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第一幕 第一章 家にいる気はありません
005 全部持って行く。
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2018. 8. 20
**********
ずっと、おかしいと思っていたことはあった。
アウラの振る舞いは常識的に考えて間違ったものだ。それなのに、今までメイド達はそのことを指摘しなかった。
伯爵家に長年勤めて来たメイド長ですら、口にしない。アウラの周りは、盲目的にアウラの行動を肯定する者たちばかりになった。
そう『なった』のだと思う。そして、なぜかそれを分かっていても、その原因を調べようと今まで思えなかった。
そして、アウラがどんな病に侵されているのかも知ろうとはしなかった。
それらを知っていたなら、この後のカトラの行動は違っていただろう。
◆◆◆◆◆
対策をとベイスに解毒薬などを渡した翌日。カトラは父に呼び出された。
数日ぶりに見た父の目は暗く、このまま倒れてしまうのではないかとさえ思えた。
「お父様……?」
「カトラ……家を出て行ってくれ」
「……え?」
何を言われたのか咄嗟に分からなかった。けれど、確認のために見つめた父は、真っ直ぐにカトラを見ていた。
ただしその瞳は、正気とは思えなかった。だから、言われた内容よりも父の身の方が心配になった。
「お父様。気を確かに持ってください」
「っ、私は正気だ!! お前がっ……お前がいるからおかしくなる。だから、お前が出ていけばなんの問題もなくなるんだ!」
その声が聞こえたのだろう。外に控えていたベイスが飛び込んでくる。
「旦那様! 何てことを!」
「うるさい! さっさと出て行け!」
それを聞いて、何もかもどうでも良くなった。
「っ……わかりました」
「お嬢様!?」
「いいの……」
そのまま、カトラは自室に駆け込んだ。全ての荷物を空間収納に放り込み、十分もしない内に部屋には母のベッド以外何もなくなった。
ベッドや机まで入れてしまったのは、叫びだしたくなるようなむしゃくしゃした感情のせいだ。腹立ち紛れに放り込んだら入ってしまったのは誤算だった。
けれど、そのお陰で頭が少しすっきりした。出て行くという決心もあっさりできてしまう。若干名、この事情を知ったら面倒なとこになる人がいるのは気になるが、このタイミングを逃すと家を出られなくなりそうなので仕方がない。
「師匠は何とか説得できるだろうけど……ターザはなぁ……」
今は少し国を離れている過保護な同業者が事情を知れば、この屋敷に突撃してきてもおかしくはない。今までもそれに気をつけてきた。当分は会わないようにしなければとそこだけは注意しようと決める。
《ー!?ー》
突然部屋に帰ってきたと思ったカトラが、猛然と竜巻のように部屋の荷物を収納していく様を部屋の端で見ていたナワちゃんが出てくる。
「ナワちゃん……一緒に来てくれる?」
《ーもちろん!ー》
そうしてナワちゃんも収納し終わると息を大きく吸い込み、気持ちを落ち着ける。すると、とある可能性が頭に浮かんだ。
「もしかしてアウラ様は……」
その時、タイミング良くベイスが部屋にやって来た。
「お嬢様っ……え、ベッドが……」
さすがに家具までなくなってしまった部屋を見てベイスは驚いていた。
そんな様子を見て、また少し心が鎮まる。
「全部持って行く。私が出て行くのは時間の問題だったと思う」
「っ、で、ですが!」
そこで、ベイスの腕にはめられている腕輪を見つめて予想が正しいかもしれないと思った。
「今のお父様は正気じゃない。けれど、あれが本心ではないとは言えない。きっと、心の奥底でお父様が思っておられた事なのでしょうね」
「そんなことはっ」
「あるのよ。ベイスはその腕輪をしてるから平気なんだと思う。それ、付けてると状態異常にならないんだよね」
「え、あ、はい……エーフェ様に昔いただいたものです」
「うん。お母様は、この伯爵家を守るためにベイスに渡したんだと思う」
母、エーフェが冒険者であった時に手に入れたマジックアイテム。父に渡せば、がめつい他の貴族達に目をつけられるかもしれない。だから、彼女はベイスに渡した。長兄に渡さなかったのは、第二夫人としての意地だろう。
「ベイス。お父様をお願い。それと王都にいるカルダ兄様に、あなたから事情説明の手紙を出しておいて。私の手紙では読んでくれないかもしれないから」
兄は常識人だ。嫌っていた相手からの手紙だったとしても読まないということはない。けれど、無駄な懐疑心を持たせることはないだろう。
「お兄様がいれば伯爵家はなんとかなる。それと……アウラ様用の薬は近々手に入ると思う。けど、お父様やメイド達にも必要になる。これを皆に飲ませて」
「これは……状態異常の回復薬ですか?」
「そう。恐らく、アウラ様は魅了の魔術を常に使っておられるんだと思う……」
「なっ!?」
アウラに近付こうと、関わろうと思わなかったのは、カトラが魅了の術に耐性があったからだ。これは、遺伝的なもので母、エーフェから受け継いだ。とはいえ、魅了状態になど、なる機会など普通に暮らしていればない。だから、あっても役に立たない能力の一つだった。
「魅了の魔術は依存性が高い。その上、使い続けると魔力回路が異常をきたすと言われてる。アウラ様の体調不良はそのせいだと思う」
「っ、ではすぐに旦那様にこれを飲んでいただきます。ですから、もう少しここでお待ちをっ……」
少しでも出て行こうとするカトラを留めようとするベイスに首を振る。
「ごめん……もう私がお父様を信じられなくなってる……今までのように接することはできない。お父様も私に言った言葉を忘れるわけじゃない……もう無理なんだ……」
「そんなっ……」
魅了状態が解けたとしても、その間にあった事を忘れるわけではない。今まで通りなど無理なのだ。
「お父様に伝えて。今までありがとうと、お元気でって……ベイスも無理しないでね。それじゃぁ……」
「お嬢様っ……っ」
カトラは微笑む。この屋敷ではほとんど表情のない普段のカトラからは想像できなかったほど柔らかい笑み。それを見て目を見開き、手を伸ばすベイスを見つめながら、カトラは転移の魔術で部屋から消えたのだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
次回、木曜23日です。
よろしくお願いします◎
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ずっと、おかしいと思っていたことはあった。
アウラの振る舞いは常識的に考えて間違ったものだ。それなのに、今までメイド達はそのことを指摘しなかった。
伯爵家に長年勤めて来たメイド長ですら、口にしない。アウラの周りは、盲目的にアウラの行動を肯定する者たちばかりになった。
そう『なった』のだと思う。そして、なぜかそれを分かっていても、その原因を調べようと今まで思えなかった。
そして、アウラがどんな病に侵されているのかも知ろうとはしなかった。
それらを知っていたなら、この後のカトラの行動は違っていただろう。
◆◆◆◆◆
対策をとベイスに解毒薬などを渡した翌日。カトラは父に呼び出された。
数日ぶりに見た父の目は暗く、このまま倒れてしまうのではないかとさえ思えた。
「お父様……?」
「カトラ……家を出て行ってくれ」
「……え?」
何を言われたのか咄嗟に分からなかった。けれど、確認のために見つめた父は、真っ直ぐにカトラを見ていた。
ただしその瞳は、正気とは思えなかった。だから、言われた内容よりも父の身の方が心配になった。
「お父様。気を確かに持ってください」
「っ、私は正気だ!! お前がっ……お前がいるからおかしくなる。だから、お前が出ていけばなんの問題もなくなるんだ!」
その声が聞こえたのだろう。外に控えていたベイスが飛び込んでくる。
「旦那様! 何てことを!」
「うるさい! さっさと出て行け!」
それを聞いて、何もかもどうでも良くなった。
「っ……わかりました」
「お嬢様!?」
「いいの……」
そのまま、カトラは自室に駆け込んだ。全ての荷物を空間収納に放り込み、十分もしない内に部屋には母のベッド以外何もなくなった。
ベッドや机まで入れてしまったのは、叫びだしたくなるようなむしゃくしゃした感情のせいだ。腹立ち紛れに放り込んだら入ってしまったのは誤算だった。
けれど、そのお陰で頭が少しすっきりした。出て行くという決心もあっさりできてしまう。若干名、この事情を知ったら面倒なとこになる人がいるのは気になるが、このタイミングを逃すと家を出られなくなりそうなので仕方がない。
「師匠は何とか説得できるだろうけど……ターザはなぁ……」
今は少し国を離れている過保護な同業者が事情を知れば、この屋敷に突撃してきてもおかしくはない。今までもそれに気をつけてきた。当分は会わないようにしなければとそこだけは注意しようと決める。
《ー!?ー》
突然部屋に帰ってきたと思ったカトラが、猛然と竜巻のように部屋の荷物を収納していく様を部屋の端で見ていたナワちゃんが出てくる。
「ナワちゃん……一緒に来てくれる?」
《ーもちろん!ー》
そうしてナワちゃんも収納し終わると息を大きく吸い込み、気持ちを落ち着ける。すると、とある可能性が頭に浮かんだ。
「もしかしてアウラ様は……」
その時、タイミング良くベイスが部屋にやって来た。
「お嬢様っ……え、ベッドが……」
さすがに家具までなくなってしまった部屋を見てベイスは驚いていた。
そんな様子を見て、また少し心が鎮まる。
「全部持って行く。私が出て行くのは時間の問題だったと思う」
「っ、で、ですが!」
そこで、ベイスの腕にはめられている腕輪を見つめて予想が正しいかもしれないと思った。
「今のお父様は正気じゃない。けれど、あれが本心ではないとは言えない。きっと、心の奥底でお父様が思っておられた事なのでしょうね」
「そんなことはっ」
「あるのよ。ベイスはその腕輪をしてるから平気なんだと思う。それ、付けてると状態異常にならないんだよね」
「え、あ、はい……エーフェ様に昔いただいたものです」
「うん。お母様は、この伯爵家を守るためにベイスに渡したんだと思う」
母、エーフェが冒険者であった時に手に入れたマジックアイテム。父に渡せば、がめつい他の貴族達に目をつけられるかもしれない。だから、彼女はベイスに渡した。長兄に渡さなかったのは、第二夫人としての意地だろう。
「ベイス。お父様をお願い。それと王都にいるカルダ兄様に、あなたから事情説明の手紙を出しておいて。私の手紙では読んでくれないかもしれないから」
兄は常識人だ。嫌っていた相手からの手紙だったとしても読まないということはない。けれど、無駄な懐疑心を持たせることはないだろう。
「お兄様がいれば伯爵家はなんとかなる。それと……アウラ様用の薬は近々手に入ると思う。けど、お父様やメイド達にも必要になる。これを皆に飲ませて」
「これは……状態異常の回復薬ですか?」
「そう。恐らく、アウラ様は魅了の魔術を常に使っておられるんだと思う……」
「なっ!?」
アウラに近付こうと、関わろうと思わなかったのは、カトラが魅了の術に耐性があったからだ。これは、遺伝的なもので母、エーフェから受け継いだ。とはいえ、魅了状態になど、なる機会など普通に暮らしていればない。だから、あっても役に立たない能力の一つだった。
「魅了の魔術は依存性が高い。その上、使い続けると魔力回路が異常をきたすと言われてる。アウラ様の体調不良はそのせいだと思う」
「っ、ではすぐに旦那様にこれを飲んでいただきます。ですから、もう少しここでお待ちをっ……」
少しでも出て行こうとするカトラを留めようとするベイスに首を振る。
「ごめん……もう私がお父様を信じられなくなってる……今までのように接することはできない。お父様も私に言った言葉を忘れるわけじゃない……もう無理なんだ……」
「そんなっ……」
魅了状態が解けたとしても、その間にあった事を忘れるわけではない。今まで通りなど無理なのだ。
「お父様に伝えて。今までありがとうと、お元気でって……ベイスも無理しないでね。それじゃぁ……」
「お嬢様っ……っ」
カトラは微笑む。この屋敷ではほとんど表情のない普段のカトラからは想像できなかったほど柔らかい笑み。それを見て目を見開き、手を伸ばすベイスを見つめながら、カトラは転移の魔術で部屋から消えたのだ。
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