16 / 118
第一幕 第一章 家にいる気はありません
016 愛とか……分からない
しおりを挟む
2018. 9. 22
**********
腕の中で弱り切った様子で眠るカーラを見て、ターザは昔のことを思い出していた。
こうして触れられることが嬉しい。けれど、見たいと思った時にその姿を確認できない今がもどかしくもある。
それは、きっと昔も思っていた。その時は、手が届かないことに、見守ることしかできないことにもどかしさを感じていた。
そう思うと、昔も今も変わらない。
彼女に出会う前までは何も求めず、与えられた役目だけを淡々とこなすことに何の疑問も抱かなかった。それなのに、随分と欲張りになったものだ。
そう、彼女はずっと見守ってきた大事な、大事な女の子……
最初に彼女と出会ったのは、この世界とは違う世界。魔法も剣も必要ない。人族が大半を統べる世界。
その世界は、特別な場所だった。
「まただわ。まったく、どうして死を選ぶのかしらっ」
「思い通りにいかないからって諦める!? 私のせいってどういうことよ! もうあんな子知らないわ」
「あ~、これであの子、一生分の運を使ったわ~。もう知~らないっと」
「人一人殺してんのに、自殺する勇気はないとか……マジクソだな。なぁ、担当変わってくれん?」
「いやよ! もうすぐ目標ポイントなんだから、人殺しなんて担当したらマイナスじゃない!」
この世界。それも、たった一つの小さな島国が、彼らの仕事場だった。
『八百万の神がいる国』
それは正しく、そのせいか、目まぐるしく発展し、変化し続ける国だった。
「ねぇ、あんたまだ異動しないの? めちゃくちゃポイント貯めてんじゃん。こんなちっさい所に留まってないで、他の世界で主神とか出来んじゃないの?」
「別に、行きたい世界もないし、興味もない」
これまで、多くの人の一生を見守ってきた。平穏無事に、担当となった者達が一生を終えられることが評価に直結する。
他人を害さず、時に人を助けること。
結婚し他者と心を通じ合い、子孫を残すこと。
親を看取り、人を厭わず育てること。
努力を忘れず、自身を高めていくこと。
誰かを頼らず、常に選択すること。
生を諦めず、死を遠ざけること。
これらが代表的な評価例だが、それらを出来る人物であったかどうかが自分達の評価ポイントとなる。
そのポイントの累計によって、神達はこことは違う世界への異動を決めたり、格を上げることができた。
いわば、この国は神達の研修の場なのだ。生まれ出でて初めて訪れ、仕事を覚える場所。また、他の世界からやり直して来いと放り込まれる者もいる。
ほとんどの者がポイントが貯まれば違う世界へと異動していくのに対し、そんなことに興味もなく、ただなんとなくポイントを貯め続けていた。
変わり者だと言われるのにも慣れ、古い馴染みもどんどんいなくなる。それにさえ興味を持てず、ただただ、与えられる担当の人々を見守り続けて過ごしていた。
自分自身も、このままポイントを貯め続けてどうするんだろうと何となく考えていた時だった。
「そんなにポイント貯めてどうすんのさぁ。あ、もしかしてあれか? 転生権が欲しいとか?」
「転生権?」
なんだそれはと思った。
「あ、新しいカタログ見てねぇんだろ。お前みたいにちょい多めにポイント貯めてる奴らが増えてきたからって、すっげぇ高ポイントの賞品が出てきたんだよ」
特に上から何を言われるわけではないが、ただポイントを貯め続ける様子を見て苛立っているのは感じていた。全てのポイントと引き換える必要はなく、ほんの何ポイントかで交換できるものもあるのだ。
捨てるほどポイントがあるのなら『格ぐらい上げろよ』とか『異世界観光に行ってこればいいのに』とか『現世で遊んで来たら?』とか色々言いたそうなのは知っていた。
「他にもポイントが今までと変わってたりするんだぜ。中でも、今までも高ポイントだった『見初めた相手を神にして添い遂げる権利』がちょい上がったのは、俺的にはショック……いつか運命の出逢いをして結婚! とか憧れる~。『俺だけの最愛の人』とか良くねぇ!?」
今までカタログを見ようともしなかったので、そんなものもあるのかと顔をしかめる。
結婚とか実感ないし、羨ましいと思ったこともないので彼の気持ちは全く分からなかった。それよりも『転生権』の話だ。
「そうそう。一番の高ポイントの賞品がなんとっ『異世界に人として転生する権利(力も神格に比例し、自身の神格より下の神の干渉は受けない)』だってよ! 俺もこんな『見守り隊』仕事じゃなくて、人として現世で人生を謳歌してみてぇなぁ……けど、なるべくなら上から干渉受けねぇように格は上げられるだけ上げときたい。そうなると……一体、何年ここで下積みすりゃぁいいんだ?」
ブツブツと、無理だ無理だと呟きながら彼は喋るだけ喋って去って行った。
「現世ね……」
あんなせせこましく、感情に振り回されて生きる生き物の何が良いのだろう。
「愛とか……分からないな」
だが、このままではいけないように思うのも確かだった。
「これでは、全く評価の付かないつまらない人生だな……」
それならば一度ぐらい、いくつか格を上げてみるのも良いかもしれない。どのみち、使い切れないほどのポイントがあるのだから、多少は捨てる感覚で構わないだろう。
格が上がれば、割振れる運……奇跡と呼べるような助けも多く与えられるようになる。せめて幸福な人生だったという顔で最期を迎えられるようにしてやろう。
ただ、この時は知らなかった。格が上がるということは、それだけ困難に立ち向かう者へと当たるようになるということなのだと。
そうして、いくつかの人の人生を見送り、痛みや悔しさを知ることになった。
「……なんとかなったか……」
運を最大限に利用するため、早い段階から小出しにはしない。一人の人に与えられる力は決まっている。だから、なるべく一生を終えられるように、人生の後半へと割り振るように考えていた。
寿命が百歳近くまで延びた現代の現世では、不治の病とまでは言わないが、未知の病や難しい病に侵されることが多い。医療が進歩しても、手術や治療は人がするのだ。いつでも確実ではない。
特に、格の高い自分に割り振られる者は、そんな最後の試練で、危ない部分が多く見られた。ここに力を残しておかないと、人生を全うできないのだ。
ただ、そんな苦労する星の下に生まれた彼らは我慢強く、努力家で、不可能を可能にする強い力を自身で持っていた。魂の質は否応無く向上し、次の人生は何不自由のない幸福な人生を送れるだろうという者達だ。お陰でまたポイントは貯まる一方だ。
だから、この子も今は我慢して人生の後半に。そして、来世は幸福になるだろうとなんとなく考えていた。しかし、彼女は今まで見た中で最悪の人生を送ることとなる。
「……なんなんだこの親は……っ、誰が担当だ……」
格が上がった分、一つの世界を管理出来るようになれと、今までよりも多くの人々を同時に見守ることになる。だから、たった一人に手をかけてはいられない。
見守れる時間も、与えられる力も平等に。それがルールだ。それでも自分は誰よりも上手くやっていた。惰性的ではあったが、最下位のままで多くのポイントを貯めた実績はそのまま実力だ。
他の神達が、ポイントを貯めたらすぐに格上げするのに対し、いわば基礎を飽きるほど積み上げて磨き上げてきたのだ。同じ格の神よりも遥かに上手く丁寧に管理できた。
だが、だからこそ、この子の運命はおかしいと思った。すぐに上へと、最高神へと確認した。こんなこと、初めてのことだ。上にクレームなんて、バカのやることだと今まで思っていたのだから。
「どういうことです? あの子は異常です。魂の質は今まで見た誰よりも高い。本来ならば神になっていても不思議ではない。それなのに、彼女の周りは……悪意に満ちている」
「……気付いてしまったか……あの子は前世で堕神を討ち倒した。その功績は計り知れん。徳も高く、その時点で神になることが決まっていたのだが……闘いの折、魂に傷を負ったらしい……彼女の積み上げた徳……魂の力は少しずつ流れ出し、彼女のために発揮されるよりも先に周りに力を与えているのだ……」
「っ……」
徳の高い者、魂の質が高い者は、神から与えられる力を何倍にも増幅して得ることができる。それ以前に、自身の持つ力が周りを上手く回し、幸運に守られる。
例えば、歩いている者に自転車にぶつかるのを回避させるよう働きかけるとする。結果はかすり傷で終わるというくらいの力。ほんの少しだけ歩みを遅らせることでタイミングをずらそうと力を与えた場合。
増幅されることによって、接触する少し前に誰がに呼び止められたり、手前で信号待ちになる。結果、かすり傷どころか自転車とすれ違う事すら回避できてしまうのだ。
それは、平穏無事な人生を約束されるということに他ならず、本来彼女は全くといって良いほど神の手助けを必要としない幸運に満ちた人生を送れるはずだ。
しかし、そんな本来彼女が享受するはずの力は、ハイエナのように集まった周りの者達が搾取してしまっていた。
「私にもあの子は救えない……もしかしたら君ならばと思ったのだが……」
今自身が受け持っている者達の何倍もの人数を管理する最高神では、彼女一人に割ける時間は今よりもっと短くなってしまう。
何よりも問題なのは、与えた力を打ち消し、更にマイナスにしてしまうほど、彼女の周りは彼女が受けるべき力を吸収してしまうのだ。どれだけ手をかけた所で無駄に終わる。
それでも生きて前を向いているのは、彼女の努力の賜物だ。ただ、半分は現状を嘆いていないからかもしれない。どれほど醜悪な環境にいるのか理解していない。ずっとそうだったからだ。そう。彼女はあろうことか、これが普通の『平凡な人生』だと思っているのだ。
こうして我慢して見守っているのは、彼女が自身の人生が『最悪』なものだと気付かないようにしたいから。
それでも少しでも報いてやりたい。たった一人の幸せを願ってしまう。そうして、出した結論は、恐らく最高神が自分を彼女の担当にした狙いの一つだった。
「……ポイントを使います。彼女に割ける時間と力をください」
「……ありがとう……」
掃いて捨てるほどあるポイントは、そうして何度か同じように使ったとしても微々たる量しか減らなかった。
それでも、どれだけ増やしても意味はなかった。
「どうしてっ!!」
ようやく悪意しか向けない両親から引き離せたと思った。しかし、次は複数の同級生からの酷いいじめ。二人から一気に数十人へと転化してしまった。
それでも挫けず、高校を卒業するまで一人として理解者を得られなくても、彼女は生き抜いてみせた。
けれど、どれほど成績が良くても、生徒どころか教師にまで悪感情を持たれていた彼女は内申点でマイナス評価。その上、引き離した両親が犯罪者になっており、それが知られて更に就職口は減った。
「なんでだよ!!」
周りは彼女の力によって運に恵まれ続け、代わりのように彼女へと間接的に悪意として返ってくる。
どうしてだと叫ばずにはいられなかった。
生活するための資金をと、なんとか就いたアルバイト先。そこでも、悪意ある客に絡まれ、仕事仲間からはどれだけ仕事が出来ても信用されない。
責任を取るために押し付けられる仕事量は増え、サービス残業がそれに続いていく。何年頑張っても状況は変わらず、そうして、何百回目かの客の難癖によって、仕事を辞めさせられてしまった。
「っ……!」
許せなかった。彼女は下を向かなかったけれど、彼女の周りは黒く塗りつぶされていく。清廉で、美しい魂が穢されていく。
自分が彼女の傍に行けたら、抱きしめてそれが寄り付かないように守ってやれるだろうか。
愛しているのだと伝えたら、伏せられがちになった、あの真っ直ぐで美しい瞳を、独り占めできるのではないだろうか。
いつの間にか、彼女に夢中になり、彼女の事しか考えたくなくなっていった。守りたいのだと。愛したいのだと。その思いだけが強くなる。
そうして、その時がやって来た。
アルバイト先で何度も絡んできたことのある客だった。覚えていたのは、明らかに彼女へ向けるそいつの目が、恋情を映していたから。
『愛しているから』とか叫んだそいつに監禁され、暴行を受ける彼女を見た時、目の前が真っ赤に染まった。これ以上、穢されてなるものかと彼女にありったけの力を注いだ。
これで、せめて逃げて欲しいと。それくらいは可能だろうと……けれど結果は悲惨な『死』だった。
何も映さなくなった彼女の瞳を見た時、何も分からなくなった。
悔しいと、なぜと嘆く彼女の魂の慟哭が聞こえた。神を……自分を呪う声を聞いた時、音が消えた。世界から色が消え、自分がどこにいるのかも分からなくなった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、火曜25日0時です。
よろしくお願いします◎
**********
腕の中で弱り切った様子で眠るカーラを見て、ターザは昔のことを思い出していた。
こうして触れられることが嬉しい。けれど、見たいと思った時にその姿を確認できない今がもどかしくもある。
それは、きっと昔も思っていた。その時は、手が届かないことに、見守ることしかできないことにもどかしさを感じていた。
そう思うと、昔も今も変わらない。
彼女に出会う前までは何も求めず、与えられた役目だけを淡々とこなすことに何の疑問も抱かなかった。それなのに、随分と欲張りになったものだ。
そう、彼女はずっと見守ってきた大事な、大事な女の子……
最初に彼女と出会ったのは、この世界とは違う世界。魔法も剣も必要ない。人族が大半を統べる世界。
その世界は、特別な場所だった。
「まただわ。まったく、どうして死を選ぶのかしらっ」
「思い通りにいかないからって諦める!? 私のせいってどういうことよ! もうあんな子知らないわ」
「あ~、これであの子、一生分の運を使ったわ~。もう知~らないっと」
「人一人殺してんのに、自殺する勇気はないとか……マジクソだな。なぁ、担当変わってくれん?」
「いやよ! もうすぐ目標ポイントなんだから、人殺しなんて担当したらマイナスじゃない!」
この世界。それも、たった一つの小さな島国が、彼らの仕事場だった。
『八百万の神がいる国』
それは正しく、そのせいか、目まぐるしく発展し、変化し続ける国だった。
「ねぇ、あんたまだ異動しないの? めちゃくちゃポイント貯めてんじゃん。こんなちっさい所に留まってないで、他の世界で主神とか出来んじゃないの?」
「別に、行きたい世界もないし、興味もない」
これまで、多くの人の一生を見守ってきた。平穏無事に、担当となった者達が一生を終えられることが評価に直結する。
他人を害さず、時に人を助けること。
結婚し他者と心を通じ合い、子孫を残すこと。
親を看取り、人を厭わず育てること。
努力を忘れず、自身を高めていくこと。
誰かを頼らず、常に選択すること。
生を諦めず、死を遠ざけること。
これらが代表的な評価例だが、それらを出来る人物であったかどうかが自分達の評価ポイントとなる。
そのポイントの累計によって、神達はこことは違う世界への異動を決めたり、格を上げることができた。
いわば、この国は神達の研修の場なのだ。生まれ出でて初めて訪れ、仕事を覚える場所。また、他の世界からやり直して来いと放り込まれる者もいる。
ほとんどの者がポイントが貯まれば違う世界へと異動していくのに対し、そんなことに興味もなく、ただなんとなくポイントを貯め続けていた。
変わり者だと言われるのにも慣れ、古い馴染みもどんどんいなくなる。それにさえ興味を持てず、ただただ、与えられる担当の人々を見守り続けて過ごしていた。
自分自身も、このままポイントを貯め続けてどうするんだろうと何となく考えていた時だった。
「そんなにポイント貯めてどうすんのさぁ。あ、もしかしてあれか? 転生権が欲しいとか?」
「転生権?」
なんだそれはと思った。
「あ、新しいカタログ見てねぇんだろ。お前みたいにちょい多めにポイント貯めてる奴らが増えてきたからって、すっげぇ高ポイントの賞品が出てきたんだよ」
特に上から何を言われるわけではないが、ただポイントを貯め続ける様子を見て苛立っているのは感じていた。全てのポイントと引き換える必要はなく、ほんの何ポイントかで交換できるものもあるのだ。
捨てるほどポイントがあるのなら『格ぐらい上げろよ』とか『異世界観光に行ってこればいいのに』とか『現世で遊んで来たら?』とか色々言いたそうなのは知っていた。
「他にもポイントが今までと変わってたりするんだぜ。中でも、今までも高ポイントだった『見初めた相手を神にして添い遂げる権利』がちょい上がったのは、俺的にはショック……いつか運命の出逢いをして結婚! とか憧れる~。『俺だけの最愛の人』とか良くねぇ!?」
今までカタログを見ようともしなかったので、そんなものもあるのかと顔をしかめる。
結婚とか実感ないし、羨ましいと思ったこともないので彼の気持ちは全く分からなかった。それよりも『転生権』の話だ。
「そうそう。一番の高ポイントの賞品がなんとっ『異世界に人として転生する権利(力も神格に比例し、自身の神格より下の神の干渉は受けない)』だってよ! 俺もこんな『見守り隊』仕事じゃなくて、人として現世で人生を謳歌してみてぇなぁ……けど、なるべくなら上から干渉受けねぇように格は上げられるだけ上げときたい。そうなると……一体、何年ここで下積みすりゃぁいいんだ?」
ブツブツと、無理だ無理だと呟きながら彼は喋るだけ喋って去って行った。
「現世ね……」
あんなせせこましく、感情に振り回されて生きる生き物の何が良いのだろう。
「愛とか……分からないな」
だが、このままではいけないように思うのも確かだった。
「これでは、全く評価の付かないつまらない人生だな……」
それならば一度ぐらい、いくつか格を上げてみるのも良いかもしれない。どのみち、使い切れないほどのポイントがあるのだから、多少は捨てる感覚で構わないだろう。
格が上がれば、割振れる運……奇跡と呼べるような助けも多く与えられるようになる。せめて幸福な人生だったという顔で最期を迎えられるようにしてやろう。
ただ、この時は知らなかった。格が上がるということは、それだけ困難に立ち向かう者へと当たるようになるということなのだと。
そうして、いくつかの人の人生を見送り、痛みや悔しさを知ることになった。
「……なんとかなったか……」
運を最大限に利用するため、早い段階から小出しにはしない。一人の人に与えられる力は決まっている。だから、なるべく一生を終えられるように、人生の後半へと割り振るように考えていた。
寿命が百歳近くまで延びた現代の現世では、不治の病とまでは言わないが、未知の病や難しい病に侵されることが多い。医療が進歩しても、手術や治療は人がするのだ。いつでも確実ではない。
特に、格の高い自分に割り振られる者は、そんな最後の試練で、危ない部分が多く見られた。ここに力を残しておかないと、人生を全うできないのだ。
ただ、そんな苦労する星の下に生まれた彼らは我慢強く、努力家で、不可能を可能にする強い力を自身で持っていた。魂の質は否応無く向上し、次の人生は何不自由のない幸福な人生を送れるだろうという者達だ。お陰でまたポイントは貯まる一方だ。
だから、この子も今は我慢して人生の後半に。そして、来世は幸福になるだろうとなんとなく考えていた。しかし、彼女は今まで見た中で最悪の人生を送ることとなる。
「……なんなんだこの親は……っ、誰が担当だ……」
格が上がった分、一つの世界を管理出来るようになれと、今までよりも多くの人々を同時に見守ることになる。だから、たった一人に手をかけてはいられない。
見守れる時間も、与えられる力も平等に。それがルールだ。それでも自分は誰よりも上手くやっていた。惰性的ではあったが、最下位のままで多くのポイントを貯めた実績はそのまま実力だ。
他の神達が、ポイントを貯めたらすぐに格上げするのに対し、いわば基礎を飽きるほど積み上げて磨き上げてきたのだ。同じ格の神よりも遥かに上手く丁寧に管理できた。
だが、だからこそ、この子の運命はおかしいと思った。すぐに上へと、最高神へと確認した。こんなこと、初めてのことだ。上にクレームなんて、バカのやることだと今まで思っていたのだから。
「どういうことです? あの子は異常です。魂の質は今まで見た誰よりも高い。本来ならば神になっていても不思議ではない。それなのに、彼女の周りは……悪意に満ちている」
「……気付いてしまったか……あの子は前世で堕神を討ち倒した。その功績は計り知れん。徳も高く、その時点で神になることが決まっていたのだが……闘いの折、魂に傷を負ったらしい……彼女の積み上げた徳……魂の力は少しずつ流れ出し、彼女のために発揮されるよりも先に周りに力を与えているのだ……」
「っ……」
徳の高い者、魂の質が高い者は、神から与えられる力を何倍にも増幅して得ることができる。それ以前に、自身の持つ力が周りを上手く回し、幸運に守られる。
例えば、歩いている者に自転車にぶつかるのを回避させるよう働きかけるとする。結果はかすり傷で終わるというくらいの力。ほんの少しだけ歩みを遅らせることでタイミングをずらそうと力を与えた場合。
増幅されることによって、接触する少し前に誰がに呼び止められたり、手前で信号待ちになる。結果、かすり傷どころか自転車とすれ違う事すら回避できてしまうのだ。
それは、平穏無事な人生を約束されるということに他ならず、本来彼女は全くといって良いほど神の手助けを必要としない幸運に満ちた人生を送れるはずだ。
しかし、そんな本来彼女が享受するはずの力は、ハイエナのように集まった周りの者達が搾取してしまっていた。
「私にもあの子は救えない……もしかしたら君ならばと思ったのだが……」
今自身が受け持っている者達の何倍もの人数を管理する最高神では、彼女一人に割ける時間は今よりもっと短くなってしまう。
何よりも問題なのは、与えた力を打ち消し、更にマイナスにしてしまうほど、彼女の周りは彼女が受けるべき力を吸収してしまうのだ。どれだけ手をかけた所で無駄に終わる。
それでも生きて前を向いているのは、彼女の努力の賜物だ。ただ、半分は現状を嘆いていないからかもしれない。どれほど醜悪な環境にいるのか理解していない。ずっとそうだったからだ。そう。彼女はあろうことか、これが普通の『平凡な人生』だと思っているのだ。
こうして我慢して見守っているのは、彼女が自身の人生が『最悪』なものだと気付かないようにしたいから。
それでも少しでも報いてやりたい。たった一人の幸せを願ってしまう。そうして、出した結論は、恐らく最高神が自分を彼女の担当にした狙いの一つだった。
「……ポイントを使います。彼女に割ける時間と力をください」
「……ありがとう……」
掃いて捨てるほどあるポイントは、そうして何度か同じように使ったとしても微々たる量しか減らなかった。
それでも、どれだけ増やしても意味はなかった。
「どうしてっ!!」
ようやく悪意しか向けない両親から引き離せたと思った。しかし、次は複数の同級生からの酷いいじめ。二人から一気に数十人へと転化してしまった。
それでも挫けず、高校を卒業するまで一人として理解者を得られなくても、彼女は生き抜いてみせた。
けれど、どれほど成績が良くても、生徒どころか教師にまで悪感情を持たれていた彼女は内申点でマイナス評価。その上、引き離した両親が犯罪者になっており、それが知られて更に就職口は減った。
「なんでだよ!!」
周りは彼女の力によって運に恵まれ続け、代わりのように彼女へと間接的に悪意として返ってくる。
どうしてだと叫ばずにはいられなかった。
生活するための資金をと、なんとか就いたアルバイト先。そこでも、悪意ある客に絡まれ、仕事仲間からはどれだけ仕事が出来ても信用されない。
責任を取るために押し付けられる仕事量は増え、サービス残業がそれに続いていく。何年頑張っても状況は変わらず、そうして、何百回目かの客の難癖によって、仕事を辞めさせられてしまった。
「っ……!」
許せなかった。彼女は下を向かなかったけれど、彼女の周りは黒く塗りつぶされていく。清廉で、美しい魂が穢されていく。
自分が彼女の傍に行けたら、抱きしめてそれが寄り付かないように守ってやれるだろうか。
愛しているのだと伝えたら、伏せられがちになった、あの真っ直ぐで美しい瞳を、独り占めできるのではないだろうか。
いつの間にか、彼女に夢中になり、彼女の事しか考えたくなくなっていった。守りたいのだと。愛したいのだと。その思いだけが強くなる。
そうして、その時がやって来た。
アルバイト先で何度も絡んできたことのある客だった。覚えていたのは、明らかに彼女へ向けるそいつの目が、恋情を映していたから。
『愛しているから』とか叫んだそいつに監禁され、暴行を受ける彼女を見た時、目の前が真っ赤に染まった。これ以上、穢されてなるものかと彼女にありったけの力を注いだ。
これで、せめて逃げて欲しいと。それくらいは可能だろうと……けれど結果は悲惨な『死』だった。
何も映さなくなった彼女の瞳を見た時、何も分からなくなった。
悔しいと、なぜと嘆く彼女の魂の慟哭が聞こえた。神を……自分を呪う声を聞いた時、音が消えた。世界から色が消え、自分がどこにいるのかも分からなくなった。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、火曜25日0時です。
よろしくお願いします◎
28
お気に入りに追加
1,873
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

美人な姉と『じゃない方』の私
LIN
恋愛
私には美人な姉がいる。優しくて自慢の姉だ。
そんな姉の事は大好きなのに、偶に嫌になってしまう時がある。
みんな姉を好きになる…
どうして私は『じゃない方』って呼ばれるの…?
私なんか、姉には遠く及ばない…

初めから離婚ありきの結婚ですよ
ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。
嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。
ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ!
ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

3歳児にも劣る淑女(笑)
章槻雅希
恋愛
公爵令嬢は、第一王子から理不尽な言いがかりをつけられていた。
男爵家の庶子と懇ろになった王子はその醜態を学園内に晒し続けている。
その状況を打破したのは、僅か3歳の王女殿下だった。
カテゴリーは悩みましたが、一応5歳児と3歳児のほのぼのカップルがいるので恋愛ということで(;^ω^)
ほんの思い付きの1場面的な小噺。
王女以外の固有名詞を無くしました。
元ネタをご存じの方にはご不快な思いをさせてしまい申し訳ありません。
創作SNSでの、ジャンル外での配慮に欠けておりました。

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

乙女ゲームはエンディングを迎えました。
章槻雅希
ファンタジー
卒業パーティでのジョフロワ王子の婚約破棄宣言を以って、乙女ゲームはエンディングを迎えた。
これからは王子の妻となって幸せに贅沢をして暮らすだけだと笑ったゲームヒロインのエヴリーヌ。
だが、宣言後、ゲームが終了するとなにやら可笑しい。エヴリーヌの予想とは違う展開が起こっている。
一体何がどうなっているのか、呆然とするエヴリーヌにジョフロワから衝撃的な言葉が告げられる。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様・自サイトに重複投稿。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる