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第一幕 第一章 家にいる気はありません

002 出来ちゃった

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2018. 8. 13

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カトラは、母に教えてもらっていた魔術についての知識や前世で知り得た知識を整理しながら日々を過ごした。

「魔術を使えるのに、なんでもっと真剣にやろうと思わなかったんだろう」

母は元冒険者で、腕に怪我を負ったためにまだ若いうちに引退したらしい。それでも実力は確かで、父の護衛任務に就いたのが出会いだったという。

「お母様は魔術があまり得意じゃないって言ってたけど……これだけ本があればなんとかなる」

魔術の知識はあっても才能はなかったと言っていた母。それでもカトラは基礎は教えてもらっていた。いつ異母兄姉達に殺されてもおかしくない状況だ。身を守る術はいくら持っていても良い。そう言って色々と仕込まれたのだ。

部屋にある本は母が冒険者時代に手に入れた貴重な本で、カトラ以外の誰にも触らせなかった。その多くの本は、外の世界を知るためにもとても役に立っていた。

《ー頑張って~ー》

この奇妙な自律する縄も、そんな本の知識を実践しようと考えたカトラが作り出したものだ。母の遺品から見つかった『意思の石』という珍しい古代の遺物と、手近にあった縄を錬成した結果生まれた。

お陰で良い話相手だった。

「あとは実戦。剣をどこかで覚えないと……それでこの家を出て一人で生きるんだ」

信頼できる者などいないのだ。生きるため、もう理不尽な扱いを受けないためにも強くなろうと思った。

幸い、父は忙しく、顔を合わせられる日は少ない。ならば、時間はいくらでもある。カトラの世話をする者などこの屋敷にはいないのだから、屋敷を脱け出しても気付かれることはなかった。

カトラはまず、生活リズムを夜型に変更した。皆が寝静まってから外へ出る。窓から出て町へ行き、作った薬を売って冒険者ギルドに登録した。

冒険者とは、いわば何でも屋だ。冒険者ギルドと呼ばれる組織にメンバーとして登録することで、仕事を得ることができる。

組織の支部は世界中にあり、大きな町には必ずあるので、登録すればどこに行ってもその日暮らしに困らない。

日払いのバイト感覚で稼ぐことができ、履歴書も必要ないのだから楽なものだ。ただし、怪我や命の危険があったとしても全て自己責任。労災など当然ない。

この世界にはウサギや猫などの一般的な獣以外にも、魔力さえ操る凶悪な魔獣と呼ばれる獣が存在する。増れば一般市民などひとたまりもなく、そんなもの達と戦うことも冒険者の仕事の一つ。

魔術があるのだから、そんな存在がいるというのは予想していた。しかし、実際会ってみると怖いものだ。前世で虫は殺しても、獣を殺した経験などない。だから、最初は戸惑ったものだ。

だが、人とは必要に迫られれば何でも出来るらしい。一年もしないうちに解体さえ出来るようになった。

「はい。カーラちゃん。今回の報酬です。けど、まだ小さいんだから、無理しちゃダメよ? まったく、一人でグレイスベアを狩ってくるなんて……ランクを知ってても心配だわ……」

ここは、カルサート伯爵領の東の端にある宿場町だ。領主の屋敷のある領都からは馬で三時間はかかる。

カトラはカーラという名で登録しており、最初こそ領都のギルドで登録したのだが、依頼はここまで来て受けることにしていた。

登録時カトラは十歳。それから四年経ち、このギルドでは知らない者はないというほどの存在になっている。

「問題ない。ありがと」

親切にしてくれる受付嬢も、すっかり人間不信になってしまったカトラには関わりたくないと思えるものだった。

報酬を受け取って窓から外を見ると、空が白んできていた。そろそろ帰らなくてはならない。しかし、外へ向けて足を進めたところで、奥からやってきた男に声をかけられた。

「おうカーラ。たまには朝食でもどうだ」
「……」

年の頃は八十手前。だが、見た目はもう十か二十若く見える。筋肉は衰えることなく、大柄で冒険者らしい体つきをした男だ。

彼はカトラの母も知っていた。このギルドのマスターでダルと言う。

「そら、行くぞ」

大柄なダルの肩に担がれ、強制的に奥へと連れて行かれる。抵抗しないのは、今のところカトラが珍しく信頼する人だからだ。

「師匠……」
「そんな嫌そうな声出すな。どうせ屋敷で保存食を食うだけなら、ここで作って食べろ。俺も付き合ってやる」

ダルは、カトラの境遇も知っていた。この町でわざわざ活動する理由が彼だ。母はダルを実の父親のように思っていたらしく、亡くなる直前まで手紙のやりとりをしていた。

本の間に挟まっていた数々の彼との手紙を見つけたカトラは、移動手段を早急に考えてやって来たのがきっかけだ。

彼はカトラの身をずっと案じていたらしい。カトラが会いに来なければ、伯爵家へ殴り込みに行くところだったらしい。

それからカトラはダルに戦い方を教わった。最高ランクの実力者である元Sランクの冒険者であったダルに師事したことで、カトラもたった数年でAランクの実力をつけたのだ。

そんな彼は、カトラと食事をすることを楽しみにしている。否、カトラの作る食事を食べることを楽しみにしていた。

「……食べたいだけ……?」
「そうとも言うな」

帰ったところで調理場を使える訳もなく、一人で食べるのも味気ないのでパン一つ食べるくらいで眠ってしまうカトラとしても、ここで調理して食べられるのは良いことではある。

「そういえば……これ作ってみた。試作品の異空間袋。使ってみて」
「なっ!? お前、どんだけ天才なんだ!?」
「錬金術を極めたみたい。出来ちゃった」
「いやいやっ、『出来ちゃった』って、極めるのに普通は何十年とかかるからな? 異空間袋なんて作れるの、俺の同世代くらいになっても無理だからな?」
「そうなの? でも出来たし」

錬金術は魔力操作が重要になる技で、それにより最終的に空間魔術が使えるようになる。

その最たるものが異空間収納だ。使い方としては、自分専用の異空間を作り出し、そこに物を保管することができる。いわゆるアイテムボックスというやつだ。

中は時が止まった状態になるので、食料や植物などを保管するのに役にたつ。入れた時の状態のまま取り出せるのだから便利だ。

それを袋や鞄に付与したのが異空間袋や異空間鞄と呼ばれる貴重なマジックアイテムだった。

「……いや、まぁお前がこれから生きていくのに役に立つし良いけどな……」
「うん。それで、スクランブルエッグでも良い?」
「おう。あとあの四角いパンも頼む」
「食パンね。ならウインナーも付ける」
「よっしゃっ」

この世界には、食パンがなかった。あるのは硬いフランスパンのようなものだけ。イースト菌なんてものも使われず、塩辛いだけのパンだった。

そこでカトラは休みの日にパン屋の厨房を借りて色々と作ってみたのだ。四角い食パンの型を用意するのも、錬金術が使えるカトラにとっては容易い。ただ、膨らみ具合が分かるわけもなく、最初は何度も失敗していた。

数々の失敗を重ね、ようやく食パンと呼べるものが出来上がった。それと同時に好きだった白いふわふわのパンやロールパンも作り、覚えた空間魔術のお陰でそれを大量に保存した。

誰にもこのパンの存在は教えることなく、日々の食事としてカトラが食べていたのだが、一年程前に油断して師匠の前で食事をした時にばれてしまったのだ。

「太めにな」
「良いけど焼く?」
「おう。とーすとで頼む」
「切るから勝手にやって。トースターの使い方わかるでしょ」
「おうよ」

電化製品も錬金術で再現。魔獣を倒したことで手に入る魔核を加工し、魔石とすることで電気の代わりになる。お陰でトーストもお手の物だ。

「ウインナーはケチャップ?」
「マスタードもな」
「好きにかけて」

異空間からお手製のケチャップとマスタードの瓶を取り出してテーブルに置く。

「できた。熱いからね」
「おおっ。割れてるのがなんとも」

パンの事情でわかるように、この世界にはウインナーもなかった。腸詰めなんて考えないらしい。切って焼くだけで美味いと思える肉があるので、それ以上の加工をしないのだ。

カトラの作った腸詰めは、野菜も入ったボリュームあるものだ。プチっと弾ける弾力も申し分ない。ケチャップをかけなくても素の味で勝負できる肉を使っているので、ただ食パンに挟むだけで十分なご馳走だった。

「うめぇっ!! そういや、この前酒のツマミにってもらった辛いやつな。あれも美味かったぞっ」
「ならまた作る。辛いのあんまり得意じゃないからどうしようかと思ったけど」
「じゃぁ、なんで作ったんだ?」
「最強に辛くして罰ゲーム用に持っておこうと思って」
「……あれ以上辛いのはやめてくれ……」
「大丈夫。別で作る」
「お、おう……」

是非とも気絶するくらいの辛さを極めたいと画策するカトラだ。

「そうだ。カーラ、作って欲しい薬があるんだが」
「いいけど、ちゃんとお金ちょうだいね」
「もちろんだ。期待しとけ」

元々、製薬の技術を得る過程で得たのが錬金術だ。その錬金術を極めてしまったカトラの作る薬は一級品。薬師に頼むよりも確実で難しい薬も難なく作るカトラは重宝されている。

「気を付けて帰れよ」
「うん。また明日」

食事を済ませてギルドを出ると、カトラは町を出て人気のない森の中へ入る。そして、一瞬で自室へと転移した。

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読んでくださりありがとうございます◎

次回、明日14日です。
よろしくお願いします◎
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