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第十三章
534 タネって何?
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料理長が一歩前に出ると同時に、民衆の波の後ろの方から、カンカンカンという音が鳴った。
「えっ。なに?」
「何の音?」
「ちょっ、いきなりなんなの?」
次第にドコドコ、トントン、ザッザッと様々なら音が合わさっていく。
それが徐々に近づいて来ていた。
「一体なんなの!?」
困惑する聖女達。そこで、唐突に音がやって来る場所に居る民衆の波が割れた。
「「「っ!?」」」
現れたのは、ドラム組だった。
「「「「「っ、ごふっ」」」」」
「「「「「んんっ!?」」」」」
先頭に棟梁と並んでゼストラークが居るのを確認した王宮側から、咽せる声や息を詰まらせる音が多く響いたが、民達の中に理由が分かる者は少ない。
まさか、主神であるゼストラークが、しれっと大工として入り込んでいるなんて察せられる訳がない。それも、こんな不特定多数の人が集まる中になど考えてもみないだろう。
聖魔教会での神下ろしの儀式で見たことがあっても、居るはずがないという先入観で、民衆達の多くは綺麗に見過ごしていた。
そして、事情を知る者達が戸惑っている内に、ドラム組は即席でオープンキッチンを作り上げていく。
「え? え? な、何なの!?」
「何かできてる! ちょっ、何ができてるの!?」
「えっ!? もしかして……調理場? まさかっ、ここでやるの!? ってか早いっ」
聖女達は、まさか今ここでそれをやることになるとは思っていなかったのだ。
彼女達は、王宮に入り込めればこっちのものだと思っていた。仮にうまくできそうにないと判断した時に、気分が悪くなったとか、料理人が邪魔をしたからとか言い訳を並べればいい。そういう判断も含めてやると言ったのだ。
これだけの民衆の目の前で、それも調理場は確実に離れており、誰かがこちらに近付いて来ることはなさそうな距離で料理をすることになるとは思ってもみなかった。
誤魔化せる気がしないと焦り出す。わざわざ言葉にして示し合わせなくとも、彼女達はそれぞれが誤魔化すための策を練っており、同じ考えに至っていた。
「っ、ど、どうするの?」
「あなたがやるって言ったんだから、頑張んなさいよっ」
「っ、なによっ。あんなの、焼いて味を付けるだけじゃないっ」
「大丈夫よ。確か、美味しいものを知ってる方がいいのよね……私たち、色んな国の王宮料理だって食べてきたわ」
「そうねっ。それに……もしも舌に合わなくても、それはその味を知らないからだって言えるわ。私達と味覚が違うって言えばいいのよ」
「それはあり得るわね」
「で? どうするの? どうやるの? 一人でやるんだよね?」
「手伝いなさいよ」
「そうよ。いいの? あなただけ、資格なしってことになるわよ」
「っ、やるわよ……」
三人でごちゃごちゃと話し合っている間に、オープンキッチンは出来上がり、王宮側と聖女側の調理台で挟んだ真ん中に、食材の並んだ大きなテーブルも用意されていた。
「……なんか、いっぱいある……」
「お肉が塊……なんか微妙に色とか違うけど、いつも食べてるのはどれ?」
「え? 肉なんてどれも一緒でしょう?」
「そ、そうよね。肉は肉だわ」
「何の肉なのかしら……」
「「え?」」
「ん?」
「どういうこと? 肉は肉でしょう?」
「何の肉とかあるの? なにそれ」
「……え? ないの?」
「「さあ……」」
これは多くの者の耳に届いた。
「「「「「……」」」」」
「「「「「……」」」」」
民衆も、王宮側の者達も静まり返る。
「え? なによ……あっ、相談してるのを聞かれるわっ」
「いやね。こう言うのも、品位を疑うわ」
「王族が王族なら、民も民ね」
「「「「「……」」」」」
そうじゃねえよと誰もが言いたかった。
ジルファスは、ゼストラークと棟梁達が民衆の奥に撤退していくのを見送る。そこで、ゼストラークの視線が一瞬、ジルファスを射抜いた。
「っ……」
「……」
ゼストラークから感じられたのは『きっちり引導を渡せ』というもの。それに小さくジルファスが頷けば、そのまま民衆の陰に消えた。
気を取り直し、ジルファスは口を開く。
「では、審査は彼らに頼むことにする」
「「「え?」」」
「「「「「……っ」」」」」
彼ら、と騎士達に連れて来られたのは、聖女達が知る司教や司祭だった。
「彼らは行く宛もないということで、現在は聖魔教会に保護され、奉仕活動に勤しんでいるらしい。あなた方とも顔見知りだろう。文句はないはずだ」
「「「「「っ……」」」」」
顔色が悪いのは、聖女に国を裏切ったと思われる事を恐れているのだろう。更には、聖女達から送られる自分たちを勝たせろという圧が掛かっているからかもしれない。
「いいわ。その人達なら、ウソは吐かないでしょうから」
聖女達は、既に勝ったという顔をしていた。
「では、始める。時間は三十分以内っ」
そう言った直後、ジルファスから少し離れた場所に、大きな三十分を計れる砂時計が出現する。
「っ!!」
「「「えっ!?」」」
「「「「「おおっ」」」」」
民衆達はすげえと歓声を上げるが、聖女三人は目を丸くし、ジルファスは咄嗟に城を振り返った。
城壁の見張り台の所に、テーブルと椅子を出し、見ものに回っているコウヤとアビリス王が手を振っていた。
「……いつの間に……」
聖女には遠くて確認しきれないだろう。まあ良いかとジルファスは一つ息を吐いて続けた。
「っ、この砂が落ち切るまで、できた方から審査ということで。それ以内にできるのなら何品作っても構わないし、何を作っても良い」
「はいっ」
「わかったわ」
「それでは……っ、開始!」
砂が流れ落ち始めた。同時に動き、素早く食材を迷いなく掴んでいく料理長。それに対して、聖女達はそれぞれが好きな食材を手にしているようだ。そして、お互いがそれじゃない、これじゃないと言い合っている。
「ちょっと。そんなの入れないわよっ」
「肉を焼くとはいっても、それだけだと見た目も悪いわ。だから、この辺を焼く? 煮る? のよ!」
「ねえ、そもそも、これってどう切るの?」
「小さくなればいいんでしょう? できるわよ」
「火ってどうやって付けるのよ」
「なにこれっ。ねえ、なんか中にあるんだけど」
「それ、タネよ。捨てて」
「タネって何?」
聖女の方はとにかく煩い。そして、不安になる言葉ばかりだった。
「おかあさん……あの人たち、おやさいさわったことないのかな?」
「……そうみたいね……」
「うわっ。包丁の持ち方っ。危ねぇっ。あんな出来ないもん? 使ってる人見た事ねえのか?」
「というか……あんなとこで普通、切るか?」
「「「やべえな……」」」
まな板さえ知らないらしい聖女達に、周りはドン引きだ。
「貴族の令嬢とかもあんなかな……」
「……あり得るかも……」
「ひぃ~、あいつら何食わせられるんだろ」
「なんか、食べる前から気分悪そうだな」
「あのひとたち、なにかわるいことしたの?」
「ん? ああ。まあそうなんだろうが……可哀想になってきたわ……」
審査しろと言われて連れて来られた神教会の司教や司祭達は、テーブルにつきながらも、聖女の様子を見て逃げ腰になっていた。
怯えている者。ソワソワと逃げる隙を窺う者。あまりの無知さに驚愕する者。なんでそれを入れるのかと叫びそうになって頭を抱えている者。全てを諦め、無我の境地に辿り着こうとする者と、様々だ。
そして、出来上がったのは、赤い血も滴るステーキ(?)に、生焼けのカラフルな野菜炒めらしきもの。それと、塩味のきいたアクまみれの肉と野菜のスープだった。
「ふふっ。私たちの方が早かったようねっ」
「こういうのは、先手の方が基準になって有利なのよっ」
「味見してないけど、まあ、大丈夫でしょう」
「「「「「……」」」」」
食べなくても不味いだろうことは分かる。見た目で判断すべきじゃないとか、そういうレベルでさえない。
「ちょっと。冷めるじゃない。早く食べなさいよ」
「食べなくても、私たちの料理が一番なんじゃない?」
「もうそれでいいわよね」
「「「「「っ……」」」」」
思わず頷きたくなる司教や司祭達。できることなら、口にしたくない。間違いなく腹を壊す。ここまでくると、毒と同じだ。
「さあ、早く」
「「「「「っ……」」」」」
涙目だ。揃って、ジルファスに助けを求めるように見つめる審査員達。
その時、料理長の方の料理も完成した。
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読んでくださりありがとうございます◎
「えっ。なに?」
「何の音?」
「ちょっ、いきなりなんなの?」
次第にドコドコ、トントン、ザッザッと様々なら音が合わさっていく。
それが徐々に近づいて来ていた。
「一体なんなの!?」
困惑する聖女達。そこで、唐突に音がやって来る場所に居る民衆の波が割れた。
「「「っ!?」」」
現れたのは、ドラム組だった。
「「「「「っ、ごふっ」」」」」
「「「「「んんっ!?」」」」」
先頭に棟梁と並んでゼストラークが居るのを確認した王宮側から、咽せる声や息を詰まらせる音が多く響いたが、民達の中に理由が分かる者は少ない。
まさか、主神であるゼストラークが、しれっと大工として入り込んでいるなんて察せられる訳がない。それも、こんな不特定多数の人が集まる中になど考えてもみないだろう。
聖魔教会での神下ろしの儀式で見たことがあっても、居るはずがないという先入観で、民衆達の多くは綺麗に見過ごしていた。
そして、事情を知る者達が戸惑っている内に、ドラム組は即席でオープンキッチンを作り上げていく。
「え? え? な、何なの!?」
「何かできてる! ちょっ、何ができてるの!?」
「えっ!? もしかして……調理場? まさかっ、ここでやるの!? ってか早いっ」
聖女達は、まさか今ここでそれをやることになるとは思っていなかったのだ。
彼女達は、王宮に入り込めればこっちのものだと思っていた。仮にうまくできそうにないと判断した時に、気分が悪くなったとか、料理人が邪魔をしたからとか言い訳を並べればいい。そういう判断も含めてやると言ったのだ。
これだけの民衆の目の前で、それも調理場は確実に離れており、誰かがこちらに近付いて来ることはなさそうな距離で料理をすることになるとは思ってもみなかった。
誤魔化せる気がしないと焦り出す。わざわざ言葉にして示し合わせなくとも、彼女達はそれぞれが誤魔化すための策を練っており、同じ考えに至っていた。
「っ、ど、どうするの?」
「あなたがやるって言ったんだから、頑張んなさいよっ」
「っ、なによっ。あんなの、焼いて味を付けるだけじゃないっ」
「大丈夫よ。確か、美味しいものを知ってる方がいいのよね……私たち、色んな国の王宮料理だって食べてきたわ」
「そうねっ。それに……もしも舌に合わなくても、それはその味を知らないからだって言えるわ。私達と味覚が違うって言えばいいのよ」
「それはあり得るわね」
「で? どうするの? どうやるの? 一人でやるんだよね?」
「手伝いなさいよ」
「そうよ。いいの? あなただけ、資格なしってことになるわよ」
「っ、やるわよ……」
三人でごちゃごちゃと話し合っている間に、オープンキッチンは出来上がり、王宮側と聖女側の調理台で挟んだ真ん中に、食材の並んだ大きなテーブルも用意されていた。
「……なんか、いっぱいある……」
「お肉が塊……なんか微妙に色とか違うけど、いつも食べてるのはどれ?」
「え? 肉なんてどれも一緒でしょう?」
「そ、そうよね。肉は肉だわ」
「何の肉なのかしら……」
「「え?」」
「ん?」
「どういうこと? 肉は肉でしょう?」
「何の肉とかあるの? なにそれ」
「……え? ないの?」
「「さあ……」」
これは多くの者の耳に届いた。
「「「「「……」」」」」
「「「「「……」」」」」
民衆も、王宮側の者達も静まり返る。
「え? なによ……あっ、相談してるのを聞かれるわっ」
「いやね。こう言うのも、品位を疑うわ」
「王族が王族なら、民も民ね」
「「「「「……」」」」」
そうじゃねえよと誰もが言いたかった。
ジルファスは、ゼストラークと棟梁達が民衆の奥に撤退していくのを見送る。そこで、ゼストラークの視線が一瞬、ジルファスを射抜いた。
「っ……」
「……」
ゼストラークから感じられたのは『きっちり引導を渡せ』というもの。それに小さくジルファスが頷けば、そのまま民衆の陰に消えた。
気を取り直し、ジルファスは口を開く。
「では、審査は彼らに頼むことにする」
「「「え?」」」
「「「「「……っ」」」」」
彼ら、と騎士達に連れて来られたのは、聖女達が知る司教や司祭だった。
「彼らは行く宛もないということで、現在は聖魔教会に保護され、奉仕活動に勤しんでいるらしい。あなた方とも顔見知りだろう。文句はないはずだ」
「「「「「っ……」」」」」
顔色が悪いのは、聖女に国を裏切ったと思われる事を恐れているのだろう。更には、聖女達から送られる自分たちを勝たせろという圧が掛かっているからかもしれない。
「いいわ。その人達なら、ウソは吐かないでしょうから」
聖女達は、既に勝ったという顔をしていた。
「では、始める。時間は三十分以内っ」
そう言った直後、ジルファスから少し離れた場所に、大きな三十分を計れる砂時計が出現する。
「っ!!」
「「「えっ!?」」」
「「「「「おおっ」」」」」
民衆達はすげえと歓声を上げるが、聖女三人は目を丸くし、ジルファスは咄嗟に城を振り返った。
城壁の見張り台の所に、テーブルと椅子を出し、見ものに回っているコウヤとアビリス王が手を振っていた。
「……いつの間に……」
聖女には遠くて確認しきれないだろう。まあ良いかとジルファスは一つ息を吐いて続けた。
「っ、この砂が落ち切るまで、できた方から審査ということで。それ以内にできるのなら何品作っても構わないし、何を作っても良い」
「はいっ」
「わかったわ」
「それでは……っ、開始!」
砂が流れ落ち始めた。同時に動き、素早く食材を迷いなく掴んでいく料理長。それに対して、聖女達はそれぞれが好きな食材を手にしているようだ。そして、お互いがそれじゃない、これじゃないと言い合っている。
「ちょっと。そんなの入れないわよっ」
「肉を焼くとはいっても、それだけだと見た目も悪いわ。だから、この辺を焼く? 煮る? のよ!」
「ねえ、そもそも、これってどう切るの?」
「小さくなればいいんでしょう? できるわよ」
「火ってどうやって付けるのよ」
「なにこれっ。ねえ、なんか中にあるんだけど」
「それ、タネよ。捨てて」
「タネって何?」
聖女の方はとにかく煩い。そして、不安になる言葉ばかりだった。
「おかあさん……あの人たち、おやさいさわったことないのかな?」
「……そうみたいね……」
「うわっ。包丁の持ち方っ。危ねぇっ。あんな出来ないもん? 使ってる人見た事ねえのか?」
「というか……あんなとこで普通、切るか?」
「「「やべえな……」」」
まな板さえ知らないらしい聖女達に、周りはドン引きだ。
「貴族の令嬢とかもあんなかな……」
「……あり得るかも……」
「ひぃ~、あいつら何食わせられるんだろ」
「なんか、食べる前から気分悪そうだな」
「あのひとたち、なにかわるいことしたの?」
「ん? ああ。まあそうなんだろうが……可哀想になってきたわ……」
審査しろと言われて連れて来られた神教会の司教や司祭達は、テーブルにつきながらも、聖女の様子を見て逃げ腰になっていた。
怯えている者。ソワソワと逃げる隙を窺う者。あまりの無知さに驚愕する者。なんでそれを入れるのかと叫びそうになって頭を抱えている者。全てを諦め、無我の境地に辿り着こうとする者と、様々だ。
そして、出来上がったのは、赤い血も滴るステーキ(?)に、生焼けのカラフルな野菜炒めらしきもの。それと、塩味のきいたアクまみれの肉と野菜のスープだった。
「ふふっ。私たちの方が早かったようねっ」
「こういうのは、先手の方が基準になって有利なのよっ」
「味見してないけど、まあ、大丈夫でしょう」
「「「「「……」」」」」
食べなくても不味いだろうことは分かる。見た目で判断すべきじゃないとか、そういうレベルでさえない。
「ちょっと。冷めるじゃない。早く食べなさいよ」
「食べなくても、私たちの料理が一番なんじゃない?」
「もうそれでいいわよね」
「「「「「っ……」」」」」
思わず頷きたくなる司教や司祭達。できることなら、口にしたくない。間違いなく腹を壊す。ここまでくると、毒と同じだ。
「さあ、早く」
「「「「「っ……」」」」」
涙目だ。揃って、ジルファスに助けを求めるように見つめる審査員達。
その時、料理長の方の料理も完成した。
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