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第十二章
490 直視するなっ
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王族達が誰よりも早くこの謁見の間に来たのには訳がある。
本来ならば専用の別の通路があり、玉座のある方からこの謁見の間に入ることが出来る。貴族など、謁見に参列する者達全員が入場してから、悠々と現れれば良い。
しかし、それをしなかった理由は、あの立派な扉だった。
「もうっ、やっぱり、あの扉から入るのが良いわよねっ。気合いが入るわっ」
「うむ。何度見ても良い」
ミラルファとアビリス王は、まだ若い頃には扉から入ったことはあったが、王と王妃になってからは全くない。
だが、扉に立派な彫刻が施されたと知ってからは、必ずこの謁見の間を使う時には、誰よりも早く来てその扉を眺め、そこから入るようにしているのだ。
それは、ジルファスやイスリナ、シンリームも同じだった。
「あの扉がゆっくりと開くのを見ると、良い事がありそうな……そんな気がするんだよ」
「まあっ。ジル様も同じ事を考えていましたのね。ふふっ。リルファムも、テストがある時には、ここの扉の前で祈ってましたわ」
「あっ、それ、私もやりました。そういえば、母上があの扉の絵を元に、ハンカチに刺繍をすると意気込んでいましたよ。持ってたら良い事がありそうだって」
シンリームの母親である第二王妃のカトレアは今、無期限の謹慎としながらも、この国の服飾を支えている。
身分の別なく、女性の専用の下着の生産、販売に力を入れているが、性別も関係なく、既製服の研究をしていた。
裁縫が得意なため、刺繍もお手のものだ。ミラルファが少しそちら方面が苦手であったこともあり、優位に立つためにと昔から頑張っていたのだろう。
それが今、生かされていることで、性格的にも明るくなり、卑屈な所がなくなっていた。
「あら、それは是非沢山作ってもらいましょうっ。ねえ、お義母様っ」
「そうねえ。部屋に飾ってもいいわ」
「伝えておきますわっ」
「そうしてちょうだい。もちろん、デザインを使わせてもらうのですもの。ドラム組の方にもお見せしなくてはなりませんね。そうでしょう? コウヤさん」
ドラム組の棟梁とジンクの合作だ。特にデザイン料をなんて言う人たちではないが、参考にした作品なら、あの二人は見たいだろうと、コウヤは頷く。
「見せるのは良いですね。ジンクおじさんも、そう言うの嬉しいみたいですから」
別に称賛されたいという欲はない。長い年月を生きるジンクにとっては、それが自分の足跡であり、自分が満足できる趣味のような暇つぶしでしかない。
俗に言う承認欲求というものが薄くなって居るのだ。だが、だからといって、褒められるのが嫌な訳でも、称賛されることが嫌なわけでもない。
自分の作品を良いと思い、気に入ってもらえるのは嬉しいものだ。棟梁も同じだった。
「では、きちんとしたものに仕上げるようにと伝えておきましょうか」
「そうですわねっ」
そろそろ、貴族達も集まりだすということで、コウヤ達は一旦、ここを出ることになった。
そうして、貴族達が揃った所で、コウヤも含めた王族が数段高い位置に並んで現れる。
中央の椅子二つに、アビリス王とミラルファが座り、向かって左側、ミラルファの隣りにシンリーム、左端にアルキスが立つ。
そして、アビリス王の隣りにコウヤ、その隣にジルファス、イスリナと続く。
宰相のベルナディオが階段の下で口を開いた。
「『近衛師団』! 入りなさい」
それを合図に、扉がゆっくりと開いていく。そして、選抜戦で選ばれた五十三人の者たちが入ってくる。
業種も違うため、服装も様々だ。
ただし、一つだけ、装飾品が決まっていた。その色は紺色と薄紫。それが統一のカラーだ。全員が今までの自分たちの服装に、片側の肩に留めた半分だけの短いマントをつけている。
肩の所が薄紫で、下に行くほど濃い紺色になるデザインだ。留め具は黒だった。
冒険者も、いつもの防具を付けた装いにそのマントだけ。魔法師の場合も、ローブの上からそれが付いており、文官達も制服の上に付けている。
「なんと奇抜な……っ」
「いやいや、アレだけでもそれなりに様になるものだなあ……」
「色合いが素晴らしいぞ。まさにという感じだ」
貴族達がざわついたのは仕方がないだろう。本来、近衛ならば、同じ騎士の制服を身に付けるもの。今回のは異例中の異例だ。
それでも否定的な声が上がらないのは、コウヤが彼らにも受け入れられているからだった。
寧ろ、貴族達の方でもコウヤはアイドルだった。
「おい。王子を直視するなっ。また倒れるぞっ」
「入って来られたのを見た時点で、神に祈りを捧げたくなったわいっ。いつ召されても悔いはない!」
「ふうっ、動悸が……っ、今日はまた格別に可愛らしくないか!?」
「見ろっ、騎士も見惚れておるわ」
「羨ましいっ、公然と彼の方の側に侍ることが出来るとはっ……なぜ、私はもっと剣の腕を磨いておかなかったのかっ……奴らが妬ましいっ」
そんなざわつきの中、ベルナディオが声を張り上げる。
「あ~、おほんっ。これよりっ『近衛師団』の発足式と師団章の授与式を始めます!」
始まるのは良いが、ジルファスはチラリと隣りに居るコウヤを見て、そこから貴族や近衛師団の者達へと視線を送り、小さく呟いた。
「……大丈夫かな……これ……」
まさかの、コウヤの本日の完璧過ぎる王子様仕様の姿に、近衛師団の者も含め、コウヤと八割方目が合わないという事態が起きていた。
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読んでくださりありがとうございます◎
次回、十二日です!
本来ならば専用の別の通路があり、玉座のある方からこの謁見の間に入ることが出来る。貴族など、謁見に参列する者達全員が入場してから、悠々と現れれば良い。
しかし、それをしなかった理由は、あの立派な扉だった。
「もうっ、やっぱり、あの扉から入るのが良いわよねっ。気合いが入るわっ」
「うむ。何度見ても良い」
ミラルファとアビリス王は、まだ若い頃には扉から入ったことはあったが、王と王妃になってからは全くない。
だが、扉に立派な彫刻が施されたと知ってからは、必ずこの謁見の間を使う時には、誰よりも早く来てその扉を眺め、そこから入るようにしているのだ。
それは、ジルファスやイスリナ、シンリームも同じだった。
「あの扉がゆっくりと開くのを見ると、良い事がありそうな……そんな気がするんだよ」
「まあっ。ジル様も同じ事を考えていましたのね。ふふっ。リルファムも、テストがある時には、ここの扉の前で祈ってましたわ」
「あっ、それ、私もやりました。そういえば、母上があの扉の絵を元に、ハンカチに刺繍をすると意気込んでいましたよ。持ってたら良い事がありそうだって」
シンリームの母親である第二王妃のカトレアは今、無期限の謹慎としながらも、この国の服飾を支えている。
身分の別なく、女性の専用の下着の生産、販売に力を入れているが、性別も関係なく、既製服の研究をしていた。
裁縫が得意なため、刺繍もお手のものだ。ミラルファが少しそちら方面が苦手であったこともあり、優位に立つためにと昔から頑張っていたのだろう。
それが今、生かされていることで、性格的にも明るくなり、卑屈な所がなくなっていた。
「あら、それは是非沢山作ってもらいましょうっ。ねえ、お義母様っ」
「そうねえ。部屋に飾ってもいいわ」
「伝えておきますわっ」
「そうしてちょうだい。もちろん、デザインを使わせてもらうのですもの。ドラム組の方にもお見せしなくてはなりませんね。そうでしょう? コウヤさん」
ドラム組の棟梁とジンクの合作だ。特にデザイン料をなんて言う人たちではないが、参考にした作品なら、あの二人は見たいだろうと、コウヤは頷く。
「見せるのは良いですね。ジンクおじさんも、そう言うの嬉しいみたいですから」
別に称賛されたいという欲はない。長い年月を生きるジンクにとっては、それが自分の足跡であり、自分が満足できる趣味のような暇つぶしでしかない。
俗に言う承認欲求というものが薄くなって居るのだ。だが、だからといって、褒められるのが嫌な訳でも、称賛されることが嫌なわけでもない。
自分の作品を良いと思い、気に入ってもらえるのは嬉しいものだ。棟梁も同じだった。
「では、きちんとしたものに仕上げるようにと伝えておきましょうか」
「そうですわねっ」
そろそろ、貴族達も集まりだすということで、コウヤ達は一旦、ここを出ることになった。
そうして、貴族達が揃った所で、コウヤも含めた王族が数段高い位置に並んで現れる。
中央の椅子二つに、アビリス王とミラルファが座り、向かって左側、ミラルファの隣りにシンリーム、左端にアルキスが立つ。
そして、アビリス王の隣りにコウヤ、その隣にジルファス、イスリナと続く。
宰相のベルナディオが階段の下で口を開いた。
「『近衛師団』! 入りなさい」
それを合図に、扉がゆっくりと開いていく。そして、選抜戦で選ばれた五十三人の者たちが入ってくる。
業種も違うため、服装も様々だ。
ただし、一つだけ、装飾品が決まっていた。その色は紺色と薄紫。それが統一のカラーだ。全員が今までの自分たちの服装に、片側の肩に留めた半分だけの短いマントをつけている。
肩の所が薄紫で、下に行くほど濃い紺色になるデザインだ。留め具は黒だった。
冒険者も、いつもの防具を付けた装いにそのマントだけ。魔法師の場合も、ローブの上からそれが付いており、文官達も制服の上に付けている。
「なんと奇抜な……っ」
「いやいや、アレだけでもそれなりに様になるものだなあ……」
「色合いが素晴らしいぞ。まさにという感じだ」
貴族達がざわついたのは仕方がないだろう。本来、近衛ならば、同じ騎士の制服を身に付けるもの。今回のは異例中の異例だ。
それでも否定的な声が上がらないのは、コウヤが彼らにも受け入れられているからだった。
寧ろ、貴族達の方でもコウヤはアイドルだった。
「おい。王子を直視するなっ。また倒れるぞっ」
「入って来られたのを見た時点で、神に祈りを捧げたくなったわいっ。いつ召されても悔いはない!」
「ふうっ、動悸が……っ、今日はまた格別に可愛らしくないか!?」
「見ろっ、騎士も見惚れておるわ」
「羨ましいっ、公然と彼の方の側に侍ることが出来るとはっ……なぜ、私はもっと剣の腕を磨いておかなかったのかっ……奴らが妬ましいっ」
そんなざわつきの中、ベルナディオが声を張り上げる。
「あ~、おほんっ。これよりっ『近衛師団』の発足式と師団章の授与式を始めます!」
始まるのは良いが、ジルファスはチラリと隣りに居るコウヤを見て、そこから貴族や近衛師団の者達へと視線を送り、小さく呟いた。
「……大丈夫かな……これ……」
まさかの、コウヤの本日の完璧過ぎる王子様仕様の姿に、近衛師団の者も含め、コウヤと八割方目が合わないという事態が起きていた。
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