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mission 1 再就職
005 初出勤は緊張します
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2017. 3. 25
**********
目の前にいるのは、若かりし頃の姿の武道の師匠だ。もう間違いはない。
再会の感動に打ち震えていた宗徳だったが、そこでゆっくりと血の気の引く事実に思い当たってしまった。
「……ぜ、善じぃ……」
「師匠と呼べと、何度言わせる?」
仕方のない奴だと苦笑する善治。その表情を見て切なくもなるが、それよりも確認しなくてはならない事がある。
「だ、だって善じぃ。葬式どうしたんだよ!」
「ん? ああ。来ていてくれたな。好物だった饅頭も供えてもらった。あれは惜しいことをした」
「……え……」
ちゃんと見ていたぞと笑みを浮かべる善治。どう言ったらこれが異常な事だと分かってもらえるのか分からないと頭を抱えた。
「だからっ、葬式であんた、棺桶の中に居ただろう!」
「そのことか。いや、葬儀の手伝いに混じっていた。こうして……」
前髪を?惜き上げ、肩口まで伸びている髪を紐で後ろに結う。それから四角く黒い太枠のあるメガネをかけると、印象が変わった。
「い、インテリ系って奴か?」
「良く知っているな。これで、少し下を向いていれば顔をじっくり見られる事もない。今は生前葬というのがあるらしいが、それだったな。本気で友人達や弟子達が泣くのを見るのは申し訳なかったが」
「……」
もう、宗徳の方がおかしいように思えてくる。
「私の死体は、良くできていただろう?」
「ええ……もう、本当に……」
そんな話をしている間に、元の世界に戻っていたらしく、森は消え、小さな会議室に立っていた。
宗徳の姿も元に戻っていた。体が少し重く感じられる。
「あれ……」
「ん? ああ。戻って来ているぞ。まぁ、そうだな『私は死んでいなかった』という事でいいか」
「はい……ご、ご指導ありがとうございました」
「うむ」
あまりに混乱し過ぎて、昔の習慣であった退出時の挨拶が咄嗟に出てしまう宗徳だった。
**********
奇妙な再会と、面接から数日が過ぎた。今日は正式に契約書を交わす事になっている。
しっかりと戸締りをし、火の消し忘れがないかを確認してから来るようにと、また例の如く親切な言葉をもらい、宗徳と寿子は朝八時に家を出た。
渡されていた地図に書かれている本社の場所は、電車で二十分のビジネス街のど真ん中。
今日もラフな格好でと言われていたのだが、一応は外行きの服にした。二人にとっては久し振りの遠出という事で、服を気にしていて良かったと思っていた。
それでも、スーツ姿の男性がムッとした表情で歩いている中にいるのは、少々居心地が悪かった。
「ここ……ですね……」
「あ、ああ……『ライト・クエスト』って、カタカナで書いてあるし、間違いようがねぇ……」
英語表記なら、もしかしたら迷ったかもしれない。しかし、カタカナでデカデカと大きな柱のようなものに書かれていては間違えないだろう。
それにしてもと思いながら、二人は少し口を開けて、その立派な高いビルを見上げた。
「でけぇ……」
「私達、こんな凄いビルにこれから入るんですか?」
「おう……」
そんなビルにも、出社して来たという人達が吸い込まれていく。
そうして、また見上げていた宗徳の目に、黒い大きな鳥が横切ったように見えた。
「あれ?」
目の前をではない。遥か上空。隣のビルよりも高いそのビルの上の方に、黒い影が向かって行ったように見えた。
ぶつかりはしなかったかと、宗徳は少し心配になる。だが、鳥が落ちて来る事はなかった。
「なんだったんだ?」
そう呟くと、不意に後ろから声を掛けられた。
「入らないのか?」
「うわっ!」
「っ!?」
振り向いた二人の後ろにいたのは、善治だった。濃紺色のスーツをキッチリ着て、真っ直ぐに見つめていたのだ。
「あ、善じっ、師匠っ」
「うむ。良い天気だな。初出勤には良い日だ」
「はい……」
「ええ。本当に……」
なんだか、一気に肩の力が抜けた二人だ。
「行くぞ。お前達の補佐役になったからな。心配するな。ただ、中は楽しい事になっているから、腰を抜かすなよ?」
「はい?」
善治は宗徳の隣を通り過ぎ、ビルの入り口に向かって行く。しばらく動けずにいると、善治が振り向く。その目は早くしろと言っていた。
「ほら、あなた。行きますよ」
「お、おお」
まだ尻込みしていた宗徳だが、寿子に急かされ、足が前に出る。
そして、善治についてビルの中へ足を踏み入れたのだ。
**********
読んでくださりありがとうございます◎
新しい職場というのは緊張するものですよね。
次回、土曜1日の0時です。
よろしくお願いします◎
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目の前にいるのは、若かりし頃の姿の武道の師匠だ。もう間違いはない。
再会の感動に打ち震えていた宗徳だったが、そこでゆっくりと血の気の引く事実に思い当たってしまった。
「……ぜ、善じぃ……」
「師匠と呼べと、何度言わせる?」
仕方のない奴だと苦笑する善治。その表情を見て切なくもなるが、それよりも確認しなくてはならない事がある。
「だ、だって善じぃ。葬式どうしたんだよ!」
「ん? ああ。来ていてくれたな。好物だった饅頭も供えてもらった。あれは惜しいことをした」
「……え……」
ちゃんと見ていたぞと笑みを浮かべる善治。どう言ったらこれが異常な事だと分かってもらえるのか分からないと頭を抱えた。
「だからっ、葬式であんた、棺桶の中に居ただろう!」
「そのことか。いや、葬儀の手伝いに混じっていた。こうして……」
前髪を?惜き上げ、肩口まで伸びている髪を紐で後ろに結う。それから四角く黒い太枠のあるメガネをかけると、印象が変わった。
「い、インテリ系って奴か?」
「良く知っているな。これで、少し下を向いていれば顔をじっくり見られる事もない。今は生前葬というのがあるらしいが、それだったな。本気で友人達や弟子達が泣くのを見るのは申し訳なかったが」
「……」
もう、宗徳の方がおかしいように思えてくる。
「私の死体は、良くできていただろう?」
「ええ……もう、本当に……」
そんな話をしている間に、元の世界に戻っていたらしく、森は消え、小さな会議室に立っていた。
宗徳の姿も元に戻っていた。体が少し重く感じられる。
「あれ……」
「ん? ああ。戻って来ているぞ。まぁ、そうだな『私は死んでいなかった』という事でいいか」
「はい……ご、ご指導ありがとうございました」
「うむ」
あまりに混乱し過ぎて、昔の習慣であった退出時の挨拶が咄嗟に出てしまう宗徳だった。
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奇妙な再会と、面接から数日が過ぎた。今日は正式に契約書を交わす事になっている。
しっかりと戸締りをし、火の消し忘れがないかを確認してから来るようにと、また例の如く親切な言葉をもらい、宗徳と寿子は朝八時に家を出た。
渡されていた地図に書かれている本社の場所は、電車で二十分のビジネス街のど真ん中。
今日もラフな格好でと言われていたのだが、一応は外行きの服にした。二人にとっては久し振りの遠出という事で、服を気にしていて良かったと思っていた。
それでも、スーツ姿の男性がムッとした表情で歩いている中にいるのは、少々居心地が悪かった。
「ここ……ですね……」
「あ、ああ……『ライト・クエスト』って、カタカナで書いてあるし、間違いようがねぇ……」
英語表記なら、もしかしたら迷ったかもしれない。しかし、カタカナでデカデカと大きな柱のようなものに書かれていては間違えないだろう。
それにしてもと思いながら、二人は少し口を開けて、その立派な高いビルを見上げた。
「でけぇ……」
「私達、こんな凄いビルにこれから入るんですか?」
「おう……」
そんなビルにも、出社して来たという人達が吸い込まれていく。
そうして、また見上げていた宗徳の目に、黒い大きな鳥が横切ったように見えた。
「あれ?」
目の前をではない。遥か上空。隣のビルよりも高いそのビルの上の方に、黒い影が向かって行ったように見えた。
ぶつかりはしなかったかと、宗徳は少し心配になる。だが、鳥が落ちて来る事はなかった。
「なんだったんだ?」
そう呟くと、不意に後ろから声を掛けられた。
「入らないのか?」
「うわっ!」
「っ!?」
振り向いた二人の後ろにいたのは、善治だった。濃紺色のスーツをキッチリ着て、真っ直ぐに見つめていたのだ。
「あ、善じっ、師匠っ」
「うむ。良い天気だな。初出勤には良い日だ」
「はい……」
「ええ。本当に……」
なんだか、一気に肩の力が抜けた二人だ。
「行くぞ。お前達の補佐役になったからな。心配するな。ただ、中は楽しい事になっているから、腰を抜かすなよ?」
「はい?」
善治は宗徳の隣を通り過ぎ、ビルの入り口に向かって行く。しばらく動けずにいると、善治が振り向く。その目は早くしろと言っていた。
「ほら、あなた。行きますよ」
「お、おお」
まだ尻込みしていた宗徳だが、寿子に急かされ、足が前に出る。
そして、善治についてビルの中へ足を踏み入れたのだ。
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読んでくださりありがとうございます◎
新しい職場というのは緊張するものですよね。
次回、土曜1日の0時です。
よろしくお願いします◎
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