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第一幕 第一章 家にいる気はありません

001 ここが……転機だ!

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2018. 8. 12

1話~3話までは毎日。
4話~は2日置きに投稿予定です。

暇つぶし程度にでも
楽しんでいただけたらと思います。

**********

『人生の転機』というものが誰も等しく存在するのなら、自分は一体、いつが転機だったのだろう。

それは、不意に湧き出した疑問だった。

「お前は我が家の恥だ! さっさと消えてしまえ!!」

そんな言葉を異母兄姉達に投げつけられ、床に打ち付けられることなど日常茶飯事だった。

「お前のせいでどれほど母上が傷付いておられるか分かるか!!」
「あんたに食べさせるものなんてこの家にはないのよ! さっさと出て行きなさい!」

こうして毎回激昂するのは、このカルサート伯爵家の次男と長女だ。

兄は十三。姉は十二。茶色の髪は母親譲り。二人が笑っている顔なんて見たことがない。切れ長で少し吊り上がった目は黒。それも母親に良く似ていた。

継嗣である長兄は、頭が少々硬いが王都の屋敷で教育を受けており、跡取りとして不可のない人格を持っている。容姿も父に似ており、どうしてこんな弟妹がと思えるほど彼らには似ていなかった。

「坊っちゃま、お嬢様。それくらいになさってください。来週には旦那様がお帰りになります。その時に傷を見られては事でしょう」
「くっ……なら父上がお帰りになるまで、食事は別にしてくれ!」
「そうよ。せっかくのお料理が美味しくないわ。お母様だってコレがいなければ食事ができるわよ」

正妻である彼らの母は長らく体調を崩して部屋に閉じこもっている。それも自業自得であるという真実を知っているのは、この家でも数人だけだろう。

兄と姉が部屋を出て行く。それに続いて彼ら付きのメイド達もいなくなるのを確認してからゆっくりと体を起こす。

すると、仲裁に入った家令のベイスが手を差し伸べてきた。

年齢は六十頃。白髪の混じる灰色の髪はいつもきっちり撫で付けられており、同じ色の瞳は思慮深く光を放っている。背筋をピンと伸ばして立つ姿はとても綺麗だと思う。

「申し訳ありません……」

そんなベイスが涙を浮かべながら、悔しそうにするその表情に嘘はない。けれど、その想いを素直に受け入れることはどうしてもできなかった。

まだ八歳。子どもだったのだ。

「いい……」

少しフラつきながら立ち上がると、彼はそっと触れて支えてくれる。それに反発心を覚えないでもないが、振り払う気力はなかった。

「お食事はどうされますか……」
「……いらない……臭いがおかしかった。下げる時気をつけて」
「っ……はい……申し訳ございませんっ」

いつからか、毒や異物が混ざるようになった食事。だから、父の言いつけで兄姉と一緒に食事をしてはいるが、ほとんど食べることはしなかった。

昨年他界した母に薬学の知識をもらっていたため、食べたとしても部屋には各種解毒薬が用意してある。それでも食べる気にはなれない。

とはいえ、父がいる席では少しは口にするように心がけている。この環境を作り出した元凶であっても、母が愛していた人だ。邪険にすることはできなかった。

「部屋に戻る……お父様がお帰りになるまで一人にして……」
「……承知いたしました……」

離れにある自室には、ベッドが二つ。母のベッドがそのままになっているのだ。ここで彼女は半ば幽閉されて育った。

「痛っ……」

床に打ち付けた時に頭を打ったのだろうか。扉を閉めてすぐに蹲るほどの頭痛が襲った。

そこに、部屋の隅から蛇のようにスルスルと床を張って黄色がかった白い縄が近付いてくる。

《ー!!ー》

器用に作られた『!!』を見ながら苦笑する。

「ナワちゃん……っ、大丈夫だから……っ」

《ーはいー》

寄り添うように、側でとぐろを巻き大人しくなる縄。それを目の端に捉えながら、しばらく歯を食いしばって痛みに耐えていると唐突に思い出した。

「っ……転生……異世界……そっか私……」

思い出したのは、前世の記憶。平凡な一生を理不尽に突然終えた自身の記憶だった。混乱する頭を整理し、息を整えてから呟く。

「私は……カトラ・カルサート……」

それが今の名前。

黒髪黒い瞳の純日本人の容姿から、今は淡く光る金の髪と緑色の瞳に変わってしまった。父の色をそのまま受け継いだ人形のような容姿だ。

それでいい。記憶を思い出したとしても、存在は変わらない。けれど、変われると思った。

「私は一人でも生きていける」
《ー?ー》

二十代の頃の記憶があるのだ。何もできない子どもではない。そう理解した途端、瞳に力が宿った。

無気力に生きてきたカトラはこの時、命を吹き返したのだ。

「やれる。ここが……転機だ!」

生きている間に『人生の転機』といえるものを実感できる人はどれだけいるだろうか。

誰もがドラマのようにその時を迎えられるわけではない。転機といえるほどの変化を実感できる人は少ない。

前世でも知らなかったその転機という時をカトラは今迎えていた。

**********

読んでくださりありがとうございます◎

次回、明日13日です。
よろしくお願いします◎
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