171 / 201
mission 16 家族と友人と
171 頭は柔らかく
しおりを挟む
宗徳は、亜空間から二本の太さの違う筆を取り出して見せる。
「ん? ああ。こういう……」
子ども達のキラキラした目が筆に注がれるのを見て微笑ましく思いながら続ける。
「筆で墨を使って文字を書くんだ。集中力も付くし、特徴とか注目すべき所ってのが分かるようになるから、そうした目や考え方も養える」
そこで、五歳の狐の獣人、次女の刹那が筆と旗に描かれた絵を見比べてそれを口にした。
「それ……それでかいたの……お父さんのおへやにあるやつ?」
「おっ。よく気付いたな。ああ『 進取果敢 』と書いたのを掲げてある。俺が一番好きな言葉だ。勇敢に……怖がらずに新しい事に進んでいくという意味がある」
ここで書斎を手に入れた宗徳が、せっかくならばと、そこの壁に掲げたものだ。
部屋に来る度、子ども達の中で、刹那だけがそれを静かに見つめている事には気付いていた。刹那はあまり喋らないが、興味があることにしっかりと注目する。
だから、屋敷に慣れてきたら、習字をやってみるかと聞いてみようと思っていた。
「こわがらずに、あたらしいこと……」
呟く刹那の頭を、寿子が撫でて微笑む。
「刹那ちゃんは、お習字をやってみたいのかしら? やりたいと思うなら、やってみていいのよ? お絵描きでもなんでも、やりたいと思ったらやりたいと言えばいいわ」
「そうしたら、俺らが必要になるものを用意してやるからな」
「……うん。やってみたい」
いつも自信なさそうにし、大人しい刹那が、初めて自分の意思でやりたいと思ったようだ。
「分かった。なら、習字がいつでもできる部屋を用意しよう。俺も欲しかったからな。早速、午後から部屋の改装をするかな」
「ふふふ。部屋は余っていますものねえ」
この時、徹が目を丸くしていたのには宗徳と寿子は気付かなかった。子どもがやりたいと言ったことを即座に叶えようとする所に驚いたようだ。そして、自分の時はどうだったかと思考に沈んでいく。
「墨のついた筆を洗える場所も必要だから、その辺のって訳にはいかんが……桂樢、良い部屋を見繕ってくれ。広さも欲しい。だいたいこの食堂の半分くらいがいいな」
大きな作品も書くことを想定すると、広めの部屋が良いと、バトラーの桂樢へ要望を出しておく。相応しい部屋を見繕ってくれるだろう。
「承知しました。お食事が終わりましたら、ご案内いたします」
「おう。よろしくな」
「お任せください」
そうこうしている間に、イザリと薔薇用のオムライスが出来上がって来た。旗もしっかり立っている。
オレンジのヨーグルトがけとコンソメスープも控えめな量でセットされた。
「お待たせいたしました。お部屋にお持ちしますか?」
「うむ。頼む」
「承知しました」
イザリは食事の載ったワゴンを押すメイドの藜蘭を引き連れ、転移用の壁に向かっていく。
そして、一度振り向いて告げた。
「それではな。午後のティータイムはお邪魔させてもらう。その時にそちらの彼らも紹介してくれ」
「ええ。楽しみにしてます」
「お待ちしてますわ」
宗徳と寿子がそう言葉に出す時に、初対面の者達が緊張気味に一礼していた。
そうして見送ると、沙耶達はほっとしたようだ。
「なんだ? 怖い人じゃねえぞ?」
「そ、それはそうかもしれませんが……お義父さん達が敬意を払う方ですから……それに、見た目通りの方ではないんでしょう?」
「まあな。偉い魔女様だ。俺らより何百年と年上だしな」
「でも、気難しい方ではないから、安心して」
「は、はい……」
見た目は十歳ちょっとくらいの子どもにしか見えない。だが、話す雰囲気などはそれに当てはまらない落ち着いた大人のようなもの。奇妙に思えるだろう。
一般的な見た目通りの子どもではないという事で、かなり緊張したようだ。
「本当に魔女様って居るのね……」
「「……」」
徹と征哉は言葉もない様子だ。改めてその存在を認識したのだろう。顔が強張っている。魔女という未知のものとの遭遇に、落ち着かないのも分からないでもない。
「色々見て回って、不思議な事も体験しただろうに。ほれ。そろそろ食事にするぞ」
「そうね。いくら冷めないようにしたと言っても、お腹は空きました。ほら、旗は選んだ? 食べましょう」
「「「「「は~い」」」」」
「「「……はい……」」」
こうして、昼食がようやく始まった。
沙耶、徹、征哉はここまで放置されたのに温かいままのオムライスに一度驚き、そうだったと思い出す。それでもその美味しさのせいか、手は完全に止まらなかった。
それを見て、宗徳は苦笑する。
「こんなんで、薔薇様に会ったらどうなるんだ?」
「ふふふ。お茶も飲めないかもしれませんわね」
「面白がってるだろ」
「あら。あなただって」
寿子は楽しそうだ。
「まあな。もう俺に頭固いとか言えんだろうな~」
「そうですね。それを考えると、私たち、とっても頭が柔らかくなりましたわね」
「常識とか大分、ぶち壊されたからな。良い意味で」
「ええ。そうですね。良い意味で」
クスクスと二人で笑い、食事に手をつけた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
「ん? ああ。こういう……」
子ども達のキラキラした目が筆に注がれるのを見て微笑ましく思いながら続ける。
「筆で墨を使って文字を書くんだ。集中力も付くし、特徴とか注目すべき所ってのが分かるようになるから、そうした目や考え方も養える」
そこで、五歳の狐の獣人、次女の刹那が筆と旗に描かれた絵を見比べてそれを口にした。
「それ……それでかいたの……お父さんのおへやにあるやつ?」
「おっ。よく気付いたな。ああ『 進取果敢 』と書いたのを掲げてある。俺が一番好きな言葉だ。勇敢に……怖がらずに新しい事に進んでいくという意味がある」
ここで書斎を手に入れた宗徳が、せっかくならばと、そこの壁に掲げたものだ。
部屋に来る度、子ども達の中で、刹那だけがそれを静かに見つめている事には気付いていた。刹那はあまり喋らないが、興味があることにしっかりと注目する。
だから、屋敷に慣れてきたら、習字をやってみるかと聞いてみようと思っていた。
「こわがらずに、あたらしいこと……」
呟く刹那の頭を、寿子が撫でて微笑む。
「刹那ちゃんは、お習字をやってみたいのかしら? やりたいと思うなら、やってみていいのよ? お絵描きでもなんでも、やりたいと思ったらやりたいと言えばいいわ」
「そうしたら、俺らが必要になるものを用意してやるからな」
「……うん。やってみたい」
いつも自信なさそうにし、大人しい刹那が、初めて自分の意思でやりたいと思ったようだ。
「分かった。なら、習字がいつでもできる部屋を用意しよう。俺も欲しかったからな。早速、午後から部屋の改装をするかな」
「ふふふ。部屋は余っていますものねえ」
この時、徹が目を丸くしていたのには宗徳と寿子は気付かなかった。子どもがやりたいと言ったことを即座に叶えようとする所に驚いたようだ。そして、自分の時はどうだったかと思考に沈んでいく。
「墨のついた筆を洗える場所も必要だから、その辺のって訳にはいかんが……桂樢、良い部屋を見繕ってくれ。広さも欲しい。だいたいこの食堂の半分くらいがいいな」
大きな作品も書くことを想定すると、広めの部屋が良いと、バトラーの桂樢へ要望を出しておく。相応しい部屋を見繕ってくれるだろう。
「承知しました。お食事が終わりましたら、ご案内いたします」
「おう。よろしくな」
「お任せください」
そうこうしている間に、イザリと薔薇用のオムライスが出来上がって来た。旗もしっかり立っている。
オレンジのヨーグルトがけとコンソメスープも控えめな量でセットされた。
「お待たせいたしました。お部屋にお持ちしますか?」
「うむ。頼む」
「承知しました」
イザリは食事の載ったワゴンを押すメイドの藜蘭を引き連れ、転移用の壁に向かっていく。
そして、一度振り向いて告げた。
「それではな。午後のティータイムはお邪魔させてもらう。その時にそちらの彼らも紹介してくれ」
「ええ。楽しみにしてます」
「お待ちしてますわ」
宗徳と寿子がそう言葉に出す時に、初対面の者達が緊張気味に一礼していた。
そうして見送ると、沙耶達はほっとしたようだ。
「なんだ? 怖い人じゃねえぞ?」
「そ、それはそうかもしれませんが……お義父さん達が敬意を払う方ですから……それに、見た目通りの方ではないんでしょう?」
「まあな。偉い魔女様だ。俺らより何百年と年上だしな」
「でも、気難しい方ではないから、安心して」
「は、はい……」
見た目は十歳ちょっとくらいの子どもにしか見えない。だが、話す雰囲気などはそれに当てはまらない落ち着いた大人のようなもの。奇妙に思えるだろう。
一般的な見た目通りの子どもではないという事で、かなり緊張したようだ。
「本当に魔女様って居るのね……」
「「……」」
徹と征哉は言葉もない様子だ。改めてその存在を認識したのだろう。顔が強張っている。魔女という未知のものとの遭遇に、落ち着かないのも分からないでもない。
「色々見て回って、不思議な事も体験しただろうに。ほれ。そろそろ食事にするぞ」
「そうね。いくら冷めないようにしたと言っても、お腹は空きました。ほら、旗は選んだ? 食べましょう」
「「「「「は~い」」」」」
「「「……はい……」」」
こうして、昼食がようやく始まった。
沙耶、徹、征哉はここまで放置されたのに温かいままのオムライスに一度驚き、そうだったと思い出す。それでもその美味しさのせいか、手は完全に止まらなかった。
それを見て、宗徳は苦笑する。
「こんなんで、薔薇様に会ったらどうなるんだ?」
「ふふふ。お茶も飲めないかもしれませんわね」
「面白がってるだろ」
「あら。あなただって」
寿子は楽しそうだ。
「まあな。もう俺に頭固いとか言えんだろうな~」
「そうですね。それを考えると、私たち、とっても頭が柔らかくなりましたわね」
「常識とか大分、ぶち壊されたからな。良い意味で」
「ええ。そうですね。良い意味で」
クスクスと二人で笑い、食事に手をつけた。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
93
お気に入りに追加
874
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界成り上がり物語~転生したけど男?!どう言う事!?~
繭
ファンタジー
高梨洋子(25)は帰り道で車に撥ねられた瞬間、意識は一瞬で別の場所へ…。
見覚えの無い部屋で目が覚め「アレク?!気付いたのか!?」との声に
え?ちょっと待て…さっきまで日本に居たのに…。
確か「死んだ」筈・・・アレクって誰!?
ズキン・・・と頭に痛みが走ると現在と過去の記憶が一気に流れ込み・・・
気付けば異世界のイケメンに転生した彼女。
誰も知らない・・・いや彼の母しか知らない秘密が有った!?
女性の記憶に翻弄されながらも成り上がって行く男性の話
保険でR15
タイトル変更の可能性あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
辺境伯令嬢は婚約破棄されたようです
くまのこ
ファンタジー
身に覚えのない罪を着せられ、王子から婚約破棄された辺境伯令嬢は……
※息抜きに書いてみたものです※
※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様にも掲載しています※
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!
しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。
けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。
そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。
そして王家主催の夜会で事は起こった。
第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。
そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。
しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。
全12話
ご都合主義のゆるゆる設定です。
言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。
登場人物へのざまぁはほぼ無いです。
魔法、スキルの内容については独自設定になっています。
誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
婚約破棄の場に相手がいなかった件について
三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。
断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。
カクヨムにも公開しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる