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4巻
4-1
しおりを挟む特筆事項① タマゴを温めることになりました。
大陸の北にある国トルヴァラン。この国の王は、難しい病に長く侵されていた。それを治療する薬を得るため、第一王子は宮廷薬師達を連れて、国の最も北に位置する辺境伯の治める町、ユースールへと向かった。
ここで薬師達は治療に必要となる技術と多くの知識を得て、同じくこの地で多くを学んだ王子と騎士達と共に王都へと戻っていった。
それから数日後、ユースールの薬屋で、一人の少年が薬屋の主と話をしていた。
「ゲンさん。手紙にはなんて?」
「ああ。無事あっちでも薬が出来たとよ。順調らしい」
王都から冒険者ギルド経由で送られてきた薬師達の手紙。それを彼らの師匠であり、このユースール一の薬師でもあるゲンへと手渡したのは、この少年――ギルド職員のコウヤだった。
コウヤはゲンの返事を聞いて顔を綻ばせる。
「よかったっ。じゃあ、明日にでもテルザさんを送っていかないとね」
「まあ、そうだな。そんなこと言ったら、あの爺さんは泣きそうだが」
「なんか、たった数日なのに馴染んじゃったもんね。子ども達も寂しがるかな」
「あの頑固なじじいがね……まったく、司教様達には敵わんな」
「ふふっ。自慢のばばさま達だからね」
コウヤは晴れやかに笑いながらゲンの薬屋を出ると、教会へと向かった。
紫がかった銀の髪に、一瞬少女かと思うほど可愛らしい顔つき。生き生きと輝く宝石のような紫の瞳のこの少年は、かつて邪神として討たれたこの世界の神の一柱――魔工神コウルリーヤの生まれ変わりだ。地球に一度転生した後、再び生まれ変わり、この世界に帰ってきた。今世では、冒険者ギルドの職員としてこのユースールで働いている。
教会に向かうと、その入り口の前で一人の少年に出会う。コウヤが来るのを待っていたようだ。
「こんにちは。ルー君。もしかして、待っててくれたの?」
コウヤに真っ直ぐに見つめられ、照れたように頬を赤らめて目を逸らす十歳頃の見た目の彼は、名をルディエという。
このユースールで立ち上げられた、コウルリーヤを含めた四柱の神を信仰する『聖魔教』の神子だ。実年齢は三百を下らない。けれど、見た目通りの少し素直になれない少年だった。
ルディエはコウヤから目を逸らしたまま言う。
「っ、べ、別にっ、そのっ……手紙来てるって聞いたから……っ」
「そっか。なら、一緒に説明に行く?」
「行く……」
彼は長年、この大陸で勢力を伸ばしている宗教国家、神教国の神官達を密かに葬ってきた『神官殺し』だ。その仲間達も含めて、情報収集能力は高い。今回も、何の手紙が来たのか知っていた。
コウヤとルディエが並んで向かうのは、教会に併設された孤児院。入り口には守衛として、引退兵のお爺さん達が控えている。ずっと門番をしていたベテランを雇用したため、誰が中に入ったかもしっかりチェックしてくれる。頼もし過ぎる守衛だ。
孤児院の設計はコウヤがほとんどしており、保育園と小学校が合わさったような造りだ。子どもの年齢によって部屋が分けられ、七歳よりも下の子達は一階に集まっている。職員室はその隣だ。
「こんにちは~」
「おや、コウヤとルディか。どうしたんだい」
「セイばあさまも来てたんだね。今日は、テルザさんの帰る日を伝えようと思って」
部屋には、職員である神官達数人と宮廷薬師長のテルザ・ワイズ、それと教会の司祭のセイがいた。この孤児院では神官服とは色の違う緑の服が支給されており、テルザやセイもその色の服を着ている。
帰ると言われたからか、テルザは落ち込んだ様子を見せた。彼はついこの間まで、宮廷薬師長として傲慢に人の上に立ってきた人だった。しかし、この地でセイやその姉妹のベニ達によって価値観などを打ち砕かれ、今やすっかり気の良いお爺ちゃんになっている。
「わ、私は……」
ここでの暮らしが気に入ったらしいテルザは、王宮に戻ることを渋った。
「帰らないってのはなしだよ。立場があるんだから、せめて後任とかをしっかり指名してもらわないと。ここじゃなければ死んだことにしてやっても良かったんだけどね」
ルディエは正直だ。テルザがここへ第一王子と来たのは王宮にも知られている。それが行方不明になれば、要らぬ憶測を生むだろう。
情報操作も問題なくできるルディエだが、コウヤにも迷惑がかかるのは目に見えていたので、今回は実行しなかった。
「ルー君。国に関係することは、手間でもちゃんと手続きしないとダメだよ。ルー君が疑われるのは困るしね」
ルディエは、コウヤが自分を心配してくれたことに感動して口を閉じた。
コウヤはテルザに話を向ける。
「それに、あなただって後任とかしっかりしたいでしょう? 五日後にお送りしますから、用意をお願いしますね」
「……分かりました……その……セイ殿……」
「うむ。平穏に隠居できる者でも、最期には周りに世話させて若い者に迷惑をかけるでな。動けるうちは、なるべく迷惑かけんようにせなあかんよ」
「……承知しました……コウヤ殿、お手間を取らせて申し訳ありませんが、お願いいたします」
「はいっ」
彼は、ここで子ども達に読み書きを教えるのが楽しかったらしい。子ども達の裏表のない言葉や振る舞いは、彼に忘れていた笑みを浮かべさせた。素直に慕われることの喜びや、肩の力を抜いて笑いながら過ごせる日々が、とてつもなく尊いものに感じられたようだ。
「ちゃんと後任を決めたら、ここに帰って来てもいいんです。子ども達も待っててくれますよ」
「っ、ありがとうございます」
生きがいを見つけた人というのは、いくつであっても輝くものだなとコウヤは笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
それからテルザを無事に王都へ送り届け、三ヶ月が経った。
コウヤは、この日も相変わらず、元気にギルドの仕事をこなしていた。
「お次の方どうぞ~」
「お、お願いします」
「はい。お預かりします」
やって来たのは元『イストラの剣』のケルトだ。彼は仲間二人が捕らえられて以来、この町で活動していた。彼から差し出された依頼用紙とギルドカードを受け取り、コウヤは依頼受注手続きを始める。
「受注完了です。お待たせしました」
「ありがとうございます」
カードを受け取り、ケルトは小さく頭を下げる。彼が去る前にと、コウヤは声をかけた。
「ケルトさん。そろそろ昇格試験を受けてみませんか?」
「え……試験……ですか?」
「はい。昇格試験は分かりますよね」
「それは……はい」
冒険者ギルドでは、Dランクに昇格する時から昇格試験というものを受ける必要がある。ギルドから指定された依頼を数個こなすのだ。その時には、試験官としてギルド職員か冒険者が付き添うことになる。実力が本当にあるのかどうかを判断するためだ。これは冒険者の生存率を上げることにも繋がる。数だけこなせば昇格できるのはEランクまでとなっていた。
ケルトはかつてCランクだったが、仲間の起こした事件の責任を問われ、Dランクに降格となっていた。
「以前、Cランクに上がる時には討伐、採取、護衛の三つを一つずつ受けてもらったと思います」
ランクによって受けてもらう依頼の数は違ってくる。上のランクになってくると、一度の依頼では測り切れないものもあるということだ。
「降格から復帰する場合は、少し回数が増えます。一年以内に討伐、採取を各三回。配達と護衛を一回。討伐と採取については、各一回を他のギルド支部で受けてもらうことになります」
降格した者というのは、反省することを強要される。当然だが、上のランクの者が降格するような行いをした場合は、それだけ復帰する時にノルマが増える。
「でも、早くありませんか……まだ降格してから一年も経っていませんし……」
試験を受けても良いと判断されるのにも時間がかかる。それまでの依頼達成率などからギルド側で判断されるのだが、降格した者は当然印象が悪い。そのため、充分に依頼を達成していたとしても、一年、二年昇格許可が下りない場合は多かった。
「降格処分を受ける前に、ケルトさんは俺に『ランク査定、お願いします』と頭を下げて言いましたよね。そのことから、きちんと自分を見つめ直せる人だと判断しました。これまでの姿勢でもそれは確認できています。納得できずにいる人は時間がかかりますけど、あなたは違いましたからね」
「っ……ありがとうございます」
「ふふっ。受験許可を出しましたので、後はケルトさんが受ける日を決めてください。あちらにあるサポート窓口に、都合の良いタイミングで来てくだされば対応できますので」
「はいっ」
「それでは、お気を付けて行ってらっしゃい」
「行ってきます」
ケルトはギルドを意気揚々と出て行った。そこへ、書類を抱えた職員のマイルズがやって来る。
「先ほど言っていた『サポート窓口』って何ですか? 他の支部にはなかったと思うんですけど」
「ん? ああ。俺がお願いして作ってもらったものなんで、ないでしょうね。昇格試験と冒険者の方々の生活についての相談窓口です。マリーちゃんとは会っていませんか?」
「マ、マリーちゃん?」
首を傾げるマイルズを見て、コウヤはそういえばと思う。
「あ、そっか。マリーちゃん……うん。そろそろマイルズさん達の気配も覚えたと思いますし。あなた方もこの場に慣れたでしょうから、会ってみます?」
「……はい?」
コウヤは早速、昼休憩の時に、サポート窓口に続く部屋へマイルズ、同じく同僚のフラン、セイラを伴ってやって来た。
「こんにちは~。マリーちゃん、異動してきた職員さん達を連れてきました~」
コウヤがノックをしながらそう扉の向こうに伝えると、ゆっくり扉が開いた。
《あ、おにいちゃ~んっ》
飛び出して来たのは小さな女の子だった。身長がコウヤの胸辺りまでしかない、ルディエと同じくらいの年齢だ。しかし、決定的に気配が違う。それに気付いて口にしたのはフランだった。
「っ、まさか……人じゃない?」
《凄ぉいっ。一度で分かる人って珍しいんだよ?》
その言葉と共に、マリーはコウヤから離れてフワリと身を翻す。すると、次の瞬間にはフラン達と同じくらいの年齢になった艶やかな女性がいた。
《ふふ。改めてこんにちは。この地を守護する妖精、マリーファルニェよ。この地に住まう者達は全てわたくしの可愛い子ども。新しくわたくしの子どもとなったあなた達を歓迎するわ♪》
本来の姿となったマリーファルニェは、纏ったドレスの裾をつまんで可憐に笑って見せた。
彼女に連れられ、コウヤとマイルズ達は事務用の小さな面談室を抜けると、奥の部屋へ通される。コウヤ達がそこに並べられた椅子に腰掛けると、マリーファルニェは昔語りを始めた。
マリーファルニェはコウヤがこの世界に転生する前から、このギルドがある場所にいた。最初はただの妖精であった彼女。しかし、人が多く出入りするこの場所に惹きつけられたのだ。
《あれは何百年前かしら……ここに町が出来てすぐだったわ。何もかもを一度は諦めて、それでも生きなくてはと思い留まった子達が集まって来たの》
当時の彼女は、時折少女の姿で顕現しては、少しずつ人々の心を慰めていた。
《みんな『小さな女神』だってわたくしのことを呼ぶようになったわ。それが力になって上位種である守護妖精になったの♪ でも、気味悪がる子っているのよね》
突然現れて、ふっと消える少女。そんな理解できない存在を怖いと思うのはおかしなことではない。人の防衛本能のようなものだ。
《コウヤお兄ちゃんが来た時には、そういう子達に追い立てられてボロボロだったわ。けど、コウヤお兄ちゃんは地下に逃げ込んでたそんなわたくしを見つけて、ここで役職を用意してくれたの☆》
「いやあ、俺だけではフォローし切れないから、人手を探しててね。やっぱり、冒険者は男の人が多いし、カウンセラーは美人な女の人がいいですよねっ」
《美人? ホント? コウヤお兄ちゃん、お嫁さんにしてくれる!? いつでもいいよ‼》
「落ち着こうね?」
興奮気味に迫ってくるマリーファルニェを、コウヤは手で制する。いつものことだ。
「それにしても……よく前ギルドマスター達が許しましたね」
セイラがもっともな疑問を口にする。
「こんなにも綺麗な妖精なんて……あの人達がちょっかいを出しそうですよ?」
《ん? ああ。あの出来の悪い子達のことね。何度かここに来たけど、軽くお仕置きしてやったわ。それからわたくしのこと、悪魔だとか言って避けてたわね~》
「そんなことをして、よくギルドを追い出されなかったですねえ」
フランが首を傾げていた。前ギルドマスターが支配していた頃、ここはそういう理不尽なこともまかり通る所だった。
《わたくしのことが怖かったんでしょう》
「マリーちゃんの仕事振りが役に立ってたからだよ。ほら、職員の方の相談も受けてくれたでしょう? それで仕事がしっかり回るようになったからね」
《女性が怖いって言う子や、本部怖いって言う子や、一人になりたいって泣いてた子達のこと?》
なるほど、とマイルズ達はとある職員達を思い浮かべて頷いた。マリーファルニェは彼らのカウンセラーでもあったのだ。
「結果を出せば、あの人達も文句言いながらも放置だったから」
《確かに、冒険者の子達の試験のサポートとかで、わたくしってば役に立ちまくってるものね♪》
「はい。助かってます」
《わぁいっ。お兄ちゃんに褒められた~♪》
マリーファルニェは喜びながらまた少女の姿になってコウヤにまとわり付く。そんな様子を見てから、マイルズは部屋へと視線を動かす。
「それにしても……ここ、建物の中のはずですよね?」
この奥の部屋へ案内され、椅子を勧められて昔語りが始まるまで、マイルズ、フラン、セイラは忙しなく周りを見回していた。その理由は、部屋の内装にある。
「建物の中に空は普通、ないです……」
「泉と川、滝もあり得ないです……」
「森があって、床は草原とか……さっき蝶と鳥を見ましたよ?」
明らかな異空間が広がっていたのだ。
《あ、ここまで招くのは、わたくしを妖精って知った子達だけよ? ここは癒しの空間なの》
『だけ』とは言ったが、ここのギルドの職員はほとんどが知っており、時折訪ねてくる。そんな一人がこの人だ。
「あれぇ? 珍しく出てこないと思ったら、コウヤちゃんが来てたんだね」
《おじいちゃん! いらっしゃ~い》
「うん。お邪魔するね。そんで、お昼寝させて? もう、老人を大事にしなさ過ぎだよ、あの秘書」
このユースールのギルドマスターで、数年前までは、大陸中に広がる全ての冒険者ギルドを統括するグランドマスターだったタリス・ヴィットだ。
《エルテちゃん出かけてるんだっけ》
エルテというのは、タリスの秘書の名だ。
「そうっ。だから三時間くらい寝させて~」
《いいよー♪ 三時間ね。エルテちゃんに用意されてる宿題が、その後二時間本気でやれば終わる量だもんね☆》
「バレてるし! もうっ、もういいもんっ。ふて寝しちゃる!」
お茶目な彼は、そう言って森の奥に消えて行った。
「あの奥に寝る場所が?」
マイルズの質問に、コウヤがクスクス笑う。
「ええ。ちょっとした仮眠室です。コテージもあるんですけど、ハンモックがいくつかあって、そこでマスターは寝るんだと思います。皆さんも、ここの仮眠室、これから使ってくださいね」
《いつ来てもいいわよ~☆ わたくしは基本寝ないから、いつでも起こしてあげる♪》
「なんて至れり尽くせりな……」
こうして、少々の衝撃はあったが、三人への紹介は終わった。
マイルズ達が先に出て行くのを確認して、コウヤはマリーファルニェに伝えておく。
「近々、昇格試験を受ける人が来るから、よろしくね。資料はこの後用意して持ってくる」
《は~い♪ そういえば、お兄ちゃん、王都に行く予定ってある?》
「何か見えたの?」
守護妖精である彼女は、守護する者達の未来を時折見ることがあるのだそうだ。
《お兄ちゃんが王都に向かうところと、何かそこで黒い影と向き合ってるのをね。気を付けてよ?》
「そう……心配してくれてありがとう」
《えへへ。あとっ、パックンちゃんの中身、確認した方がいいよー♪ イヌネコならいいんだけど、ちょっとなんか違う感じのを拾ってるっぽい☆》
「……了解……」
こういう情報は、まとめてじゃなくて小出しにして欲しいなと思うコウヤだった。
コウヤは仕事が終わってすぐ、今日は一日薬屋にいることになっていたパックンの確認に走った。パックンは魔工神時代からコウヤの傍にいる、眷属のミミックだ。
「パックン。何かおかしな物を拾ったってマリーちゃんに聞いたんだけど?」
《 (・・?) 》
製薬作業台の上にいるパックンを少し見下ろすようにして問い詰めたのだが、蓋の部分に顔文字を表示してキョトンとするばかりだった。
「自覚のないものなんだね?」
《いっぱいあるし (。-_-。) 》
これは仕方がないとため息をつく。同じ部屋で調薬をしながら見ていた薬師のナチが苦笑する。
「そこで、コウヤ様が仕方ないと呆れて終わりにしてしまうからいけないのではないかと……」
「あ、そっかあ……うん。いつもこんな感じで、結局中身確認してないや……」
何度も確認をと思ってはいても、それに至らなかったのはこのせいかとコウヤも自覚した。
《み、見るの?》
「う~ん……昔はそれほど量も入らなかったから、適当な倉庫で端から出して確認してたけど……」
ゆっくりと屈み込むようにしてパックンと目線(?)を合わせる。
「……パックン、またレベル上がってない?」
《ちょっと? ( ̄∀ ̄) 》
鑑定で確認すると、色々とスキルも上がっているし、称号も増えている。そして、何よりも見逃せないスキルが一つあった。
「パックン……『収集癖』ってスキルが出来ちゃってるんだけど? 昔っからその癖はあったのに、スキルにまでなるって……その上、熟練度が四つ上の【越】って……」
スキルにまでなるほどの収集癖って何だろうと、思わず遠い所を見てしまう。
《まだまだ極められる‼ (≧∀≦) 》
「……これ以上?」
さすがに、いつも自重を知らないコウヤでも絶句するしかなかった。
そこに、ずっとパックンの隣で丸くなりながら何やら考え込んでいたもう一体の眷属――迷宮を作り出す妖精で、小さなハリネズミのような姿のダンゴが立ち上がった。
《パックン、アレでしゅ。二日前に拾った石でしゅ》
ダンゴは、マリーファルニェのことも知っている。彼女が感知したということから考えて、当たりをつけたらしい。
《石? ああ、タマゴ型の石ね》
パックンがパカっと口――蓋とも言う――を開けると、ヒョイっとそこから石が飛び出してきた。ゴトっと机の上に載ったそれは、確かにタマゴ型の石だ。拳よりも二、三回りくらい大きい。マリンブルーの美しい石だった。
《これ、何か分からないの ( ̄^ ̄) 》
「鑑定スキルあるのに?」
先ほどのコウヤの鑑定では、パックンは鑑定スキルを新たに習得していた。しかも熟練度は【極】。鑑定所での経験が良かったのだろう。しかし、そんなパックンでも理解できないという。
「鑑定【極】でも無理って……隠蔽がかかってるようにも見えないけど……」
コウヤは石を見つめて、世界管理者権限のスキルを発動させる。コウヤの鑑定スキルは、これに統合されているのだ。まず看破できないものはない。
名前……なし
種族……飛天翼族(タマゴ)
レベル……0
魔力属性……聖2、邪2、空1、無1
スキル・称号……前世界種族最後の生き残り、狭間を旅した者
これは分からなくて当然だ。この世界に現在、該当する物はないのだから。
「……まさか、この世界の再生前に生きていた種族の生き残りなんて……」
驚いたことに、前任の神が滅ぼした世界で生きていた種族の生き残りだった。
「これは俺の手に余るかも……ちょっと、教会に行くよ」
《珍しいものなの!? (´⦿ω⦿`) 》
「そうだね……」
《やった~‼ o(^▽^)o 》
パックンは嬉しそうだ。ナチは聞かない方が良さそうだと思ったのか、既に距離を置いていたので、コウヤの呟きは聞こえなかったらしい。賢明な判断だ。
「お邪魔しました」
「いえ。何かありましたら、遠慮なく仰ってください」
先日のことだが、ナチは自分のステータスの職業欄から、『邪神?の巫女』の文字が消えていることに気付いたという。元々、彼女個人の称号ではなく、職業としての巫女だった。血筋として受け継いでいた役目だったらしい。
『巫女ではなくなりましたが、それでもコウヤ様のお力になりたいです』
そう告げたナチの目は真剣だった。そして今度は、薬師の頂点に立ってみせると、意気込んでいる。現在、着々と薬師としての力を付けているところだ。
ナチに見送られて薬屋を出ると、コウヤはパックンとダンゴを連れて教会に向かう。タマゴはコウヤが持っていくことにした。
その道すがら、これをどこで拾ったのかパックンに尋ねた。ベルトにくっ付いたパックンの蓋に表示される言葉は見えなくても、体に触れているためにその意思は正確に伝わってくる。
《どこだっけ? あ、ペンとか出る迷宮の近くの祠で拾った》
「書架の迷宮の近くに祠なんてあったかな……」
書架の迷宮では紙や筆記具が手に入るため、コウヤも『ちょっと買い物に』という感覚でよく出かけるのだが、その途中で思い当たる場所はなかった。すると、パックンの上にいたダンゴが肩に飛び乗ってきた。
《凄く古い石で出来た祠でしゅけど、小さ過ぎて、人は入れないでしゅ》
ダンゴは余裕だが、パックンは今のサイズだと入るのが難しい入り口だったらしい。パックンは伸縮自在なので、小さくなって入ったというわけだ。
《なんかキラキラしてた (*´ω`*) 》
「それに誘われて入ったと……パックン、変な罠にはまったりしないでね?」
《罠ごといただくから大丈夫 (๑˃ᴗ˂) 》
「過信しないように」
《 ( ̄^ ̄)ゞ 》
コウヤはちょっと心配だ。罠にはまった場合、飛んできたものや出てきたものは全て『パックン』して体内に取り込む気なのは分かる。だが、落とし穴や捕獲道具などだったらどうするつもりなのか。コウヤが内心で呆れながらも教会に着くと、すぐに意識が神界へ移動した。
神界は文字通り神が住まう場所。コウヤにとっては家族といえる、三人の神が暮らす世界だ。
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