転生令嬢は平穏な人生を夢みる『理不尽』の破壊者です。

紫南

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第一幕 第一章 家にいる気はありません

012 ドン引きだろ?

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2018. 9. 10

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ターザという冒険者は、カトラにとって同じ師を持つ同志だった。いわば兄弟子だ。

ダルを頼ってエルタークに行き、武術指南を受けるようになった時、ターザは国へ帰っていた。

初めて顔を合わせたのは、ダルに戦い方を教わって一年が過ぎた頃。二十歳に届く前の、大人びた青年。

十五で家を飛び出して武者修行を始めたというから、年齢よりも年上に見えるのは納得だった。

カトラがターザに感じた第一印象は『南国の王子様』だ。実際、彼は王子だった。南の大国の現国王の十八番目の王子。継承権は極めて低く、こうして他国に冒険者となって出向くのにも問題がないらしい。それを聞いた時は、随分と自由なお国柄だと感心したのを覚えている。

とはいえ、本当にそうかと改めて考えると、そうお気楽なものではないのだろう。だからこそ、ターザは未だに何日もかけて時折国へ帰るのだから。

それでもそんな面倒な事情を特に気にした様子は見せず、いつも優しげな笑顔を向けてくれた。

『カーラ、一人で危ないことしちゃダメだよ』
『私も冒険者なんだけど』
『それでもダメ。俺がいる時は俺を頼って。俺がいない時は無茶しないで。本当は一人で出歩かないで欲しいし、俺かナワちゃん以外と行動するのも止めて欲しい』

輝く笑顔でそんなことを言う兄弟子に、さすがにうんざりする時もあった。

『……過保護……』
『うん。カーラは俺の大事な大事な女の子だもの』

おかしな意味に聞こえて、何度も確認した。

『……妹弟子だから?』
『ううん。特別な女の子だから』
『……よくわからん』
『そう? でもいいよ。そのうちわかるようになるから』
『ふ~ん』

クスクスと笑う彼は魅力的だ。誤魔化すつもりもない言い方。カトラは実際には二十歳過ぎの感性を持っている。だから、彼の真っ直ぐな瞳と向けられる想いに気付いてはいた。誤魔化していたのはこちらの方だ。

素直に受け止めるにはカトラは色々と経験し過ぎていたし、一度本気で世界を呪った者としては、色恋など信用出来るものではなかったのだ。

だからいつだって見た目の年齢を利用して、あまり動かない表情筋に感謝しながら誤魔化し続けてきた。

ただ、年々ストレートな言い方をしてくるようになるので、誤魔化すのも至難の技だ。

『愛してるよ、カーラ』
『……別にターザのこと嫌いじゃないけど……?』
『そうなの? なら好きになって』
『……兄弟子として十分尊敬もしてる……』
『それじゃぁ足りないかな」
『……』

これで冗談だと言うのならば、本格的に世界を破壊する準備を進めなくてはならないだろう。少しでも信じようとする心を必死で殺す自分が滑稽だった。

とはいえ、本当に身を案じてくれているのは分かっていた。それは妹的な立場として受け入れている。だから気持ちが重くなり過ぎずに済んでいた。

しかし、いつだったか他の冒険者達との合同討伐依頼で、Aランクの魔獣が一気に五体襲ってきたことがあった。

その時はまだBランクで、それでも一緒に依頼を受けた者達の中ではトップの実力を持っていた。

普通、一体でさえ危ういというのに、後方には守らなくてはならない村があり、多くの冒険者達は既に絶望して震えていた。

勝てなくはないと思った。もちろん勝った。全て一人で殲滅した。酷使した体と、限界まで底を尽きかけている魔力のために直後はボロボロではあったがやり遂げた。

帰ってその報告をしたらダルには無謀な事をと怒鳴られた。父親か祖父のようにカトラを心配してくれているのは分かっていたので、これは甘んじて受け入れたのだが、後日これを知ったターザに思いっきり張り倒されたのだ。

『なぜそんな無茶をした!!』
『っ……』

本気で怒っていた。それ以上に下から見上げたターザは泣きそうに顔を歪めていた。

『俺のいないところで、もし君に何かあったら、その原因を作った奴らを俺は殺してしまうよ? それが国を一つ滅ぼすことになってもいいのっ?』

いや、よくないだろうという冷静なツッコミは、混乱する頭の中に浮かんで消えた。

今いるのはギルドの一階ホールで、周りの冒険者達がドン引きしているのを目の端が捉えている。

実際にターザが一つの国を滅ぼせる力を持っていると、ここのギルドでは認識しているのだ。最年少、最強のSランク冒険者。それがターザだ。冗談でも揶揄でもなく。それは、実際に元Sランクだったダルが証明している。

ふっと屈み込み、目の前で顔を覆ったターザに、もしや本当に泣かせてしまったのかと呆然と見つめながら顔を上げるのを待つ。この状態のターザに声をかける勇気はなかった。

ジンジンと痛む張られた頬に手を添え、大人しく待っていれば、少しだけ顔を上げたのが見えた。ほっとしたのは一瞬で、指の隙間から見えた瞳は、殺気を孕んでギラギラと光っていた。

『どいつ?』
『……?……』

呟かれた意味が分からず眉を寄せると、続けられた。

『どいつと一緒に仕事したの?』
『っ!?』

ヤバイと思った。静かな優しい普段の声音に戻ったと思っていたのに、そうではなかった。

その時、遠巻きにしていた冒険者達がピクリと体を震わせる。間違いなく彼らもいた。バレてはいけないとサッと彼らから目を逸らしたのだが、無駄だった。

『へぇ……あいつらだね……』

振り向くことなく呟かれたそれが聞こえたとは思えなかったが、冒険者の危機察知能力は高い。

素早く自分たちの危機を感じ、この場に居合わせてしまった先日の同志達は身を翻した。当然、それを逃すターザではない。

ふっと姿が掻き消えたと思った時には、彼らが出口付近で転がっており、ターザがそれを冷たく見下ろしていた。

『これだけじゃないよね?』

振り返り、その視線を受けた受付嬢は即座に立ち上がって上官へと報告するように後ろで手を組み、無感動に名前を呼び上げる。それに満足気に頷き、次に遠巻きにしていた冒険者達へ視線を移す。すると彼らはハッとしてから美しい敬礼を決め、飛び出していった。

外から聞こえてくるのは、複数の叫び声。『逃すな!』だの『そっちに行ったぞ!』といった騒々しいものだ。これだけで、もう状況は理解できる。名前を呼び上げられた者達を冒険者全員で捕まえに行っているのだ。

これはいいのだろうかと疑問に思っても、ギルド職員達は遠い目をして現実逃避をしているし、一瞬顔を出したはずのダルは『あ~……』という顔をして頭を振ると引っ込んでしまった。

そこでゆったりとした足取りでターザがカトラの前に戻ってきた。

片膝をつき、手を伸ばす。カトラが頬に添えていた手を退けられ、代わりに大きく冷たい手が添えられた。

『ごめん。痛かったね』
『……ごめんなさい……』

言わなくちゃと思って止まっていた言葉がするりと出た。いつもは暖かいはずの手が冷たく冷え切っているということに驚いたというのもある。すると、優しく甘い笑みが向けられた。

『ううん。君が強いのは分かっているんだ。これは俺の勝手な怒りだよ。ごめんね』

徐々に頬の痛みがなくなっていくのを感じながら、真摯に向けられる瞳を受け止める。これでようやくこの話は終わるなと感じた時、彼の顔に花のような艶やかな笑みが浮かんだ。

『だから、もう君を責めないよ。責めを負うべきはあいつらだ』
『……えっと……』

すごく良い笑顔だ。

『カーラはダル師匠の所で大人しくしててね。どこにも行ってはダメだよ? 夕食の時間には戻って来るから、一緒に食べようね』
『……どこ行くの……?』

わかっている。これは彼らの危機だ。

『大丈夫。遠くには行かないよ? 地下の訓練場。カーラが無理したのは、あいつらが弱いからだもの。しっかり鍛えないとね。二度とこんなことがないように』

本当に美しい笑顔だった。無邪気にしか感じられないのは逆に恐ろしい。

『ほら、上で待っててね』
『……はい……』

逆らえるはずがなかった。

ダルの部屋へと向かう途中、職員達が綺麗にカウンターに並んで手を合わせていた。ギョッとして向けられている視線を追うと、入り口に捕らえられて放り込まれ、並べられる冒険者達。

そして、それらを前に腕を組んで仁王立ちするターザの背中。転がされた冒険者達の背後には、一定の距離を置いてやり遂げましたというように、誇らしげに敬礼する冒険者達がいた。

貢ぎ物となった冒険者達は、青ざめてターザを見上げている。そんな彼らと一瞬だけ目が合う。それだけで彼らは事情を察したらしい。揃って土下座を決めた。

『……強く生きて……』

それしか言えなかった。

ギルドマスターの執務室にノック一つで入ると、カトラは閉めたドアに背中を預けて口を開いた。

『師匠……最近ターザがちょっと重いんだけど……』

そういう類いではないと否定して欲しかったのだが、ダルから出たのは寧ろ肯定の言葉だった。

『大丈夫だ。ちょっとじゃなく大分重いから。めちゃくちゃ溺愛してっから。ってか、あいつ最初っからお前主義だから』
『……何それ怖い……』
『おいおい、気をつけろ。それ本人の前で言ったらお前殺されるぞ? 前にあいつ俺にドヤ顔で宣言したからな『カーラに嫌われたら、潔くカーラを殺して死ぬよ』って』
『それ、潔良いって言うの?』
『ドン引きだろ?』

怖すぎた。

『まぁ、あいつもお前に嫌われるような事はしねぇって』
『……うん……』

それが分かっていても安心とは縁遠くなった。

その後、連日扱かれた冒険者達は、ひと月後には全員が一ランクアップしていた。こんなことは前代未聞で、エルケートのギルドは最強と呼ばれるようになる。

そして、その日から冒険者達はカトラを陰ながら守るようになった。誰もが理解したのだ。ターザの言葉に嘘はないと。

カトラに手を出したならば、国であろうとターザは容赦しない。そんなあり得ない認識が広まったのだ。

◆◆◆◆◆

過去の色々を走馬灯のように思い出しながら、現れたその人を見つめる。

壁から背を離すことも出来ず、見えてしまったらしい腕輪を隠すことも出来ずにカトラは固まっていた。

ゆったりとした足取りで歩み寄られ、腕輪のはまった腕を取られる。向きを変えながら観察し終えると、カトラを真っ直ぐに見つめた。

中央にある部屋の明かりを背にするターザの瞳は、それでも強い光を放っているように煌めいている。

「ねぇ、カーラ。これはどうしたの?」
「っ……」

腕を取る手は離されておらず、もう片方の手が上げられ、カトラの頬を包む。ヒヤリとした手の温度で、彼が怒っていることを知る。

「カーラ? 分からないの?」
「っ……わ、かんない……っ」

喉が引きつる。ターザの怒りは自分に向いてはいない。ならば、手の温もりを失わせるほど誰に怒るのか。間違いなく腕輪を付けたギルドだろう。

腹は立っているが、本当に潰すかといえばしない。無関係な者達を巻き込むのは本意ではないのだから。理不尽なことが嫌いなカトラが、理不尽を作るつもりはない。

だから言えなかった。けれど、ターザはクスリと笑ってこめかみにキスを落とすとゆったりと後ろを振り向く。

「ナワちゃん。教えてくれるよね」
《ーYES,Sir!ー》
「話が早くて助かるよ」
「……」

ナワちゃんは従順だった。この場で最善の手を打つ。脳はないが頭が良いとはダルの言。

そうして、全ての情報を知り終えると、頬に当てられていた手がカトラの頭を抱き寄せる。額がターザの胸に押し当てられた。

「君は何も悪くない。ちゃんと謝らせるね。王都に行ってて。連れてくるから」

髪に唇が触れる。どこまでも甘く、どこまでも冷酷。ターザは名残惜しそうに離れると、優しく微笑んで出口へと向かう。

「君が王都に到着する頃に合流できると思うから、心配しないでね。じゃぁ、ナワちゃん。カーラを頼むよ?」
《ーお任せください!ー》
「……」

静かに閉められるドアを呆然と見つめる。しばらくして、呼吸が楽になっていることに気付いた。さっきまで感じていた頭痛も忘れてしまったように消えている。

「……魔力譲渡……」

気付かない内にターザが魔力を譲渡してくれていたようだ。おそらく、ずっと触れていたのはそのためだ。これは誰にでもできる芸当ではない。国一番の魔術師であっても無理だろう。それを可能とする天才。それがターザだ。

「はぁ……」

これならば少しだけ眠れると、ベッドに寝転がる。

「ナワちゃん。三時間くらい寝るから、起こしてね」
《ーOKー》

気配だけで了承を感じ、カトラはこれからターザが引き起こすであろう事態の不安を振り払うように久しぶりに目を閉じたのだった。

***********

読んでくださりありがとうございます◎

次回、木曜13日です。
よろしくお願いします◎
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