シルバーヒーローズ!〜異世界でも現世でもまだまだ現役で大暴れします!〜

紫南

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mission 1 再就職

001 シルバー派遣?

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2017. 2. 25
二話投稿予定でしたが、今回は一話です。

*********

それは妻、寿子(ひさこ)の一言から始まった。

「ねぇ、あなた。異世界に移住しません?」
「……はぁっ!? ついに呆けがっ!?」

宗徳(むねのり)が思わず出した言葉に、テーブルを挟んで座っていた寿子が即反応する。

口元に浮かべられた笑みに騙されてはいけない。目はギラリと光っているのだ。そして、不意に立ち上がった寿子は伸ばした右手で手刀を繰り出す。

「ぶわっと!」

宗徳は頭に真っ直ぐに振り下ろされた手を反射的に両手で白刃取る。

読んでいた新聞は、ひらりと朝食の上に被さった。

「うわわっ。味噌汁がっ、危ねぇだろ! この歳になると頭への衝撃は命に関わるんだぞ!」
「一本ぐらい血管が切れれば、血の巡りも良くなるのではありません?」
「んなわけあるか! 寝た切り老人にする気か!?」
「そうなったら、早々に介護認定を受けて差し上げますよ。中途半端におかしくなるより、完全に寝た切りになってくださいね」
「……」

女は夫婦になると、唐突に現実主義になるというのは本当だ。愛や恋なんて金にならないものは床下に埋めるのだろう。

この年になると諦めも付くが、寂しさは募っていく。果たして、独り身の寂しさとどれ程の差があるのだろうか。

ただ、悲観するほど仲が冷めているわけでもなかった。

「突然、なんなんだよ……異世界なんて……徹(とおる)の……今流行りのゲームの話か?」

根拠もなく、冗談で話を切り出すような寿子ではない事は、長い付き合いで分かっている。

『異世界』という単語は、もう何十年も顔を合わせていない息子から、以前聞いた事がある。ゲーム会社に勤める息子……徹は、ゲームをする事が仕事だとか訳のわからない事を言っていた。

幼い頃から、日がな一日部屋に籠る軟弱さに何度イラつき、喧嘩したかわからない。それは大人になっても変わらなかった。歩み寄る事も出来ず、嫁や孫の顔さえ、ここ十数年見ていなかった。

寿子も会いたいだろうに、夫の顔を立てて普段は話も振って来ない。ただ、昔から要領の良い妻だ。内緒で会っている事は考えられる。

それでも、外でしか会えないのだ。息子に対する思いも、男親と女親では違いがある。気を遣わせている事に申し訳ないとも思っていた。

「徹と仲直りする気も無さそうですし、年金だって限られてますからね。もういっそのこと、働き口を探すついでにこの世界から出たらどうかと」
「……悪い……全く話が分からん」

これ程妻の話が理解出来なかった事は初めてだ。連れ添って半世紀と少し。金婚式を済ませて久しい。言葉にしなくても分かる所まで来ていたはずだった。

「これだから頭の固い人は……」
「……」

息子や他の人に言われるとムカッ腹も立つが、妻に言われると口を噤んでしまう。自覚もあるのだ。

ただ、異世界なんて言葉など抵抗なく口にした事がない。受け入れる方がどうかしていると思っている。当然、そう口にする事も出来ず、肩を落として降参を示す。

「分かるように説明してくれ……」

そう言うと、寿子はクスリと笑って話し出した。

「昨日、シルバー派遣の相談会がありまして、お隣のミツさんの紹介で行って来たんです。そこでの個人相談で、これをいただきました」
「広告か? どれ……『武術の心得があるならご検討を! 異世界を救う仕事です!』……なんだこれ……」

こんなにも胡散臭い言葉が書かれているのに、なぜ寿子は乗り気なのか。

「こんなものに引っかかるなんて……やっぱりボケが……っな、何でもない」

殺気を感じて、慌てて弁明して口を閉じる。それから再びチラシに目を落とした。

そこには『市役所にて面接を行います』とも書かれていた。事前に担当者に連絡し、日時を指定するという事まで細かく書かれている。

「……『かつての経験を生かし、稼いでみませんか』……新手の詐欺なんじゃ……」

不安で仕方がない。つい先日にも、巷で流行りのオレオレ詐欺の電話があったばかりだ。

勿論、電話の相手に息子は自分に頼るような事は死んでもしないという事と、こんなことを考える暇があったらまっとうに働けと説教までしておいた。

「役所が絡んでいるのに詐欺になったら、この国はいよいよダメでしょうねぇ」
「……違ぇねぇ……」

いくらなんでも、詐欺は考え過ぎかもしれない。何より、お金を稼がせてくれようとしている。

「老眼詐欺もねぇな……まぁ、契約がなんだ言うかどうかって所か。お前がいいんなら、やってもいいぜ」

老眼詐欺と密かに呼んでいるのは、小さく細かい注釈を載せ、引っ掛けるものの事だ。規約や契約書なんてものはこれの最たるものだと思っている。

今の『取り敢えず書いておく』社会傾向は女々しく見えるのだ。後で文句を言わせない風習は、どこから来たのか。

それがあるかないかで、信用度が変わってくる。今回のものは、信用しても良いのではないかと思えた。

「なら、役所に電話しておきますね。面接日を決めないと」
「おぉ。特に予定もねぇから、好きにしろ」

チラシを寿子へ返し、再び新聞を読みながら少し冷めてしまった朝食に手をつける。寿子にはいつも通りに見えるだろう。しかし、宗徳の心はざわざわと落ち着かなかった。

どうやら面接という言葉にビビっているようだ。

「仕事か……」

建設会社を退職して約十年。近所の子ども達の登下校を見守るくらいしかやれる事はない。

後は新聞を読んでいるか、国営放送を見るか、庭で竹刀を振るくらい。働いていた時は、早く引退したいとか、何もしなくても良い隠居の身になりたいと思っていたが、現実は暇過ぎておかしくなりそうだった。

何かをはじめようと思っても、何をしたいのかが分からない。訳の分からない焦りから苛ついたり、落ち着かなくなってしまう。

「やってみるか」
「もう電話しましたよ」
「早っ! いつの間にっ」

考え事をしているうちに、寿子は電話を済ませていたようだ。仕事に相当、乗り気なのだろう。

「今日の午後、一時だそうです」
「早っ! な、何か用意するものとかないのか!?」
「家の戸締りをしっかりして、火の消し忘れがないように。いつも通りの服装で、スーパーに買い物に行くくらいの気安さで、役所までお願いしますって」
「……それ、どこにかけた?」
「ちゃんとこの番号ですよ。役所の番号でした」
「……ま、まぁ、役所に行くんだ。大丈夫だと思おう……」

一抹どころか、全体的に不安だが、腹をくくるしかないだろう。

「では、一時ですからね」
「お、おぉ……」

こうして、午後一時、夫婦で役所へ向かったのだ。

**********

読んでくださりありがとうございます◎


次回は、4日土曜日0時です。
よろしくお願いします◎
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