上 下
5 / 199
mission 1 再就職

005 初出勤は緊張します

しおりを挟む
2017. 3. 25

**********

目の前にいるのは、若かりし頃の姿の武道の師匠だ。もう間違いはない。

再会の感動に打ち震えていた宗徳だったが、そこでゆっくりと血の気の引く事実に思い当たってしまった。

「……ぜ、善じぃ……」
「師匠と呼べと、何度言わせる?」

仕方のない奴だと苦笑する善治。その表情を見て切なくもなるが、それよりも確認しなくてはならない事がある。

「だ、だって善じぃ。葬式どうしたんだよ!」
「ん? ああ。来ていてくれたな。好物だった饅頭も供えてもらった。あれは惜しいことをした」
「……え……」

ちゃんと見ていたぞと笑みを浮かべる善治。どう言ったらこれが異常な事だと分かってもらえるのか分からないと頭を抱えた。

「だからっ、葬式であんた、棺桶の中に居ただろう!」
「そのことか。いや、葬儀の手伝いに混じっていた。こうして……」

前髪を?惜き上げ、肩口まで伸びている髪を紐で後ろに結う。それから四角く黒い太枠のあるメガネをかけると、印象が変わった。

「い、インテリ系って奴か?」
「良く知っているな。これで、少し下を向いていれば顔をじっくり見られる事もない。今は生前葬というのがあるらしいが、それだったな。本気で友人達や弟子達が泣くのを見るのは申し訳なかったが」
「……」

もう、宗徳の方がおかしいように思えてくる。

「私の死体は、良くできていただろう?」
「ええ……もう、本当に……」

そんな話をしている間に、元の世界に戻っていたらしく、森は消え、小さな会議室に立っていた。

宗徳の姿も元に戻っていた。体が少し重く感じられる。

「あれ……」
「ん? ああ。戻って来ているぞ。まぁ、そうだな『私は死んでいなかった』という事でいいか」
「はい……ご、ご指導ありがとうございました」
「うむ」

あまりに混乱し過ぎて、昔の習慣であった退出時の挨拶が咄嗟に出てしまう宗徳だった。

**********

奇妙な再会と、面接から数日が過ぎた。今日は正式に契約書を交わす事になっている。

しっかりと戸締りをし、火の消し忘れがないかを確認してから来るようにと、また例の如く親切な言葉をもらい、宗徳と寿子は朝八時に家を出た。

渡されていた地図に書かれている本社の場所は、電車で二十分のビジネス街のど真ん中。

今日もラフな格好でと言われていたのだが、一応は外行きの服にした。二人にとっては久し振りの遠出という事で、服を気にしていて良かったと思っていた。

それでも、スーツ姿の男性がムッとした表情で歩いている中にいるのは、少々居心地が悪かった。

「ここ……ですね……」
「あ、ああ……『ライト・クエスト』って、カタカナで書いてあるし、間違いようがねぇ……」

英語表記なら、もしかしたら迷ったかもしれない。しかし、カタカナでデカデカと大きな柱のようなものに書かれていては間違えないだろう。

それにしてもと思いながら、二人は少し口を開けて、その立派な高いビルを見上げた。

「でけぇ……」
「私達、こんな凄いビルにこれから入るんですか?」
「おう……」

そんなビルにも、出社して来たという人達が吸い込まれていく。

そうして、また見上げていた宗徳の目に、黒い大きな鳥が横切ったように見えた。

「あれ?」

目の前をではない。遥か上空。隣のビルよりも高いそのビルの上の方に、黒い影が向かって行ったように見えた。

ぶつかりはしなかったかと、宗徳は少し心配になる。だが、鳥が落ちて来る事はなかった。

「なんだったんだ?」

そう呟くと、不意に後ろから声を掛けられた。

「入らないのか?」
「うわっ!」
「っ!?」

振り向いた二人の後ろにいたのは、善治だった。濃紺色のスーツをキッチリ着て、真っ直ぐに見つめていたのだ。

「あ、善じっ、師匠っ」
「うむ。良い天気だな。初出勤には良い日だ」
「はい……」
「ええ。本当に……」

なんだか、一気に肩の力が抜けた二人だ。

「行くぞ。お前達の補佐役になったからな。心配するな。ただ、中は楽しい事になっているから、腰を抜かすなよ?」
「はい?」

善治は宗徳の隣を通り過ぎ、ビルの入り口に向かって行く。しばらく動けずにいると、善治が振り向く。その目は早くしろと言っていた。

「ほら、あなた。行きますよ」
「お、おお」

まだ尻込みしていた宗徳だが、寿子に急かされ、足が前に出る。

そして、善治についてビルの中へ足を踏み入れたのだ。

**********

読んでくださりありがとうございます◎


新しい職場というのは緊張するものですよね。


次回、土曜1日の0時です。
よろしくお願いします◎
しおりを挟む
感想 202

あなたにおすすめの小説

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

『忘れられた公爵家』の令嬢がその美貌を存分に発揮した3ヶ月

りょう。
ファンタジー
貴族達の中で『忘れられた公爵家』と言われるハイトランデ公爵家の娘セスティーナは、とんでもない美貌の持ち主だった。 1話だいたい1500字くらいを想定してます。 1話ごとにスポットが当たる場面が変わります。 更新は不定期。 完成後に完全修正した内容を小説家になろうに投稿予定です。 恋愛とファンタジーの中間のような話です。 主人公ががっつり恋愛をする話ではありませんのでご注意ください。

公爵令嬢は父の遺言により誕生日前日に廃嫡されました。

夢見 歩
ファンタジー
日が暮れ月が昇り始める頃、 自分の姿をガラスに写しながら静かに 父の帰りを待つひとりの令嬢がいた。 リリアーヌ・プルメリア。 雪のように白くきめ細かい肌に 紺色で癖のない綺麗な髪を持ち、 ペリドットのような美しい瞳を持つ 公爵家の長女である。 この物語は 望まぬ再婚を強制された公爵家の当主と 長女による生死をかけた大逆転劇である。 ━━━━━━━━━━━━━━━ ⚠︎ 義母と義妹はクズな性格ですが、上には上がいるものです。 ⚠︎ 国をも巻き込んだ超どんでん返しストーリーを作者は狙っています。(初投稿のくせに)

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

婚約破棄されたけど、逆に断罪してやった。

ゆーぞー
ファンタジー
気がついたら乙女ゲームやラノベによくある断罪シーンだった。これはきっと夢ね。それなら好きにやらせてもらおう。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

処理中です...