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3巻
3-1
しおりを挟む特筆事項① 盗賊退治の依頼を受けました。
大陸最北の地にある辺境の町ユースール。人々が最後の砦として流れ着くその地に、新たな教え『聖魔教』が正式に誕生したのは、つい数日前のことだった。
この大陸に広がる『神教会』は今や治癒魔法を高値で売る悪徳教会となってしまっていた。このユースールにもその教会があったのだが、隠居していた元神官である三人の老婆達によって半ば乗っ取られたことで、まともな教会に変わった。
その老婆が新たな司教、司祭となったベニ、セイ、キイだ。彼女達の人柄もあり、ユースールではあっという間にそれまでの『教会』のイメージが払拭された。今では、怪我の治療のためだけでなく、悩み相談や、懺悔などもしに住民達がやって来るようになっていた。
「この世界には四柱の神が存在します」
ベニが聖堂に集まった人々に、神についての話をする。朝と夕方に行われるそれは、何度行われても、誰一人として、この話はもう聞き飽きたと席を立つ者はいない。嫌な顔一つせず、ベニの声に聞き入るようにして穏やかに耳を傾けていた。これには、ベニの持つ神職最高位の『大神官』と『大巫女』としての力が影響しているというのは、ベニ本人でさえ今はまだ気付いていない。
そんな様子を、冒険者ギルド職員の少年――コウヤは教会の設計図片手に見ていた。
「主神である創造と技巧を司るゼストラーク神、戦いと死を司るリクトルス神、愛と再生を司るエリスリリア神、そして、魔工と聖魔を司るコウルリーヤ神」
これを聞く子ども達も、もう四神全ての名を言えるだろう。言えるようになることを競っていたこともあった。
「神々は、時に地上に降り、直接人々へお声をかけておられた。そして、中でもコウルリーヤ神は、地上を遍く回り、秩序と理知、善と悪……正しい行いとは何かを説いておられました」
ベニは、時に子ども達にも分かりやすいように、学のない者でも理解できるように説明していく。
「しかし、人々はその考えに反発しました。何かを欲するために奪うことの何がいけないのかと、貧しい者達は怒り、立場を使って富を得、弱い者を見捨てることのどこが悪いのかと反論したのです。そんな人々の反発する想いによって、コウルリーヤ神は心を病み、邪神と呼ばれる存在になってしまったのです……」
新しい教えを説く教会として生まれ変わった『聖魔教会』は、今まで語られることのなかった邪神についても、こうして丁寧に説明していた。
コウヤとしては、自分のことを話されているわけで、少し恥ずかしくもある。そう、コウヤこそがコウルリーヤであり、かつて邪神と呼ばれた存在なのだ。
秩序と理知を説いていた魔工神に、人々が欲や業により反発し、邪神としてしまったこと。その邪神を倒すために人々が戦った『神威戦争』についてと、その後、他の神々が怒り、天罰を与えたことも語られた。まるで見てきたように話すベニだが、実際に見ていた可能性もある。ベニをはじめとした三ばばさまは、巫女であり、その寿命を延ばす神薬を飲んでいるのだから。
ここまで話が進むと、聖堂の所々から、すすり泣きが聞こえてくる。子ども達さえ感情移入して涙するのだ。涙を拭うためのハンカチは必須の持ち物になっていた。
「三神の力と願いによって、コウルリーヤ神は『聖魔神』として再びこの世界に戻られました。この教会は、やさしき彼の神のため、四神全てに祈りを捧げられる場所です」
うんうんと頷いた人々は、次第に祈るように手を組んでいく。
「神々に祈りを」
静かで、静謐な空気が聖堂を満たす。その様子を、コウヤはいつの間にか笑みを浮かべて見つめていた。そんなコウヤに、そっと近付いて来て囁く者がいた。
「相変わらず、ベニちゃんは凄いねえ」
「ジンクおじさん」
ベニ達の友人であり、恐らくこの世界で唯一の、刻印術を施せる彫りもの師であるジンクだ。彼は、このユースールからほど近い野営地で、『黒の彫工師』という彫りもの師の集団を張り付け、崖に強化や魔獣避けの刻印術を施していたはずだ。
「納得する出来になった?」
「おう」
「彫りもの師の人達は?」
「適当に課題出して、旅に出した」
「……厄介払い?」
「正解」
『黒の彫工師』を名乗っていた彼らは、自分達の技術が素晴らしいものだと言って憚らなかった。王侯貴族にさえ、そうして売り込んでいたのだ。これは詐欺ではなく、本当にそう思い込んでいたのだから仕方がないのかもしれない。
この強い驕りにより、領主のレンスフィートやベニに突っかかった。そのまま、力を見せるために野営地の崖に彫刻をして、それが崩れ、半ば生き埋めになったことで、ようやく自分達の力を見つめ直すことができた。
そこに本物の『黒の彫工師』の力を見せつけられたのだ。少しは大人しくなっただろう。
「でも、これで本当におじさんの弟子だって名乗ったりして」
ジンクこそが、その伝説の『黒の彫工師』本人だ。かつて、ベニ達と同じ神薬を飲んだことで、長い時を生きている。彼らはその弟子に連なる者として名乗っていたのだ。しかし、ジンク自身が弟子を取ったことは、数百年の人生で一度たりとてないらしい。
「あ~、どうだろ。あいつら、最後に『お名前を騙って申し訳ありませんでした』って土下座してったけど」
「なら、ちょっと遠慮するかな」
「かもな」
そんな彼らなら、自分達の技術を見つめ直し、再びその腕に自信が付くまでは名乗らないかもしれないなと、その未来を少し楽しみに思った。ジンクもそう思っているようだ。
「それで、ジンクおじさんは……もしかして、教会の改装工事に関わろうと思ってる?」
「思ってる! さすがコウヤくんっ。柱に彫刻させてっ」
「そう言うと思った。この後、ドラム組に行くから一緒に行きます?」
「行くっ」
是非と前のめりになるジンクを微笑ましく思いながら、コウヤは新たに書き直した設計図を手に、教会を後にした。
それは、すっかり『聖魔教会』もユースールに馴染んだ頃。
「また盗賊ですか」
「おうよ。どうやら『霧の狼』らしい。隣のベルセンより向こうだから、こっちの方にはまだ被害はないがな」
「けど、場所は特定しておかないと、依頼の途中で出くわす可能性はありますね……」
『霧の狼』という盗賊団は、かなりの大所帯らしい。人数が多いということは、数で押せるということだ。
普通、盗賊はむやみに冒険者を襲わない。冒険者達の方は仕事の途中で、襲われている旅人や商隊に出くわして巻き込まれることは多々あるのだが、冒険者単体を襲おうとする盗賊は少ないのだ。
それはなぜか。盗賊達よりも、毎日の糧として魔獣や魔物を相手にする冒険者達の方が強いからという理由がある。だが『霧の狼』は違う。圧倒的な数によって冒険者達を襲い、全てを奪っていくのだ。
そこでコウヤは思い出した。ベニ達に少し素直になるように説得をお願いした、『イストラの剣』という冒険者パーティで問題を起こした男女二人。彼らは盗賊に冒険者達の情報を流したり、罠にはめたりしていたという情報があった。冒険者達を故意に狙う盗賊団と聞いて、真っ先に思い当たるのがこの『霧の狼』だ。
「確認するべきかな」
コウヤは、仕事が終わってすぐに、教会へ向かった。
「あの子らのことやね」
ベニに案内されたのは小さな部屋。鉄格子がないだけの牢屋みたいなものだ。外からしか鍵がかけられない特殊な部屋。一人ずつ入れられているその部屋は、充分な広さがあるし、地下でもないので、暗いイメージもなかった。
中にはベッドや、きっちり囲われたトイレもある。これは、ベニ達が教会を乗っ取ってすぐに、無駄にあった地下室を整備して作ったものだった。コウヤが知らなかったのは、ドラム組に後で要望したものだからだろう。地下の増設、整備なんて難しいことだが、ドラム組の者達が聞いて、やれないと言うわけがない。何事も挑戦するのが職人だ。
「すごい部屋だね……」
「ここは神官達の反省部屋さね。わたしらの時代には修行部屋と呼んでいたがねえ。寝食を忘れて魔術に没頭できる。外界を遮断することで、己と向き合うための部屋さ」
牢屋ではなかったらしい。
「へえ……ん? ベニばあさま。今、手前の部屋に誰か……」
「ああ、ちょっと前から数人入っとるよ。修行するって言ってな」
「……」
聖魔教には現在、ベニ達の他に、元々ここで神教会に所属していた若い神官と、無魂薬という特殊な薬を服用することで感情や意思を無くしていた元神子達が神官として仕えている。
神教会は、神子の寿命を延ばしたり、一滴で怪我や病を治癒させたりする神薬を作ろうとしたらしく、その試薬を服用させられた彼らは、数百年の時を『神官殺し』として生きていた。
自分達を実験の道具としたことへの復讐と、神の求めた教会ではなくなった神教会を粛正するために、唯一意思を失わなかったルディエという幼い神子を筆頭にして活動していたのだ。そんな彼らも、コウヤの作った薬によって快復し、今は神子としての力も取り戻していた。
薬だけで快復したと思ったのだが、彼らの精神や魂も劣化していることに気付いたコウヤやエリスリリア達は、後に再生魔法を施した。これにより、彼らは『聖魔を説く者』という称号を得たらしい。それを知った彼らは、交代で己の力を磨くことにしたという。現在、三交代制で何やら励んでいるようだ。
「まあ、あの人達が良いなら良いけど……」
コウヤがちょっと気配を読んだところによると、三交代のうちの一つのグループが、なぜか町中に散らばっていた。それも、領兵の人達と追いかけっこしているようだ。
「これは修行? 訓練? 何してるんだろう?」
おちょくって遊んでいるのでなければ良いがと不安になる。だが、ベニも知っていたようだ。
「ああ、外の第四部隊なあ。あれらは今、領兵と訓練中だよ。隠密スキルを上げるんだと」
「部隊って……スキルを上げるのは良いことだけど、なんで隠密スキルなのか気になるね」
そこで『アレ?』と思った。
「ん? なんで第四部隊? 三交代制なんだよね?」
「ああ、今技術訓練に出てるここの元神官達が第三部隊だよ。修行部屋にいるのが第一部隊。表の業務をしてるのが第二部隊さね」
「……もしかして、あの若い神官さん達も鍛える気?」
「それなりにはな」
「そっか……」
一体この教会はどうなるのだろうか。神官達は一体、何を目指しているのだろうか。
コウヤはそんな少々の疑問を抱きながら、『イストラの剣』のベルティという名の女性の部屋に入る。彼女はそこで不貞腐れた様子で縮こまっていた。氾濫を起こした迷宮での勝手な行動によって失った腕はそのままだ。ベニほどの力を持った者なら、その腕も再生させられるし、欠損薬を作れる薬師のゲンもいるのだが、これはあえてだった。
「こんにちは」
「……今度は子どもを使ってってこと? イヤなばばあよねっ」
「……ベニばあさま、この人どうしたの?」
このコウヤの『どうしたの?』は、素直になってないけどどうしたのかという意味だ。いつもならばとっくにヘコヘコしている頃。それがどうだろう。尖ったままだ。
「いやなに、これでこの子は素直なんよ」
「え?」
「なっ、なによっ。好きなこと聞きなさいよっ。答えられることなら話すわよっ」
素直だった。
「えっと、なら聞きますね。あなたが関わっていた盗賊についてなのですが」
「『霧の狼』って言ったわ。頭はBランクの冒険者並みだって聞くから気を付けなさい? 頭領や幹部連中にとっては、魔獣とかに向かうのも人を相手にするのも同じみたいよ」
「それは危なそうですね。気を付けます」
「べ、べつに心配とかじゃないから」
なんだかよく知っている受け応えだなとコウヤは思った。最近もこんな感じの子が側にいる。
「それと、アジトはこの国に点々とあるわ。全部は私も知らないからっ。後で知ってる所は教えるわよ」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「っ、た、大したことじゃっ……っ、ないわっ……っ」
真っ赤になって顔を背けるベルティに、コウヤはそれじゃあと地図を取り出して確認を始める。
「こ、こんな正確な地図どこでっ」
「これは俺が描いたやつなので、どこにも売ってないですよ?」
「っ、そんなの見せていいの!? 冒険者も盗賊も国だって欲しがるわよっ!」
森や町の範囲ぐらいしか分からないような、普及している地図とは訳が違う。尺が正確なのは当然ながら、街道だけでなく、細い獣道も線で記されているし、町の大きさと外壁の形も正確だった。
「だって、正確じゃないと、こういう時に困るじゃないですか」
「……ど、どうやって描いたのよ……」
「もちろん、実際に足を運んで測量しました」
「ちょっと、こんな可愛い子を一人でどこまで行かせてんの!? それこそ盗賊とかに攫われるわよっ!」
ベルティがベニに詰め寄ろうとする。しかし、ベニは至って冷静だった。
「コウヤが捕まるかい。そういえば、一時期よく盗賊やら怪我人やら持ち帰って来ておったなあ」
「うん。いっぱい寄って来ちゃうんだよね。そっか。あれは俺を攫おうとしてたんだね」
「やだっ、この子一人じゃ心配だよっ! 絶対に一人で『霧の狼』のアジトに行くんじゃないよ!」
「え? ダメなの?」
「っ!? ダメに決まってるだろう!? ちょっと保護者!! 保護者どこだい!!」
なんだか一気に元気になったようだった。
「本当に好い人になりましたね」
「そうやろう?」
得意げなベニと笑い合う。誰のせいでこうなったのか。まったく他人事なコウヤだ。
コウヤはベルティが知っているだけの『霧の狼』のアジトを確認した後、改めて彼女が今までやってきたことについても聞いた。
「……最初に声をかけてきたのは『霧の狼』のナンバースリーだっていう男だよ……元貴族の四男だか五男だか忘れたけど、結構男前でさ……」
町で普通に声をかけられたのだという。その頃は先達のグラムを追い出し、仲間だった二人の幼馴染を亡くして、メンバー内がギクシャクしている時だった。
「あたしだって、人並みの心はある。幼馴染が二人もあっさり死んで、ちょっと弱ってたんだ……そこでそれなりに顔も良くて、金回りも良い男に優しくされたら……分かるだろう?」
「愛人になったか」
ベニのあからさまな言葉に、ベルティは素直に頷いた。
「金がなきゃ生活できないし、装備も揃わないとあっさり死ぬんだ。なら、金を持ってる奴について行けばいいじゃないさ」
そして『霧の狼』での仕事を紹介された。
「嫌味言ってよこした奴とか、バカにした奴らへの嫌がらせみたいなもののつもりだったんだけどね……」
「こちらで調査しただけでも二十人強の人が亡くなっていますよ? あなたのしたことは嫌がらせと言えるような話ではないです」
「……」
俯き、泣きそうに歪む横顔を見て、今はそれなりに反省していると思えた。しかし、反省しただけでは許されない数の人が犠牲となっている。死なないまでも、それ以降冒険者としての生活ができなくなった人はもっといた。今のベルティのように片腕を失くしたりと、欠損を抱えて生きることになった人々も多いようなのだ。
「ギルドからは除名。最低でもどこかの鉱山での労働終身刑です。ただし、今回の情報提供で『霧の狼』が全て捕縛されれば、終身刑は免れるかもしれません」
とはいえ、減刑されても鉱山での労役を科せられるだろう。可能性が高いのは、冒険者ギルドの所有する鉱山迷宮送りだ。それほど酷いことにはならないが、そこでは自力で稼いで生きていかなければならない。彼女には辛いことだろう。
「……分かってる……な、なあ、コダはどうなる? あいつは、あたしが引き入れたんだ。バカだから、言われたことしかやれないんだよ。だからっ」
コダとは、もう一人の捕まえた男のことだ。腰から下の右足が毒によって爛れてしまっていた彼も、この部屋から二つ向こうで反省中らしい。
「コダさんもギルドからは一旦除名されます。こちらの調査でも、あなたほど関わってはいないようでした。それでも、恐らく三年から五年ほどの刑期で鉱山迷宮送りになります」
「……っ」
片足が不自由なまま送られることになるだろう。鉱山迷宮では、稼ぎの分配は公正だ。よって、誰かと協力したとしても、個の成果を見られる。しかし寄生はできないし、許されない。刑を受ける者にとっては、誰かを養うことも難しい場所なのだ。
「それでもケルトさんはお二人を待つそうですよ」
「っ、ケルトが……っ」
「ええ」
彼らのパーティリーダーであるケルトには、真っ先に聴取を行った。彼は仲間であるベルティとコダが盗賊と繋がっているという事実を知らなかった。
リーダーとしてパーティメンバーを守っていかなくてはと思い詰めていたため、視野が狭くなっていたのだろう。メンバーのことを把握できていなかったのは良くないことだ。それを彼はとても後悔していた。ケルト自身も降格処分となり、ベルティとコダは鉱山送りになるだろうと告げると、グッと唇を噛み締めた。
『リーダーとしても、仲間としても不甲斐ない……だから僕は、今より強くなって二人を待ちます。もっと頼れる仲間になれるように努力します……そう、二人に伝えてくれませんか?』
鉱山迷宮都市に関係者が送られている場合、そこに行くことは許されない。再会しようと思うなら、彼らが出てくることをただ待つしかないのだ。
「今回いただいた『霧の狼』の情報を確認し、あなた方は後日、兵に引き渡すことになります」
「……ああ……ねえ、ケルトに伝言を頼んでもいいかい?」
「はい」
「なら……」
そうして、ケルトへの伝言を預かり、コウヤは教会を後にした。
ギルドに戻り、コウヤはギルドマスターの執務室に来ていた。ベルティから得た情報をマスターのタリスに報告すると、彼はしばらく考えてから、何か結論が出たらしく、スッキリした顔で一つ頷いた。
「じゃあ、とりあえずそのアジトは潰そうか」
「そうですね。冒険者の方にかなり被害が出ていますから、早急にやるべきです」
「だよね、だよねっ。ギルドとしては見過ごせないよねっ」
「はい! 当然です! 冒険者の方々のサポートがギルド職員の仕事ですから。冒険者の方々の敵は俺達の敵です!」
「ならヤるしかないね!」
「はい!!」
立ち上がって一致団結。タリスは相変わらず可愛いおじいちゃんだ。そして、そのままの勢いで部屋を飛び出そうとした。しかし、そこでサブギルドマスターのエルテが手を伸ばす。タリスがグランドマスターであった時から長年補佐をしてきただけあり、こうした時の判断は素早い。
因みに、タリスはドワーフの、エルテはエルフの血を引いているため、見た目よりも年齢はかなり上で、付き合いもそれなりに長かった。この世界では、こうした長命な種族が居るため、ジンクやベニが長く生きていると知っても、それほど驚かれないのだ。
「何を『今からやったるぞ!』ってなってるんです!? 夜ですよ!? 何時だと思っているんですか!」
その手は見た目の細さに反して、力強くタリスの襟首を掴んでいた。
「し、しまるっ……老人、老人は労ってっ」
「エ、エルテさん。本当に絞まってますからっ」
「落とす気で絞めてますから」
本気だった。そして、目が据わっていた。
「ほら、老人は寝る時間です。もう暗いんですよ。老人なら老人らしく規則正しい生活をしましょうね。太陽が出ている間しか活動してはいけません」
「なに、その決まりっ。老人虐待だよ! 偏見だよ!」
「何言ってるんです。老体を労るからこそですよ。さあ、お家に帰りましょうね」
エルテはそのままタリスを担いで部屋を出て行く。
「いや~! 僕も夜遊びしたい~! 盗賊遊びしたい~!」
「はいはい。夢で見てください。コウヤくんも帰るのよ~」
「は、はい……」
「ヤダ~ぁ」
駄々っ子を連れて行く教育ママにしか見えなかったというのは秘密だ。
エルテに連行されていったタリスを見送った後、実はコウヤは、ベルティに聞いた一番近場の盗賊のアジトへ行こうと思っていた。だが、エルテに釘を刺された以上、今夜はやめておこうと大人しく家に帰ったのだった。
明けて次の日。
いつものように仕事をしていると、そこへ商業ギルドのマスターであるゼットがやって来た。
「コウヤ。マスターに話があるんだが」
「あ、はいっ。少しだけお待ちください」
ゼットは体格からして冒険者と変わらない。そのせいですぐに気付けなかった。
珍しく慌ててエルテへ伝える。サブギルドマスターである彼女は、タリスの予定も全て把握しているので確実だ。寧ろ、エルテがタリスの予定を立てている。
「今は問題ないわ。お通ししてくれる?」
エルテはタリスへ伝えに行くので、コウヤがゼットを案内することになった。よく考えてみると、コウヤが一人でこうして誰かを案内するのは初めてだ。前ギルドマスターの客は他の職員達が案内していたし、その他、予定にない人や彼らにとって都合の悪い客は、コウヤが頭を下げてお引き取り願っていた。取り次ぐことさえまともにできなかったのだ。
応援ありがとうございます!
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