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第一幕 第一章 家にいる気はありません

018 今更何をしに来た

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2018. 9. 28

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ターザは師匠であるダルが近付いてくるのを馬車を停めて待った。さすがに、師匠である人を無視して進むほど礼儀知らずではない。

しかし、カトラのことを考えれば、一刻も早くという思いが顔に出ているので、迷惑だと表情が歪むのは止められないようだ。

「……ダル師匠、ギルドは良いのか?」

ダルの後ろに付き従う二人の男達の正体に薄々気付きながら、それらをあえて無視して尋ねた。これは挨拶のようなものだ。ダルがなぜこんなところまで来たのかという理由ぐらい予想が付いている。

「おう。お前にギルドが潰されかねんと思って、めっちゃ急いで出てきた」
「人のせいにしないで欲しいんだけど? 別に全部のギルドの連帯責任とかは考えててもしないし」
「考えてはいたんだな……それに、一つは確実に潰す計画だったって認めてねえ?」
「ちゃんとカーラに謝罪させてからと思ってたけど?」
「うん、お前ん中で確定してたのは、バッチリ理解した」

呆れた顔をされたが、一体何を今更な事を確認しているのかとターザは眉をひそめる。

ターザとしては、一人のギルド職員が誤解からの行動とはいえ、カトラを苦しめたのには変わりない。そんなギルド職員を管理できなかったその支部は潰れて然るべきだ。その場に居合わせ、一緒になってカトラを捕らえようとした冒険者達のことも調べは付いている。そいつらごと消して何が悪いのか。

しっかりカトラに謝罪させた後、カトラ立会いの下でギルドを潰すつもりだ。ちゃんと潰したよと見せてあげたいというのが本心だった。

「カーラを苦しめたんだもの。生きてる価値ないでしょ?」
「マジで言ってんのも分かってるし、本心なのも理解してる。だが、ここはカーラにもちゃんと許可取るべきだと思うぞ? お前、これでカーラが誰かに恨まれたらどうすんだよ」
「そいつも消すに決まってるじゃない。何当たり前の事聞いてるの?」
「あ~……そうだった……こういう奴だった……マジ困るわぁ……」

カトラに恨みの感情を向けるなんて許せるはずがない。否、どんな感情だって向けて欲しくない。そんなもの、カトラのためにならない。

「カーラは俺から向けられる感情だけ知ってれば良いと思わない?」
「いや、思わねぇけど……むしろそっちの方がヤベェだろ。お前も大概だな……」
「何が?」

意味がわからない。

「それより、もう行っていい? カーラの腕輪、早く外してあげたいんだ。ただでさえ弱ってるんだから、時間を無駄にしたくないんだけど」

一分、一秒でも早くカトラの苦しみを消してあげたいのだから。

「ん? カーラが弱っている? 何があった?」

さすがはダルだ。カトラが『弱体化の腕輪』ごときで動けなくなるとは思わない。更には、元Sランク冒険者である。力だけではなく、その場その場での状況判断能力は高い。

「……後ろにいる人らが関係してるか? あの制服は近衛だろ……ん? 第一王子じゃないか?」

馬車を引いていながらも、明らかに足手まといになりそうなほど弱っている様子の王子を乗せることなく、そのままにしているのが気になったのだろう。

どれだけカトラが大事だと言っても、仮にもターザは現役のSランクだ。ターザが王子の正体を見破れないということもあり得ない。

ターザ自身が王家の血を引いている。やろうと思えば、それなりの対応も可能だ。そもそも、Sランクとして認められる条件の一つが、公の場での王侯貴族に対して正しく礼儀作法を理解し対応できることというものである。

王子に敬意を示さず、付いてくるならば好きにしろというような態度はいくらターザでも本来しないはずなのだ。

「それも、あの斬り口……お前がやったんだよな?」
「そうだけど?」

意識を手放しているらしい騎士一人と魔術師一人。その傷口からダルは僅かにターザの魔力を感じたのだ。

「そいつら、カーラに助けてもらったのに、礼をするどころか、魔力封じの腕輪をはめたんだ。殺さないだけ優しいだろ?」
「なるほど。そりゃぁ仕方ねぇな」
「……」

これを聞いていた者達は絶句しているが、そうだろうとターザは鼻を鳴らしているし、ダルは納得だと頷いていた。

ターザを異常だと思っていようとも、カトラを想う気持ちはダルも強いのだ。

相手が自国の王子だろうと、恩知らず共に払う敬意など持ち合わせてはいない。元々ダルもSランク冒険者だ。冒険者とは、本来国に所属するものではない。

活動拠点としている国の王が相手であっても、敬意を払う必要がないと判断したならば、一国相手に喧嘩を売ることになろうとも切り捨てることを厭わない。

国もそれが分かっているので、逆にSランク冒険者には敬意を示してみせる。いざという時、自国を守る力になる人物なのだ。敵対して良い事はない。

「あ、あの……それでカーラ……カトラは無事なのですか?」

ここでダルに付いてきていた壮年の男が尋ねてきた。共にいた息子らしい青年は、一人王子の元へと近付いていく。その表情から、事情を聞くらしいと分かる。それを一度チラリと見てから、不機嫌に顔をしかめて男に向き合った。

男が『カトラ』と言い直したのを聞いて苛立っていた。ターザが彼のことを知らないはずがないのだ。

大切なカトラを傷付けた、彼女の今生での父親。はっきりいって、前世の親のように一度でもカトラに手を上げたなら殺してやろうと思っていた相手だ。

「お前に関係あるのか? 彼女を捨てた奴が、今更何をしに来た」
「っ……それは……っ」

どの面下げて来やがったと言って殴り飛ばしてやりたいのをグッと堪える。そんなことをすれば、未だにこの父親を見捨てられずにいるカトラを悲しませることになるだろう。

もうこれ以上は、話すこともない。そう判断したターザは馬車を出発させた。

「行くのか? まぁ、先に問題の腕輪を外さんとな。俺も行く」
「勝手にどうぞ」

ダルは男を促し、馬を馬車に並べる。

「なぁ、後ろのイモムシ共は盗賊っぽいが、中に宮廷付きっぽい魔術師がいんのはなんでだ? 間者か?」
「みたいだな」
「一番後ろの黒い奴は消される可能性があるのか? いやに守りが固いようだが、何者だ?」

最後尾の黒いフードを被った人物には、ナワちゃんだけでなく、ターザも結界を張って守っている。

それは、自害を許さず、外からの攻撃を完璧に弾くというものだ。軽く弾くどころか、しっかり相手に撃ち返すという反則級の術だった。

「聖王国の影」
「っ!? 捕まえたのか!?」
「ナワちゃんがね。その時に覗いてた奴がいたから、そいつにも反撃しといた。言っとくけど、これでカーラにあの国が目を付けてたら、遠慮なく潰すから。そろそろ目障りだし」
「いやいや、それ本気だろ。マジな本音だろ。いくらなんでもあそこはダメだろっ」

ダルが慌てる意味がわからない。その後ろで男も目を見開き、顔を青ざめさせている。

貴族ならば、聖王国との関係が重要だと考えている。敵に回せば神聖魔術を受けられなくなるのだから。

だが、ターザとしては神聖魔術にそんな価値はないと思っている。

「なんで? あの国の存在意義なんて、治癒魔術を魔術師に教えれば消えるでしょ? 人攫い共を駆逐すれば、各国にそれなりの数の適正を持った使い手が確認できるようになるだろうし」
「……それマジ?」
「そっ、そんな……っ」

ダルと男の驚愕する声と気配が後ろへと遠ざかっていくのを知りながらも、ターザが振り返ることはなかった。

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読んでくださりありがとうございます◎

次回、1日0時です。
よろしくお願いします◎
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