50 / 475
4巻
4-2
しおりを挟む
「あれ? どうしたの?」
いつもは嬉しそうに出迎えてくれる三人の神達。しかし、今日は慌ただしそうに動いていた。
「ちょっ、ちょっと待っててねっ、コウヤちゃんっ」
「コウヤ君は、そこでちょっと休憩しててっ」
「これは削除されているのか?」
三人は、中央にある大きなテーブルを囲んで何やら操作、確認している。まるでそれは、コウヤが地球にいた頃にSF映画かアニメで観た、未来の司令室の風景だ。画面が空中に現れ、パソコンのようにキーボードでそれを操作する。いつもお茶をする小さなテーブルは隅に避けられていた。
コウヤは三人の後ろからテーブルを覗き込む。
「見てもいい?」
「ああ……というか、コウヤの方が得意か?」
「「あっ」」
「もしかして、データの復元? これって、前任の……なるほどね。うん。やっていいならやるよ?」
「「「っ、頼んだっ」」」
「は~い」
久し振りに打つキーボードに少し感動しながら、コウヤは今度タイプライターでも作ろうかなと思った。カシャカシャと音がするのが楽しいだろう。復元、呼び出し作業には五分かかった。猛然とキーボードを叩いてちょっと気持ちがいい。ただ、さすがに目が疲れた。
「ふぃ~。できたよ~」
「助かった。では、こちらで確認できるまで休憩していなさい」
「あ、私がお茶淹れてあげるわ」
愛と再生の女神であるエリスリリアと共に端のテーブルに移動し、一服していると、全ての確認が終わって、戦いと死の神リクトルスと、創造と技巧の神ゼストラークがやって来た。
「お待たせ、コウヤ君」
「すまんな……こちらでも全く把握できていないものだったのだ……」
彼らが何についてのデータを復元して調べていたのかは明白だ。
「あの飛天翼族のタマゴだよね。最後の生き残りというのは間違いないみたいだったけど」
ステータスの称号欄にそうあったのだから、これは正確なはずだった。
「そうだな……あれは、本当にまだ生まれる前の状態で時を止めていたようだ」
かつてゼストラークがこの世界を生み出す前に、別の神がある世界を管理していた。その前任の神は、紆余曲折の末にその世界を滅ぼしてしまった。
あのタマゴはそれを守っていた祠ごと、奇跡的に世界の崩壊時に消滅することなく、次元の狭間に落ちたらしい。
「祠の方を確認したけど、子どもを思う親の強い気持ちが結界の役割をしていたみたい。あれは親の命ごと結界魔法として組み込まれてるわね。魂の残滓があったわ」
あのタマゴの親は、結界を張ることを意図したわけではなく、崩壊する世界の中で自分達の命を懸けて守ろうとしたのだ。エリスリリアの報告を聞きながらもリクトルスは、思い出したように空中に画面を出して何かを確認していた。そして、一つ頷く。
「どうやら、コウヤ君が転生して戻ってくる時に通した道に、狭間を彷徨っていたアレが乗ったみたいだね。それでこちら側に戻ってくることができたんだ」
「俺の……」
そんな偶然が、と驚いていると、エリスリリアは笑ってコウヤの頭を撫でてきた。
「ふふ。コウヤちゃんのことだから、無意識に助けようとしたんじゃないかしら。パックンが拾ってきたのも、偶然じゃないのかもね」
これに、リクトルスも賛同する。
「そうだね。コウヤ君、前に言ってたしね。飛天翼族も全部が全部滅びなくてはならないほど間違いを犯した者達ばかりではなかったはずだって」
人族や他の種族が今のように生きる世界で、飛天翼族は背にある翼で空を飛べる種族だった。だからなのだろうか。彼らはやがて神になり代わろうとした。
次第に傲慢になり、他種族を見下すようになった。地上を支配し、逆らう者は簡単に滅した。神の威光は届かず、自分達が至上の種族だとしたという。遂には地上に生きていた他種族を三分の二以上も滅ぼしてしまった。それが神の怒りに触れたのだ。怒り狂った神によって、この世界は一度消滅した。
けれど、コウヤは飛天翼族の全てを罪の子として滅してしまった結果には、納得できなかった。もっと手はなかったのかと考えてしまうのだ。
「コウヤ、どうする? アレを憎んだ前任の神はもういないが、それでも世界を滅ぼす原因となった種族だ。滅する理由もあり、罰だとして狭間の空間に永遠に放逐することもできるぞ?」
ゼストラークは、真っ直ぐにコウヤを見つめていた。コウヤはこれにゆっくりと首を横に振る。
「生まれて来る子に罪はないよ。生まれたら俺がちゃんと育てる」
「……いいだろう。アレをこの世界の最古の種族として認めよう。ただし『飛天翼族』の名は変えなさい。天の意味を入れることは許さない」
「難しいこと言うね……分かった、考える」
たった一人の種族名。生まれるまでに決められるかなと悩み始めるコウヤだった。
コウヤは神界から戻って来ると、詳しいことは話せないが、とりあえずベニ達にタマゴのことは報告しようと教会の奥へ向かった。
いきなりコウヤが翼を持つ子どもを育て始めては、さすがに怒られそうだ。珍しい種の獣人の子だと言っても、長く生きてきたベニ達はそうではないと気付くだろう。
「おや。何か難しい顔をしておるなあ」
「分かる? ちょっと見てほしいんだけど」
そうして、部屋にはコウヤの育ての親であり、この聖魔教会の司教、司祭である三つ子の老婆ベニ、キイ、セイとルディエが揃った。
席に着くと、コウヤはおもむろにテーブルにタマゴを置く。
「なんや、これは?」
ベニ達でも見たことがないのは当然だ。現在、この世界ではこのようなタマゴから生まれる種族はない。
「ドラゴンのタマゴでも拾ったのかや?」
キイも確信を持って言っているわけではないようだ。
「ドラゴンのタマゴはもっと大きいわ。それに、こんなに磨かれた石のようにツルリとはしておらんよ」
セイはドラゴンのタマゴとは違う表面の様子に、不思議そうにじっと見入っていた。
「……なんか、変な力を感じる……」
ルディエは先ほどから眉根をキツく寄せている。
「これは古代人種のタマゴでね……背中に羽の生えた種族が生まれるんだ。パックンが拾ったんだよ」
困った子だよねと少し笑って誤魔化す。すると全ての視線がパックンへ向いた。
「「「……手グセが悪うなっとるねえ」」」
《えへへ (๑˃ᴗ˂) 》
「「「褒めとらんけどねえ……」」」
パックンとしては、珍しくて良いものを拾ったという認識なのだろう。
「それにしても古代人種なあ……その状態で生きと……るんやねえ……」
それに生命力があることをしっかりと感じ取ったらしいベニは、少し感心しているようだった。羽の生えた人種など、もうこの世界には存在しない。世界中を旅して、様々な種族を見てきたベニ達も知らない人種だ。そんな存在があるのかと、純粋に驚いているらしい。
「奇跡的に、パックンの中みたいに長い間、時間が止まってる状態の場所にあったみたいでね」
「あれやね。封印されとったみたいなもんかね」
キイが納得していた。
「そうなるね。このタマゴ、周りの魔素を少しずつ取り込んで成長するみたい」
「親が傍におらんでも大丈夫だったわけかい。それはまた、薄情な親子関係もあったもんだ」
「そこはほら。人間の赤ちゃんだってずっと抱っこしてるわけじゃないでしょ? それと同じだと思うよ」
こうしたタマゴには中々ないパターンだが、そういうこともあるのだろうと納得された。
「なるほどねえ。それで? このタマゴ、どうするんだい?」
「持って歩くよ? 育てるって約束しちゃったしね」
「重くないんかい?」
石のようになっているので、重く見えたのだろう。
「そんなに重くないけど?」
「そうかい? 本当に? どれ……っ、持てんが?」
ベニが持とうとしたが、持ち上がらなかった。
《それ、重いよ? (・・?) 》
「え? いや、あっても二、三キロくらいだと思うんだけど?」
しきりに首を傾げるコウヤを見て、ルディエも持ってみたのだが、無理だった。
「兄さん……これ百とまではいかないけど、六十とかあると思うよ……」
「え……」
そう言われて、コウヤはタマゴが重くなったのかと考えながら、慎重に持ち上げたのだが、軽々と持ち上がった。
「ほら。やっぱり軽いよ」
「「「……コウヤが持って歩くべきやね」」」
「兄さんしか持てないなら仕方ないね……」
手伝えないからと首を横に振られてしまった。支援してもらうのを諦め、『とりあえずは説明したからね』と言って、コウヤはタマゴを持って立ち上がる。
すると、セイから視線を感じてそちらへ目を向けた。
「どうかした? セイばあさま」
「うむ……そろそろ孤児院の先生を迎えに行ってもらえるかい」
「先生って、あ、そうだね。三日後に休みがあるから、見てくるよ」
「頼むわ」
セイの言う先生とは、宮廷薬師長のテルザのことだ。彼はこの三ヶ月ほど、後任を決めるのに王都で奔走しているはずだ。全ては隠居してこの教会の隣にある孤児院で、正式に先生になるためだった。
「うん。ついでに王様の容態も確認してこようかな。予定だと、そろそろ快癒するはずだし」
「兄さん。なら僕も行く」
ルディエも同行すると決まり、二人で三日後に王都へ向かうことになった。
特筆事項② 王都へやって来ました。
王都へ行こうという日の朝。コウヤが家を出た所で、ルディエとセイが待ち構えていた。
「セイばあさま? ルー君と俺の見送り……じゃないですよね?」
「ないぞ。わたしも行くわ」
どうも、セイはテルザを気にかけているようだ。いつの間にか師弟関係でも結んでいたのかなと思いながら、コウヤは町の外に向かって歩き出す。
「……兄さん……その背中のって……」
「手で持ってるわけにいかないから、こうやって前にも後ろにも持ち替えられるようにしてるんだ」
コウヤの背中には、タマゴの姿があった。
《入れたげるのに~ぃ ( ̄^ ̄) 》
《それだと、いつまでも生まれないでしゅよ》
タマゴをまたパックンに入れては、時間が止まってしまうので意味がない。
なので、コウヤが持って歩かなくてはならないのだが、少々の衝撃では割れないとはいえ、常に持っているのはやはり難しい。
そこでコウヤが作ったのは、斜めがけにするショルダーバッグとベビースリング。ベビースリングは、斜めに肩がけする感じで、赤ちゃんを布で包むものだ。生まれてからも使えるように早めに用意した。なにしろ、いつ生まれるのか全く予想できないのだ。兆候があるかなどの資料もないので、用心のために早めに用意したというわけだ。
今回のように出かける場合はショルダーバッグにした。前にも後ろにも簡単に移動できるのが良い。
「なんかね。鞄を持ち歩くっていうのが凄く新鮮なんだよね~」
「……兄さんはいつも手ぶらだもんね……」
「普段は大体パックンいるしね」
パックンは勝手にくっ付いてくれるので、本当に持っているという感覚がない。それにコウヤは亜空間収納を使えるので、何かが必要になった時は、どこにいてもどんな状況でも取り出し自由だ。
それにより、鞄を持つという習慣をすっかり忘れ去っていた。
「でも、やっぱりこういう鞄とかいいなあ」
コウヤが地球にいた頃、ショルダーバッグを男性が斜めがけする流行りが始まった時には入院して、そのまま亡くなったので、この鞄に実は憧れがあった。
ルディエは興味深そうにじっとバッグを見つめる。
「それ……腰に付けるのより、後ろ前の移動が楽そう……」
腰に巻くタイプのバッグは前後に回す時、変にベルトに引っかかったり、服がよじれたりする。その点、これならば引っ張るだけ。横回転よりも容易だ。
「でしょ? それに、腰に付けると意外と重心が偏って、動きにくかったりするんだよね」
「うん。いざという時に抱えられるのもいいね。それに、防具代わりにもなりそう」
「あ、そうだね。これにも防御の術はかけてあるよ」
さすがは未だ現役の暗殺者。よく考えている。今は背中の方にあるそれに触れてみて、なんとなく持ち上げてみたルディエは、あることに気付いた。
「ねえ、兄さん……これ、この前よりも重くなってない? 大きさは変わってなさそうだけど……」
「え? そう? そういえば……マリーちゃんに見せようと思って机に置いたら、机が壊れたなあ……」
マリーファルニェについ二日前に見せたのだが、机にタマゴを置いた途端にその机が大破したのだ。転がり落ちたタマゴを咄嗟に受け止めたのがコウヤで良かった。
「そっか、あれは重くなってたからなんだね。良かったぁ、他の場所に置かなくて。仕事中はずっとこうやって持ってたしね」
やっぱりタマゴだという意識が強いので、温める必要がなくてもなるべく体から離さないようにしていたのが良かったようだ。家に帰ってからはすぐに鞄から出して、部屋の隅にクッションを敷き詰めた場所に置いていた。何気なくでも、机や椅子の上などに置かなかったので無事だったのだ。
「コウヤ……本当にそれは大丈夫なんか? 持っとる間に何か吸われてたりせんのかねえ」
重さが変わるということは、何かを蓄えていっているということ。持っていかれているとすれば恐らく魔力だろうが、コウヤ本人にそんな感覚はない。
だが、眷属達は、タマゴからコウヤの魔力がほんの少しだけ感じられるようになっていることに気付いていた。
《主さまから少しだけ漏れてる魔力は取り込んでるでしゅ……》
《うん。『傍にいると癒される感』が、確実に持ってかれてる!》
「へえ。そうだったの? 知らなかった」
ダンゴとパックンは気になっていた。自分達の主人のものを勝手に持って行かれたくはない。
「なるほどねえ。まったく、どんな子が生まれるんだか……」
セイも少し不安になったようだ。そこで、少し思案していたルディエが一つ頷いた。
「兄さん、これが生まれるまで傍にいていい? なんか心配」
「え? いいけど。そんな悪いものじゃないんだし、大丈夫だよ?」
「僕も見極める。コウヤ兄さんのためにならないって分かったら、どうするか分からないけど……」
「殺しちゃダメだよ?」
「……」
この様子では、問題だと思ったら躊躇なく処理しそうだ。注意するように改めて声をかけておく。
「ルー君」
「……どうするか分からないから……」
気持ちは変わらないらしい。その意固地さがおかしくて、可愛くて、コウヤは思わずルディエの頭を撫でてしまう。
「仕方のない子だなあ」
「っ……ごめんなさい……」
「ふふ。まあ、俺を心配してくれてるんだもんね。でもちょっとは俺のことも信用して欲しいかな」
「……ん……」
そんな話をしながらも町を出て少し歩いた所で、今回はゆっくり行けば良いしとコウヤは『光飛行船エイ』を出す。因みにこれの船長はパックンだ。明らかにオーバーテクノロジーなそれを見たセイが呆れ顔で断言した。
「こんなものをヒョイヒョイ作って出す子を信用するのは難しいことだねえ」
「……うん」
「え?」
ルディエは同意し、コウヤはそうかなと首を傾げていた。
ユースールを飛び立ち、遊覧飛行を一時間ほど続けた後、王都に到着した。飛行船エイから降りようとしたその時、タマゴが動いた気がしてコウヤはふと足を止める。
「ん?」
「どうかしたの?」
エイを止めたのは、王都近くの街道からかなり外れた場所。コウヤに続いてエイから降りようとしていたルディエが、何かあったのかと近付く。
足を止める前、少しだけタマゴから違和感を覚えた。しかし、意識してみても特に変わった感じはしない。
「う~ん。いや、なんでもないよ。気のせいみたい」
この時はそれで片付けた。
光飛行船エイを誰にも見られないように収納したコウヤは、セイとルディエに挟まれながら、王都の外門に向かって街道に合流するように歩く。その時、ルディエが何かに気付いた。
「なんか、貴族の馬車が多い。召集がかかるような何かがあったのかも。先に行って確認してくる」
それを言うが早いか、ルディエは駆け出して行ってしまった。
「あの子はじっとしとれん子やねえ」
「ずっと色々考えながら生きてきたんだもの。気になったことをそのままにするのが不安なのかも」
「身を守るためか……そうかもしれんなあ。あの子がこれまで生き延びて来られたんも、そういう不安を不安のままにせんようにしてきたからかもしれん。哀れな子や……」
ルディエは多くの者を手にかけた。だが、それでも一度も捕まるようなことにならなかったのは、そういう気になったことを抜け目なく調べてから事に及んでいたためだろう。
殺してしまうほど嫌い、腹を立てていても、完全に非がない者には手を出さなかった。猟奇的に見えていても、下調べはきっちりしてから相手を選んでいたのだ。
かつての教え子が、そんな道を歩むしかなかった現状を、どうにもしてやれなかったことを、セイは少々気にしているようだった。
「……けど、今はああして、俺達の役に立とうと必死になってくれてる。だから、あながち悪いことばかりじゃなかったかなって思うよ」
「まあそうやね。何もできずに、ぼうっとつっ立っとるよかマシやね」
「生き生きしてるもんね。ちょっと前までは余裕なさそうだったけど、落ち着いたっていうか」
教会への復讐だけの虚しい人生ではなかったと、今のルディエは証明しようとしている。コウヤやベニ達の傍にいても許される自分になろうと努力しているのが、コウヤ達には感じられていたのだ。
そのどこか必死に自分の立つ位置を決めようとしていた様子が、少し前から落ち着いた。これからどう生きていくべきか、ようやく答えが出たのだろう。
「あの子なあ、コウヤの生まれを知って自分がどうしたいか分かったみたいやね」
「俺の?」
第一王子ジルファスとの出会いによって、彼がコウヤの父であることが図らずも判明した。限られた人間だけがそれを知っているが、ルディエもその一人である。
「あれや。王宮に連れてかれるかもしれんと思って、不安になったんよ。コウヤがあの町を見捨てられんのは知っとっても、親が親やでねえ。何がどうなるか分からん。だで、連れてかれるようなことにならんように、常に動けるよう、対策はしとこう思ったみたいやね」
「対策って……情報収集ってこと? だからルー君、隠密スキルをもっと上げるって……」
既に充分にレベルが高かったスキルを、更に上げようとしていたのを知っている。万全に、すぐに対応できるようにするために、ルディエは人族の枠を大きく超えて極めようとしていた。その理由が、コウヤの傍にいるためというのが健気だ。
「あの子のことや……真っ直ぐに王宮へ行って情報収集してくるんと違うかな」
「いや、さすがにそれは……」
警備の厳しい王宮にまで入ることはないだろう。コウヤは言葉を濁しながら王都の外門を通過する。王宮に向かって歩く道の中ほどでルディエが合流した。
「確認してきたよ。王宮から召集がかかってた。辺境伯もいたよ。兄さんが渡した不正の証拠の精査が終わったみたい。その公表と、関係者の処分を言い渡すつもりらしいね。表向きは緊急の召集ってことになってた。それと、王様は元気に執務室で怒鳴りながら捕縛の準備してたよ」
「「……そう……」」
ばっちり王宮まで行っていたのが判明した。
数ヶ月前、コウヤは盗賊団『霧の狼』を討伐した。彼らは、元は貴族の三男や四男で、上級貴族が推進した悪法によって多くを奪われ、盗賊に身をやつしていた。そしていつか貴族達を告発しようと、数々の不正の証拠を集めてもいた。
立場上、『霧の狼』を捕らえたコウヤだったが、彼らのやろうとした告発を引き継ぎ、嘆願書を辺境伯のレンスフィートに提出した。それは事情を知るジルファスに送られ、彼から国王に届けられたのだろう。
貴族絡みの問題と聞いて、セイの表情が険しくなる。
「それはまあ……関わると面倒そうだからええわ。それより、テルザはどうしとるか分かるか?」
今回の目的は引き継ぎが終わったはずのテルザの迎えだったと、コウヤも思い出す。
「あの人なら、荷物整理中。孤独に戦ってたよ」
「……どこにおる」
「王宮の自室。屋敷の方は片付いてるみたいだから、あとはそこだけだね。なんか、引き留めに来る貴族が召集でいないから、『今だ』って感じ」
ルディエは本当に抜け目がなかった。
「近くを通ったついでに、迎えに来てることも伝えておいた。どこで待ち合わせる?」
「まだ荷物整理しとるんやね。なら……テルザ、屋敷を持っとると言ったね」
「うん。王都の結構端の方だったけど、そこにする?」
「その方が良さそうだね」
ならばそう伝えてくる、と言ったルディエが、離れる前に屋敷の場所を説明する。その間、コウヤは考えていた。そしてルディエが再び背を向けたところで、一つ頷く。
「パックン、テルザさんの片付け、手伝ってきてくれる?」
《いいよー》
パックンがルディエの腰にくっ付く。大きさもルディエに合わせて少し小さくなった。
「ルー君。ついでにユースールに来てた薬師さん達の様子も見てきて。困ってたら手伝ってやってね」
「分かった」
「よろしくね。行ってらっしゃい」
「い、行ってきますっ」
コウヤに頼まれたのが嬉しかったらしい。ルディエは照れた様子を見せながら駆け出した。その時、ルディエの腰に付いたパックンが抜かりなく《 (`_´)ゞ 》と表示していた。
セイは二人を見送りながらコウヤに尋ねる。
「なんや気になることでもあるんか?」
「実力的に、あの薬師さん達の誰かが後任の宮廷薬師長に指名されると思うんだけど、ゲンさんを慕ってる彼らは多分その話を断るからね。貴族が来ない今が引越しのチャンスって思ってるの、テルザさんだけじゃないかもってこと」
「なるほど……あやつらもここを出ていくと……そうなると、レンス殿は苦労しそうやね」
他からすれば、ユースールが有能な人材を引き抜いていくようにしか見えないだろう。辺境伯のレンスフィートが思わぬ非難を受けてしまうかもしれない。
「後でここにあるレンス様のお屋敷に顔を出しておこうかな……」
「それがええね」
王都にあるレンスフィートの屋敷にも行くことが決まった。
《ん~?》
一方、コウヤの胸ポケットに入っていたダンゴが何かを気にしていることには、誰も気付かなかった。
いつもは嬉しそうに出迎えてくれる三人の神達。しかし、今日は慌ただしそうに動いていた。
「ちょっ、ちょっと待っててねっ、コウヤちゃんっ」
「コウヤ君は、そこでちょっと休憩しててっ」
「これは削除されているのか?」
三人は、中央にある大きなテーブルを囲んで何やら操作、確認している。まるでそれは、コウヤが地球にいた頃にSF映画かアニメで観た、未来の司令室の風景だ。画面が空中に現れ、パソコンのようにキーボードでそれを操作する。いつもお茶をする小さなテーブルは隅に避けられていた。
コウヤは三人の後ろからテーブルを覗き込む。
「見てもいい?」
「ああ……というか、コウヤの方が得意か?」
「「あっ」」
「もしかして、データの復元? これって、前任の……なるほどね。うん。やっていいならやるよ?」
「「「っ、頼んだっ」」」
「は~い」
久し振りに打つキーボードに少し感動しながら、コウヤは今度タイプライターでも作ろうかなと思った。カシャカシャと音がするのが楽しいだろう。復元、呼び出し作業には五分かかった。猛然とキーボードを叩いてちょっと気持ちがいい。ただ、さすがに目が疲れた。
「ふぃ~。できたよ~」
「助かった。では、こちらで確認できるまで休憩していなさい」
「あ、私がお茶淹れてあげるわ」
愛と再生の女神であるエリスリリアと共に端のテーブルに移動し、一服していると、全ての確認が終わって、戦いと死の神リクトルスと、創造と技巧の神ゼストラークがやって来た。
「お待たせ、コウヤ君」
「すまんな……こちらでも全く把握できていないものだったのだ……」
彼らが何についてのデータを復元して調べていたのかは明白だ。
「あの飛天翼族のタマゴだよね。最後の生き残りというのは間違いないみたいだったけど」
ステータスの称号欄にそうあったのだから、これは正確なはずだった。
「そうだな……あれは、本当にまだ生まれる前の状態で時を止めていたようだ」
かつてゼストラークがこの世界を生み出す前に、別の神がある世界を管理していた。その前任の神は、紆余曲折の末にその世界を滅ぼしてしまった。
あのタマゴはそれを守っていた祠ごと、奇跡的に世界の崩壊時に消滅することなく、次元の狭間に落ちたらしい。
「祠の方を確認したけど、子どもを思う親の強い気持ちが結界の役割をしていたみたい。あれは親の命ごと結界魔法として組み込まれてるわね。魂の残滓があったわ」
あのタマゴの親は、結界を張ることを意図したわけではなく、崩壊する世界の中で自分達の命を懸けて守ろうとしたのだ。エリスリリアの報告を聞きながらもリクトルスは、思い出したように空中に画面を出して何かを確認していた。そして、一つ頷く。
「どうやら、コウヤ君が転生して戻ってくる時に通した道に、狭間を彷徨っていたアレが乗ったみたいだね。それでこちら側に戻ってくることができたんだ」
「俺の……」
そんな偶然が、と驚いていると、エリスリリアは笑ってコウヤの頭を撫でてきた。
「ふふ。コウヤちゃんのことだから、無意識に助けようとしたんじゃないかしら。パックンが拾ってきたのも、偶然じゃないのかもね」
これに、リクトルスも賛同する。
「そうだね。コウヤ君、前に言ってたしね。飛天翼族も全部が全部滅びなくてはならないほど間違いを犯した者達ばかりではなかったはずだって」
人族や他の種族が今のように生きる世界で、飛天翼族は背にある翼で空を飛べる種族だった。だからなのだろうか。彼らはやがて神になり代わろうとした。
次第に傲慢になり、他種族を見下すようになった。地上を支配し、逆らう者は簡単に滅した。神の威光は届かず、自分達が至上の種族だとしたという。遂には地上に生きていた他種族を三分の二以上も滅ぼしてしまった。それが神の怒りに触れたのだ。怒り狂った神によって、この世界は一度消滅した。
けれど、コウヤは飛天翼族の全てを罪の子として滅してしまった結果には、納得できなかった。もっと手はなかったのかと考えてしまうのだ。
「コウヤ、どうする? アレを憎んだ前任の神はもういないが、それでも世界を滅ぼす原因となった種族だ。滅する理由もあり、罰だとして狭間の空間に永遠に放逐することもできるぞ?」
ゼストラークは、真っ直ぐにコウヤを見つめていた。コウヤはこれにゆっくりと首を横に振る。
「生まれて来る子に罪はないよ。生まれたら俺がちゃんと育てる」
「……いいだろう。アレをこの世界の最古の種族として認めよう。ただし『飛天翼族』の名は変えなさい。天の意味を入れることは許さない」
「難しいこと言うね……分かった、考える」
たった一人の種族名。生まれるまでに決められるかなと悩み始めるコウヤだった。
コウヤは神界から戻って来ると、詳しいことは話せないが、とりあえずベニ達にタマゴのことは報告しようと教会の奥へ向かった。
いきなりコウヤが翼を持つ子どもを育て始めては、さすがに怒られそうだ。珍しい種の獣人の子だと言っても、長く生きてきたベニ達はそうではないと気付くだろう。
「おや。何か難しい顔をしておるなあ」
「分かる? ちょっと見てほしいんだけど」
そうして、部屋にはコウヤの育ての親であり、この聖魔教会の司教、司祭である三つ子の老婆ベニ、キイ、セイとルディエが揃った。
席に着くと、コウヤはおもむろにテーブルにタマゴを置く。
「なんや、これは?」
ベニ達でも見たことがないのは当然だ。現在、この世界ではこのようなタマゴから生まれる種族はない。
「ドラゴンのタマゴでも拾ったのかや?」
キイも確信を持って言っているわけではないようだ。
「ドラゴンのタマゴはもっと大きいわ。それに、こんなに磨かれた石のようにツルリとはしておらんよ」
セイはドラゴンのタマゴとは違う表面の様子に、不思議そうにじっと見入っていた。
「……なんか、変な力を感じる……」
ルディエは先ほどから眉根をキツく寄せている。
「これは古代人種のタマゴでね……背中に羽の生えた種族が生まれるんだ。パックンが拾ったんだよ」
困った子だよねと少し笑って誤魔化す。すると全ての視線がパックンへ向いた。
「「「……手グセが悪うなっとるねえ」」」
《えへへ (๑˃ᴗ˂) 》
「「「褒めとらんけどねえ……」」」
パックンとしては、珍しくて良いものを拾ったという認識なのだろう。
「それにしても古代人種なあ……その状態で生きと……るんやねえ……」
それに生命力があることをしっかりと感じ取ったらしいベニは、少し感心しているようだった。羽の生えた人種など、もうこの世界には存在しない。世界中を旅して、様々な種族を見てきたベニ達も知らない人種だ。そんな存在があるのかと、純粋に驚いているらしい。
「奇跡的に、パックンの中みたいに長い間、時間が止まってる状態の場所にあったみたいでね」
「あれやね。封印されとったみたいなもんかね」
キイが納得していた。
「そうなるね。このタマゴ、周りの魔素を少しずつ取り込んで成長するみたい」
「親が傍におらんでも大丈夫だったわけかい。それはまた、薄情な親子関係もあったもんだ」
「そこはほら。人間の赤ちゃんだってずっと抱っこしてるわけじゃないでしょ? それと同じだと思うよ」
こうしたタマゴには中々ないパターンだが、そういうこともあるのだろうと納得された。
「なるほどねえ。それで? このタマゴ、どうするんだい?」
「持って歩くよ? 育てるって約束しちゃったしね」
「重くないんかい?」
石のようになっているので、重く見えたのだろう。
「そんなに重くないけど?」
「そうかい? 本当に? どれ……っ、持てんが?」
ベニが持とうとしたが、持ち上がらなかった。
《それ、重いよ? (・・?) 》
「え? いや、あっても二、三キロくらいだと思うんだけど?」
しきりに首を傾げるコウヤを見て、ルディエも持ってみたのだが、無理だった。
「兄さん……これ百とまではいかないけど、六十とかあると思うよ……」
「え……」
そう言われて、コウヤはタマゴが重くなったのかと考えながら、慎重に持ち上げたのだが、軽々と持ち上がった。
「ほら。やっぱり軽いよ」
「「「……コウヤが持って歩くべきやね」」」
「兄さんしか持てないなら仕方ないね……」
手伝えないからと首を横に振られてしまった。支援してもらうのを諦め、『とりあえずは説明したからね』と言って、コウヤはタマゴを持って立ち上がる。
すると、セイから視線を感じてそちらへ目を向けた。
「どうかした? セイばあさま」
「うむ……そろそろ孤児院の先生を迎えに行ってもらえるかい」
「先生って、あ、そうだね。三日後に休みがあるから、見てくるよ」
「頼むわ」
セイの言う先生とは、宮廷薬師長のテルザのことだ。彼はこの三ヶ月ほど、後任を決めるのに王都で奔走しているはずだ。全ては隠居してこの教会の隣にある孤児院で、正式に先生になるためだった。
「うん。ついでに王様の容態も確認してこようかな。予定だと、そろそろ快癒するはずだし」
「兄さん。なら僕も行く」
ルディエも同行すると決まり、二人で三日後に王都へ向かうことになった。
特筆事項② 王都へやって来ました。
王都へ行こうという日の朝。コウヤが家を出た所で、ルディエとセイが待ち構えていた。
「セイばあさま? ルー君と俺の見送り……じゃないですよね?」
「ないぞ。わたしも行くわ」
どうも、セイはテルザを気にかけているようだ。いつの間にか師弟関係でも結んでいたのかなと思いながら、コウヤは町の外に向かって歩き出す。
「……兄さん……その背中のって……」
「手で持ってるわけにいかないから、こうやって前にも後ろにも持ち替えられるようにしてるんだ」
コウヤの背中には、タマゴの姿があった。
《入れたげるのに~ぃ ( ̄^ ̄) 》
《それだと、いつまでも生まれないでしゅよ》
タマゴをまたパックンに入れては、時間が止まってしまうので意味がない。
なので、コウヤが持って歩かなくてはならないのだが、少々の衝撃では割れないとはいえ、常に持っているのはやはり難しい。
そこでコウヤが作ったのは、斜めがけにするショルダーバッグとベビースリング。ベビースリングは、斜めに肩がけする感じで、赤ちゃんを布で包むものだ。生まれてからも使えるように早めに用意した。なにしろ、いつ生まれるのか全く予想できないのだ。兆候があるかなどの資料もないので、用心のために早めに用意したというわけだ。
今回のように出かける場合はショルダーバッグにした。前にも後ろにも簡単に移動できるのが良い。
「なんかね。鞄を持ち歩くっていうのが凄く新鮮なんだよね~」
「……兄さんはいつも手ぶらだもんね……」
「普段は大体パックンいるしね」
パックンは勝手にくっ付いてくれるので、本当に持っているという感覚がない。それにコウヤは亜空間収納を使えるので、何かが必要になった時は、どこにいてもどんな状況でも取り出し自由だ。
それにより、鞄を持つという習慣をすっかり忘れ去っていた。
「でも、やっぱりこういう鞄とかいいなあ」
コウヤが地球にいた頃、ショルダーバッグを男性が斜めがけする流行りが始まった時には入院して、そのまま亡くなったので、この鞄に実は憧れがあった。
ルディエは興味深そうにじっとバッグを見つめる。
「それ……腰に付けるのより、後ろ前の移動が楽そう……」
腰に巻くタイプのバッグは前後に回す時、変にベルトに引っかかったり、服がよじれたりする。その点、これならば引っ張るだけ。横回転よりも容易だ。
「でしょ? それに、腰に付けると意外と重心が偏って、動きにくかったりするんだよね」
「うん。いざという時に抱えられるのもいいね。それに、防具代わりにもなりそう」
「あ、そうだね。これにも防御の術はかけてあるよ」
さすがは未だ現役の暗殺者。よく考えている。今は背中の方にあるそれに触れてみて、なんとなく持ち上げてみたルディエは、あることに気付いた。
「ねえ、兄さん……これ、この前よりも重くなってない? 大きさは変わってなさそうだけど……」
「え? そう? そういえば……マリーちゃんに見せようと思って机に置いたら、机が壊れたなあ……」
マリーファルニェについ二日前に見せたのだが、机にタマゴを置いた途端にその机が大破したのだ。転がり落ちたタマゴを咄嗟に受け止めたのがコウヤで良かった。
「そっか、あれは重くなってたからなんだね。良かったぁ、他の場所に置かなくて。仕事中はずっとこうやって持ってたしね」
やっぱりタマゴだという意識が強いので、温める必要がなくてもなるべく体から離さないようにしていたのが良かったようだ。家に帰ってからはすぐに鞄から出して、部屋の隅にクッションを敷き詰めた場所に置いていた。何気なくでも、机や椅子の上などに置かなかったので無事だったのだ。
「コウヤ……本当にそれは大丈夫なんか? 持っとる間に何か吸われてたりせんのかねえ」
重さが変わるということは、何かを蓄えていっているということ。持っていかれているとすれば恐らく魔力だろうが、コウヤ本人にそんな感覚はない。
だが、眷属達は、タマゴからコウヤの魔力がほんの少しだけ感じられるようになっていることに気付いていた。
《主さまから少しだけ漏れてる魔力は取り込んでるでしゅ……》
《うん。『傍にいると癒される感』が、確実に持ってかれてる!》
「へえ。そうだったの? 知らなかった」
ダンゴとパックンは気になっていた。自分達の主人のものを勝手に持って行かれたくはない。
「なるほどねえ。まったく、どんな子が生まれるんだか……」
セイも少し不安になったようだ。そこで、少し思案していたルディエが一つ頷いた。
「兄さん、これが生まれるまで傍にいていい? なんか心配」
「え? いいけど。そんな悪いものじゃないんだし、大丈夫だよ?」
「僕も見極める。コウヤ兄さんのためにならないって分かったら、どうするか分からないけど……」
「殺しちゃダメだよ?」
「……」
この様子では、問題だと思ったら躊躇なく処理しそうだ。注意するように改めて声をかけておく。
「ルー君」
「……どうするか分からないから……」
気持ちは変わらないらしい。その意固地さがおかしくて、可愛くて、コウヤは思わずルディエの頭を撫でてしまう。
「仕方のない子だなあ」
「っ……ごめんなさい……」
「ふふ。まあ、俺を心配してくれてるんだもんね。でもちょっとは俺のことも信用して欲しいかな」
「……ん……」
そんな話をしながらも町を出て少し歩いた所で、今回はゆっくり行けば良いしとコウヤは『光飛行船エイ』を出す。因みにこれの船長はパックンだ。明らかにオーバーテクノロジーなそれを見たセイが呆れ顔で断言した。
「こんなものをヒョイヒョイ作って出す子を信用するのは難しいことだねえ」
「……うん」
「え?」
ルディエは同意し、コウヤはそうかなと首を傾げていた。
ユースールを飛び立ち、遊覧飛行を一時間ほど続けた後、王都に到着した。飛行船エイから降りようとしたその時、タマゴが動いた気がしてコウヤはふと足を止める。
「ん?」
「どうかしたの?」
エイを止めたのは、王都近くの街道からかなり外れた場所。コウヤに続いてエイから降りようとしていたルディエが、何かあったのかと近付く。
足を止める前、少しだけタマゴから違和感を覚えた。しかし、意識してみても特に変わった感じはしない。
「う~ん。いや、なんでもないよ。気のせいみたい」
この時はそれで片付けた。
光飛行船エイを誰にも見られないように収納したコウヤは、セイとルディエに挟まれながら、王都の外門に向かって街道に合流するように歩く。その時、ルディエが何かに気付いた。
「なんか、貴族の馬車が多い。召集がかかるような何かがあったのかも。先に行って確認してくる」
それを言うが早いか、ルディエは駆け出して行ってしまった。
「あの子はじっとしとれん子やねえ」
「ずっと色々考えながら生きてきたんだもの。気になったことをそのままにするのが不安なのかも」
「身を守るためか……そうかもしれんなあ。あの子がこれまで生き延びて来られたんも、そういう不安を不安のままにせんようにしてきたからかもしれん。哀れな子や……」
ルディエは多くの者を手にかけた。だが、それでも一度も捕まるようなことにならなかったのは、そういう気になったことを抜け目なく調べてから事に及んでいたためだろう。
殺してしまうほど嫌い、腹を立てていても、完全に非がない者には手を出さなかった。猟奇的に見えていても、下調べはきっちりしてから相手を選んでいたのだ。
かつての教え子が、そんな道を歩むしかなかった現状を、どうにもしてやれなかったことを、セイは少々気にしているようだった。
「……けど、今はああして、俺達の役に立とうと必死になってくれてる。だから、あながち悪いことばかりじゃなかったかなって思うよ」
「まあそうやね。何もできずに、ぼうっとつっ立っとるよかマシやね」
「生き生きしてるもんね。ちょっと前までは余裕なさそうだったけど、落ち着いたっていうか」
教会への復讐だけの虚しい人生ではなかったと、今のルディエは証明しようとしている。コウヤやベニ達の傍にいても許される自分になろうと努力しているのが、コウヤ達には感じられていたのだ。
そのどこか必死に自分の立つ位置を決めようとしていた様子が、少し前から落ち着いた。これからどう生きていくべきか、ようやく答えが出たのだろう。
「あの子なあ、コウヤの生まれを知って自分がどうしたいか分かったみたいやね」
「俺の?」
第一王子ジルファスとの出会いによって、彼がコウヤの父であることが図らずも判明した。限られた人間だけがそれを知っているが、ルディエもその一人である。
「あれや。王宮に連れてかれるかもしれんと思って、不安になったんよ。コウヤがあの町を見捨てられんのは知っとっても、親が親やでねえ。何がどうなるか分からん。だで、連れてかれるようなことにならんように、常に動けるよう、対策はしとこう思ったみたいやね」
「対策って……情報収集ってこと? だからルー君、隠密スキルをもっと上げるって……」
既に充分にレベルが高かったスキルを、更に上げようとしていたのを知っている。万全に、すぐに対応できるようにするために、ルディエは人族の枠を大きく超えて極めようとしていた。その理由が、コウヤの傍にいるためというのが健気だ。
「あの子のことや……真っ直ぐに王宮へ行って情報収集してくるんと違うかな」
「いや、さすがにそれは……」
警備の厳しい王宮にまで入ることはないだろう。コウヤは言葉を濁しながら王都の外門を通過する。王宮に向かって歩く道の中ほどでルディエが合流した。
「確認してきたよ。王宮から召集がかかってた。辺境伯もいたよ。兄さんが渡した不正の証拠の精査が終わったみたい。その公表と、関係者の処分を言い渡すつもりらしいね。表向きは緊急の召集ってことになってた。それと、王様は元気に執務室で怒鳴りながら捕縛の準備してたよ」
「「……そう……」」
ばっちり王宮まで行っていたのが判明した。
数ヶ月前、コウヤは盗賊団『霧の狼』を討伐した。彼らは、元は貴族の三男や四男で、上級貴族が推進した悪法によって多くを奪われ、盗賊に身をやつしていた。そしていつか貴族達を告発しようと、数々の不正の証拠を集めてもいた。
立場上、『霧の狼』を捕らえたコウヤだったが、彼らのやろうとした告発を引き継ぎ、嘆願書を辺境伯のレンスフィートに提出した。それは事情を知るジルファスに送られ、彼から国王に届けられたのだろう。
貴族絡みの問題と聞いて、セイの表情が険しくなる。
「それはまあ……関わると面倒そうだからええわ。それより、テルザはどうしとるか分かるか?」
今回の目的は引き継ぎが終わったはずのテルザの迎えだったと、コウヤも思い出す。
「あの人なら、荷物整理中。孤独に戦ってたよ」
「……どこにおる」
「王宮の自室。屋敷の方は片付いてるみたいだから、あとはそこだけだね。なんか、引き留めに来る貴族が召集でいないから、『今だ』って感じ」
ルディエは本当に抜け目がなかった。
「近くを通ったついでに、迎えに来てることも伝えておいた。どこで待ち合わせる?」
「まだ荷物整理しとるんやね。なら……テルザ、屋敷を持っとると言ったね」
「うん。王都の結構端の方だったけど、そこにする?」
「その方が良さそうだね」
ならばそう伝えてくる、と言ったルディエが、離れる前に屋敷の場所を説明する。その間、コウヤは考えていた。そしてルディエが再び背を向けたところで、一つ頷く。
「パックン、テルザさんの片付け、手伝ってきてくれる?」
《いいよー》
パックンがルディエの腰にくっ付く。大きさもルディエに合わせて少し小さくなった。
「ルー君。ついでにユースールに来てた薬師さん達の様子も見てきて。困ってたら手伝ってやってね」
「分かった」
「よろしくね。行ってらっしゃい」
「い、行ってきますっ」
コウヤに頼まれたのが嬉しかったらしい。ルディエは照れた様子を見せながら駆け出した。その時、ルディエの腰に付いたパックンが抜かりなく《 (`_´)ゞ 》と表示していた。
セイは二人を見送りながらコウヤに尋ねる。
「なんや気になることでもあるんか?」
「実力的に、あの薬師さん達の誰かが後任の宮廷薬師長に指名されると思うんだけど、ゲンさんを慕ってる彼らは多分その話を断るからね。貴族が来ない今が引越しのチャンスって思ってるの、テルザさんだけじゃないかもってこと」
「なるほど……あやつらもここを出ていくと……そうなると、レンス殿は苦労しそうやね」
他からすれば、ユースールが有能な人材を引き抜いていくようにしか見えないだろう。辺境伯のレンスフィートが思わぬ非難を受けてしまうかもしれない。
「後でここにあるレンス様のお屋敷に顔を出しておこうかな……」
「それがええね」
王都にあるレンスフィートの屋敷にも行くことが決まった。
《ん~?》
一方、コウヤの胸ポケットに入っていたダンゴが何かを気にしていることには、誰も気付かなかった。
82
お気に入りに追加
11,119
あなたにおすすめの小説


【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
アルファポリス恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
なろう日間総合ランキング2位に入りました!

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。