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mission 11 王都調査と救助
110 夫婦って難しい
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ユマに張り倒された領主が立ち上がって椅子に座るまで少しばかり時間がかかった。その理由は、領主の顔が予想よりもかなり腫れ上がってしまったためだ。
「あらあら。酷い顔ねえ。ユマさん、治療しても良いかしら?」
「……」
「あの状態だと、痛みでちゃんと話が聞けないわ」
「……でも……」
意地を張っているのは分かる。
「子どもにゲンコツを落とすのはお説教の後が良いのよ? 大人は冷静に、先ずは話し合い。ね?」
「……なら……また後で……」
「そうね。後にしましょう」
「ひっ!」
ユマと寿子の目が領主に向かえば、完全に怯えた子どもにしか見えなかった。
少し可愛く見えて、寿子は素早く布に薬液を垂らすと、それを領主の頬に当てた。
「大丈夫よ。うん。ほら、治ったわ」
「へ?」
布を離すと、染み込んだはずの薬液は消えており、同じように頬の腫れも綺麗さっぱり消えていた。魔法のある世界は不思議がいっぱいだ。
痛みが突然消えたことでびっくりしながら、領主は頬を手で触って確認する。その目を丸くした表情がまた可愛くて頭を撫でてしまった寿子だ。二十歳程は年下なので、年齢的には問題ないかもしれない。ただし、今の見た目ではおかしい。だが、誰も妙な表情はしなかった。
落ち着くようにお茶を出し、空気から棘が消えたところで話を再開する。
「さあ、ユマさん。本当のお名前を聞かせてくださいな」
「っ……ヒサコさん知って……」
「情報源は教えられないわよ?」
「……っ、分かりました」
「ユマ……?」
ユマが表情を引き締め、背筋を正したのを見て、領主も何事かと口を横に引き結んだ。
「私の名はユミール・ロサ・ケーリア。ケーリア国の第三王女でした」
「「「っ!?」」」
廉哉とユマを迎えに行ったミストも知らなかった。元王族だと事情を少し話していたのは、廉哉にだけだったらしい。
周りがフリーズしてしまったので、寿子が確認する。
「もしかしてそのこと、前の領主様は知っていたってことかしら」
「はい……お義父様は、かつて私の教師役の一人だったのです。城を出てから匿っていただきました」
「それで、領主様と良い仲になったのね? 王女だと事情を知っている前領主と王女であることで色々相談をしていたとか?」
「はい。王都の様子など教えていただいていました……」
「そこをこの領主様は勘違いしたのね」
「っ!!」
キッと睨み付けるユマ。好き合って結婚したが、裏切られたという思いの方が今は強いようだ。恋や愛は消えてしまったらしい。
「どうして、領主様に王女だと言わなかったの?」
「っ、言えません! 私が王女だと知ればっ……」
「知れば、重荷になると思ったのかしら?」
「っ……私は王の意に背いた者です。その私が正妻でないとはいえ、一領主の妻になったのです……王に知られても、知らなければ責を負うこともない……」
昔の決断を思い出し、ユマは苦しげに眉を寄せた。その時の心情が、寿子には察せられた。
「領主様に逃げ道を残したかったのね」
「ユマ……っ」
「っ……」
領主にも察せられたのだろう。愛した人を巻き込みたくなかったのだ。そう思いながらも妻となりたいと思うほど好きだったのだろう。
ユマは真っ直ぐに向けられる領主の視線を避けるように、顔を背けていた。だから代わりに寿子が領主へ告げる。
「ふふ。これで分かったでしょう? アルマ君は誰の子かしら?」
「わ、私の子です!」
「よくできました」
思わず褒めてしまった。
「ほら、ユマさん。許してあげましょう?」
「……アルマが許すのなら……」
「そうね。アルマ君の許可もいるわね。アルマ君。入ってきてちょうだい」
「「え……」」
教会に繋がる扉が開く。アルマは悠遠に背中を押されてそこから二歩進み出る。
「アルマ君、聞こえていたわね?」
領主が張り倒された辺りで、悠遠に引っ張られて扉の所まで来ていたのだ。悠遠はとても気が利く。
「はい……僕は……父上がきちんと母上に謝るなら良いです。ずっと、長い間一人にしてしまった母上を、きちんと労ってください」
「アルマ……」
ユマは涙を滲ませていた。アルマは母であるユマの心と名誉を守ろうとしているのだ。母親として嬉しくないはずはない。
これを聞いて、父である領主も目を覚ますように決然とした表情で立ち上がった。そして、勢いよくユマに頭を下げたのだ。
「疑ってすまなかった! 償わせてほしい! これからは私が守る。頼りないかもしれないが、国からも守ってみせるから! だからっ……戻ってきてくれ!」
「っ……あなた……」
頭を下げたままの領主。誠意は伝わってくる。ユマがどうするかと寿子が目を向けると、俯いて震えていた。膝にポタポタと涙が落ちるのが見えた。
「っ、母上っ」
アルマも気付いて、焦って駆け寄る。その声に弾かれたように頭を上げた領主も焦った様子で駆け寄った。
「ゆ、ユマっ、ほ、本当にすまなかった」
「ぅ、もう、いいわよ……っ」
「ユマっ」
抱き合って泣き出す親子を見て、寿子は護衛の者達に外に出るように手を振る。それを受けてミスト達はそっと外へ出て行く。彼らに続いて寿子も外へ出て扉を静かに閉めた。
悠遠も既に気を利かせて扉を閉めていたので、問題はないだろう。
「はぁ、これで落ち着きそうね」
「ありがとうございます、ヒサコ様」
「いいのよ。夫婦って難しいわよね。血の繋がらない他人だからかしら。ちょっとしたことで、心は離れやすいのよね」
「なるほど……」
困るわよねと笑う寿子に、護衛達は苦笑するしかない。
そこで、廉哉からメールが来ていることに気付いたのだ。
************
読んでくださりありがとうございます◎
「あらあら。酷い顔ねえ。ユマさん、治療しても良いかしら?」
「……」
「あの状態だと、痛みでちゃんと話が聞けないわ」
「……でも……」
意地を張っているのは分かる。
「子どもにゲンコツを落とすのはお説教の後が良いのよ? 大人は冷静に、先ずは話し合い。ね?」
「……なら……また後で……」
「そうね。後にしましょう」
「ひっ!」
ユマと寿子の目が領主に向かえば、完全に怯えた子どもにしか見えなかった。
少し可愛く見えて、寿子は素早く布に薬液を垂らすと、それを領主の頬に当てた。
「大丈夫よ。うん。ほら、治ったわ」
「へ?」
布を離すと、染み込んだはずの薬液は消えており、同じように頬の腫れも綺麗さっぱり消えていた。魔法のある世界は不思議がいっぱいだ。
痛みが突然消えたことでびっくりしながら、領主は頬を手で触って確認する。その目を丸くした表情がまた可愛くて頭を撫でてしまった寿子だ。二十歳程は年下なので、年齢的には問題ないかもしれない。ただし、今の見た目ではおかしい。だが、誰も妙な表情はしなかった。
落ち着くようにお茶を出し、空気から棘が消えたところで話を再開する。
「さあ、ユマさん。本当のお名前を聞かせてくださいな」
「っ……ヒサコさん知って……」
「情報源は教えられないわよ?」
「……っ、分かりました」
「ユマ……?」
ユマが表情を引き締め、背筋を正したのを見て、領主も何事かと口を横に引き結んだ。
「私の名はユミール・ロサ・ケーリア。ケーリア国の第三王女でした」
「「「っ!?」」」
廉哉とユマを迎えに行ったミストも知らなかった。元王族だと事情を少し話していたのは、廉哉にだけだったらしい。
周りがフリーズしてしまったので、寿子が確認する。
「もしかしてそのこと、前の領主様は知っていたってことかしら」
「はい……お義父様は、かつて私の教師役の一人だったのです。城を出てから匿っていただきました」
「それで、領主様と良い仲になったのね? 王女だと事情を知っている前領主と王女であることで色々相談をしていたとか?」
「はい。王都の様子など教えていただいていました……」
「そこをこの領主様は勘違いしたのね」
「っ!!」
キッと睨み付けるユマ。好き合って結婚したが、裏切られたという思いの方が今は強いようだ。恋や愛は消えてしまったらしい。
「どうして、領主様に王女だと言わなかったの?」
「っ、言えません! 私が王女だと知ればっ……」
「知れば、重荷になると思ったのかしら?」
「っ……私は王の意に背いた者です。その私が正妻でないとはいえ、一領主の妻になったのです……王に知られても、知らなければ責を負うこともない……」
昔の決断を思い出し、ユマは苦しげに眉を寄せた。その時の心情が、寿子には察せられた。
「領主様に逃げ道を残したかったのね」
「ユマ……っ」
「っ……」
領主にも察せられたのだろう。愛した人を巻き込みたくなかったのだ。そう思いながらも妻となりたいと思うほど好きだったのだろう。
ユマは真っ直ぐに向けられる領主の視線を避けるように、顔を背けていた。だから代わりに寿子が領主へ告げる。
「ふふ。これで分かったでしょう? アルマ君は誰の子かしら?」
「わ、私の子です!」
「よくできました」
思わず褒めてしまった。
「ほら、ユマさん。許してあげましょう?」
「……アルマが許すのなら……」
「そうね。アルマ君の許可もいるわね。アルマ君。入ってきてちょうだい」
「「え……」」
教会に繋がる扉が開く。アルマは悠遠に背中を押されてそこから二歩進み出る。
「アルマ君、聞こえていたわね?」
領主が張り倒された辺りで、悠遠に引っ張られて扉の所まで来ていたのだ。悠遠はとても気が利く。
「はい……僕は……父上がきちんと母上に謝るなら良いです。ずっと、長い間一人にしてしまった母上を、きちんと労ってください」
「アルマ……」
ユマは涙を滲ませていた。アルマは母であるユマの心と名誉を守ろうとしているのだ。母親として嬉しくないはずはない。
これを聞いて、父である領主も目を覚ますように決然とした表情で立ち上がった。そして、勢いよくユマに頭を下げたのだ。
「疑ってすまなかった! 償わせてほしい! これからは私が守る。頼りないかもしれないが、国からも守ってみせるから! だからっ……戻ってきてくれ!」
「っ……あなた……」
頭を下げたままの領主。誠意は伝わってくる。ユマがどうするかと寿子が目を向けると、俯いて震えていた。膝にポタポタと涙が落ちるのが見えた。
「っ、母上っ」
アルマも気付いて、焦って駆け寄る。その声に弾かれたように頭を上げた領主も焦った様子で駆け寄った。
「ゆ、ユマっ、ほ、本当にすまなかった」
「ぅ、もう、いいわよ……っ」
「ユマっ」
抱き合って泣き出す親子を見て、寿子は護衛の者達に外に出るように手を振る。それを受けてミスト達はそっと外へ出て行く。彼らに続いて寿子も外へ出て扉を静かに閉めた。
悠遠も既に気を利かせて扉を閉めていたので、問題はないだろう。
「はぁ、これで落ち着きそうね」
「ありがとうございます、ヒサコ様」
「いいのよ。夫婦って難しいわよね。血の繋がらない他人だからかしら。ちょっとしたことで、心は離れやすいのよね」
「なるほど……」
困るわよねと笑う寿子に、護衛達は苦笑するしかない。
そこで、廉哉からメールが来ていることに気付いたのだ。
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