて行こう」
「ああ、戦ってるとこ見せや、あっちも引くかもしれんな」
「うん……」

こちらとしても、ただ観察させるつもりはない。それをすると、ターザの機嫌が悪くなる。それこそ、町ですれ違う人々の視線さえ、カトラに向く場合、不機嫌になるのだから。

ずっと、見させておく気はなく、容易に手を出そうと思わせないことが必要だ。それで、警戒心を向けさせれば、カトラと縁のある双子達に手を出すことも控えるだろう。

「なら、早く行こう」
「そう急がんでも……」
「カーラをただで見させておくなんて許せるわけないでしょ」
「どんなお高い女だよ……」
「……」

見せるのも嫌とか、考えているとは思っていたが、いざ聞くと微妙な気分だ。

「ほれ、カーラが遠い目してるぞ」
「あれをどうするか考えてるだけだよ」
「……」

確かに考えている。ターザの言うことに一々反応していられない。いつもこうなのだから。

そこでふいに思いついた。

「……師匠、先に帰る?」
「おいっ、なんでそうなる! ここまで来てお預けはねぇだろ!?」

もう山の麓まで来ている。山頂近くにある牧草地のような場所。そこに点々と魔獣の影が見えた。マイルーモだ。

わかりやすく言えば、巨大な牛。毛色はなぜか濃い緑。毒々しい。見るからに体に悪そうだが、これが最高級の牛肉になる。実際、美味しいから問題はない。

ただしこの牛、闘牛並みに凶暴だ。突進なんて目じゃない。こいつらは何故かバカみたいに跳躍する。岩場を行く鹿のように、巨体にあるまじき動きをするので、動きの予想がし辛い。

更に凶悪な形の太いツノがあり、一部だが皮も硬いので、ランクは当然高くなる。

基本、共闘しない生き物なので、隣で戦っていても手を出さなければ呑気に草を食んでいてくれる。集団で生息していても必要な数だけ討伐できるので、そこは有り難い。

だが、そこはあくまで基本だ。生存本能なのか、同時に三頭以上を狩ろうとした場合、更に凶暴化し、周りが一気に飛びかかってくるらしい。やったことはないので、そういうことになると聞いただけだが、暗黙のルールとしてそれだけはやらないようにしている。

「俺だってたまには暴れたい! あいつらは丁度良い獲物じゃねぇかっ」

どれだけ日々の執務に苦手意識を持っているのか。ストレスは溜まっているらしい。

「でもダル師匠、この前、アントロード狩りで大暴れしたって聞いたけど?」
「ぐうっ……」
「暴れてるじゃん……」

ちゃんとストレス発散していたようだ。

「な、なんでここまで来てダメなんだよ……」

良い歳をした親父が、口を尖らせて不満気に言っても可愛くない。

「アレが来たってことは、多分準備出来たってことだと思う」

顔を向けることなく、小さな声で、カトラはダルへ告げた。話していると分からないように、歩みも止めない。

「エルケートに影が入り込んでる」

それでダルは不満顔を一瞬止める。そして、あちらに聞こえるように再び不満そうに口にした。

「分かった。なら、先に帰って、お前らが帰ってくるまでに仕事片しとく」
「そうして。じゃなきゃご飯あげない」
「っ!? それは嫌だ!! よっし、なら競争だからなっ」
「終わると良いね」
「それ、終わらねぇと思ってんだろっ。見てろよっ。きっちり終わらせて出迎えてやんぜ!」

ガキ大将の捨て台詞かと思わせる言葉を吐きながら、ダルが離れていく。その寸前、ナワちゃんの分身体がダルの腰に巻き付いて手(?)を振る。

半ばまで見送って、カトラとターザは山へ向かった。

「これで二人きりだね」

これが普通の女の子ならときめくのだろうか。

「……ナワちゃんいるけどね……」
《ーーー》

居た所で気にしないのは分かっているのだが、わざわざ口にしてしまうのは、自分も恥ずかしいと思っているのだろうか。

もっと気の利いた反応が出来ればいいのにと思わなくもない。ターザが特別に思ってくれているのは間違いないのだから、少しでも返せればと思うのだ。

だから、これは素直な意見だった。

「……けど、ターザがいると安心する」
「っ!?」

珍しく言葉が返って来ないことを不思議に思って隣を見上げれば、ターザは口元を押さえて空を見上げていた。

「どうかしたの?」

そのまま頭を振るターザに首を傾げながら、カトラは前へと視線を戻す。

《ー悶絶ー》

腰にあるナワちゃんが密かに答えを表示していた。

**********
読んでくださりありがとうございます◎

次回、木曜25日です。
よろしくお願いします◎
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